毎日新聞 2004/10/25
環境税導入の是非
京都議定書の発効は確実、温室効果ガスの排出削減対策に新税は必要か
政治決断こそがカギ
石 弘光 一橋大学長
京都議定書の目標達成に向けた対策を
税制改革でどう取り入れるかが課題に
ロシア政府が京と議定書を批准する旨を決定した結果、その発効が可能となった。京都議定書の発効は、地球温暖化対策についての日本の国際的責務を明確にし、何らかの積極的な対策を打ち出す義務を明確にすることになる。
事態はかなり切迫している。京都議定書による二酸化炭素(CO2)などの温室効果ガス排出量の削減目標は、きわめて達成困難な状況に置かれている。さらに地球温暖化対策大綱で定めた第2ステップ(2005〜07年)が、来年から始まる。このような状況の下で、環境税(以下、地球温暖化対策税と規定)の導入は、一つの有力な手段とならざるをえない。
この環境税は、目下CO2を排出し続けている民生・運輸部門の削減に非常に有効と考えられている。将来わが国の税制にも導入することを考えるべきである。産業界はCO2排出削減を自主規制と技術開発で抑制できるから、環境税に絶対反対としている。事実その効果を挙げているが、それは産業部門のみに当てはまるロジック(論理)に過ぎない。
日本全体の問題として、民生・運輸部門をどうするかがこれから解決を要する最大の焦点となるはずである。というのは、民生・運輸部門は自主規制や省エネ対策のみで、CO2排出の削減目標を達成できないからである。環境税に依然反対が根強い現状において、セカンド・ベストであれとりあえずその導入に踏み切り、京都議定書の目標達成に向け第一歩を踏み出す必要があろう。
環境税の導入にあたっては、今日越えなければならないハードルが非常に多い。導入のための条件は何か、重要なものを以下まとめておこう。
第一に、CO2排出の削減目標をいかなる手段で、どの程度削減可能なのかを、政府は具体的に明らかにすべきである。排出権取引や京都メカニズム(削減目標達成のための各種の手法)の活用などと比較して、環境税の重要性を浮かび上がらせる必要がある。
第二に税の内容である。目下、具体的な環境税の案としては、環境省が提示している「低税率−環境対策補助金」の組み合わせ案が存在するのみである。これ以外に他の代替案、たとえば「高税率−減税」の組み合わせなども、それらの政策効果と合わせて同時に検討すべきである。
第三に、消費税率の引き上げ、定率減税の廃止・縮減、税源移譲などが焦眉の課題となっている税制改革の中で、多額な税収を伴う環境税をどう取り入れるかが大きな問題となる。
そして第四に、省庁間などでこれだけ対立が深まる中で環境税導入を図るとなれば、強い政治的なリーダーシップが不可欠である。具体的には首相の決断である。とりわけ揮発油税などを道路特定財源に充当する現行税制は、地球温暖化促進税の性格を持っているといえよう。これを一般財源に改めるか、あるいは一部を環境税に振り向けるかしない限り、新規の環境税導入はあまり説得的でない。
最後に、以上の議論は、すべて筆者の個人的見解であることを明記しておきたい。
いし・ひろみつ
1937年生まれ。一橋大経済学部卒。77年同大教授、08年学長。政府税制調査会長、国立大学協会副会長。著書に「財政構造の安定効果」など。
産業界は自主的削減に取り組んでいる
税新設により国際競争力と景気に影響
ロシアの批准の見通しが立ち、京都議定書の発効が確実となった。地球温暖化ガス排出削減を確実に進めなければならない。90年からのCO2排出実績は、産業部門の微減に対し、民生部門と運輸部門が増加し続けており、この分野での削減が課題である。産業界は、自らの排出削減と共に、機器やシステムの技術的改善や革新を進め、民生、運輸部門に、より省エネ型の機器を提供していく。
ところで、環境省の来年度税制改正要望に「環境税」創設が入った。中央環境審議会で環境税の具体的議論が始まったばかりの現段階での創設要求は、審議会軽視に他ならない。民主的手続きへの違反とさえ思う。「税」は時の権力そのものの行為である。納税者(国民、企業)への納得のいく説明責任が欠かせない。効果さえ疑わしい上に、「はじめから環境税ありき」と批判されるのもむべなるかなである。
地球環境問題は長年にわたる化石エネルギーの大量消費がもたらした。日本は化石エネルギー大量消費社会から、省エネルギー型社会、化石エネルギー寡依存社会へと転換しなければならない。
まず、国民に新しい社会づくりを呼びかけ、全員参加の下に、社会変革の大きな運動を起こす必要がある。国民一般は昨今の気象状況に温暖化の影を感じ、関心を深めている。まさに好機である。重要なことは、国民が取り組みを考えるための材料や判断の素材となる情報の提供である。税の前に、そうした努力を政府は懸命に行うべきである。環境相や首相の、国民への呼びかけを期待したい。
また、省エネ技術、CO2低排出や環境保全型のエネルギー源などの技術を一層普及し、さらに改善、革新を加える必要がある。留意すべきは、技術を保有している中心的主体は企業だということである。そして、企業の技術カは、企業のバイタリティーにつながる。間違っても、環境税など、企業の活力を弱めるような措置はとってはならない。
さらに、現在の環境省の案では、CO2を1トン削減するのに約1万円を要するが、途上国での削減に協力して、削減分の一部を自国の削減と見なすクリーン開発メカニズム(CDM)を活用すれば、その約10分の1のコストで済む。政府がすべき努カをせず、いきなり権カそのものの「税」を創設するのは安易過ぎる。税金は導入されると、後に増税の道が待っている。
原油価格の急騰により、前年に比べ、年間約1.5兆円を超える購買力が日本から海外流出した。ようやく薄日がさしてきた国内景気への原油高の影響が懸念されている。その上、税収規模が約1兆円の環境税を新設すれば、市場からその分の購買力が吸い上げられる。企業の国際競争力弱体化とともに、景気への懸念が深まる。
環境省は「環境と経済の両立」という基本をどう考えているのだろうか。この時期に、景気などお構いなく、新税を提案する感覚に疑念を呈さざるを得ない。
ますもと・てるあき
1938年生まれ。早稲田大政経学部卒。62年東京電力入社、広報部長などを経て01年副社長。04年電気事業連台会副会長。01年から現職兼任。
排出削減に強い効果
足立治郎 「環境・持続社会」研究センター(JACSES)事務局長
温暖化防止型の経済社会に変革が必要
環境省は具体的で詳細な制度の提案を
日本は京都議定書が採択された97年の京都会議の議長国として、温暖化防止に向けて国際的リーダーシッブを発揮することが求められている。しかし、日本の温室効果ガス排出量ぱ増え続け、議定書で定められた目標(08〜12年の平均で90年比6%の削減)の達成は危ぶまれている。温室効果ガス、中でも最も大きな割合を占めるCO2の排出削減のために、実効性ある措置の導入が急務であり、環境税は非常に有力な手段だ。
環境税は石油などの化石燃料に含まれるCO2に課税し、その価格を上げることで化石燃料の使用を抑制し、CO2排出削減を図るものである。環境税の税収を、温暖化対策に充てるだけであれば、増税となる。一方、税収をその他の税の減税に充てることも考えられる。その場合、政府全体の税収は同じとなる。CO2排出が相対的に少ない個人や企業は減税、そうでない個人や企業は増税となる。欧州諸国では、税収の数十%を温暖化対策に充て、残りは減税に充てるというのが一般的だ。
環境税は日本全体のCO2排出の約80%を占める企業・公共部門からの排出削減に有効である。さらに、近年増加し統けている家庭生活・移動時における消費者個々人のCO2排出削減強化のために、極めて有カな政策といえる。
「規制」措置では数値目標をクリアした後はそれ以上の削減努力が望めないが、環境税を導入すると、CO2排出を削減するほど税額を減らし経済的に得になるため、継続的にCO2排出削減を促せる。国際競争力減退、国内経済への悪影響の可能性などを理由とした反対意見もあるが、環境税課税と同時に社会保険料や法人税の減税を実施するなど、制度設計を工夫することにより、経済・雇用活性化の可能性が広がる。地球温暖化が進めば、経済活動にも支障をきたす。環境と経済の両立に向けて、環境税を課し、温暖化防止型の経済社会に変革していくという明確な政策シグナルを示すことが必要である。
環境省は8月、環境税導入を含む税制改正要望を財務省に提出した。与党や政府税制調査会の審議も活性化している。今年環境税導入が決定する可能性も残されている。
問題は、いまだにどのような環境税の制度になるかがはっきりとした形で国民に示されていない点だ。納税者・主権者である国民不在の審議と言われても仕方がない。導入をリードする環境省は、早急に具体的かつ詳細な制度設計を示す責任がある。税収を温暖化対策に充てる場合には、厳密な基準策定と、効果検証体制の確立が必須である。
JACSESは11月2日に都内で小池百合子環境相を招いたセミナーを開催する。環境省はこうした場で制度の具体案を示し、国民的議論を活性化する必要がある。一方、私たち国民は、地球温暖化防止のために環境税導入を支持しつつ、その制度が公正で効果的なものとなるよう政府を注視していく必要がある。政府と国民、双方の技量が問われている。
あだち・じろう
1967年生まれ。東京大教養学部卒。95年JACSESスタッフ。炭素税研究会に参加。著書に「環境税一税財政改革と持続可能な福祉社会」。