日本経済新聞 2005/2/27
敵対的買収 企業価値巡り攻防 「先進国」米の事例点検
ニッポン放送の支配権を巡ってライブドアがフジテレビジョンと全面対決する状況になった。外国企業による日本企業の買収を容易にする2006年の改正商法施行を待たず、国内企業同士でも敵対的な買収が相次ぐ可能性がある。敵対的買収「先進国」の米国では1980年代以降、企業価値を巡る攻防が続いてきた。米国での変化を事例を点検しながら振り返った。
米国での主な敵対的買収案件
(注)カッコ内は買収発表時期と買収金額。敵対的買収失敗の場合は買収提示額。 |
80年代ー乗っ取り屋の時代 毒薬条項で応戦
教訓 行き過ぎたマネーゲームは企業を破壊
米国で敵対的買収の嵐が吹き荒れたのは1980年代。現経営陣に敵対する行為であるため、主要メディアでは「野蛮」や「どん欲」といった言葉が頻繁に登場した時代であり、ニッポン放送争奪戦が「マネーゲーム」と呼ばれている現在の日本と酷似している。
当時の主役は、日本では小糸製作所株の買い占めで有名になったT・ブーン・ピケンズ氏ら乗っ取り屋(コーポレートレイダー)。その中で企業の合併・買収(M&A)史上に大きな痕跡を残した人物がいる。名門化粧品メーカー、レブロンの買収を仕掛けたロナルド・ペレルマン氏だ。
レブロンの取締役会はペレルマン氏を拒否し、「ホワイトナイト」と呼ばれる友好的な相手を見つげ出して買収を依頼。ペレルマン氏が提示した買収価格がホワイトナイトのそれを上回っていたのに、である。
同時に、レブロンはポイズンピル(毒薬条項)を導入。これは82年に原型が編み出された敵対的買収の対抗策で、敵対的買収者の持ち分を大幅に引き下げる効果を持つ。司法の場で合法性を確認された80年代半ばごろから、乗っ取り屋対策として米国企業の間で一気に普及し始めた。
ペレルマン氏は法廷闘争へ持ち込み、米国企業の多くが本杜を置くデラウェア州の最高裁で勝利。理由は「会社を身売りすると決めた段階で、取締役会の義務は会社を守ることではなく会社を競売にかけることへ切り替わる」だった。要は、敵対的であっても最も高い買収価格を提示した相手に売らなければならないわけで、これは「レブロン義務として知られるようになる。
ペレルマン氏の傘下に入ったレブロンは株式非公開になる過程で大きな負債を抱え込んだ。96年に再び株式を公開したものの、今も経営状態は改善していない。
レブロン義務 いったん自社を売りに出したら、取締役会は最も高い買収価格を提示する買収者を売却先に選ぶ義務を負うこと。株主利益を最優先することであり、1985年にデラウェア州最高裁が示した司法判断。逆に言えば、売りに出していないならば、取締役会は短期的に株主利益を損ねても、従業員や取引先などの利益も考慮して長期的な企業価値の創造を優先できる。 |
90年代ー戦略的買収の時代 一方的排除難しく
教訓 過剰防衛は価値創造を阻害
80年代の反省から、90年代は企業価値を戦略的に高めるのを狙いにする戦略的M&Aの時代になる。敵対的な買収者も中核事業を強化しようとする企業が中心だ。敵対的であっても価値の破壊者とは言い切れず、排除するのは以前よりも難しくなった。
それを象徴するのが、93年に起きた映画大手パラマウント・コミュニケーションズの争奪戦だ。買い手は友好的なメディア大手バイアコムと敵対的なテレビショッピング大手QVC。買収価格でQVCはバイアコムを上回っていたのに、パラマウントはQVCの提案を拒絶した。
QVCは乗っ取り屋ではないだけに、デラウェア州の最高裁でパラマウントはレブロン以上に厳しく指弾され、完敗。同社が導入していたポイズンピルなど一連の防衛策は「現状よりも有利な条件を出す買い手を不当に排除する過剰防衛」と見なされた。これによって、ポイズンピルは買収を阻止するのではなく、買収者を競わせることによって最も高い買収価格を引き出す手段としても位置づけられた。
ただ、判決後、バイアコムは買収価格を引き上げ、条件面でQVCに見劣りしなくなった。そのため、パラマウントは身売り先を再びバイアコムヘ戻した。バイアコムは今もパラマウントを傘下に持ち、その後にCBSも買収するなどで有カメディア企業の一角を占めている。
2000年以降ー機関投資家の時代 経営に緊張感迫る
教訓 投資家が高株価安住支持せず
2000年にピークを迎えた情報技術(IT)バブル期、高株価を背景に安易にM&Aへ走り、バブル崩壊後に株価急落に見舞われる企業が続出した。代表例は、一時はインターネットの覇者と見なされたアメリカ・オンライン(AOL)によるメディア大手タイム・ワーナーの買収だ。
そのため、大株主の機関投資家の間では、企業価値を高める戦略性を持っていれば敵対的買収をむしろ後押ししようとする動きが広がった。議決権行使を積極化するなどで、バブル期に緩んだ経営に緊張感を与え、経営の新陳代謝を促そうとの考えだ。
今月24日、長距離通信大手MCI(旧ワールドコム)は地域通信大手クエスト・コミュニケーションズによる買収提案を精査するとの声明を発表した。MCIは現在、クエストのライバル会社ベライゾン・コミュニケーションズによる買収で合意している状態だが、クエストによる敵対的な提案も検討する。
MCIはなぜそんな声明を発表したのか。「MCIは株主に魅力あるクエストの提案を拒絶している」と主張する大株主からクラスアクション(集団代表訴訟)を起こされたからだ。ここでも「レブロン義務」から免れないわけだ。
80年代や90年代との違いは、敵対的買収者が法廷闘争を始めなくとも、機関投資家の圧力で買収に成功するケースが増えていることだ。例えば、昨年暮れにソフトウェア大手のピープルソフトは同業のオラクルによる敵対的買収を受け入れた。これも裁判所に命じられたからではなく、株主の多くがオラクルの提案を支持したからだ。
ニッポン放送はパラマウントやMCIと同じように「レブロン義務」を背負うのか。実は一つ大きな違いがある。フジは株式公開買い付け(TOB)を実施中である一方で、ライブドアは市場でニッポン放送株を買っている。そのため、ライブドアの提案を評価しようにも最も重要な買収価格がわからない。両社が強調する「企業価値」の意味もあいまいなまま。株主にとってどちらが有利なのか、何を判断基準にすればいいのかわかりにくいなかで、法廷に判断がゆだねられる特異なケースとなる。