2005/3/11 日本経済新聞 経緯 地裁異議申し立て審決定 東京高裁決定
新株予約権発行差し止め、ライブドア仮処分申請で地裁決定
ライブドアがニッポン放送のフジテレビジョンに対する新株予約権の発行による増資差し止めを求めた仮処分申請で、東京地裁(鹿子木康裁判長)は11日、「フジサンケイグループ経営陣の支配権維持が主目的で、不公正発行に当たる」として、予約権の発行を差し止める決定をした。ライブドアは株式の買い増しを進め経営権獲得を狙う。一方、ニッポン放送は決定を不服として、同地裁に即日、保全異議を申し立てた。フジ・ニッポン放送側は司法闘争を含め抗戦する構えで、同放送の経営権をめぐる争いはなお波乱含みだ。
仮処分命令の要旨
平成17年(ヨ)第20021号 新株予約権発行差止仮処分命令申立事件
決定の要旨
債権者 株式会社ライブドア
債務者 株式会社ニッポン放送
上記当事者間の頭書事件につき、当裁判所は、債権者が本決定の送達を受けた日から5日以内に、債務者のために金5億円の担保を立てることを保全執行の実施の条件として、次のとおり決定する。
主文の要旨
債務者が平成17年2月23日の取締役会決議に基づいて現に手続中の新株予約権4720個の発行を仮に差し止める。
理由の要旨
1 「特ニ有利ナル条件」(商法280条ノ21第1項)による新株予約権の発行といえるか。
新株予約権の有利発行にあたるかどうかは、オプション評価理論に基づいて算出された新株予約権の発行時点における価額(公正な発行価格)と取締役会において決定された発行価額とを比較して判断することになる。本件発行価額の算出方法について明らかに不合理な点は認められないから、本件新株予約権の発行が「特ニ有利ナル条件」による発行であるとまでいうことはできない。
2 「著シク不公正ナル方法」(商法280条ノ39第4項、280条ノ10)による新株予約権発行といえるか。
不公正発行とは、不当な目的を達成する手段として新株予約権発行が利用される場合をいい、株式会社においてその支配権につき争いがあり、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株予約権が発行され、それが第三者に割り当てられる場合に、その新株予約権発行が支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営陣の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、会社ひいては株主全体の利益の保護という観点からその新株予約権発行を正当化する特段の事情がない限り、不当な目的を達成する手段として新株予約権発行が利用される場合にあたるというべきである。債務者による新株予約権の発行は現在の取締役の地位保全を主たる目的とするものということはできないが、現経営陣と同様にフジサンケイグループに属する経営陣による支配権の維持を目的とするものであり、なお現経営陣の支配権を維持することを主たる目的とするものというべきである。
これに対し、債務者は、本件新株予約権の発行は、債務者の企業価値の毀損を防ぎ、企業価値を維持・向上させ、また放送の公共性を確保するために行ったものであり、本件新株予約権の発行は正当なものであると主張している。特定の株主の支配権取得によりかかる利益が毀損される場合には、これを防止することを目的としてそのために相当な手段をとることが許される場合があるというべきであるが、現経営陣の支配権の維持を主たる目的とする新株予約権の発行が原則として許されないことからすると、企業価値の毀損防止のための手段として新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるというためには、特定の株主の支配権取得により企業価値が著しく毀損されることが明らかであることを要すると解すべきである。そして本件では、債権者の支配権取得により債務者の企業価値が著しく毀損されることが明らかであるとまでは認められない。
また、債務者は、債権者が証券取引法に違反して債務者の株式を取得しており、その防衛として本件新株予約権を発行した旨を主張するが、債権者が証券取引法に違反していると認めることもできない。
したがって、本件新株予約権の発行は、「著シク不公正ナル方法」による新株予約権発行であると認められる。
平成17年3月11日
東京地方裁判所民事第八部
裁判長裁判官 鹿子木康
裁判官 真鍋美穂子
裁判官 大寄久
仮処分命令の本文
平成17年(ヨ)第20021号 新株予約権発行差止仮処分命令申立事件
決定
東京都新宿区歌舞伎町2丁目16番9号
債権者 株式会社ライブドア
上記代表者代表取締役 堀江貴文
上記代理人弁護士 三井拓秀
同 清水俊彦、同 高浜裕子、同 松島基之、同 根井 真、同 木ノ山了子、同 廣田 聡、
同 清水政彦、同 三部裕幸、同 西岡祐介、同 神谷光弘、同 木ノ内さつき、同 熊木 明、
同 新保克芳、同 上野 保
東京都千代田区有楽町1丁目9番3号
債務者 株式会社ニッポン放送
上記代表者代表取締役 亀渕昭信
上記代理人弁護士 中村直人
同 松山 遙、同 川井信之、同 西本強、同 山下丈
上記当事者間の頭書事件につき、当裁判所は、債権者が本決定の送達を受けた日から5日以内に、債務者のために金5億円の担保を立てることを保全執行の実施の条件として、次のとおり決定する。
主文
1 債務者が平成17年2月23日の取締役会決議に基づいて現に手続中の新株予約権4720個の発行を仮に差し止める。
2 申立費用は債務者の負担とする。
理由
第1 申立ての趣旨
主文同旨
第2 事案の概要
1 本件は、債務者の株主である債権者が、申立ての趣旨に係る新株予約権(以下「本件新株予約権」という。)の発行について、(1)特に有利な条件による発行であるのに株主総会の特別決議(商法280条ノ21第1項)がないため、法令に違反していること、(2)著しく不公正な方法による発行(以下「不公正発行」という。)であることを理由として、本件新株予約権の発行を仮に差し止めることを求めた事案である。
2 当事者の主張は別紙のとおりである。
第3 当裁判所の判断
1 後掲の各疎明資料及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 当事者等
ア 債務者
(ア)債務者は、昭和29年4月に設立され、放送法に基づく一般放送事業(AMラジオ放送)、BSデジタル音声放送の企画・制作・運営、その他関連物の企画・制作・運営等を主たる事業内容とする株式会社であり、AMラジオ業界における売上高1位のラジオ局である。平成17年2月現在の資本金は41億5000万円、発行済株式総数は3280万株であり、その発行する普通株式を東京証券取引所第二部に上場している。債務者においては、単元株制度が採用されており、1単元の株式数は10株である。また、平成16年3月期における総資産額は791億3100万円である。(甲1、3、乙5、審尋の全趣旨)
(イ)債務者はいわゆるフジサンケイグループの一員であり、株式会社フジテレビジョン(以下「フジテレビ」という。)とは持分法適用関連会社の関係にあり、平成17年1月時点で同社の発行済株式総数のうち22.5パーセントを保有している。(甲5、26の3、乙1、5、43、77の1、2、乙79)
株式会社ニッポン放送プロジェクト、株式会社一口坂スタジオ、株式会社彫刻の森は、いずれも債務者の100パーセント子会社であり、株式会社ビッグショット及び株式会社ニッポンプランニングセンターは、いずれも株式会社ポニーキャニオンと債務者の子会社であり、株式会社フジサンケイエージェンシーは、債務者とフジテレビの子会社であり、株式会社ポニーキャニオンは、債務者、フジテレビ、株式会社産業経済新聞社等の子会社である。(乙15から21までの各1、2)
(ウ)債務者の定時株主総会は、毎年6月に招集され、定時株主総会において権利を行使することのできる株主は、債務者の定款上、毎決算期の最終(3月31日)の株主名簿に記載又は記録された株主とされている。(乙4、70)
イ 債権者等
債権者は、平成8年4月に設立され、その資本金を240億3000万円(平成17年1月現在)とし、コンピュータネットワークに関するコンサルティング、コンピューターネットワークの管理、コンピュータプログラムの開発・販売、ネットワークコンテンツの編集・デザイン等を主たる事業内容とする株式会社である。(甲29の1)
株式会社ライブドア・パートナーズは、平成16年10月に設立され、その資本金を1000万円とし、投資顧問、証券投資信託委託等を主たる事業内容とする株式会社であり、債権者の子会社である。(審尋の全趣旨)
ウ フジテレビについて
フジテレビは、昭和32年11月に設立され、放送法に基づくテレビジョン放送、放送業務一般等を主たる事業内容とする株式会社である。フジテレビは、以前より債務者の発行済株式総数の12.39パーセント(406万4660株)を保有する債務者の株主であったが、後記の本件公開買付けにより、債務者の発行済株式総数の36.47パーセント(1196万1014株)を保有する債務者の株主となった。また、フジテレビの取締役のうち四名は、債務者の取締役を兼務している。(甲1、2、5、乙111、112)
(2) 本件新株予約権発行前の状況
ア フジテレビは、平成17年1月17日、債務者の経営権を獲得することを目的とし、債務者の全ての発行済株式(債務者の保有する自己株式は除く。)の取得を目指して、証券取引法に定める公開買付けを開始することを決定した(以下「本件公開買付け」という。)。本件公開買付けにおいては、買付予定株式数をフジテレビの既保有分を含めて債務者の発行済株式総数の50パーセントとなる1233万5341株(ただし、応募株券の総数が買付予定株式数を超えたときは、応募株券の全部を買い付ける。)、買付価格を1株5950円、買付期間を平成17年1月18日から同年2月21日までとしていた。(甲5、7)
債務者はこれを受けて、平成17年1月17日開催の取締役会において本件公開買付けに賛同することを決議し、同日付けの「公開買付けの賛同に関するお知らせ」と題する書面を公表した。(甲6、8、乙41)
フジテレビ及び債務者は、本件公開買付け終了後、債務者の株式を上場廃止することを念頭においていた。(乙93)
イ 債権者は、債務者の発行済株式総数の約5.4パーセント(175万6760株)を保有していたが、本件公開買付け期間中である平成17年2月8日に、東京証券取引所のToSTNeT―1を利用した取引によって、株式会社ライブドア・パートナーズを通じて、債務者の発行済株式総数の約29.6パーセントに相当する株式972万0270株を買い付け(以下「本件ToSTNeT取引」という。)、その結果、債務者の発行済株式総数の約35.0パーセントの割合の普通株式を保有する株主となった。(甲4)
そして、債権者は、同日付けの「意向表明書」により、何人かの債務者の株主に対し、債務者の普通株式全部の取得を希望する旨を伝えた。(乙34)
また、債権者の代表取締役堀江貴文(以下「債権者代表者」という。)は、同日、記者会見を行い、債務者株式の取得の意図について、放送局が保有するWebサイトをポータル化し、シナジー効果を得ることを目的とするものであり、また、フジサンケイグループとの業務提携をも見据えたものであることを明らかにした。(甲9、42、乙27)
ウ フジテレビは、平成17年2月9日ころ、本件公開買付けについて、取組方針を鋭意検討しているとのコメントを発表し、また、フジテレビの代表取締役会長日枝久(以下「フジテレビ代表者」という。)は、記者に対し債権者と業務提携の気持ちはない旨を述べ、債権者が求めている提携に対し否定的な考えを示した。(甲53、審尋の全趣旨)
フジテレビは、同月10日、本件公開買付けに係る買付条件を変更し、買付株式数の下限はフジテレビの既保有分を含めて債務者の発行済株式総数の25パーセント、買付価格は1株5950円、買付期間は平成17年3月2日までとした。また、本件公開買付けの目的を訂正し、従前の目的に加え、外部企業との事業提携については、今後の放送と通信の融合の時代への転換を展望して、ブロードバンド・モバイル関連分野において積極的に推進していくこと、その際には債務者及びフジサンケイグループとしての今後のインターネット戦略を基軸にしつつ、提携候補先の有する事業ノウハウ、技術開発力、営業インフラ、人材等の諸要素、加えて当グループとの親和性とシナジー効果につき総合勘案して主体的に決定していくことを方針としているとした。この本件公開買付けに係る買付条件の変更は、同月18日に公告された(甲10、13)。
債務者は、これを受けて、同月16日開催の取締役会において前記の本件公開買付条件等の変更等を含む本件公開買付けに賛同することを決議した。(甲14、15、乙62)
エ 債権者と株式会社ライブドア・パートナーズは、平成17年2月21日までに債務者の株式1152万9930株を取得し、債務者の総議決権に対する割合が37.85パーセントとなった。(甲16、17)
金融庁が、債権者の株式取得に関して、「時間外だが、東証での市場内取引のため、TOBを採用する必要はなく、違法と認定できない。」とのコメントを発表したとの新聞報道が、同月16日ころになされた。(甲58)
オ フジテレビ代表者は、平成17年2月17日に債務者の代表取締役亀渕昭信(以下「債務者代表者」という。)に対し、債権者が債務者の株式の過半数を取得し、子会社化した場合には、フジテレビ及びフジサンケイグループは、債務者及びその子会社との従前の取引を中止せざるを得ないと口頭で伝えた。なお、フジテレビにおいては、取引中止は担当役員の決裁事項であり、取締役会決議事項ではない。平成17年2月28日のフジテレビの取締役会で、債務者に対して前記の取引中止の意向を記載したフジテレビ代表者作成の陳述書を本件仮処分事件の疎明資料として提出することの承認決議がなされ、その後、同陳述書が本件仮処分事件の疎明資料として提出された。(乙2、63から65まで)
(3) 本件新株予約権発行の公表
ア 債務者は、平成17年2月23日の取締役会において、大量の新株予約権をフジテレビに発行するとする別紙「本件新株予約権の要綱」記載の要領による本件新株予約権の発行を決議した。この取締役会決議は、債務者の19名の出席取締役のうち、特別利害関係人にあたる可能性のある4名の取締役を除いた15名の取締役の全員一致によってなされたものであり、その15名の中には4名の社外取締役も含まれていた。
イ 債務者は、上記の取締役会決議後に平成17年2月23日付けで「第三者割当による新株予約権発行のお知らせ」と題する書面を公表した。この書面には、本件新株予約権の発行は、債務者の企業価値の維持と、債務者がマスコミとして担う高い公共性の確保のために行うものであり、債権者が債務者の支配株主となることは債務者がマスコミとして担う高い公共性と両立しないと判断し、債権者による大量の債務者株式取得という公開買付けの開始後に発生した事情に影響を受けることなく、債務者が賛同を表明したフジテレビによる債務者の子会社化という目的を達成する手段として、フジテレビへの本件新株予約権の付与を決定した旨が記載されていた。また、本件新株予約権の発行により取得する払込金(新株予約権の発行価額の総額)は、(仮)臨海副都心スタジオプロジェクトへの整備資金に充当する予定であるとされていた。(甲18、25、26の1、2)
ウ 債務者代表者とフジテレビ代表者は、同日、共同で記者会見に出席し、フジテレビ代表者は、フジテレビの機関決定はなされていないとした上で、本件新株予約権の発行に賛成を表明した。(甲37の1、2)
フジテレビは、平成17年2月24日付け書面で、債務者の行う本件新株予約権の引受け及び行使については、本件公開買付期間終了後、買付結果を踏まえた上で、フジテレビとして十分な検討を行って決定する予定であることを公表した。(甲22)
(4) 本件新株予約権発行公表後の状況
ア フジテレビは、平成17年2月24日に本件公開買付けの条件をさらに変更し、買付期間の満了日を平成17年3月2日から同年3月7日に変更した。(甲23)
イ 株式会社産業経済新聞社の代表取締役社長住田良能は、平成17年2月25日付け書面で、債務者代表者に対し、債務者が債権者の子会社となる事態になった場合には、債務者との従前からの全ての事業上の関係を清算する意向であることを示した。住田良能の前記意向は、平成17年3月1日に開催された株式会社産業経済新聞社の取締役会において事後承認された。(乙3、66)
ウ 本件については、平成17年2月24日、衆議院予算委員会において質疑がなされ、七条明金融担当副大臣は、債権者が行った本件ToSTNeT取引は、現行法上、基本的には違法と評価されないと答弁した。(甲38の1、2)
(5) 本件新株予約権の内容と株価の状況
ア 発行価額の算出方法
本件新株予約権の発行価額(1株あたり336.2731円(1個あたり336万2731円)。以下「本件発行価額」という。)は、新株予約権の目的となる株式の数を4720万株(希薄化率143.9パーセント)、株式の基準時価を6750円(平成17年2月22日の終値)、ボラティリティ(株価変動率)を26.1パーセント(平成17年2月7日における65日間ヒストリカルボラティリティ)、無リスク金利を0.099パーセント(TIBOR3か月)、配当利回りを0.089パーセント、借株レートを5.0パーセント(市場実勢を踏まえた推測)との前提条件を置いて、大和証券エスエムビーシー株式会社が、同社で開発した三項ツリーモデルと呼ばれるオプション価格算定モデルを用いて算出したものである。(甲18、25、26の1、2、乙42、45、93)。
イ 本件新株予約権行使の影響
本件新株予約権の発行総額は、158億7209万0320円であり、これが全て行使された場合に発行される株式数4720万株は、従来の発行済株式総数の約1.44倍にあたる。また、新株予約権が全て行使されて普通株式に転換された場合の株式の発行総額は、2808億4000万円(新株予約権の行使により発行される株式1株あたりの払込金額(以下「行使価額」という。)が5950円の場合)となり、これは債務者の現在の資本金額の約68倍、債務者の平成16年3月期の総資産額の約3.5倍となる。さらに、本件新株予約権が全て行使されて普通株式に転換された場合、債権者による債務者株式の保有割合は、約42パーセントから約17パーセントへと減少し、一方で、フジテレビの保有割合は、新株予約権を行使した場合に取得する株式数だけでも約59パーセントになる。
ウ 債務者の株価の推移
平成17年1月27日から同年3月3日までの債務者の株価の推移は別紙「債務者の株価推移表」のとおりである。(甲51)
また、債務者の過去の市場価格の平均は次のとおりである。(乙72の1)
過去1か月平均 | 過去3か月平均 | 過去6か月平均 | |
平成17年1月16日まで | 5133円 | 4938円 | 5122円 |
平成17年2月7日まで | 5849円 | 5240円 | 5184円 |
平成17年2月22日まで | 6450円 | 5591円 | 5327円 |
エ 日本証券業協会の自主ルール
日本証券業協会の平成15年3月11日付け一部改正に係る「第三者割当増資の取扱いに関する指針」(以下「自主ルール」という。)は、株主総会特別決議を経て発行される場合以外の第三者割当増資の発行価額について、「発行価額は、当該増資に係る取締役会決議の直前日の価額(直前日における売買がない場合は、当該直前日からさかのぼった直近日の価額)に0.9を乗じた額以上の価額であること。ただし、直近日又は直前日までの価額又は売買高の状況等を勘案し、当該決議の日から発行価額を決定するために適当な期間(最長六か月)をさかのぼった日から当該決議の直前日までの間の平均の価額に0.9を乗じた額以上の価額とすることができる。」と規定している。(乙71)
(6) 現在の株式保有状況
債権者は、本件ToSTNeT取引以降も債務者株式を買い付け、平成17年3月7日現在で、子会社である株式会社ライブドア・パートナーズを通じて保有するものも含めて、発行済株式総数の42.23パーセント(1385万2590株。債権者保有分322万5180株、株式会社ライブドア・パートナーズ保有分1062万7410株)を保有している。(甲96)
フジテレビは、平成17年3月7日に終了した本件公開買付けにより、新たに789万6354株の債務者株式を取得し、発行済株式総数の36.74パーセント(1196万1014株)を保有する株主となった。(乙111、112)
2 債権者が債務者の支配株主となった場合に債務者に生じる影響
(1) 債務者の主要な業務は、ラジオ放送、放送時間の販売並びに番組の制作及び販売であり、その他興行、イベントの開催などを行っている。(乙8の1)
債務者の放送事業においては、CM販売収入が多く、平成16年3月度の売上高合計に占める割合は約47パーセントである。イベント事業収入の売上高合計に占める割合は約4.6パーセント、興行収入の売上高合計に占める割合は約22パーセントである。(乙4、5、乙8の2の1、2)
(2) 債務者の主張
債務者は、債権者が債務者の支配株主になった場合、次のような損失が生じると試算し、債務者が喪失する将来収益等の合計を現在価値に引き直すと約550億円から約1450億円にのぼると主張し、後掲の各疎明資料を提出している。
ア 債務者が高い聴取率を獲得しているのは、フジサンケイグループの協力により、番組進行役であるパーソナリティの選定・確保と優れた番組コンテンツの確保が可能であったからであり、債務者がフジサンケイグループから離脱した場合、パーソナリティが降板し、フジサンケイグループから番組コンテンツの提供を受けることができなくなり、債務者の聴取率が著しく低下し、スポンサー収入が激減する。
また、債務者の放送の看板番組は「ショウアップナイター」と題するプロ野球開幕中に毎日放送しているナイター中継番組であり、債務者は、巨人、ヤクルト、横浜ベイスターズ、ロッテ、西武の各球団との間で放送権契約を締結し、株式会社電通との間で大リーグ中継のための放送権契約を締結しているところ、これらの契約には、債務者の経営主体に変動があった場合、各球団は放送権契約を解除できるものとする旨の条項がある。したがって、債権者が債務者の支配株主となると、債務者としてはこれらの放送ができないことになる。
さらに、債務者は、フジサンケイグループ各社との共催により実施しているイベント事業が多いが、債務者は、債権者が債務者の支配株主になると、債務者がフジサンケイグループから離れることになり、その関連での売上げが減少する。
結局、債務者の売上げの減少は約71億円、粗利益の減少は約28億円と見込まれる。
これに加え、債務者の従業員らも債権者が支配株主となることに反対しており、債務者が債権者の子会社になれば、その人的資産も毀損するし、債務者はフジサンケイグループの一員として大きなブランド力を持ち強い営業力を維持してきたところ、フジサンケイグループを離脱するとブランド力は大きく毀損される。
(以上、乙8の1、乙8の2の1、2、乙8の3から6まで、乙9、12の1、2、乙13、14、48、56から58まで、67、74)
イ 債務者の子会社である株式会社ポニーキャニオンは映画やテレビドラマ等のビデオ、DVDを製造・販売するいわゆる映像事業を行っているが、その事業はフジサンケイグループ各社との間の原盤供給契約に基づき、グループ各社との連携により遂行している。債務者がフジサンケイグループから離れることになると、フジサンケイグループ各社との取引が中止され、売上げの減少は約234億円、粗利益の減少は約80億円と見込まれる。(乙15の1から4まで、乙48、68)
ウ 債務者の子会社である株式会社ビッグショットは広告の制作及び仲介、各種イベントの制作及び運営、販売促進用プレミアムの販売等をする会社であり、債務者がフジサンケイグループから離れると、株式会社ビッグショットはフジサンケイグループ各社から業務の委託を受けることができなくなり、売上げの減少が約29億円、粗利益の減少は約4億2000万円と見込まれる。(乙16の1から3まで、乙48)
エ 債務者の子会社である株式会社フジサンケイエージェンシーは、フジサンケイグループ各社及び同グループの従業員を顧客とした損害保険、生命保険を取り扱う会社であり、債務者がフジサンケイグループから離れると、株式会社フジサンケイエージェンシーはその事業の大半が継続不能となる。また、売上げの減少が約10億6500万円、粗利益の減少は約1億8300万円と見込まれる。(乙17の1から3まで、乙48)
オ 債務者の子会社である株式会社ニッポン放送プロジェクトは、リース事業やラジオショッピング事業を主として行っており、債務者がフジサンケイグループから離れると、株式会社ニッポン放送プロジェクトは、フジサンケイグループ各社とのリース取引を失うことになり、売上げの減少が約19億4400万円、粗利益の減少は約2億0600万円と見込まれる。(乙18の1から3まで、乙48)
カ 債務者の子会社である株式会社一口坂スタジオは、スタジオのレンタル業、音響・映像関連事業を行っているが、債務者がフジサンケイグループから離れると、株式会社一口坂スタジオは、フジサンケイグループ向けの取引がなくなり、売上げの減少が約8700万円、粗利益の減少は約2800万円と見込まれる。(乙19の1から3まで、乙48)
キ 株式会社彫刻の森は、箱根にある「彫刻の森美術館」におけるレストランやショップの運営及びお台場のフジテレビ本社内の来訪者用ショップでのグッズ販売等を行っており、債務者がフジサンケイグループから離れると、株式会社彫刻の森はフジテレビ本社内での販売や、フジテレビ関連グッズの販売ができなくなり、売上げの減少が約4億2600万円、粗利益の減少は約5800万円となり、赤字会社となることが見込まれる。(乙20の1から3まで、乙48)
ク 株式会社ニッポンプランニングセンターは、CDやDVDのジャケット等のデザイン、制作及び販売促進グッズのデザイン、制作等を行う会社であり、債務者がフジサンケイグループから離れると、株式会社ニッポンプランニングセンターはフジサンケイグループ各社との取引がなくなり、売上げの減少が約2億5800万円、粗利益の減少は約4700万円となり、赤字会社となることが見込まれる。(乙21の1から3まで、乙48)
(3) 債権者の主張
債権者は、債務者が債権者の子会社となった場合、債権者の行っていたインターネットビジネスと融合することにより次のような効果が得られると主張し、後掲の各疎明資料を提出している。
ア 債務者がインターネットのポータルサイトを自ら運営することになり、(1)ラジオの聴取者を債務者が運営するポータルサイトに誘導して、会員化し、聴取者情報を把握することにより、広告主への訴求力の向上や聴取者にあわせた番組づくりができ、また会員化することによって商品代金の決済に必要な情報を管理することもできるため、代金の決算が簡易になり、商品販売も増加する、(2)ラジオで紹介した商品を債務者の営むポータルサイトのショッピングサイトで特集し、ラジオでは伝達できない視覚情報も提供することで、商品販売を促進するとともに、聴取者のニーズも捉えられることになるし、販売機会を獲得できる、(3)リアルタイムの放送を聴取できなかった聴取者に対して、過去の番組を有料でダウンロードする仕組みを債務者が運営するポータルサイトから提供することにより、課金収入を得ることができることはもちろん、ラジオ放送そのものへの聴取者の繋ぎ止め効果や満足度向上に役立つ、(4)以上のようなサービスの向上によって、債務者のポータルサイトの魅力が増して訪問者が増加し、その結果、ラジオ放送自体の聴取率が上昇し、サイトともども広告媒体としての価値が増加して広告収入が増加する。
イ 広告売上げに対する影響
債務者のカバー人口は約4054万人であり、債務者のコアのファンは約1050万人である。債務者の運営するラジオ番組と債権者のポータルサイトの提携により、債権者の顧客数は3年間で1050万人増加し、その結果として、閲覧数が大幅に増加すると予測される。今回の提携により平成17年の広告収入は約116億円増加すると見込まれる。ラジオ聴取者をポータルサイトに誘導したことで増加した広告収入の70パーセントを債務者に還元するとともに、ラジオ聴取者からポータルサイトへの会員化誘導に成功した場合にはその件数に応じて債務者に成功報酬(1件あたり1000円)を支払うビジネスモデルを考えているため、平成20年の債務者の広告売上増は279億円、営業利益増は230億円と推定される。(甲29の1)
ウ 物品販売に対する影響
ラジオからの顧客誘導により債権者が開設する物品販売サイトの利用者が増加し、これにより取扱高が増加するとともに、債権者が開設する物品販売サイトでの売上高の5パーセントを債務者に還元することにより、平成20年の債務者の売上増は110億円、営業利益増は42億円と予測される。(甲29の1)
株式会社ポニーキャニオンのCDとDVDの売上高は、590億円程度であるが、ラジオ番組と連携した通信販売を行うことにより、平成17年には10パーセント程度の売上げ増加が達成できる。(甲29の1)
エ 課金サービスに対する影響
株式会社ポニーキャニオンの映像・音楽ソフトを債権者のインターネット関連技術及びポータルサイトチャネルを利用することにより、多くの消費者に対してインターネットで配信することが可能となり、株式会社ポニーキャニオンの平成20年の売上増は229億円、営業利益増は69億円と推定される。(甲29の1)
オ フジサンケイグループ各社との取引が中止されることの影響
債務者とフジサンケイグループ各社との取引は、受注ベースで10億円、発注あるいは支払いベースでもほぼ同様の金額水準であり、債務者の単体の売上高が308億円以上であることを考慮すれば、フジサンケイグループ各社との取引中止が債務者の単体の業績に及ぼす影響は軽微である。
株式会社ポニーキャニオンの売上げは、フジサンケイグループ各社との取引の停止によって、約140億円(約30パーセント)ほど減少するかもしれないが、フジサンケイグループとの排他的な取引関係の開放による収益機会の増大により平成20年には約288億円の売上高の伸びが考えられる。(甲29の1)
カ 以上の結果、債務者の企業価値が上昇し、その結果、債務者の株価は1株あたり1万2493円から1万3808円となり、一般株主を含む株主全体にとって利益が得られる。(甲29の2)
3 被保全権利の存否について
(1) 本件新株予約権の発行が有利発行にあたるかどうかについて
ア 債権者は、本件新株予約権の発行価額は適正価格を大きく下回る有利発行であるところ、株主総会の特別決議を経ていないため、本件新株予約権の発行は法令違反であると主張する。
商法280条ノ21第1項にいう「特ニ有利ナル条件」による新株予約権の発行とは、公正な発行価額よりも特に低い価額による発行をいうところ、新株予約権の公正な発行価額とは、現在の株価、権利行使価格、権利行使期間、金利、株価変動率等の要素をもとにオプション評価理論に基づき算出された新株予約権の発行時点における価格をいうと解されるから、こうして算出された価額と取締役会において決定された発行価額とを比較し、取締役会において決定された発行価額が大きく下回るときは、新株予約権の有利発行に該当すると解すべきである。
これを本件についてみると、本件発行価額は1株あたり336.2731円、行使価格は5950円(ただし、調整される場合がある。)であるところ、前記1(5)アのとおり、本件発行価額は、新株予約権の目的となる株式の数を4720万株(希薄化率143.9パーセント)、基準時価を6750円(平成17年2月22日の終値)として、三項ツリーモデルと呼ばれるオプション価格算定モデルを用いて算出されたものである。
イ これについて、債権者は、この三項ツリーモデルを用いること自体には異議はないものの、(1)本件新株予約権はフジテレビが債務者の支配権を取得するために行使されるものであり、その全てが行使されるわけではないから、そのような前提を置くべきではなく、行使割合が54.8パーセントとすると発行価額は447円(希薄化係数0.56倍)、行使割合が25.5パーセントとすると発行価額は585円(希薄化係数0.73倍)となり、本件発行価額は有利発行といえること、(2)本件新株予約権には消却条項があるとしても、新株予約権者たるフジテレビは1か月の猶予期間中に本件新株予約権を行使することが可能であるから、消却条項の存在を理由に発行価額を減額するのは相当でないこと、(3)経営支配が争われているときに、片方に支配権を与えるのであるから、支配プレミアムを上乗せして計算すべきであり、その場合、行使割合を54.8パーセントとすると発行価額は825円、行使割合を25.5パーセントとすると発行価額は1079円となるから、本件発行価額は有利発行といえること等を主張し、それに沿った疎明資料(甲30)を提出する。
そこで、この債権者の主張について検討すると、(1)については、現段階で本件新株予約権が全部行使されないのかどうかは明らかではないから、本件新株予約権が全て行使されることを前提としてその発行価額を算定するのが不合理であるとまではいえない。
(2)については、発行価額の算定において消却条項を考慮すれば理論的には発行価額は減額されるということができるが、債務者は本件発行価額の算出に当たり消却条項を考慮していないというのであるから(乙46)、債権者の主張はその前提を欠いているといわざるを得ない。
(3)については、前記1(5)ウのとおり、フジテレビが本件公開買付けを発表した後の平成17年1月27日の債務者の株価の終値は5950円であり、その後、債権者の株式購入の意向表明のあった同年2月8日に6800円をつけるまでの間は、債務者の株価の終値は6000円前後であったこと、本件新株予約権発行の決議のあった前日である同年2月22日時点での過去1か月平均の株価は6450円、3か月平均の株価は5591円、6か月平均の株価は5327円であったことからすると、基準時価を6750円として算出された本件発行価額について、さらに支配権プレミアムを考慮しなければ不合理であるとまではいえない。
以上のほか、本件発行価額の算出方法についての大和証券エスエムビーシー株式会社作成の説明資料等(乙45、乙46)に明らかに不合理な点は認められないから、本件発行価額がオプション評価理論に基づき算出される公正な発行価額を大きく下回り、本件新株予約権の発行が「特ニ有利ナル条件」による発行であるとまでいうことはできない。
ウ ところで、本件新株予約権は、申込期間を平成17年3月23日、払込期日を同月24日、行使請求期間を同月25日から同年6月24日までとしているところ、前記1(3)イのとおり、債務者は、債権者による大量の債務者株式取得という公開買付けの開始後に発生した事情に影響を受けることなく、フジテレビによる債務者の子会社化という目的を達成するための手段として本件新株予約権を発行したというのであるから、定時株主総会においてフジテレビが過半数以上の議決権を行使できるよう、フジテレビの持株割合からみて必要な数の本件新株予約権が、行使請求期間の初日である同年3月25日から議決権行使の基準日である同月31日までに行使されることが確実であるということができる。このことは、同年4月1日以降は本件新株予約権の行使価格が株式の時価に修正されるものとされており、実際には同日以降に行使がされることは考えられないことからも裏付けられる。そうであれば、本件新株予約権は、オプションとしての形式を持つものの、その行使がなされることが確実であり、かつ、発行後極めて短期間に行使されることが予定されているということができ、そのような観点から、本件新株予約権の発行は、実質的には新株の発行と同一であるということができる。
本件新株予約権の発行におけるこのような特殊な事情を考慮すると、新株の有利発行を判断する際に株価を基準とした公正なる発行価額と実際の発行価額を比較するのと同様に、本件新株予約権の有利発行の判断として、株価を基準とした公正なる発行価額と1株あたりの本件発行価額と行使価格の合計額とを比較することにも、一応の合理性があると解される。
この観点からみると、本件発行価額(1株あたり336.2731円)と行使価格(5950円)の合計額である6286.2731円(以下「本件合計額」という。)は、平成17年2月22日の債務者株式の終値6750円の約93パーセントに相当する価格である。また、フジテレビが本件公開買付けを発表した後の平成17年1月27日の債務者の株価の終値は5950円であり、その後、債権者から株式購入の意向表明のあった同年2月8日に6800円の値をつけるまでの間は、債務者の株価の終値は6000円前後で推移していたところ、本件新株予約権発行の決議のあった前日である同年2月22日時点での過去1か月平均の株価は6450円、3か月平均の株価は5591円、6か月平均の株価は5327円であったが、本件合計額は、1か月平均の株価の約97パーセントに相当し、3か月平均及び6か月平均の株価についていずれもこれを上回っている。そうすると、発行決議の直前日の株価又は決議に先立つ一定期間の平均株価の9割の発行価額での第三者割当増資を認める日本証券業協会の自主ルールの基準(同ルールの内容は1(5)エのとおりであり、これは、旧株主の利益と会社の利益との調和の観点から日本証券業協会における取扱いを定めたものとして一応の合理性を認めることができる。)に照らしても、本件合計額が特に有利なもの、ひいては本件発行価額が特に有利なものとまではいえない。
そうであれば、本件新株予約権の発行が新株の発行と実質的に同一であるとの本件における特殊な事情を考慮した検証によっても、本件発行価額が公正な価格を大きく下回り、本件新株予約権の発行が「特ニ有利ナル条件」による発行にあたるとまでいうことはできない。
したがって、本件新株予約権の発行が有利発行にあたるとする債権者の主張には理由がない。
(2) 本件新株予約権発行が不公正発行といえるかどうかについて
ア 不公正発行の意味について
商法280条ノ39第4項、280条ノ10所定の「著シク不公正ナル方法」による新株予約権発行とは、不当な目的を達成する手段として新株予約権発行が利用される場合をいうと解されるところ、株式会社においてその支配権につき争いがあり、従来の株主の持株比率に重大な影響を及ぼすような数の新株予約権が発行され、それが第三者に割り当てられる場合に、その新株予約権発行が支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営陣の支配権を維持することを主要な目的としてされたものであるときは、会社ひいては株主全体の利益の保護という観点からその新株予約権発行を正当化する特段の事情がない限り、不当な目的を達成する手段として新株予約権発行が利用される場合にあたるというべきである。
商法は、公開会社について株主の新株引受権を排除し、原則として株主の会社支配比率維持の利益を保護していないから、新株又は新株予約権(以下「新株等」という。)の発行の目的に照らし第三者割当を必要とする場合には、授権資本制度のもとで取締役に認められた経営権限の行使として、取締役の判断のもとに第三者割当をすることが許容され、その結果として取締役の権限行使が株主の持株比率に影響を与えることがあることは法の予定するところである。しかしながら、会社支配権の争奪は、不適任な経営者を排除し、合理的な企業経営を可能とするという側面も有しており、一概に否定されるべきものではないところ、公開会社において、現にその支配権につき争いが具体化した段階において、取締役が、現に支配権を争う特定の株主の持株比率を低下させ、現経営陣の支配権を維持することを主要な目的として新株等の発行を行うことは、会社の執行機関にすぎない取締役が会社支配権の帰属を自ら決定するものであって原則として許されず、新株等の発行が許容されるのは、会社ひいては株主全体利益の保護の観点からこれを正当化する特段の事情がある場合に限られるというべきである(もっとも、このようにいうことは、公開会社が、あらかじめ敵対的買収者を想定して会社支配権の争奪の状況が発生する前に何らかの対抗策を設けることを否定する趣旨ではない。敵対的買収に備えて会社として事前にどのような措置を講ずることが許容されるのか、その内容、基準、社外取締役の関与、株主総会の承認など導入に際しての手順については、現在、有識者により様々な場において検討されているところであり、今後、議論が深化し、会社ひいては株主全体利益の保護の観点から公正で明確なルールが定められることが期待される。)。
イ 本件新株予約権発行の目的について
これを本件についてみると、確かに債務者の経営陣は事前にフジテレビによる公開買付けに協力することを決定しており、本件新株予約権の発行について社外取締役4名を含む全員が一致しているものであることに照らしても、自らの保身のために本件新株予約権の発行を決定したものとは認められないから、本件新株予約権の発行は現在の取締役の地位保全を主たる目的とするものということはできない。しかしながら、前記1(3)イのとおり、債務者は、債権者による大量の債務者株式取得という公開買付けの開始後に発生した事情に影響を受けることなく、債務者が賛同を表明したフジテレビによる債務者の子会社化という目的を達成する手段として、本件新株予約権を付与したというのであるから、本件新株予約権の発行は、現経営陣と同様にフジサンケイグループに属する経営陣による支配権の維持を目的とするものであり、なお現経営陣の支配権を維持することを主たる目的とするものというべきである。
これに対し、債務者は、本件新株予約権の発行は、証券取引法の規制を潜脱して債務者の株式を買い占め、債務者の当初からの事業戦略(フジサンケイグループとの連携強化)を妨害している債権者を排除することにより、債務者の企業価値の毀損を防ぎ、企業価値を維持・向上させ、また放送の公共性を確保するために行ったものであり、本件新株予約権の発行は正当なものであると主張している。
そこで検討するに、企業価値とは、会社ひいては株主全体の利益をいうものと解することができるところ、特定の株主の支配権取得によりかかる利益が毀損される場合には、取締役はこれを防止することを目的としてそのために相当な手段をとることが許される場合があるというべきである。他方、現経営陣の支配権の維持を主たる目的とする新株予約権の発行が原則として許されないことからすると、企業価値の毀損防止のための手段として新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるというためには、特定の株主の支配権取得により企業価値が著しく毀損されることが明らかであることを要すると解すべきである。
ところで、会社には、株主のほかにも、従業員・取引先・顧客・地域社会などの利害関係者が存在し、これら利害関係者の利益を高めることは、長期的には株主全体の利益にも沿うということができるから、企業価値の検討にあたっては、これら利害関係者の利益をも考慮する必要があると一応いうことができる。しかしながら、特定の株主らが事業計画を示して会社支配権の争奪を行っている場合に、いずれの事業計画がこれら利害関係者の利益に資するのかを数値化して比較することは困難である。
本件では、当事者双方とも企業価値の比較を行う際の指標として、株主の利益たる今後の収益見通しに基づく客観的企業価値を主張することから、以下、この観点から判断を行うこととする。
ウ 企業価値の毀損のおそれについて
当事者双方は、それぞれの事業計画や事業実績を前提に、債権者が債務者の支配権を取得した場合の債務者に生ずる事業利益の増減を主張している。ところで、企業の支配権を争う者がそれぞれの事業計画を前提に収益見通しを主張する場合において、本来、いずれに経営を委ねた方が収益の向上が期待できるかを判断するのは株主であり、双方が株主に対し自らの事業計画を説明し、その理解と支持を求めるべきであろう。これに対し、当裁判所の判断の対象となるのは、債権者の支配権取得により企業価値が著しく毀損されることが明らかといえるかどうかという点である。これに加えて、現経営陣側は事業内容を知り尽くしているのに対し、買収者側は必ずしも事業内容を熟知していない点で事業計画を立案する上で平等な立場にないことも考慮する必要がある。
そうであれば、裁判所がこの判断を行うにあたっては、株主と同一の立場に立って、双方の事業計画や収益見通しを比較し、いずれが合理的かという観点から行うのではなく、債務者の疎明と債権者の疎明を総合して、債権者による支配権取得が債務者に回復しがたい損害をもたらすことが明らかといえるか、債権者が提示した事業計画に合理性が認められず、真摯に合理的な経営を目指すものということができないかという観点から行うべきである。そして、こうした観点から審査を行い、債権者の支配権取得により企業価値が著しく毀損されることが明らかとはいえない場合、現経営陣及び買収者のいずれの事業計画が合理的かの判断は、会社支配権の争奪に対する取締役の違法な関与を排除した上で、株主によってなされるべきものである。
(ア) 債務者が債権者の子会社となることによる損失
債務者は、債務者が債権者の子会社となり、フジサンケイグループから離脱すると、放送事業のうち看板放送である野球放送について契約を打ち切られ、番組作成についてグループからの協力が得られず聴取率が低下してスポンサーを失い、グループ各社との共催によって実施していたイベントができなくなって収入が激減するし、また、債務者の子会社らもフジサンケイグループ各社との取引を中止されることにより収入が激減すると主張している。また、債務者は、債務者の従業員は債権者の経営参画に反対する旨の声明を出しており、債務者が債権者の子会社となると、債務者の人的資源が流出するし、フジサンケイグループとしての債務者のブランド価値も失われると主張している。
a フジサンケイグループ等との取引の打ち切り
債務者は、債権者がインターネットにおいてアダルトサイトを運営したり、メディアリンクスの粉飾決算に関わったり、架空取引を行うなど問題のある会社であることや、債権者代表者の言動等からすると、債務者が債権者の子会社となり、フジサンケイグループから離脱した場合に、債務者の取引先やフジサンケイグループ各社から取引を打ち切られるのは当然であり、そのような取引の打切りは独占禁止法違反にあたらないと主張し、これに沿う疎明資料を提出する(乙90から92まで)。
なるほど、株式会社ポニーキャニオンなどの債務者の子会社には、その事業につきフジサンケイグループとの取引に大きく依存しているものが少なくなく、債務者が債権者の子会社となったことにより同グループから取引を打ち切られた場合には、少なからぬ影響を受けることは否定できない。また、フジサンケイグループ各社以外の取引先も、債務者がフジサンケイグループの一員であるために取引を継続しており、債務者が同グループを離脱した場合には取引継続を再考する場合もあることも否定できない。
しかし、債務者の放送事業のうち野球放送の契約が打ち切られる点については、球団との契約の中に債権者の主張する解除条項が定められていることは認められるが、債務者が債権者の子会社となった場合に球団側が解除権を行使するのか否かは、現段階では明確ではないといわざるを得ない。
また、債務者が債権者の子会社となった場合に、フジテレビやフジサンケイグループ各社が取引停止を示唆したことが独占禁止法違反に該当するか否かについては、債務者の売上等が大幅に減少するという債務者の主張を前提にすれば、債務者及び株式会社ポニーキャニオンのフジテレビに対する依存度が大きいことになり、フジテレビの債務者及び株式会社ポニーキャニオンとの取引打切りは独占禁止法に違反するとの指摘(甲77の2)がある一方、公正取引委員会委員長は、平成17年3月9日の衆議院経済産業委員会において、本件に関して「取引は自由で、放送業界の市場で競争の制限も発生しない。」と述べており(乙109)、これと同旨を述べる意見書(乙90から92まで)も提出されている。債務者や株式会社ポニーキャニオンがフジテレビを含めたフジサンケイグループ各社と継続的取引を続けていたようなときに、このような理由による継続的取引の打切りが独占禁止法違反となるか否か又は解約に正当な理由があるか否かは、個々の取引関係を詳細に検討して判断すべきことであるから、フジサンケイグループ各社の取引打切りの可否について、現段階で一概にいうことはできない。また、フジサンケイグループ各社以外の取引先との取引についても、それらの取引先の取引打切りが許されるかどうかは、個々の取引関係を詳細に検討して判断すべきことである。
さらに、パーソナリティの確保や番組コンテンツの提供を受けることができなくなるとする点についても、債権者の提出する疎明資料(甲27)に照らせば、パーソナリティの確保ができなくなることが明らかとはいえない。
これに加え、債務者とフジサンケイグループ各社との取引は、平成16年3月期の売上高の実績で13億4000万円、同期の債務者の単体の売上高が308億円以上であること(乙8)を考慮すると、フジサンケイグループ各社との取引中止が債務者の単体の業績に及ぼす影響は必ずしも甚大ということはできない。
以上によると、債務者の単体に対する売上等の低下が債務者の試算するほどの金額にのぼることが明らかということはできない。
b 人的資産の毀損
債務者の従業員らが債権者が支配株主となることに反対を表明しているところ(乙56、57)、放送事業者において、人的ネットワークや各種特殊技能を用いて番組の企画制作や営業に当たる従業員は、極めて重要な役割を担う利害関係者といわなければならない。しかし、債権者が債務者の従業員らに対し、これまで自らの事業計画を説明したことはなく、債務者の従業員らが反対しているのは債権者代表者の発言を捉えてのことであること、債権者はこれまで数多くの企業を買収してきたが、買収に伴って従業員らを解雇したことはなく、買収後直ちに雇用条件の見直しを進めたことはないこと(甲29、甲75)を考慮すると、債務者が債権者の子会社となった場合に、債権者が従業員らと十分な協議を行うとともに、真摯な経営努力を続けたとしても、債務者の従業員らの大量流出が生じることが明らかであるとはいえない。
c ブランドイメージの毀損
債務者は、債務者がフジサンケイグループの一員として大きなブランド力を有しており、それによって強い営業力を維持しているため、債権者の子会社となってフジサンケイグループを離れれば、ブランド力は大きく毀損されると主張する。
しかしながら、債務者はAMラジオ業界における売上高一位のラジオ局であり、高い知名度を有すること等を考慮すると、債務者がフジサンケイグループのブランド力にどれほど依存しているかは明らかではなく、債務者がフジサンケイグループから離脱することによってブランドイメージが毀損され、著しく営業力が損なわれることが明らかであるとはいえない。
(イ) 債務者が債権者の子会社となることによる収益の向上
a 債権者の試算
インターネットの利用者は年々増え続け、インターネット広告費も平成14年から平成16年までに二倍以上の伸びを示し、平成16年にはインターネット広告費がラジオ広告費を上回っている状況にあり(甲29の1、甲87、88)、前記2(3)のとおり、債務者と業務提携により、インターネットとメディアの融合がうまく進展すれば、その結果、債務者及び株式会社ポニーキャニオンの売上げや利益も上昇し、債務者の株価は一株あたり1万2493円から1万3808円になるとする試算を行っている。
b 債務者の反論
この債権者の試算に対して、債務者は、債権者が主張している今後のビジネスで実現可能なものは既に債務者において実現していること(乙86の1から3まで、乙87、88、89の1、2)、債務者のコアのファンを約1050万人としている前提が債務者の平均聴取率1.5パーセント(乙75)からして過大であること、債務者のコアのファンが3年間で会員化できるとしている見通しが債務者の聴取者の年齢層が高いこと(乙81)を無視していること、前提となる数値等に誤りがあるだけでなく、債務者の聴取者が会員化した際に債権者が債務者に対して支払うとする収入の計算を間違って債務者の将来の株価を算定していることなどの点から信用できるものではないなどと主張する。(乙85)
c 債権者の事業計画と姿勢
なるほど、債務者の主張するところを考慮すると、債務者が債権者の子会社となり業務提携を行った場合に、債権者の試算するとおりに債務者の収益や株価が向上することが合理的に予測できるとまではいうことはできないが、他方、前記のとおり、インターネットの利用者が増加し、インターネット広告費も上昇していること、電子商取引やインターネット課金・決済市場も急激な伸びを示していること(甲29)からすると、債務者の事業と債権者のインターネット事業との間の相乗効果が期待できないということはできないし、債権者の事業計画に合理性が認められないとまではいえない。
債権者は、債務者の株式を取得する前である平成16年11月以降、関西テレビとの業務提携を図って交渉を継続してきた経緯があること(甲28の1から4まで、甲75)、債権者は、債務者の経営に参画し、業務提携を行うことを前提に前記のとおりの事業計画(甲29の1)を作成していること、債権者の主張する債務者の株価試算は、債権者の事業計画に基づき第三者機関であるPwCアドバイザリー株式会社の行った分析にかかるものであること(甲29の2)からすると、債権者がメディアとの事業提携を目指していることを否定することはできない。
(エ) 小括
したがって、債務者が債権者の子会社となった場合に、債務者がフジサンケイグループから離脱することにより債務者やその子会社の売上げ及び粗利益が債務者が主張するとおり減少し、その一方で、債権者との事業提携によって収益が向上することが期待できず、債権者による支配権取得が債務者に回復しがたい損害をもたらすことが明らかとはいえないし、債権者が真摯に合理的経営を目指すものではないともいえない。
以上によると、債権者の支配権取得により債務者の企業価値が著しく毀損されることが明らかであるということはできず、企業価値の毀損防止のための手段として、従前の発行済株式数の約1.44倍にも上る本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情があるということはできない。
エ 証券取引法違反の主張について
(ア) 有価証券の公開買付けを規定する証券取引法27条の2第1項は、取引所有価証券市場外における買付け等について、買付け後に総決議権の3分の1を超える株式を有することとなる場合には著しく少数の者から取得する場合であっても、公開買付けによらねばならない旨を規定しているところ、債権者は、本件ToSTNeT取引により、平成17年2月8日に発行済株式総数の約30パーセントにあたる債務者株式を買い付け、その結果、発行済株式総数の約35パーセントの債務者株式を保有することとなったことは前記1(2)イのとおりである。
(イ) 債務者は、このような債権者の債務者株式の大量取得は、証券取引法27条の2が規定する強制公開買付制度に違反する点で違法であり、本件新株予約権の発行はそのような威嚇的な買収に対する対抗措置である旨を主張し、これに沿った疎明資料(乙55、104、105)を提出する。
そこで検討すると、ToSTNeTとは東京証券取引所で行われる立会外取引を執行するためのシステムであるところ、本件ToSTNeT取引は、東京証券取引所が開設する有価証券市場における取引であり、証券取引法上の取引所有価証券市場における取引と認められるから(証券取引法2条14項、同16項、同17項参照)、取引所有価証券市場外における買付け等には該当せず、本件ToSTNeT取引が取引所有価証券市場外における買付け等の規制である証券取引法27条の2に違反するものということはできない。
(ウ) なるほど、ToSTNeT―1は競争売買の市場ではないから、そこにおいて投資者に対して十分な情報開示がされないまま、会社の支配権の変動を伴うような大量の株式取得がなされるおそれがあることは否定できない。公開買付制度の趣旨が、支配権の変動を伴うような株式の大量取得について、株主が十分に投資判断をなし得る情報開示を担保し、会社の支配価値の平等分配を図ることを制度的に保障することにあることからすると、公開買付けの対象となる規模の株式を有することとなるToSTNeTを通じた取引についても、今後、公開買付制度の趣旨を及ぼす立法を行うことには、十分に合理的な根拠があろう。また、このような公開買付制度の趣旨からすれば、フジテレビによる債務者株式の公開買付期間中に、債権者が本件ToSTNeT取引によって発行済株式総数の約30パーセントにも上る債務者株式の買付けを行ったことについて、その分、市場の一般投資家が会社の支配価値の平等分配に与る機会を失う結果となっており、それだけ大規模な債務者株式の買付けを行うのであれば、公開買付けの手続によるべきであったとの批判も可能であろう。
しかしながら、証券取引法は、その規制対象の明確化を図るため、2条の各項に主要な文言の定義規定を並べており、「取引所有価証券市場」は「証券取引所の開設する有価証券市場」と定義されているところ(同法2条17項)、ToSTNeT―1は、東京証券取引所が多数の投資家に対し有価証券の売買等をするための場として設けているものであるから、これを取引所有価証券市場ではないと解することはできない。金融担当副大臣も、衆議院予算委員会において、本件ToSTNeT取引は現行法上基本的には違法と評価できないとの答弁を行っていることは、前記1(4)ウのとおりである。仮に、明文により規制の対象となっていない取引について、事後に法解釈を拡張することにより規制の対象とするとすれば、市場参加者の予測可能性を欠き、ひいては我が国の証券流通市場の公正性や透明性を損なうおそれもあろう。
そうであれば、本件ToSTNeT取引のような取引を規制すべきであるという立法論はともかく、現行法の下においては、本件ToSTNeT取引が証券取引法27条の2の規定に違反するものであるということはできない。
(エ) したがって、本件新株予約権の発行は違法な買収に対する対抗措置であるとする債務者の主張は、その前提を欠き、採用することができない。
以上のほか、債務者は、本件ToSTNeT取引は相手方との事前合意の上で行われたものであった旨や株価操縦や風説の流布等の証券取引法に抵触する可能性がある債権者側の行為があった旨を主張するが、本件新株予約権の発行を正当化する特段の事情があったとまでは認めるに足りる疎明はない。
オ 放送の公共性に関する主張について
債務者は、債権者がインターネットにおいてアダルトサイトを運営していたこと、債権者がメディアリンクスの紛飾決算に関わったり、架空取引を行うなど問題のある会社であること、債権者代表者の言動などから、債権者による企業買収が不当であり、放送の公共性を守るために債権者を排除する必要があると主張するが、債務者が債権者代表者の言動に関して指摘する諸点は、その発言の片言隻語を捉えたにすぎず、文脈全体を見れば必ずしも債権者の主張に沿うものとは考えられないものも少なからずあり、これらをもって債権者が債務者の支配権を取得した場合に放送の公共性が失われると認めることもできないし、他に放送の公共性に関する債務者提出の疎明資料をもって、本件新株予約権発行を正当化する特段の事情があると認めることもできない。
(3) 本件新株予約権の発行により債権者の受ける影響について
債務者は、債権者の株式取得の状況からして、債権者が保護されるべき株主でないし、名義書換がなされている債務者株式が3万1420株にすぎず、これは債務者の発行済株式総数の0.096パーセントにすぎないことから、債権者は、本件新株予約権の発行により損害を受ける地位にないと主張する。
しかし、前記1(6)のとおり、債権者及び株式会社ライブドアパートナーズは、相当数の債務者株式を保有している。そして、これらの保有株式のほとんどが保管振替機構に保管されているところ、保管振替機関から債務者の実質株主名簿の書換えのための通知がなされるのは9月末日と3月末日となっていることから(株券等の保管及び振替に関する法律(以下「保振法」という。)31条1項参照)、それらの株式については債権者又は株式会社ライブドア・パートナーズの保有するものであることについて未だ実質株主名簿の記載がなされていない。
しかし、保管振替機関から保振法31条1項に基づく通知を受けたときは、会社が実質株式名簿に、通知事項のほか、各実質株主が有するものとみなされる各株式につき同項の規定による通知の年月日を記載し、又は記録しなければならないのであり(保振法32条2項)、実質株主名簿の記録又は記載は株主名簿の記載又は記録と同一の効力を有する(保振法33条1項)とされている。本件において、保管振替機構から保振法31条1項に基づく通知を受けた場合に、債務者が名義書換を拒絶できる理由は特に存在しないと認められるため、確かに、現時点では債権者は3万1420株を超える株主であることを、株式会社ライブドアパートナーズは1062万7410株(平成17年3月7日現在)の株主であることを、それぞれ債務者に対抗できないものの、保管振替機構からの通知に基づき実質株主名簿の名義書換が予定される平成17年3月31日以降には債権者及び株式会社ライブドアパートナーズは債務者に対して株主であることを対抗できることになる。そして、平成17年3月24日に発行され、翌25日から行使請求期間となる本件新株予約権が全て行使された場合、債権者による債務者株式の保有割合は、約42パーセントから約17パーセントに減少することからすると、債権者が本件新株予約権発行により著しい損害を被るおそれがあることは明らかである。
4 保全の必要性について
債務者の本件新株予約権の発行により、債権者が著しい損害を被るおそれがあることは、前記3に判示したとおりであるから、本件では保全の必要性も認めることができる。
5 以上から、債権者の申立ては、理由があると認められるから、債権者が本決定の送達を受けた日から5日以内に、債務者のために金5億円の担保を立てることを保全執行の実施の条件としてこれを認容することとし、申立費用につき民事保全法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり決定する。
平成17年3月11日
東京地方裁判所民事第8部
裁判長裁判官 鹿子木 康
裁判官 真鍋 美穂子
裁判官 大寄 久
日本経済新聞 2005/3/17 地裁決定
東京地裁の異議申し立て審決定の要旨
新株予約権をめぐる16日の東京地裁の異議申し立て審決定要旨は次の通り。
●発行は正当か
ニツポン放送は、新株発行が取締役会の決議事項だから、取締役の行為によって株主構成が変更されることは商法上、当然許されると主張する。
しかし取締役の選任・解任は株主総会の専決事項だから、誰を経営者としてどんな方針で会社を経営させるかは、株主総会での取締役選任を通じて、株主が資本多数決で決めるべき問題だ。
株を市場で公開しているのに、多額の資本を投下し大量に取得した株主が現れるやいなや、取締役会が事後的に新株予約権を発行し、大量取得者の持ち株比率を一方的に低下させることは、投資家の予測可能性の観点からも許されない。
従って、会社の支配権に現に争いが生じている場面で、取締役が特定株主の持ち株比率を低下させ、現経営者やこれに友好的な特定株主の支配権維持・確保を主な目的として新株予約権を発行した場合、原則として不公正な発行に該当する。
もっとも、株主全体の利益の保護という観点から発行を正当化する事情がある場合、支配権の維持・確保を主な目的としていても、例外的に不公正発行に当たらないと考える余地がある。
例えば、経営参加の意思がないのに株価をつり上げて高値で引き取らせる目的で売買するグリーンメーラーは、株主として保護するに値しない。放置すれば他の株主の利益が損なわれるのも明らかで、手段の正当性があれば一種の緊急避難的行為として発行可能だ。
グリーンメーラーでなくても、支配権を取得すると会社に回復しがたい損害をもたらすのが明らかで、これを阻止するのが株主全体の利益に役立つときも同様だ。
こうした事情を会社が主張立証しないと、差し止め請求の対象となる。
●目的は何か
ニッポン放送は、企業価値の維持・向上が発行の目的だから、現経営陣の支配権維持が主要な目的と認定した11日の地裁決定に明らかな事実誤認があると主張する。
ニッポン放送の取締役が自己や第三者の個人的利益を図るためのものではないが、ライブドアによる株式大量取得への対抗策として決定されたもので、予約権がすべて行使されるとライブドアの持ち株比率を著しく低下させ、フジテレビの比率を大幅に増加させる。
その実体を見る限り、新株予約権発行がライブドアの持ち株比率を低下させ、現経営者と友好的な特定株主であるフジテレビによる支配権確保を主な目的とするのは明白だ。従って、例外的にこれを正当化する特段の事情がない限り、不公正発行に当たる。
前回の地裁決定が認めた通り、ライブドアがニッポン放送の支配株主になった場合、ニッポン放送に回復しがたい損害が生じるのが明らかとはいえず、ライブドアが真摯に合理的な経営を目指していないともいえない。さらに、ライブドアによる株の取得経緯に証券取引法違反があったとも認められない。
●結論
時間外取引での株式取得や堀江貴文社長のマスコミ発言などを見ると、ニッポン放送の現経営者がライブドアの支配に不安を覚え、企業防衛のためフジテレビとの関係強化が必要と考えたことは理解できるが、新株予約権の発行は「著しく不公正な方法」と認めざるを得ず、差し止めを認めた前の決定は正当だ。