毎日新聞 2008/6/17

医療クライシス 

かさむ費用 「高齢化」に根拠なし

 医療経済学の専門家らが参加し、06〜07年に開かれた厚生労働省の「医療費の将来見通しに関する検討会」。委員は口々に、世間が国から聞かされてきた「高齢化で医療費はどんどん膨張する」という “常識” とは正反対の内容を語った。
 「(医療費増に)高齢化の影響はほとんどない」「医療費は野放図には伸びない」
 厚労省の担当課長すら「医療費の自然増の最大の要因は、(高価な薬や機器、治療手段が開発される)医療の進歩であることは明白だ」と明言した。

 委員の権丈善一慶応大教授は「医療経済の世界では当たり前の話」として、米国の医療経済学者、ゲッツェンが医療費と経済成長率の関係を分析した研究を紹介した。高齢化が医療費を増すように見えるのは見かけの問題で、医療費の増加率は国民所得の増加率で決まるとの内容だ。
 権丈教授は
ゲッツェンが指摘した関係はどの国でも成立する。医療費の額は結局、社会のパイの中からどれだけ使うかという政治的な判断、つまり医療への政策スタンスで決まっている」と解説する。実際、日本は先進7カ国で最も高齢化率が高いが、国内総生産(GDP)比でみた医療費は最も少ない。

 高齢化と並び、終末期医療もよく医療費増の一因に挙げられる。
 だが、日本福祉大の二木立教授は「根拠はない」と話す。厚労省が02年に死亡した人を対象に、死亡前1カ月間の医療費を計算すると、約9000億円との結果で、国民医療費の約3%にすぎなかった。二木教授は「そもそも日本の医療費がアメリカに比べて少ない理由の一つに、終末医療の医療費の少なさがある」と指摘する。
 風那など軽い病気は保険の対象から外し、重い病気に財源を回す.べきだとの意見もある。二木教授は「患者の8割は軽い病気だが、使っている医療費は全体の2割にすぎず、医療費削減効果は小さい。何より8割の患者が使えない保険では意味がない」と語る。

 政府は、このままでは25年度の国民医療費が現在の倍の65兆円になるとして、抑制を訴えてきた。この数字にも落とし穴がある。
 権丈教授は「来年の100円なら何が買えるか想像できるが、20年後の100円で買える物は想像できない。単位が兆になると、みんなそんな単純なことを忘れてしまう」と話す。25年度の65兆円は国民所得の12〜13.2%と推計されるが、04年度でも医療費は国民所得の8.9%。経済成長で国の「財布」の大きさも変わるため、名目額は倍増でも実質額はそれほど増えない。
 '権丈教授は「推計名目額の大ききを基に議論しても意味がない。国民所得の中のどれぐらいを医療に充てるのかを議論すべきだ」と指摘する。

 このまま医療費が増えつづければ国家がつぷれるという発想さえ出ている。これは仮に『医療費亡国諭』と称しておこう」。83年、当時の厚生省保険局長がとなえた「医療費亡国論」は長く、日本を低医療費政策に導いてきた。社会保障財源を巡.る議論が進む今、本当に医療費が国を滅ぼすのかを追う。