日本経済新聞 2008/9/4

日本、国際会計基準導入へ
 11年度以降に、資金調達しやすく
 資産の時価評価徹底

 日本経団連、日本公認会計士協会、金融庁などは企業会計の国際化に対応するため、2011年度以降に「国際会計基準」を導入する検討に入った。国際基準は欧州を中心に世界百カ国以上で使われ、米国も採用する方針を表明、独自の会計基準を採用している日本は世界的に孤立する恐れがあり、将来は欧州などで企業の資金調達が困難になるとの見方もあった。国際基準の導入で、企業はグローバルな事業展開をしやすくなりそうだ。

 世界の会計基準は主に欧州中心の国際基準、米国基準、日本基準の3つがある。国際基準は資産の時価評価を徹底していることなどが大きな特徴だ。米証券取引委員会(SEC)は8月、米国の上場企業に国際基準の採用を認める方針を表明。国際基準が世界共通の会計ルールになる流れが鮮明になっていた。
 日本は国内基準と国際基準の会計ルールを擦り合わせる作業を進めていたが、米国の新方針もあり、孤立を避けるため国際基準をそのまま受け入れる方針に変更した。
 経団連、会計士などは会計基準を巡る金融庁の協議会で、9月中旬に国際基準の導入を提案。実際に会計基準を作る企業会計基準委員会(ASBJ)や学識経験者らと国際基準の導入に向けた協議を始める。企業などからの要望を聞いたうえで、最終的には金融庁が導入を決める。
 国内の上場企業に国際基準による決算を義務づけるか、日本基準と国際基準の選択制にするかは今後詰める。実際の導入
は11年度以降になる公算が大きい。
 国際基準を導入すると、企業業績を反映する「利益」の表現法が変わる可能性がある。国際基準は長期保有する株式やデリバティブなど金融商品も時価評価して利益に含める「包括利益」を表示する方向で検討を進めている。日本で主流の「純利益」には、金融商品の時価評価は部分的にしか反映されないため、業績評価の尺度が変わる可能性がある。
 日本は企業業績をみる場合、伝統的に本業のもうけなどを重視する傾向が強い。包括利益は企業のその時点での価値をより正確に測れる半面、「株価などによって利益が大きく変わり、中長期的な成長を目指す日本企業の姿勢にはそぐわない」との反対論も根強い。
 国際基準と日本基準とでは、M&A(合併・買収)の際の「のれん代」の会計処理法も異なる。合併時に発生したのれん代を決算上、とう処理するかを巡り、日本が複数年に分けて定期償却するのに対し、国際基準は価値が大きく下がった場合に減損処理する。
 日本が国内の会計基準に固執したままだと、国際基準の適用を義務化している欧州などで日本企業の資金調達が難しくなるとの見方も出ていた。国際基準を導入すると、事実上の世界共通の尺度で日本企業の経営状況を把握できるようになる。 日本は国際基準の導入と併せて、国際会計基準審議会(JASB)に対し、会計基準を変更する際に日本の意見を反映するよう求める。



日本と国際会計基準の主な違い

項目 日本基準 国際基準
利益 経常利益がある 日本の経常利益に相当する項目なし
M&A

 

資産評価 相手会社の資産を簿価で引き継ぐ例外処理が存在 相手会社の資産は必ず時価評価
のれん代 20年以内で定期償却 定期償却せず、価値が大幅低下した場合に減損処理
年金債務 積み立て不足は一定期間で費用処理 積み立て不足を貸借対照表に反映
在庫評価 直近の在庫から先に出荷したとみなす
「後入れ先出法」の採用可能し
「後入れ先出し法」 は禁止

▼包括利益
 企業の最終的なもうけである純利益に、資産価値の増減を加えた総合的な利益指標。事業の損益だけでなく、保有株式が値上がりすれば、それも利益に計上する。日本企業は持ち合いなどで多額の株式を保有しているため、純利益に比べ包括利益の変動は大きくなりやすい。
▼のれん代
 ブランド力、技術力、人材など決算書には計上されていない企業の力量を示す。M&A(合併・買収)の際に、企業は相手先の将来性を評価して買収価格を決める。この買収価格と実際の資産価値との差額がのれん代。日本ではのれん代が時間とともに目減りすると考え、定期償却する。

米採用で日本危機感
 「のれん代」償却なし M&A後押し

 日本が国際会計基準を受け入れる検討に入ったのは、自国基準にこだわり続けた米国が国際基準採用へかじを切ったことが大きい。国際基準ではM&A(合併・買収)で発生する「のれん代」の償却がないため、M&Aがしやすくなるなど、企業の戦略も変わってくる可能性がある。

人員確保やシステム構築 負担増懸念も
 
 米証券取引委員会(SEC)は昨年11月、米国外企業に対し国際基準での決算書作成を容認。さらに今年8月には、国内企業にも認める案を発表した。作成主体の国際会計基準審議会(IASB)の運営に積極関与し「事実上、国際標準の作成に影響力を持つ」(会計関係者)手段に出たと見られている。
 日米は国際基準と自国基準の違いを解消する「共通化(コンバージェンス)」作業を進めてきた。しかし米国が「受け入れ(アダプション)」路線に転換し、日本は孤立を避けるため追随せざるを得なくなった。今後は米国と同様に、IASBでの発言力向上が課題になる。
 日本でもグローバル企業では、資金調達や投資家向け広報(IR)の面から国際基準導入の流れが加速しそう。ただ、社内のシステム構築や人員確保など一時的な負担の増加は避けられない。大手企業の財務担当者は「子会社を含めてシステムを全面転換しなければならず負担は大きい」と話す。長くなじんだ経常利益がなくなることも経営管理や企業評価のあり方に影響を与える。
 特に影響が大きいのはのれん代の会計処理。日本基準ではのれん代を最長20年間で定期償却する必要がある。日本たばこ産業は英たばこ大手ガラハーなどの買収で2008年3月期末で2兆円以上ののれん代があり、年間の償却額は1千億円を超す。国際基準に切り替わるとこの負担はなくなるため、積極的なM&Aがやりやすくなる。ただ、買収先企業の業績が大幅に悪化した場合、のれん代の減損損失を計上しなければならない。
 年金の積み立て不足の処理でも違いがある。日本では、年金の積み立て不足の一部は貸借対照表に即座に反映する必要はなく、一種の簿外債務として一定期間で償却する。これに対して、国際基準では即時に貸借対照表に反映する処理が主流。損益計算書を通さずに自己資本を減らす形になるため、財務内容が悪化する企業が出てきそうだ。


企業経営にとって国際会計基準導入の影響は?

プラス M&A後にのれん代の定期償却が必要ない 毎年の費用負担が減りM&Aがしやすくなる
海外企業との比較が容易となる 国際的に適正な株価評価が得られ投資家拡大につながる
グローバルに資金調達機会を得られる 資金調達コストの削減が可能
マイナス 買収先の企業の収益が大きく悪化すると
のれん代の減損処理を迫られる
定期償却しないため、一時的に多額の損失が発生する
年金の積み立て不足が発生すると
即座に貸借対照表に計上する
自己資本が急減し財務が悪化する可能性がある
金融商品などを時価評価した「包括利益」の
表示を要求される可能性がある
保有株の株価動向など一時的な要因に利益が左右される