毎日新聞 2008/11/16
審良静男教授 自然免疫
論文引用が最多 審良さんの研究って
05年から4年連続、世界のトップテン入り
科学者は論文で評価される。「論文発表か死か」(パブリッシ・オア・ペリッシュ)と言われるほどだ。大阪大微生物病研究所の審良(あきら)静男教授(55)=免疫学=は「注目の論文を最も多く書いた研究者」(ホッテスト・リサーチャー)として05年から08年まで4年連続、世界のトップテンに入った。どんな研究をして、どんな点が注目を集めているのだろうか。
◆テーマは自然免疫
免疫学は、生物が病原体やがんなどから体を守る「免疫」に関する学問だ。審良さんはその中で「自然免疫」を研究している。
免疫には大きく分けて「自然免疫」と「獲得免疫」がある。生体に細菌やウイルスなどが侵入すると、まず自然免疫が働く。これは、人間にも昆虫など下等な動物にもある仕組み。白血球の一種の「マクロファージ」や「樹状細胞」などが、細菌など異物をのみこんで分解する。
自然免疫の数日後に働くのが獲得免疫で、脊椎動物だけが持つ。白血球などが外敵を個別に覚え、抗体などで攻撃する。麻疹に2回かかることがめったにないのは獲得免疫の働きだ。麻疹ウイルスだけに対応する抗体ができ、2度目はこの抗体がウイルスを攻撃・排除する。予防接種は、獲得免疫にあらかじめ「敵」を教えることで病気を防ぐ。この仕組みは研究者の興味を集め、免疫研究の主要テーマとなってきた。87年のノーベル医学生理学賃を受賞した利根川進博士の研究も獲得免疫がテーマだった。
これに対し、自然免疫は病原体も生体自身のかけらも区別せず、丸のみする原始的な免疫とみなされ、研究者の興味は薄かった。
◆10年で注目分野に
審良さんらは、自然免疫が病原体を大まかに区別し、病気から身を守るのに重要な役割を果たしていることを解明。自然免疫は、この10年で注目分野になった。
研究の中心は、白血球などの表面にある「Toll様受容体」(TLR:Toll-like
Receptor)と呼ばれる一群のたんぱく質だ。80年代にハエから見つかった。97年に、人間も同様のたんぱく質を持つことを米国の研究者が発見。人為的にTLRを多く作らせた細胞は、免疫力が高くなることも分かった。
審良さんはこの発見を受け、TLRに注目した。
TLRが何種類あるか不明だったが、マウスの遺伝子を調べて「たぶん10種類」と推定。1番目から10番目まで各TLR遺伝子が働かないマウスを作り、正常なマウスとの違いを調べ始めた。
98年夏に「TLR4」(TLRの4番)が、「リポ多糖」という物質と結びつくことを発見した。リポ多糖は「グラム陰性菌」と呼ばれる細菌のグループが共通して持つ成分で、TLR4は体内で細菌感染の感知器として働いていた。
さらにTLR9が、細菌やウイルスの多くに共通する、特殊なパターンのDNA(遺伝子の本体)と結びつき、獲得免疫を活性化することを突き止め、00年に英科学誌「ネイチャー」に発表した。
◆免疫のつながり解明
審良さんらの研究は、自然免疫と獲得免疫のつながりをはっきりさせた点で、世界から高く評価された。獲得免疫が活性化すると、白血球が細菌などを直接攻撃するし、ウイルスに感染した細胞を殺す「インターフェロン」も出す。ウイルスに対する抗体も盛んに作る。
このパターンのDNAはもともと、獲得免疫を活性化することが知られ、ワクチンの効果増強剤などに使われていた。しかし仕組みは全く不明だった。
さらに▽TLR2はリポ多糖とは別の細菌成分に反応する▽TLR2とTLR6が組み合わさって「マイコプラズマ」と呼ばれる微生物の成分に反応するーーなどを次々と発見。結局、人間には10種類あるTLRのうち、計7種類の働きを解明した。
TLRの研究は感染症やアレルギー、がんなどの治療法開発につながると期待されている。また、ノーベル賞の有力候補を毎年公表している米文献データ会社「トムソン・ロイター」は今年10月、医学生理学賞候補として日本人で唯一、審良さんを挙げていた。
あきら・しずお
1953年、東大阪市生まれ。77年、大阪大病院の内科研修医。85年、米国カリフォルニア大バークリー校に留学し、87年に帰国。大阪大細胞工学センター免疫研究部門助手、兵庫医科大教授などを経て99年から現職。02年に大阪科学賃、04年に「ロベルト・コッホ賞」、05年に紫綬褒章を受けた。
Toll-Like Receptorとは、「合図の鐘(toll)を鳴らす感覚器官」という意味。微生物を感知することにより、侵入する病原菌に対し、初期の免疫応答を引き起こす重要な役割を担う。
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審良静男
自然免疫による病原体認識
線虫から哺乳動物にいたるあらゆる生物は、絶えず病原体の侵入の脅威に曝されている。この脅威に対抗するため、哺乳動物は2つのタイプの免疫システムを発 達させた。
1つが自然免疫で、下等生物から高等生物まで共通に持つ基本的な免疫機構で、マクロファージ、白血球、樹状細胞などの食細胞が担当し、体内に侵
入してきた病原体を貪食し分解する役割をもつ。
もうひとつは、獲得免疫で、おもにT細胞やB細胞が関与し、DNA再構成により無数の特異性をもった受容体
が作られ、あらゆる抗原を認識する、脊椎動物特異的に存在する高次の免疫システムである。
自然免疫は、従来まで非特異的な免疫反応と考えられ、哺乳動物に おいては獲得免疫の成立までの一時しのぎと考えられてきた。しかし、1996年に、獲得免疫を持たないショウジョウバエにおいても極めて特異的に真菌の侵 入を感知し、その真菌に対する防御に、Tollが必須であることがあきらかとなり、その翌年にはヒトではじめてToll-like receptor(TLR)がクローニングされ、哺乳動物におけるTLRの役割に興味がもたれるようになった。
現在、哺乳動物ではTLRは10数個のファ ミリーメンバーからなっている。ノックアウトマウスもすべて作成され、それらの解析からほとんどのTLRの認識する病原体構成成分があきらかとなってい る。
TLR4 は、LPSシグナル伝達に関わる受容体で、
TLR2は、グラム陽性菌のペプチドグリカンやリポプロティンを認識することが判明した。
TLR1とTLR6 は、TLR2とヘテロダイマーを形成することで異なるリポプロティンを認識する。
TLR5は、鞭毛を認識する。
TLR7は抗ウイルス剤 imidazoquinolinesや一本鎖RNAを、
TLR9は細菌やウイルス由来のDNA (CpG DNA)を、
TLR3は二本鎖RNAを認識することがあきらかとなった。
TLRは、細菌、真菌、原虫、ウイルス由来の成分によって活性化され、あらゆる病 原体の体内への侵入を感知する受容体であることが判明した。各TLRのシグナル伝達経路も異なり、最終的に異なる遺伝子発現を誘導する。
最近、TLR以外
にも細胞質内で病原体を認識する分子が存在することがあきらかとなった。
細胞質内にはRNAヘリケースに属するRIG-IとMDA-5と呼ばれる分子が存在し、ウイルス由来の2重鎖RNAを認識して、タイプ1インターフェロンを産生する。
このように、哺乳動物は、細胞膜受容体と細胞質内受容体の両方を用 いて病原体の体内への侵入を感知していることがあきらとなりつつある。