2006/11/1 日本経済新聞
2006/12/6 毎日新聞夕刊
伝統と現代の調和目指す
米国の松風荘に寄贈の襖絵 千住博
ニューヨーク・メトロポリタン美術館の主任研究員を務めている小川盛弘氏から相談したいことがあると連絡が入ったのは2003年秋のことだった。美術館に氏を訪ねた私は、日本建築の美に魅せられたロックフェラー3世の発意により、約50年前にニューヨーク近代美術館中庭に建造された「松風荘」という純日本建築のことを教えられた。
永久保存が決まり、フィラデルフィアに移築され、アメリカ建国200周年記念事業の一環として大修理が行われた、とのこと。そして氏はこう言った。
「この日米文化交流史上最大の記念建造物に、襖絵を描く気はありませんか?」
実は氏が中心となってこの襖絵の制作者を選考していたのだった。遠く日本から離れて、恒久的な管理、維持には大変な努力が必要だ。そこでその費用に充当させためる為、私は20面に及ぶ全作品とこの著作権を寄贈することを申し上げ、この名誉ある襖絵の制作をお引き受けすることにした。
さっそく私はフィラデルフィアを訪ね、設置されているフェアモント公園に出向いた。吉村順三により設計され11代伊藤平左エ門により施工されたその建物の端正なたたずまい、おもむきある品の良さは、別格の感があり、静かな環境とおだやかな公園の雰囲気と相まって崇高な空間をつくり上げていた。建物の周囲に広がる佐野旦斎による日本庭園は、深い緑の池を中心に、春になれば見事な桜が咲き誇り、そして季節おりおりの変化に富む樹々が美しい。その眺めはここがフィラデルフィアであることを忘れさせた。
私はその空気にふれ、今まで全く使ったことのないべージュ色の背景に滝を描こうと考えた。最も自然にこの建物や庭になじむ襖絵にしたかった。しかし言うまでもないことだが、同時に現代の新しい絵画でなくてはならない。保存のことも考え、日本画で旧来用いられる動物にかわによる絵の具の定着法ではなく、アクリルで絵の具を定着させる手段をとることにした。動物にかわによる定着法では水にぬれると絵の具が流れ落ちてしまうが、アクリルを使用すると、この心配が無い。実はアクリル技法は最近私が好んで用いる手法でもあった。
作品は完成し、先月10日、フィラデルフィアで関係者のパーティーが開かれた。仮設された私の作品を見た人々から、これは私たち皆の文化だ、という強い連帯感を感じた。それに接して、松風荘はこれからも国境を越えて長く人々に支持されるに違いないと確信した。襖に仕立て、フィラデルフィアで一般公開されるのは07年4月からとなる。
(せんじゅ・ひろし=日本画家)
「松風荘」は1950年に当時の本田親男・毎日新聞社社長が渡米した際、ロックフェラー3世夫妻から依頼されたのをきっかけに、54年、戦後初の日米文化交流事業として官民挙げての寄付金で建設された。襖絵には東山魁夷の作品が入っていたが失われ、何も描かれていなかった。
今回、千住さんの制作した襖絵は渡米前の来年3月4日まで、東京都千代田区の山種美術館で公開されている。
フィラデルフィアのボランティアと保存活動を行っている「日本松風荘友の会」(会長・吉富勝経済産業研究所所長)は建物修復のための日本からの寄付金を募っている。目標額は1800万円。松風荘修復の募金の問い合わせは同会(045・336・1663)・へ。