日本経済新聞 2007/11/19

日経・経済図書文化賞 記念シンポジウム 「日本経済過去・いま・未来」 

 経済や経営・会計分野の学問、知識の向上に貢献するとともに、その普及・応用に寄与することを目的に優良書籍を表彰する日経・経済図書文化賞が今年第50回を迎えた。11月6日に開かれた記念シンポジウム「日本経済 過去・いま・未来」の模様とともに、経済論壇の半世紀を振り返り、今後を展望する。


基調講演 英エコノミスト誌前編集長 ビル・エモット氏 改革続け生産性向上を

 パネル討論に先立ち、ビル・エモット英エコノミスト誌前編集長が、「グローバル経済の展望と日本」と題して基調講演を行った。

 グローバル経済を展望するのに何から話せばよいか、普通なら迷うが、今日なら簡単に決まる。「今年8月9日の国際金融市場」、すなわち信用力が低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)の問題だ。この日、サブプライムのデフォルト(債務不履行)問題が拡大し、信用収縮の危機が生じた。その後、欧米金融機関が相次いで損失を発表。英国で取りつけ騒ぎも起きた。1990年代の邦銀危機を思い出す事態だ。
 マクロ経済にすぐ大きな影響が表れるわけではない。国際通貨基金(IMF)は10月に08年の世界経済の成長率見通しを小幅下方修正した。中国、インド、ロシアなど新興国経済が世界経済を支えるという。だが私は懐疑的だ。経済の転換点では過去の統計は将来の指針にならない。過去と劇的に変わるからこそ8月9日は転換点なのだ。
 日本で90年代にバブルが崩壊し危機が起きて株価が急落した際、専門家らは一時的な問題だと語った。だが信用リスクに対する姿勢や心理状態が変化し、人々の行動様式が変わっていたのだ。
 同じことが米国で起きる恐れがある。9月に関係者は信用収縮の影響は一時的とみていた。だが米国は単なる景気減速では済まず景気後退に陥るだろう。世界経済はある種の調整が必要になっていたのだ。ただし私の直感では、米国の景気後退は短期で終わる。90年代の日本の危機感のなさは長期間続いたが、米国のそれはまだ2、3カ月だ。
 米景気後退が長期化するとすれば、要因の一つは政治だ。補助金の拡大や貿易保護的政策をとれば問題は深刻だ。そうだとしても、実際に法律が成立するのは09年ごろだろう。09年1月に新大統領が就任するころは景気後退は終わっていると期待する。
 日本経済は悲惨にはならないが、短期的には悪化するだろう。政府は何か対策を講じるより、むしろ害となる政策をとらないことが重要だ。消費税の税率引き上げを具体的に検討したり、日銀が金融政策の正常化を試みたりすると、経済に害が及ぶ。
 最低賃金を大幅に引き上げてはどうか。労働需給が逼迫する中で最低賃金を上げても、失業が大幅に増えるとは思えない。長期的には、日本政府は過去数年と同じく改革を進め、企業が生産性を高められる経済的、社会的な状況をつくることだ。
 世界は転換期にある。欧州各国にも景気後退の可能性があり、中国、インド、ブラジルなどで部分的な経済鈍化の可能性も高い。米国の景気後退は世界経済がよりよい状態になるために必要な課程だ。今後1、2年は困難な年となりそうだが、むしろ始まってよかったと考えるべきだ。



記念シンポジウム 討論 日本経済の成長と課題 


 「日本経済の成長と課題」をテーマにしたパネル討論では、猪木武徳、大竹文雄、香西泰の三氏が議論を交わし、人口減少という荒波を乗り越えるため、市場を軸にした新たな資本主義像を追求していく必要性が強調された。

猪木武徳氏 国際日本文化研究センター教授
大竹文雄氏 大阪大学教授
香西泰氏  日本経済研究センター特別研究顧問
(司会は小島明・日本経済研究センター会長)

高度成長ーーなぜ実現

 猪木氏「所得倍増」が期待を醸成
 香西氏 低い物価、海外で競争力

ー 過去50年の日本経済を振り返りながら今後の課題、展望を議論したい。まず高度成長期はなにによってもたらされたのか。

猪木 高度成長の背景を少し重点的に考えると、第一に「戦争の遺産」がある。戦後の冷戦体制で中国との関係が途絶し、米国という世界最先端の市場と向き合うことを迫られた。それが軽工業から重化学工業への転換につながり、成長の大きな要因になった。
 二点目は、予測可能性の問題。戦後の政治体制が、自民党結党と社会党統一を通じ再編されたが、この1955年体制は、実質的には政権交代の難しい1.5大政党制であり、それで政権が安定したことも経済に好条件となった。春闘の開始も寄与した。

香西 現在と比べた初期条件の違いが大きい。1ドル=360円で国際物価が国内物価より高く、国内の生産コストが低いために海外で高い競争力が発揮できた。こうした割安な国内物価は経済発展につれ修正されていく。中国は今まさに、そういう転機にある。逆に近年の日本のデフレには、割高になった国内物価が是正される過程だったという一面がある。

大竹 戦後の条件がたまたまプラスに働いた面はある。一つは人材が一新され、今までの制度にとらわれず新しい体制を作りやすかった。農地改革や税制改革による再分配制度も人材形成に大きな影響を与えたのではないか。

猪木 ガット(関税貿易一般協定)などで自由貿易の枠組みができたこともプラスに作用した。当時、「貿易立国主義」と「国内開発主義」の論争があったが、ガットに加盟でき、貿易立国の道を進んだのは正解だった。
 もちろん、設備投資など内需の寄与も大きい。そこで指摘したいのは、60年に池田内閣で始まった所得倍増計画の持つ意味だ。「所得が10年で倍になるほど、我々日本人は潜在的な資質を持っている」という期待が国民に醸成された。

大竹 日本は貿易を自由化したが、金融市場は自由化しなかった。国全体の資金配分に政府が介入したことで豊富な資金をいろいろなところに分配できた。ただそれで所得は伸びたが、消費を犠牲にして投資しただけの成果が本当にあったか疑問が残る。

バブル・その崩壊ーー背景は

 大竹氏 利害対立で政策論争迷走
 猪木氏 悲観論変える先導力なし

ー 1980年代の円高、バブル発生、バブル崩壊後の長期の経済停滞から学ぶべきものは何か。

大竹 円高不況をにらんで実施された金融緩和策がブラックマンデーで引き締めに転換できずバブルが発生した。また不動産融資などの総量規制を契機にバブルは崩壊したが、設備、債務、雇用の3つの過剰から90年代不況が長期化した。これが一般的な議論だ。ただ今回強調したいのは、この間の人口動態が日本経済に大きく影響したことだ。80年代には15歳以下の人口比率が下がって労働力人口比率が高まり、人口ボーナスが発生、将来所得が増加するとの期待があった。逆に90年代は高齢者人口比率上昇の影響が高まりこれが経済成長に負担になる「人ロオーナス(重荷)」に転換した。
 政策論争も迷走した。供給の問題が大事だと思った論者は構造改革を唱え、デフレを重くみた人は金融政策を重視した。また、需要不足が不況の原因とみる向きは財政発動をと訴えた。しかし、議論混乱の真の原因はそれらの政策が所得分配に影響を与えたからではないか。財政拡張では特定の業界だけが潤い、金融政策は債権者と債務者の利害対立が発生する。構造改革でも規制緩和で得をする人と損をする人が出てくる。

香西 学界や論壇では、金融政策の失敗が主因という意見が優勢なのではないか。構造派は構造のどこがおかしいのか、なかなか定義できない。私自身は、日本の経済・社会構造がグローバル化に適応できなかったことが大きいと思う。バブル崩壊で金融や不動産がダメになったというより、自動車や電機といった優良業種のなかでも苦境に陥る企業が出た。格差についていえぱ、高度成長期に賃金格差は解消したが、生産性格差は解消しなかった。その問題が不況期に露呈した。

大竹 市場化とその対応の過程が経済混迷の長期化に影響したことも指摘したい。金融・資本市場の自由化や労働分野の市場化は十分な準備なしに進んだ。市場が機能するための自己責任原則や情報開示の徹底がおろそかだった。問題をおこした参加者の退出ルールも未整備だった。

猪木 80年代は世界的に規制緩和が進んだ。ただ、市場と規制を対立した概念で考えてはいけない。規制にも真に必要な規制から合理性に欠ける規制までいろいろある。ある種の規制をべースにしないと市場はうまく機能しない。さらに、高度成長期とは逆に、先行きはよくないという予想を変えられるパワフルな先導力が、政治にも研究者にもマスコミにもなかった。この点を我々はもっと研究すべきだ。

今後の展望ーー国家と市場

 香西氏 人口減少社会でどう成長
 大竹氏 非合理さ踏まえ制度設計

ー 現状と今後の課題を聞きたい。

香西 グローバル化が進んだのは、冷戦終結とIT(情報技術)の影響が大きい。米国が覇権を握りデジタルデバイドが進むといわれたが、実際は旧社会主義国やインドなどアジア諸国が世界市場に組み込まれ、IT革命によるイノベーションで、そういった発展途上国がITを学ぶだけで容易に先進国に追いつけるチャンスを得た。
 米国や途上国はITという新しい産業に力を注ぎ高成長した。その結果、ものをつくる古い産業の競争力の意義が薄れ、ものづくりに強かった日本や欧州連合(EU)諸国は低成長にとどまった。さらに日本は人口減少で財政が危機にある。その中でどう成長していくかが課題だ。失われた15年は過去のことか、小泉改革とは何だったのか、景気拡大・財政健全化をどう達成するかが問われている。

猪木 現在のグローバル化の最大の焦点は人口13億人の中国が世界経済に組み込まれたことだ。日本はこの新しい状況下で国際分業の観点でどういう方向に動くべきか考える必要がある。また製造業はもう古いとの考えを持つべきではない。経済の中で製造業のウエートは縮小しているが、モノの生産がないと成り立たない分野は少なくない。技術革新と人材の質向上で人口減を乗り切るべきだ。

大竹 失われた15年はまだ克服されていない。団塊世代が大量退職するが、新しい発想を持った人たちが活躍することに期待したい。他方、就職氷河期に就職した世代にも対処する必要がある。
 格差拡大はグローバル化による高学歴層への労働需要拡大に対し、その人数が増えていないことが一因だ。教育が重要になるが、高齢者の政治力が高まり、医療・年金など高齢者支出が優先されてしまう。財政健全化に向け税負担を高める余地はあるが、その前に税の使い道を改善する必要がある。問題は世代間の政治力の非対称性。若い人に負担を押しつけると生産性低下という形で跳ね返ってくる。

ー 日本が長期停滞で苦しんだ間、世界も変化した。国家の役割と市場の機能の観点で、将来の課題を聞きたい。

大竹 市場の失敗を補い市場を設計するのが国家の役割。人口減少の中で資源・資本・労働の非効率な配分を是正することが必要だ。伝統的経済学は合理的な人間行動を前提にしていたが、例えば不良債権処理を後回しにするなど、人間の非合理さを織り込んだ制度設計をすべきだ。

猪木 もはや政府が決定したことを国民が単にフォローする時代ではない。地方自治や非営利組織(NPO)の活動にみられるように、国民自身が制度設計にかかわっていく力をさらにつけ、市揚のルールや規制についても国家の関与を薄くすべきだ。

香西 今後、EUのような経済統合、国家のブロック化が進むだろう。日本を含むアジアも例外ではない。そうなると、日本の自負するものづくりより金融の役割が大きくなる。その一方、10年に一度は来そうな金融危機に備えた市場づくりも必要だ。

討論を聞いて 教訓に満ちた日本の半世紀

 日本経済の半世紀のダイナミックで波乱に満ちた展開は、内外に様々な教訓を提供している。
 貿易と資本の自由化、円切り上げ、公害危機、石油危機、貿易・経済摩擦、グローバル経済の登場、中国などの台頭、世界最速で進行する人口高齢化など、日本が過去に直面し、また現在抱える課題は大きい。
 1980年代後半のバブル景気までの40余年は成功物語だった。貿易と資本の自由化やニクソンショック(円切り上げ)などへの過剰反応が政策論議においてもみられた。しかし、経済・社会に対する危機意識が調整を加速させる効果はあった。
 「奇跡」の高度成長は、恵まれた内外の初期条件を日本が活用したことから生まれたといわれる。ただ、絶えず変化する初期条件に応じて制度も政策も変わる必要がある。
 バブル景気は貯蓄余剰経済に転換した後も貯蓄不足時代型の銀行中心システムを維持したという制度面でのミスマッチと政策面での過剰反応が重なって増幅された。
 経済論争では「市揚の失敗」論が早くからにぎやかだった。しかし、市場らしい市場がない場合、失敗は政策の失敗でしかない。市場がその機能を十分発揮するには、@ルールが明確で透明性を持つA参入と退出のルールも明確で基本的に自由B参加者が判断に必要な情報に十分、かつ公平にアクセスできるC公開される情報に虚偽がないーーことが必要だろう。
 また、経済学は時に自然科学のような厳密科学だと錯覚して失敗してきた。あくまで社会と人間の学問であるということも確認する必要がありそうだ。(日本経済研究センター会長小島明)



記念シンポジウム 討論 日本企業の進化と挑戦

 「日本企業の進化と挑戦」に関するパネル討論では、今井賢一、伊丹敬之、香西泰の三氏が、いわゆる「日本的経営」や日本企業の姿を浮き彫りにしながら、グローバル化、IT(情報技術)、環境など新しい波に洗われるなかで、これからの日本企業のあるべき方向を議論した。

今井賢一氏 スタンフォード大学名誉穂シニアフェロー
伊丹敬之氏 一橋大学教授
香西泰氏  日本経済研究センター特別研究顧問
(司会は西周幸一・日本経済新聞社コラムニスト)

日本的経営 ー どう評価

 今井氏 筋肉質の生産方式創造
 伊丹氏 人本主義に経済合理性.

ー 日本企業は80年代に絶頂期を迎え、90年代に低迷した。絶頂期を支えた「日本的経営」をどう評価するか。

今井 日本企業が注目を集めたのは、米国のマスプロダクションに対し、ぜい肉のないリーン(筋肉質の)プロダクションの仕組みを作り出したからだ。世界経済の覇権国である米国を脅かした最初の国が日本だった。トヨタ自動車、ホンダ、ソニーが攻め込み、米国の消費者の支持を得た。系列取引や中小企業の活用といった効率的な生産方式を米国の大学も評価した。ただ、米国の大学も気づかなかったが、日本企業の強さは、製造現場の熟練を支える長期的な人材育成にあった。

伊丹 日本的経営の神髄は、「人本主義」にあると提唱してきた。現揚の従業貫をただの手足として使うのでななく、心や頭を持った人間として扱うメリットの集積が日本経済に成功をもたらした。さらに、人と人のネットワークを企業内や企業間の取引の場で構築したことが日本企業の強さの源泉だ。
 人本主義とは別な言葉でいえば「草の根レベルの産業民主主義」だ。人を大事にする経営をすれぱ、現場のコミュニケーションが促進され、情報の蓄積が失われずにすむ。企業の長期的教育投資が意昧を持つ。日本的経営には高い経済合理性があると思う。

香西 日本的経営は、日本が先進国に追いつく過程では非常にうまく機能した。為替で円が安く、賃金や物価も低い中で技術力が向上すれぱ、競争優位に立つ。しかし、物価や賃金が上昇すれば競争力を失う。
 80年代半ばにピークを迎えた後、低迷したのは、先進国へのキャッチアップをほぼ終えたからだ。その前に新しい産業を育成するなどイノベーションを起こす必要があったが、うま<いかなかった。

90年代停滞 ー その原因

 伊丹氏 経営者十分に育たず  
 香西氏 グローバル化足りぬ

ー 日本的経営に対する評価は90年代に一転、大きく下がった。

今井 長期的な人材育成の欠点が出たからだ。リーダーの育成に時間がかかるうえ、社長は長く育ててきた事業から撤退したり取締役を、やめさせたりできない。

伊丹 市場経済の原理に人本主義による企業原理を重ねる日本企業の仕組みは大きなショックに弱い。バブル崩壊、冷戦の終結、IT革命という3つの大きな環境変化に対応できず、雇用調整も甘くなった。「米国と肩を並べてアタマなし」という川柳を聞いたほどで、経営者も十分育たなかった。半導体業界でも韓国メーカーに簡単に負けた。

今井 日本企業の間接費が韓国より高い点も指摘したい。日本企業は取締役が多く、関連企業も多い構造になってしまう。半導体を「産業のコメ」とみなす日本に対し、米国は半導体代を核にシステムを構築する知的IT産業にシフトさせようと全力を挙げた。こうした大きな仕組みのつくり方では米国にかなわない。

香西 確かに半導体は虎の子の航空母艦4隻を失ったミッドウェー海戦のようだった。また、日本企業がグローバル化していない点も問題だ。長期的人間関係を強調するあまり、よい技術が世界基準になりにくい。海外進出の余地がない企業が世界で戦える企業を押さえつけている。携帯電話業界がその好例だ。

今井 インターネット上で、「パラダイス鎖国」という言葉がはやっている。.国内で結構幸せだから海外に出ようとしないという意味だ。日本の競争が内向きになりすぎているのが深刻な問題だ。

伊丹 むしろ「ガラパゴス鎖国」。閉じられた環境で生物が特殊な進化を遂げたガラパゴス諸島のように、日本は特にIT産業を中心に特殊な道をたどりつつある。目本的経営の功罪は功が7、罪が3だと思う。日本的経営を今後も引き継ぐ中で、3の部分をどう小さくするかが課題だ。

新たな経営像 ー 方向性は

 今井氏 意志持ち楽観主義
 香西氏 株主重視まず徹底

ー 今後の日本の企業や経営の姿はどうなるか。

香西 日本企業がグローバル化にもっと対応できるか、日本的経営の負の部分をどう縮小するかという点で、ある意昧の実験が必要だ。例えば、会社は誰のものか。少なくとも、商法では株主が企業の持ち主であるというルールがある。日本も一度、ゲームのルールを純化し、忠実に従うべきではないか。それでダメなら別のルールを作ればいい。

伊丹 それぞれの国が何らかのユニークさを持って共存するのが望ましい。また、日本が世界第二位の経済大国であり続けるという幻想は捨てた方がいい。そう考えると、新しい経営の姿は、戦略面で2つ見えてくる。
 一つは、ものづくりで新しい産業革命を起こし続けられる企業群。典型例はトヨタだ。日本の弱点である言葉の壁が少なく、活躍できる産業が多い。二つめは東アジアをネットワークで結ぶタイプだ。こうした企業は日本の事業モデルをアジアに持ち込むことが可能。例えぱダイキン工業がアフターサービスのシステムを中国に持ち込み成功したのはその先駆けだ。
 人と人との関係の作り方といった原理面では、デジタル人本主義に進化していくべきだろう。

今井 企業や産業組織は三つの層に分類されてくると思う。第一層は今までの企業よりも一段上にあるような超多国籍企業。第二層はエネルギーや情報通信などの、特定分野の大企業ネットワークだ。第三層は多種多様なドメスティックな企業だ。今の日本は悲観主義になりがちだが、「悲観主義は気分に属す。楽観主義は意志に属す」といいたい。悲観主義を意志を持って変えなければならない。

伊丹 おカネを出した人がすべての最終的な権力を握るという制度でよいのか。カネは暴カ装置にならないか。

香西 カネは政治の暴力から企業を解放するためのもの。カネの暴力化には、市揚の力で対応するのが正しい。

 

討論を聞いて 日本的経営、どう変える

 この50年の企業のパフォーマンスを振り返ると、日本的経営への評価は避けて通れない。しかもその評価は時代とともに大きく振れてきた。アジア金融危機、国内でも底なしの金融不安が広がった10年前は、著名大企業でも経営不安が取りざたされ、日本企業の真価に大きな疑問符が付いた。その10年前には世界の範となる日本企業のメカニズムが誇らしげに示された。
 3人の論者のうち人本主義を掲げてたじろがない伊丹氏、一橋、スタンフオードの両大学で内外企業を見比べてきた今井氏は日本的経営に肯定的な評価。香西氏も80年代のピークに立つまでのキャッチアップ過程には適した仕組みとする。
 議論が割れるのはバブル崩壌以降の経営と今後のあり方だ。90年代の下降局面をIT化やグローバル化など不可抗力的な外部環境の変化が主要因と見て、それに適応するように修正するか、環境変化を受け入れるようにルールやシステムを変えるかだ。日本的経営を功7罪3と見る伊丹氏は性急に人本主義を投げ出すには払う代償が大きすぎるという。香西氏は、一度以市場主義経済の基本ルールに戻して経営してみたらという。
 今後の展開を考えると、トヨタ自動車などを先導役に、超多国籍型からITを駆使したローカル企業まで多様な形態がある。日本列島に小さく安住せず、蓄積してきた自らの長所をどう生かしながら海外にネットを張るかが課題になる。
 今井氏、伊丹氏がそれぞれ「パラダイスの鎖国」「ガラバゴスの鎖国」という異形の安定を強く戒めれば、90年代の半導体産業の凋落を日本企業のミッドウェー型敗戦と象微的にとらえる香西氏は、そこから何も学ばなけれぱ新しい経営の創造はないと警告している。
(本社コラムニスト 西岡幸一)