2004/9/29 朝日新聞                発表

理化学研究所が新元素発見 名前は「リケニウム」?

 日本人が、初めて新種の元素を発見した。今のところ、見つけたのは、陽子113個を含む(原子番号113)新元素の原子核1個だけだが、実験を重ねて確実性が認められれば命名権を得る。名前のついた元素はこれまでに110種あるが、初の「日本発」。理化学研究所が28日に発表し、名前の候補は「リケニウム」(理研にちなむ)、「ジャポニウム」などを挙げている。

 原子の核は重くなると壊れやすく、放射線を出しながら分裂などにより、より軽い原子核に変わってしまう。このため、陽子92個を含むウランより重い元素は天然にはほとんど存在せず、人工的につくり出しては新発見が積み重ねられてきた。94年発見の元素に110番目の名前が付けられている。

 理研の森田浩介先任研究員らは、同研究所の加速器(埼玉県和光市)で、亜鉛の原子核(陽子30個)と、重金属のビスマスの原子核(同83個)を80日間、衝突させ続けた。その結果、7月23日、新元素が誕生。寿命は約0.0003秒で、次々にアルファ線を出し、さらに核分裂していった。

 ロシアの研究所も今年2月、陽子が同じ113個の元素の発見を報告したが、証拠が不十分とされている。「国際純正・応用化学連合」などがつくる委員会が実験データを審査し、理研が第一発見者と認定されれば、新元素の名前を提案できる。

 人工合成された重い元素はこれまですべて米、ロ(旧ソ連を含む)、独の3国で発見され、特に冷戦時代は国威発揚競争の面があった。20世紀初め、日本人化学者が新元素に「ニッポニウム」と命名したことがあったが、後に誤りとわかった。

 理研の野依良治理事長は「新元素発見の歴史に、日本が初めて貢献できる」と喜んでいる。

 発見者を認定する委員会のメンバー、中原弘道・東京都立大名誉教授(核化学)の話 理研の検出器は世界最高級の性能で、データの信頼度が高い。第一発見者と認められる可能性は十分にある。


2004/9/28 理化学研究所

新発見の113番元素
http://www.riken.go.jp/r-world/info/release/press/2004/040928_2/index.html

 独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、これまで確認されている元素より、さらに重い113番元素の発見に成功しました。世界最高のビーム強度を有する理研線形加速器を80日間連続稼働させて得られた実験結果 です。この発見は、中央研究所加速器基盤研究部(矢野安重基盤研究部長)の森田浩介先任研究員らの研究グループ※によるものです。
 諸外国(ドイツやロシア)において、元素の存在限界を見極めようと超重元素の探索研究が進められてきています。今回、理研が確度の高い方法で113番を見つけたことにより、超重元素合成競争で世界をリードすることになります。
 今回、合成された原子核は1個です。この原子核は合成されるや否や、連続した4回のアルファ崩壊とそれに引き続く自発核分裂によって崩壊しました。この一連の崩壊の寿命および崩壊エネルギーなどから、原子番号113 (質量数278の278113)の原子核が初めて合成されたと結論付けられました。
 今後、複数合成して再現性を確かめるなどして、今回のデータを補強すれば、将来、113番元素の命名権があたえられる可能性があります。その場合、周期表に歴史的な成果 として、明確に足跡を残すことになります。 本研究成果は、日本物理学会欧文誌(JPSJ)誌http://jpsj.ipap.jpの10月号に掲載されます。本論文は同誌のLetters of Editors' Choiceに選ばれました。また9月29日、高知大学で開催されている日本物理学会で口頭発表されます。

※ 本研究には、独立行政法人理化学研究所、国立大学法人東京大学、国立大学法人埼玉大学、国立大学法人新潟大学、国立大学法人筑波大学、日本原子力研究所、中国科学院蘭州近代物理学研究所、中国科学院高エネルギー研究所の研究者が参加しています。今回の新元素発見を可能にした加速器の性能増強は、東京大学原子核科学研究センター(CNS)の協力を得ました。

1. 背 景
 物質の構成要素である原子は、その中心にあって、原子の質量のほとんどを担っている原子核の周りを電子が飛び回っているという構造をしています。原子核は、プラスの電荷を持つ陽子と電気的に中性な中性子からなり、電気的に中性な原子には陽子数と同じ数の電子が存在し、原子のいろいろな性質はこの電子によって決まっています。また、原子核に含まれる陽子の数を原子番号と呼んでいます。
原子の周期表(図1)は原子番号の変化による元素の性質の変化に周期性があることを教えており、全ての元素は周期表の1席を占めています。
 新しい元素を作り出すためには、どうすればよいのでしょうか。それには陽子数のより大きな新しい原子核を合成する必要があります。自然界では92番元素のウラン(U)までの元素が見いだされました。93番元素のネプツニウム(Np)以上の元素は原子核反応によって人工的に合成されてきています(人工合成の後にNpと94番元素のプルトニウム(Pu)は自然界にも極微量存在することが確認されました)。
 人工元素合成の研究は始めの頃、マンハッタン計画で基礎を培ったアメリカの独壇場でした。原子番号93から103までの新元素は全てアメリカのグループによって合成、確認がなされてきました。元素名にもアメリシウム(Am95)(国名から)、バークリウム(Bk97)(研究所の所在地バークレーから)、カリホルニウム(Cf98)(州名から)、ローレンシウム(Lr103)(サイクロトロンの発明者アーネスト ローレンスから)などアメリカの地名や人名にちなんだものがつけられています。104番から106番までは米ソの科学者たちの熾烈な競争の時代でした。元素名にもドブニウム(Db105)(ロシアの研究所の所在地ドウブナから)やシーボーギウム(Sg106)(アメリカの指導的核化学者シーボルグから)など両国の成果を尊重したものがつけられています。107番から112番にかけて、今度はドイツの独壇場となりました。ドイツの重イオン科学研究所GSIにちなみハッシウム(Hs108)(GSI所在の州名ヘッセンから)、ダルムスタチウム(Ds110)、(GSI所在の市ダルムシュタットから)などの元素名がつけられています。ロシアでも精力的に研究が行われており、113、114、115、116、118番元素の合成が報告されています。113番元素については、今年2月にロシアの研究所が、「115番新元素の原子核(質量数、288と287)の初合成に成功し、その崩壊連鎖上の原子核として原子番号113、質量数284と283の原子核も発見した」と発表していますが、崩壊連鎖が既知の原子核まで到達していないため、現在はこれら115番、113番元素の命名権を獲得するに至っていません。ロシアのフレロフ核反応研究所のグループでは、実験データを積み重ね、より確かなものにしようとする努力が払われています。ただすべての崩壊の連鎖が未知の自発核分裂で終わっており、純粋実験的に原子番号Zと質量数Aを決めることができないのが現状です。元素に命名権を与える、国際純粋応用物理学連合(IUPAP; International Union of Pure and Applied Physics)と国際純正応用化学連合(IUPAC;International Union of Pure and Applied Chemistry)の合同ワーキンググループの報告によれば実験結果はかなり確実であるとしながらも既知核への連結がないことをもって、いまだ命名権を与えるに至っていないと報告しています。
 各国が技術の粋を集め、周期表の拡大に血道をあげている現状です。現在名前の付いている元素は110番のダルムスタチウムまでですが、まもなく111番にも名前が与えられようとしています。元素記号(元素名)はRg(Roentgenium)となる予定です。(1995年ドイツ・重イオン科学研究所(GSI))
 この天然および人工元素発見の歴史において、日本も含めアジアの国々はこれまで貢献することがありませんでした。約100年前、当時第一高等学校教授であった、小川正孝先生(イギリス留学中の成果 http://www.chart.co.jp/subject/rika/sc_net/19/sc19_1.pdf)が第43番元素を発見し、ニッポニウムと命名されましたが、後にそれは43番元素ではなかったことが判り、ニッポニウムは幻の元素となってしまいました。のちに、このニッポニウムは周期表上で、テクネチウムという元素の一段下のレニウムという元素であったことがわかっています。理研は持てる技術を尽くして日本初の新元素合成を目指してきました。

2. 研究手法と成果
 本研究の目的は原子番号113の原子核を合成するという単純なものですが、その困難は、目的とする原子核の生成確率が極端に小さいこと、生成に最適なエネルギーを的確に予測し精度良く照射することです。そのためには、標的となる原子核とビームの原子核を多数回衝突させる必要があります。
 今回の実験では約1.7×1019回(1700京回)の衝突を行わせ、原子番号113の原子を1原子合成し確認することができました。標的は原子番号83のビスマス(209Bi)で、ビームは原子番号30の亜鉛(70Zn)を用いました。合成は、一秒間に2.5兆個の亜鉛ビームを80日間照射し続けるという厳しい条件でやっと可能になりました。
 
図2は核融合反応によって新元素の原子核が合成される様子を示しています。
 本研究を遂行するにあたってキーポイントとなったのは、第一に、大強度のビームをいかにして安定に供給するかという点、第二は、生成した目的の原子核をいかにその大強度ビームから分離し、効率よく収集するかという点でした。
 第一の点では
理研の線形加速器リニアック※1(図3)の前段に、新たにECRイオン源※2と呼ばれる強力なビーム源の開発に成功したことと、ECRイオン源とリニアックの間に可変周波数RFQ※3と呼ばれる新方式の前段加速器の開発に成功したこととが、大強度ビームの安定供給に決定的な役割を果たしました。ECRイオン源と可変周波数RFQは、いずれも理研オリジナルの装置です。さらに、CNSによって、加速タンクが増設され、超重元素生成実験ができるエネルギーまでビームを加速することが可能となりました。
 第二の点ではGARISと呼ばれる
気体充填型反跳核分離装置※4(図4)を製作し、性能の向上が図られたことがポイントとなりました。標的核とビームの核との核反応により生成された粒子はGARISの焦点に置かれた半導体検出器中に打ち込まれますが、目的とする核は打ち込まれた場所で崩壊を繰り返します。検出器は崩壊の位置とエネルギーを検出しており、同じ場所で現象が起こったことをたよりに、一連の崩壊が同じ親からの崩壊であることの証拠としています。従って検出器に入ってくる粒子の数が多くなると、たまたま同じ場所に入射してくる確率が大きくなり、にせものの崩壊連鎖を作り出してしまうことがあります。この分離装置の分離能力により、1秒間に2.5兆個のビームが分離装置に入射してきているときでも、検出器にはわずか1秒に2個の粒子が到達するに過ぎません。この分離能力は他研究施設の同種の分離装置に比べ100倍以上の水準です。このことによって検出された一連の崩壊事象ににせものが混入する確率を限りなく0に近づけることができ、結果に対する信頼度を上げることに成功しています。(図5
 今回確認された113番元素の同位体※5 278113は、標的の209Biとビームの70Znが完全融合してできた核、279113が中性子1個を放出する反応によって合成されました。合成された278113は、わずか344マイクロ秒(マイクロ秒は100万分の1秒)の寿命でアルファ粒子を放出し、111番元素の同位体274111に崩壊しました。その274111は9.26ミリ秒(ミリ秒は1000分の1秒)で109番元素の同位体270Mtにアルファ崩壊※6し、270Mtは7.16ミリ秒で266Bhにアルファ崩壊しました。266Bhは2.47秒で262Dbにアルファ崩壊し、その262Dbは40.9秒で自発核分裂を起こしてそこで崩壊連鎖は終了しました。我々は全ての崩壊アルファ粒子のエネルギーを測定しており、測定された267>Bhの寿命とエネルギーが、およびその娘核である262Dbの寿命が、従来報告された値と矛盾のないことを根拠として、この2つの崩壊に先立つ3つの崩壊が278113→274111→270Mt→という崩壊であると結論付けました。
 これらの核は全て未知の核種であり、それぞれの核の崩壊エネルギーと寿命についてのあらたな知見が得られました。特に278113は原子番号113の同位体として初めて原子番号と質量数が実験的に決められた核となりました。(
図6

3. 今後の展開
 今回原子番号113の元素の合成を世界で初めて確認しました。今回はわずか1原子ではありましたが原子番号と質量数について信頼性の高いものを出すことができ、測定された崩壊エネルギーと寿命から、重い原子核の構造の理解に対する貴重な知見を加えることができました。
 今後、複数合成して再現性を確かめるなどして、今回のデータを補強すれば、将来、113番元素の命名権があたえられる可能性があります。もしそうなれば、原子核の研究への貢献ばかりでなく、元素の周期表の歴史に日本が初めての足跡を残すことになります。今回の発見で、日本の実験原子核物理学者が、超重元素合成競争において世界をリードすることになりました。
 また今回の発見は次の原子番号114の発見にも見通しを与えるものとなりました。理論計算による生成確率の予測例によっては、今回の113番元素の原子核が生成される確率よりも、114番元素の原子核が生成される確率のほうが高いというものもあります。これは元素の合成にさらなる一歩を期待させるものです。

<補足説明>
※1 線形加速器リニアック
高周波電場を用いて、荷電粒子(イオンや電子)を直線的に加速する加速器をいう。通常、イオンを加速するリニアックでは、多数のチューブ型電極が空洞の中に直線上にならべられている。電極の長さと高周波の周波数は、電極間の電場の向きがイオンの到達時間に同期して変わるように設計され、電極間を通過するたびにイオンは加速されていく。理研リニアックは、重イオンを加速するために、低い周波数(18から45MHz)で運転できるようになっており、また多種のイオンに対応するため周波数を変えることができる(可変周波数構造)。さらに、ビーム強度を稼ぐため、パルス状ではなく、連続運転可能になっている。

※2 ECRイオン源
Electron Cyclotron Resonance Ion Source。ソレノイド磁石等を利用した磁場で囲まれた領域にマイクロ波を導入し、気体または固体を加熱しプラズマを生成する。この時磁場中でマイクロ波の周波数と同期してサイクロトロン運動を行う電子により効率良くイオン化が行われる事を利用したイオン発生装置。

※3 可変周波数RFQ
Radio Frequency Quadrupoleの略で、イオン用の線形加速器の一種。1969年に旧ソ連で考案され、1980年に米国で始めて実用化された、比較的に新しいタイプのものである。RFQにはイオン源から引きだされた程度の低速のイオンをほとんど100%加速することができる利点があるため、その後世界中の加速器施設で用いられるようになった。周波数可変のRFQは世界でもあまり例がない。

※4 気体充填型反跳核分離装置(GARIS)
GAs-filled Recoil Ion Separator。目的の原子核を、入射ビームやバックグラウンドとなる粒子から、高効率・超低バックグラウンドで分離する装置。ヘリウムガスを充填する事により、目的とする核が標的膜からどのようなイオン価数で飛び出してきても、収集する事を可能にしている。

※5 同位体
同じ原子番号を持つ元素の原子において、原子核の中性子数(原子の質量数)が異なるものをいう。同位体同士は、互いの化学的性質は非常に似通っている。

※6 アルファ崩壊
アルファ粒子(ヘリウム4の原子核で原子番号2、質量数4)を放出してより安定な核に崩壊することをいい、これによって原子番号が2小さく質量数が4小さい核に変化する。


図1 元素の周期表(発見が報告されているもの 2004年9月現在)


図2 


図3 理研の線形加速器施設

 黄色で示された加速タンクで入射ビームのイオンが加速され、最終的には光の速度の10%程度の速度で標的を照射します。
 原子核は原子番号分のプラスの素電荷をもっており、2つの原子核が近づくと、互いの核は電荷による静電反発力を感じるようになります。
 二つの核の融合が起こるためにはビームのエネルギーが静電反発力に打ち勝って核の表面同士が接触するところまで近づかなければなりません。そのような速度がちょうど光速の10%に相当しています。
 もともとの線形加速器RILACのみでは、ビームの最高エネルギーが静電反発力に打ち勝つには足りない状況でした。
 そこでもともとのRILACにCSMと呼ばれる加速タンクを新たに追加し最高エネルギーの上昇を図って、今回のような融合実験が初めて可能になりました。CSM加速タンクは東京大学原子核科学研究センターCNSの協力で完成されたものです。
 また、いつ結果が出るか全く予測できない今回のような実験を可能にしているのは、理研の加速器研究施設の体制や運営のあり方に負うところが大きいことを補足しておきたいと考えます。


図4 気体充填型反跳核分離装置 (GARIS)



図5 核図表の終端部分


 核図表は原子核の陽子数(原子番号Z)を縦軸とし、中性子数Nを横軸にして表示したものです。我々は新元素を合成する実験の結果を信頼性の高いものにするために、周到な準備実験を行いました。ドイツの重イオン科学研究所GSIが行ってきた合成実験のうち、108、110、111、112番の合成実験の追試実験を行い、彼らのデーターの再現性を確認すると同時に、110、111番についてはGSIよりも多くの原子数を測定するなどして効率の優位性を示しました。また実験的には最も重要なパラメーターである入射エネルギーの微調整を110、111番元素の合成実験について行い、より大きな原子番号の合成における妥当な入射エネルギーの設定を可能にしました。青い丸で示した核は今回の実験で観測された核を示しています。上の核図表の右側に楕円で囲まれた領域が示されていますが、これらはロシアのフレロフ核反応研究所のグループで実験が行われ合成が報告されている領域です。


図6 今回観測された崩壊連鎖の詳細なダイアグラム


 この事象は2004年7月23日18時55分に観測されました。
 検出された位置、崩壊エネルギー、崩壊時間等観測された全ての情報が示されています。