日本経済新聞 2004/9/7

信託拠出の年金資産 株高「返還益」計上認めず
 会計士協会が新ルール 伊藤忠など修正も

 企業が株高で大幅な積み立て超過になった年金資産の一部を取り崩し、利益計上する会計処理が認められなくなる。日本公認会計士協会は近く、企業が信託制度を利用して年金向けに積み立てた資産の返還益を、原則認めない会計ルールの草案を公表する。2005年3月期から適用する方針。信託の活用は、退職給付会計の導入で顕在化した年金積み立て不足の解消策。安易な利益計上は企業会計の透明性を損ねると判断した。伊藤忠商事など返還益計上を決めていた企業は計画変更を迫られそうだ。
 企業は株安による企業年金の積み立て不足の穴埋めを狙い、「退職給付信託」と呼ぶ制度を使い、株式などを年金のために信託し、会計上の年金資産として積み立ててきた。ところが昨年来の株高で年金資産が必要な積立額を大幅に上回る例が出てきた。企業の間では信託の一部を解約して返還を受け、利益に計上しようという動きがある。
 すでに伊藤忠や丸紅が2005年3月期の単体決算で、年金資産の返還に伴い140億−150億円の特別利益をそれぞれ計上する方針を発表している。しかし、外部に積み立てた会計上の年金資産を取り崩すだけで利益計上できると、本業に関係ない部分での業績底上げが可能になる。会計士協会は決算の透明性を高めるため、返還益を認めないことにした。

▼退職給付信託(信託拠出)
 企業が保有する株式などの資産を、信託制度を活用して年金のために外部に積み立てる手法。2000年度の退職給付会計の導入に併せて認められた。信託するだけなので、法的には厚生年金基金などの企業年金の資産にはならない。しかし会計上は年金資産とみなすため、積み立て不足を穴埋めできる。

ルール整備、後手に 退職給付信託の矛盾表面化
 
 日本公認会計士協会が退職給付会計の実務ルールを見直すのは、作成当初、退職給付信託に絡んで企業が資産返還を受けるケースをほとんど想定していなかったことが背景にある。株安局面から株高に変わったことで返還益を計上しようという企業も多そうで、ルール整備が後手に回った感は否めない。
 退職給付会計基準は企業会計審議会が1998年に決定。99年には会計士協が実務指針を公表した。当時は、「企業の年金債務の積み立て不足処理が最大の焦点となっており、返還益の問題は想定外だった」(ルール作成にかかわった会計士)。結果として細かな規定にあいまいさを残すことになった。
 今回のルール改定をきっかけに、退職給付信託の矛盾点が改めて浮き彫りとなった側面もある。持ち合い株式を退職給付信託設定すると、@積み立て不足が穴埋めできるA含み益を特別利益に計上しリストラ損失と相殺できるB税務上も基本的に課税されないーーなどの利点があり、決算時の切り札として大企業が多用してきた。
 ところが、企業会計上は従業員に帰属する年金資産とみなしている一方で、税務上では資産と運用収益は企業が保有したままの取り扱いとなっている。企業側には実際に退職金の支払いに充当しない限りは自らの資産だという意識が残ることになり、こうした制度上のねじれが今回の混乱を招く一因になったと指摘する声もある。
 厚生年金基金の代行返上のような制度変更やリストラなどに絡んで退職給付債務が減少する場合には、従来通り損益計上は可能だ。