日本経済新聞 2006/4/14 サーベンス・オクスリー法
会社法 施行まで半月 ここをチェック!
5月1日、いよいよ会社法が施行される。現行商法などに代わって、企業の設立と運営の墓本を定める法律が新たに生まれることで、各方面に大きな影響が及ぶ。大手企業の経営者、経営企画や財務部門の関係者、中小企業オーナー、そして株主。それぞれの立場で関心を寄せる可能性が高いテーマごとに、新法がもたらす変化とチェック項目をまとめてみた。
企業統治 リスク管理厳しく
組織再編 合併など機動的に
企業統治や組織再編の仕組みが変わる。不正防止やリスク管理の体制作りは急務。事業の選択と集中も機動的にできるようになり、企業価値を高めるチャンスは増す。
▼ガバナンス方針を開示
会社法は企業のコンプライアンス(法令順守)徹底を求めている。資本金5億円以上または負債200億円以上の大会社に対し、取締役や従業員の法令違反行為を防ぐための「内部統制システム」を作るよう義務付ける。現行法は委員会等設置会社にだけ義務付けていたが対象を広げる。
大会社は今年5月1日以降、最初に開く取締役会で内部統制システムに関する基本方針を決議しなければならない。要は取締役の職務執行の管理体制やリスク管理体制などだが、具体的内容は各企業に任されている。
その代わり、株主総会で決議内容の開示が義務付けられ、株主の評価を仰ぐ仕組みだ。ただ、法施行後の最初の株主総会は準備が間に合わない可能性かあるので開示が猶予されている。
▼メールで取締役会決議
株主総会決議で定款に定めれば、電子メールや書面の持ち回りでの取締役会決議ができるようになる。個別の案件で取締役全員が賛成し、監査役も異議を申し立てなければ、取締役会を開かなくても決議ができる。取締役の人数が多い企業は定款を変更しておくと便利だ。
また、6人以上の取締役と、社外取締役がいる会社は取締役会決議で「特別取締役」を任命できるようになる。特別取締役は3人以上で、重要財産の処分や多額の借り入れなどを決める権限を持つ。主に迅速な意思決定が必要な事案について、少数の取締役で決議することを認めた制度だ。
▼総会経ずに組織再編できる場合も
企業の組織再編は株主への影響も大きく、合併や株式交換、会社分割などは原則的に株主総会での特別決議が必要。しかし、会社法は条件付きながら総会を経ず、取締役会決議で組織再編ができる仕組みを整えた。
一つは「簡易手続き」の範囲拡大。例えば、合併の場合、吸収する会社が相手会社の株主に支払う合併対価が自社の純資産の20%以下なら、株主総会の承認を省略できる。ただし、吸収される会社は総会の特別決議が必要だ。
もう一つが「略式手続き」の創設。親会社が90%以上の株式を持っている子会社を合併しようとするような場合、子会社の株主総会で特別決議が得られるのは確実なので認めた。
ただし、少数株主の権利を保護するため、合併などに反対する株主について株式の買い取り請求権を保証している。
▼買収防衛策は増える?
株主総会決議に拒否権を持つ黄金株と呼ばれる種類株式に譲渡制限を付けることが可能になるなど、理論上は買収防衛策としても使える種類株式や条件付き新株予約権を発行できるようになる。
だが、証券取引所が上場審査基準で買収防衛策に関する独自ルールを決めるなどして制限を加えている。上場会社は昨年来の司法判断も踏まえ、有事になったら実際に発動できる防衛策を検討する必要がある。
会社法施行で企業がすべきこと・できること (A…法施行でやらなければならない事項 B…企業が自らのためにできる事項)
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株主総会 手続き簡略化進む
株主と企業の接点である株主総会は手続きの簡略化が進む一方、より広範な情報開示が求められる。一方、定款が大幅に変わる可能性もあり、株主は注意が必要だ。
▼開催場所、柔軟に
総会の日時と場所を決める決議だけでも招集手続きにあたる。このため、総会の招集に関する取締役会を会社法の施行日である5月1日より前に開けば現行商法が適用され、施行日以降に開催すれば新法が適用される。
総会の招集通知を電磁的方法(電子メールなど)て受領することを承諾した株主には、請求がない限り議決権行使書面を送る必要がなくなる。総会も本店所在地と隣接地以外での開催が可能になる。
計算書類からは利益処分案が廃止され、株主資本等変動計算書が導入される。営業報告書は事業報告書に名称が変わり、
計算書類から外れた。
▼定款自治を強化
会社法では自由化の一環として「定款自治」を強調している。あらかじめ定款で定めておけば、社外監査役や会計監査人について、責任を限定する契約を結べる。
取締役の解任要件は総会の普通決議に引き下げられたが、再び特別決議に戻す定款変更も可能。
▼求められる情報開示
会社は株主が判断できる材料を提示するため、株主に事前通知する参考書類では社外取締役や社外監査役の候補者について、推薦理由や便宜供与の有無など会社との関係など詳細な情報を示さなければならない。
買収防衛策については、施行後最初の株主総会は猶予対象のため、2回目の総会から事業報告書での開示が必要になる。防衛策の内容はもちろん、その合理性に対する経営陣の評価と意見のほか、会社の財務や事業の基本方針を株主に説明する必要がある。
資金調達 100%減資が容易に
企業の資金調達の選択肢も増える。会社は利益配分の頻度を増やし、株主サービスに努めることも可能だ。
▼株式によって株主の権利を変えるには
会社法は株式の権利内容の異なる数種類の株式発行を認めている。権利内容の変更は原則として、定款変更によって可能で、会社の資金調達の手段が拡大する。
種類株は剰余金の配当や残余財産の分配について異なる定めをする優先株や劣後株などいろいろな特徴がある。議決権を行使できる事項が異なる議決権制限株式や、株主の同意なしに特定の理由が生じたときに会社が株式を取得できる取得条項付株式は買収防衛策への活用も見込まれる。
▼経営不振企業の資本調達は
100%減資については現行商法では会社更生手続き以外では株主全員の同意が必要とされていた。会社法では既発行普通株式を全部取得条項付株式に定款変更し、株主総会での特別決議でその株式をすべて取得することで100%減資が可能になる。
会社法では現物出資の規制も緩和された。会社に対する金銭債権を現物出資する場合も検査役の調査が必要なくなり、経営不振企業が実施することの多いデット・エクイティ・スワップ(債務の株式化)が容易になる。
▼株主への利益配分は
現状では、中間配当と期末配当を合わせ、年2回の配当を実施する企業が多いが、会社法では自社株買いなどと同じ剰余金の分配として統一され、株主総会決議でいつでも実施可能になる。現物配当も総会の特別決議でできるようになる。
特に会計監査人を設置し取締役の任期を1年にするなど一定の条件を満たせば、配当など剰余金の分配は取締役会の決議で実施できるように定款で定めることができるため、四半期配当など株主への利益配分が機動的に実施できる。
会社法施行で表現や概念が変わる主な項目
商法 | 会社法 | |
▽言い回しが変わる |
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委員会等設置会社 | → | 委員会設置会社 |
営業譲渡 | → | 事業譲渡 |
営業報告書 | → | 事業報告書(株式総会招集通知と一緒に配布。財務諸表や役員の状況など開示) |
授権株式数(会社ガ発行スル株式ノ総数) | → | 発行可能株式総数 |
名義書換代理人 | → | 株主名簿管理人 |
▽概念・定義の変更 |
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子会社の範囲は議決権による形式基準 | → | 実質支配力基準に |
相互保有株式(25%超)の議決権喪失 | → | 実質支配力基準で判断 |
中会社、小会社 | → | なくなった。 株式会社は「大会社」か「それ以外の会社」の2種類に |
▽合弁等の対価柔軟化(施行は1年間延期) |
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原則、存続会社の株式 | → | 株式のほか金銭、社憤、新株予約権などの財産も可能に |
▽種類株 |
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転換予約権付株式 | → | 取得請求権付株式(自社株の移転可能に。 株主が会社に対し株式と対価<現金・株式など>の交換を請求できる) |
強制転換条項付株式 | → | 取得条項付株式(事前通知・事前公告不要。 特定の理由が生じたときに株主の同意なしで会社が株式を取得できる) |
(新設) | → | 譲渡制限株式(株式取得に会社の承認が必要になる) |
(新設) | → | 全部取得条項付種類株式(100%滅資が容易に) |
▽新たに定義 ・公開会社=定款上、譲渡制限のない株式を発行できる会社。上場会社とは違う(2条5号) ・株主平等原則が明又化された(109条)。合名会社、合資会社と合同会社をあわせて「持分会社」という概念が発生 ・普通株を全く発行しない株式会社も存在できることが明確に ・株式分割以外に株式無償割り当てが可能に(185条〜)。普通株1株に種類株1株を交付する場合など ・設立時取締役 |
非公開の中小 「取締役会置かず」OK
会社法は中小企業に与える影響も大きい。有限会社は株式会社に移行でき、一部の株式会社は取締役会を置かないなど選択肢が増える。
▼有限会社はどうなる
会社法施行に伴い既存の有限会社法は廃止され、新たに有限会社を設立することもできなくなる。有限会社は「特例有限会社」という特殊な会社になるか、通常の株式会社に移行する選択肢がある。
特例有限会社には@従来の商号を使い続けられるA従来通り決算公告が不要ーーなどの利点がある。特例有限会社になるには特別な手続きや登記は不要だ。一方、株式会社に移行して信用を高めたいと考える有限会社もあるだろう。この場合は商号を株式会社に定款変更し、本社はその2週間以内に特例有限会社の解散を登記し、株式会社の設立登記をすれぱよい。
▼意思決定は株主総会で
会社法では非公開会社(すべての株式に譲渡制限を付ける会社)は取締役会を設けなくてもよい。その旨の定款変更と変更の登記が必要だ。取締役会を置かない場合、株主総会の決議事項が会社にかかわるすべての事項に広がるなど、会社の意思決定は基本的に株主総会で決まる。
▼相続トラブル防ぐ
会社法は同族会社などに「相続人に対する売渡請求権」を認める。オーナー企業は相続で株式が分散すると、経営権を巡り内紛が生じやすい。経営陣から見て経営参画が適当ではない人物(全く経営にかかわってこなかったオーナーの子など).に株式が渡った場合、株主総会の特別決議を経て会.社への売却を請求できる。
ただし、あらかじめ制度の採用を会社が定欺に定め、強制買い取りを実行するたびに、株主総会での特別決議が必要だ。
買収防衛策 広がる選択肢 導入前に経営見直しを
会社を食い物にする買収者を撃退し、「株主の共同の利益」(会社法)を守る、として買収防衛策導入が相次ぐ。
防衛策は多様だが、費用が安く、導入時に株価が下がらない方が望ましい。会社の持続的発展や株主の利益につながる買収提案には発動できないことが大前提だ。発動時には買収者の経済的損失を極力抑え工夫も求められる。
望ましい防衛策の方向は見えつつあるが、明示された具体的司法ルールはまだ少ない(表参照)。例えば取締役会限りの判断で買収者を一定期間足止めできるとしても、何カ月までの時間稼ぎなら許されるのかなどはあいまいだ。
ルールが不透明でもひるむ必要はない。「持ち合い再構築のうえに防衛策、という世界に類のない二重の鎧(よろい)」と批判されようと、保身を疑われぬ発動基準を示し、市場の評価を問うとの考え方もあっていい。それは事前規制から、自己責任・事後チェック型社会への転換の象徴でもある「会社法の精神」にかなうと言えなくもない。
ただ、買収者に経済的大打撃を与える防衛策は「核の発射ボタン」と同様、実際は発動できない。TOB(株式公開買い付け)ルールを守り、反社会的集団でもない買収者の経済的利益を損なえば、ボタンを押した取締役は民法の不法行為や会社法429条(役員の直接賠償責任)を理由に、巨額の損害賠償請求訴訟を起こされるだろう。
取締役の脳裏には自己破産リスクがよぎり、買収者とサラリーマン経営者のチキンレースとなる。果たして胆力勝負を乗り切れるのだろうか。
結局、防衛策は気休めか、保身につながる友好的買収者を探す時間を稼ぐ効果しかない。ただ、長年、株価が低迷している会社は経営を立て直す時間は十分あったはずで、「今の経営陣では頼りないから買収者に狙われることになる」(田中稔三キャノン専務)。
会社法施行で防衛策の選択肢は広がるが、導入検討の前にまず経営の足元を今一度、見直すべきではないだろうりか。
買収防衛め司法ルール | ||||||||||
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サーベンス・オクスリー法
米国企業改革法 / サーベンス・オクスレー法 /
SOX法 / SOA / Sarbox / Sarbanes‐Oxley act
企業会計や財務報告の透明性・正確性を高めることを目的に、コーポレートガバナンスの在り方と監査制度を抜本的に改革するとともに、投資家に対する企業経営者の責任と義務・罰則を定めた米国連邦法。
エンロン事件やワールドコム事件など1990年代末から2000年代初頭にかけて頻発した不正会計問題に対処するため制定されたもので、2002年7月に大統領署名により法律として承認された。1933年の連邦証券法、1934年の証券取引所法制定以来、最も大きな変更といわれる。
正式には「Public Company Accounting Reform and Investor Protection Act of 2002:上場企業会計改革および投資家保護法」といい、法案を連名で提出したポール・サーベンス(Paul Sarbanes)上院議員、マイケル・G・オクスリー(Michael G.Oxley)下院議員の名にちなんで、「サーベンス・オクスリー法」と呼ばれる。日本では「企業改革法」と意訳されることが多い。
全11章69の条文から構成され、上場会社会計監視審議会(PCAOB:Public Company Accounting Oversight Board)の設置、監査人の独立性、財務ディスクロージャーの拡張、内部統制の義務化、経営者による不正行為に対する罰則強化、証券アナリストなどに対する規制、内部告発者の保護などが規定されている。
同法は米国の公開企業とその連結対象子会社が適応対象となるほか、外国企業であっても米国各証券市場で株式公開をした場合には原則として適用される。
特に注目されるのは第404条。これはCEOとCFOに対してSEC(米国証券取引委員)へ提出する書類に“虚偽や記載漏れがないこと”“内部統制の有効性評価の開示”などを保証する証明書と署名を添付することを求めている。虚偽があった場合には個人的な責任が問われることになり、罰則として罰金もしくは5〜20年の禁固刑という厳しい刑事罰が設けられている。
また財務報告の透明性を確保するため、その基礎となる企業内の各データ、業務プロセスを含めて明確化、文書化することも義務付けられている。これはERPや会計システムなどの情報システムそのものや、システムの開発/保守/運用といった業務プロセスにも及び、システムへのアクセス権限のルールや管理、外部ITベンダへの委託契約方法を含めて、公正で明確な手続きによって遂行され、それが証明できるようになっている必要がある。
日本経済新聞 2006/5/25 去る5月1日、大会社に内部統制を義務づけた新しい会社法が施行された。また5月16日には、上場会社に財務報告の信頼性に関する内部統制を義務づける金融商品取引法案が衆議院本会議で可決され、参議院に送付された。日本版SOX法は2008年4月以降適用される見通しとなり、上場企業では内部統制の構築に向けて待ったなしの取り組みが始まる。 エンロンやワールドコムなどの粉飾決算が次々と発覚した米国では、02年7月に、企業改革法(サーベンス・オクスリー法=SOX法)を制定、経営者が自らの責任の下に、内部統制を構築し評価することで、不祥事の再発を防止し、透明性の確保と証券市場の信頼を回復しようとしている。 |