毎日新聞 2004/12/7〜12/11

「環境先進国」の実像 ドイツの挑戦と限界

 環境保護の「先進国」ドイツで奇妙な現象が起きている。「脱原発」したはずのドイツから核技術が日本を含めた諸外国に提供され、リサイクルや自然エネルギーの奨励策も「ごみの輸出入」など弊害を生んでいる。環境保護はどこまで可能なのか。環境「先進国」の限界と苦悩を紹介する。

揺れる「脱原発」 核技術を世界へ「輸出」

 「矛盾はわかっている」。イランが独英仏などと「ウラン濃縮停止」に合意した11月中旬、独与党・社会民主党幹部は、顔を曇らせた。独英仏はイランが核兵器開発につながるウラン濃縮を断念する見返りに、原発(軽水炉)建設技術の提供などを提案した。「ブッシュ米政権はイランの核施設に空爆を行うかもしれない。他に選択肢はなかった。だが自分たちが捨てたはずの原発を他の国で造るのはやり切れない」と同幹部は話す。
 独外務省筋は「ドイツが直接、核技術を提供するわけではない」と釈明するが、ロシアが建設するイランのブシェール原発は元々、独電機大手シーメンスの関連会社が開発した。同社の原発部門の大半は現在、仏の会社に属し、実際には仏独共同での技術提供になる。
 「独政府は不誠実だ。民生用の技術でも軍事転用され危険だ」と環境保護団体は非難する。 グリム兄弟の生まれ故郷・独西部ハーナウ(ヘッセン州)から03年1月、MOX燃料製造のためのプレス機と研削機が東京の原子燃料メーカー「原子燃料工業」に輸出された。MOX燃料は使用済み核燃料を再処理して取り出したプルトニウムとウランを混ぜて作るが、日本国内の再処理開始を視野に入れ、同社が「研究用に」輸入した。
 輸出元のシーメンス社のMOX燃料施設は、フィッシャー外相が同州環境相だった91年、汚染事故を機に停止を命令。建設中だった新工場も95年に閉鎖が決まった。割安で高度な技術が手に入るため中国が昨年末、同施設購入に動いた。同外相は黙認したが「核兵器に使われる」と非難が高まったため反対に転じ、輸出は凍結された。
 ドイツは02年4月「脱原発法」を施行した後も約25カ国と核開発協定を維持。ブラジルとの協定は今年、自然エネルギー開発に内容を切り替えたが、大半の国への「核技術輸出」は続く。
 脱原発自体も揺らぐ。「脱原発法を変えるのは簡単だ」。独発電大手の幹部は力強く語る。自信の背景には、原発への復帰を唱える野党への支持率が常に与党を上回っている政治事情がある。
 脱原発法は19あった原発の運転期間を最長32年とし、総発電量を規制、その枠内で20年ごろまで運転できるとした。
 世論調査で約8割が原発の新規建設に反対なことから与党は「政権交代があっても新規建設は不可能」と「脱原発」維持に自信を見せる。しかし野党幹部はこう話す。「運転期間を60年まで延長できる。『脱原発』など元々ないに等しい」

転機迎えるごみ回収制度 分別方式に不要論台頭

 世界の模範となったドイツの厳格な人手によるごみ分別が、機械による分別の実験を機に転機を迎えている。実験は「人間が分けるより効率的で環境に良い」とされ、ごみ回収の制度自体の見直しも始まっている。
 巨大な円筒状の「ふるい」がうなりをあげ、回転してごみを分ける。ベルトコンベヤーの上にはセンサーが設置され、ペットボトル、缶など材質ごとに反応。ノズルから噴射される空気が「資源」を吹き飛ばして回収する。「ドイツは長年、人手によるごみ分別の世界王者だった。技術革新でそれも変わる」。独西部エッセンの分別施設でRWEウムベルト社の担当者は自慢げに話す。
 機械化分別の実験は、包装材回収コンテナと一般ごみを一つにまとめ「ワン・コンテナ」と呼ばれ、従来より多くの資源を回収する。「環境に優しい」というのは、都市部では分別の意識が低く、一般ごみのうち50〜20%が資源化できるのに捨てられているからだ。
 同社は昨年、一般ごみ800トンから約34%の資源回収に成功。包装材ごみと一般ごみを交ぜた1800トンの実用レベルでも「良い結果」を得た。まとめて機械で分別すれば市民の手間も省け、資源も活用できるという。国会も1日、実験に関する公聴会を開催し、政府は「慎重に検討する」と話す。
 ただ、機械化分別は湿ったごみに弱く、ガラスや紙のほか、生ごみを事前に分けるのも前提だ。施設建設費用も高く、「企業がもうけ口を作りたいだけだ」という批判も残る。
 一方、ワン・コンテナの出現はごみ回収の制度自体も揺さぶっている。ドイツは90年、包装材リサイクルのため「デュアルシステム」(DSD)社を設立した。同社はメーカーから集めたライセンス料を基に、回収・再利用を専門の会社に委託。製品には緑のマークがつき、回収は黄色のコンテナで行われてきた。
 しかし、実験の結果、人による分別不要論が台頭し「もう黄色コンテナは終わり」の声も出た。DSD社の独占体質にはカルテル対策庁からクレームがつき、同社は昨年から再利用委託で入札を実施、今秋には出資の自由化も打ち出した。さらに米国の会社が買収に関心を寄せている。
 ごみ処理に詳しいある連邦議員は話す。「ドイツの制度は時代に合わなくなった。構造改革が必要だ」

ブーム生んだ自然エネルギー 補助金が過剰投資誘発

 雪が積もった丘に3本の風車が突き出ている。1本は全く動かず、2本の動きも鈍い。独南部シュタインバッハの風力発電所は01年、風が少なかったため、倒産した。競売にかけられ、今は別の会社が運転する。町民約60人の投資は水の泡だ。ある町民(47)は「風車はこりごり」と話す。
 独政府は91年、自然エネルギーの購入を電力会社に義務付ける法律を施行。ブームが到来した。山間部のシュタインバッハでも建設計画が進み、風力の測定もせずに着工。実際には予測の4割しか風がなかった。「当時は自分の手でエネルギーを作る興奮でいっぱいだった」と元監査役のグリースルさんは話す。
 電気の買い取りは20年間保証される。「パラダイス」と呼ばれる補助金は無理な投資を呼ぶ。北部で風車を経営するケーニッヒさんは「風量が予想より1割少ない例はざら。危機を抱える風車は多い」と話す。自然エネルギーは03年で全発電の8%に達し、うち42%を風力が担う。だが風車の新規建設は02年で頭打ちとなり減少に転じた。
 山と積まれた廃材をショベルカーがベルトコンベヤーに載せていく。破砕された廃材から職員が異物を丁寧に除く。オランダ南東部アイントホーフェンにあるボウイ社の廃材処理施設では年8万トンのうち約6割がドイツの「バイオマス(生物資源)発電所」に輸出される。「廃材が金の塊に見えた」とマネジャーのコックさんは話す。
 廃材などバイオマスで発電した電気も買い取りが保証される。補助金を当て込んで、施設は03年に計画中も含め約100機と00年から倍増。実際には年350万トンしか燃やされていないのに、容量は3倍近い約1000万トンに膨れ上がった。廃材は02年に入超に転じ57万トンが輸入された。83%がオランダから。コックさんは「本当はオランダ国内で処理したいが、仕方がない」と話す。
 ポーランドも輸入先だ。農林業で出る木材片を月700トン輸出するSTABOSのセンチシェン部長は「木材供給が不足し始めた。カナダなどから木材を輸入しドイツに納めたい」と話す。
 環境省は「輸入を増やしたくない」と話すが有効な打開策はない。環境活動家のラーブさんは「廃材には有害物質もある。補助金でごみを輸入して発電させる政策が正しいのか」と疑問を投げかける。

缶ビールからペットボトルヘ 煩雑な保証金に困惑

 ドイツのスーパーから缶ビールが消えた。加盟店7600を抱える「エデカ」など大手スーパーやデパートが昨年から軒並み缶ビール・コーラを全面撤去したのだ。市場調査によると、缶のビール市場占有率は02年に約30%あったのに、04年に2.3%に激減した。
 消えたのは、リサイクルを進めるため政府が03年、缶ビールなど使い切り飲料容器に「デポジット(保証金)制度」を適用したからだ。客は25セント(約35円)の保証金を上乗せして購入。容器を返却すれば保証金は戻る仕組みだが、客の手間は増え、缶回収機設置の費用も高額だ。あるスーパーは「客や店員に負担をかけたくなかった」と撤去の理由を説明するが、環境省は「法律のボイコットだ」と批判する。
 ホップの香りが漂う中、ペットボトル(PET)に次々とビールが注がれる。バンブルクにあるホルステン社の工場では、PETビールが次々と生産されていく。同社は「ボイコット」の直撃で昨年、缶ビールの売り上げを前年比8割減と劇的に減らした。PETビールに社運をかけるが、缶の売り上げ減を「補えない」と話す。
 日本で「環境に良くない」と導入が見送られたPETビールが「環境先進国」で広がり、04年に市場占有率が5・3%に伸びた。だがPETビールも「ボイコット」の危機に直面している。
 保証金導入の際、政府はスーパーが独自のボトルを作って系列店でだけ返却を受ける方式を認めた。昨年10月、大手「リーディ」はホルステン社のPETビールにラベルを張り販売を始めた。
 しかし自由化を重んじる欧州連合(EU)は今年10月、「外国企業の参入を阻む」として、司法裁判所への提訴を決めた。独政府は今月中旬に法律改正を議会にはかる。可決後は、PETビールは、どの店でも返却できる。業界団体は「設備の変更など損失は大きい。PET飲料の撤去もありうる」と抗議する。
 環境保護団体DUHのレーシュ氏は「外国メーカーの参入を恐れる中小メーカーと、保証金の煩雑さを嫌がる小売業界が保証金に長期間抵抗してきたが、これで解決に向かう」と見る。
 ただ現場の困惑は大きい。ホルステンの従業員はつぶやく。「100年以上缶ビールを作ってきたのに、政治がすべてを壊した。悲しい」

使用済みペットボトル 中国へ 競争と保護 矛盾に直面

 圧縮され、1メートル四方に固められた使用済みペットボトルが所狭しと並ぶ。独北部リーベナウのCPE社が粉砕して輸出する先は中国だ。ハーティング所長は「毎通、中国企業から問い合わせがある」と話す。
 ドイツの使用済みペットボトルは現在、約8割が中国へ輸出されているとみられる。皮肉なことに、きっかけはリサイクル制度の厳格化だ。
 ドイツのペットポトルは従来、メーカーからライセンス料を取って専門会社に再利用を委託する「デュアル・システム」社が回収し、ほとんど欧州で再利用してきた。しかし政府は03年、使いきり飲料容器に保証金制度を適用。再利用を担うメーカーなどが中国への輸出に動いた。
 ペットポトルは透明なほど再利用価値が高いが、回収時にはさまざまな色が混じる。機械で色分けすればドイツでトン当たり数百ユーロ(数万円)かかるが、中国では手作業で微々たる額だ。中国企業が使用済みペットボトルを買いあさった結果、買い取り価格が数倍に上昇、一層中国へと流れた。年1万500トンを輸出するSITA社のヘリンガー氏は「環境保護は関係ない。これは商売だ」と話す。
 CPE社からペットボトル粉砕片を購入、月1000トンを輸出するドイツ国内の中国企業の社長は「なぜ『ごみ』を輸入しないといけないのかという心理的な反発もあるが、中国は繊維産業など割安なリサイクル素材をもっと必要としている」と話す。
 ポリエチレンごみから建築資材原料を生産する独西部のロムプラスト社は今年5月、破産を申請した。破産管財人だったプファイル氏は「中国の影響が大きい」と話す。不景気で製品価格が下がる一方、中国企業が原料を大量に買って原価が高騰。赤字に陥った。同社を買い取った元幹部バルトロモイス氏は「国内でリサイクルする方が環境に良いのに、政府は国内業者を全く支援しない」と不満をもらす。
 独政府はリサイクル材の中国への輸出には沈黙したままだ。「欧州連合(EU)が進める競争促進策の影響が大きい」とシュツットガルト大のクラーネルト教授(廃棄物経済学)は話す。EUは独政府が特定業界を支援したり、輸出を禁じることを認めない。「国内リサイクルが良いのはわかっていても政府は手を出せない。競争促進と環境保護の矛盾にドイツは直面している」