特別対談 竹中平蔵 x 幸田真音

  ニッポン経済 「ここが危ない!」 霞ヶ関の「肉食動物」が国民の金を食いツブす

そうか! だからニッポン経済はダメだったんだ! 日々悪化してゆく景気に国民の不安は高まるばかり。無策の宰相に非難は集まるが、元凶はこんなところにあった。竹中・幸田の名コンビによる日本一わかりやすい政治経済教室。日本はカオスから抜け出せるか!

幸田 株安、円高と続き、日銀短観など、経済指標は悲観的なものばかりです。これまでは輸出産業の設備投資が景気回復の牽引役でしたが、その恩恵が家計部門に及ぶ前に、原油や鉱物、食糧などの資源高と急激な円高で、景気拡大の前提が大きく崩れてきました。 
 賃金が上がらないのに値上げが相次ぎ、我々庶民の生活も直撃しています。
 それなのに、福田総理ときたら、何め処方箋も示さず、何も言わない。たまに何か言ったかと思えば、他人事みたいで、国民にやる気をなくさせる言い方ばかり(笑)。世界のなかで、日本の存在感の希薄化を加速させています。このままでは本当に日本が沈没してしまうのではないか、という危機感を抱くのですが。

竹中 半年ほど前、私は新聞などで「日本の経済は悪くなる」と書きましたが、残念ながら、その通りになってしまいましたね。
 日本経済が悪くなっている理由は三つあります。第一は、日本経済に対する
期待成長率が低下したこと。これは政治の責任です。
 私たち個人は、将来、自分の所得は伸びていくのか、失業の危険はどれくらいあるのか、といった期待にもとづいて消費をします。企業の設備投資も同じ。その期待が、政治の混乱のおかげでまったく持てないから、内需の消費、投資が弱くなってしまった。

幸田 とくに海外投資家の日本への期待は、本当に弱くなっていますね。外に向けて何のメッセージも発しないので、日本の成長イメージが描けないからです。

竹中 次は霞が関の責任。いまの日本経済は「
コンプライアンス不況」と言えます、コンプライアンスが重要なのは誰も否定しませんが、コストとベネフィットをきちんと計ってやらなくてはならない。それなのに、とにかくコンプライアンスが大事なんだから、何が何でも規制しろということを霞が関はやってしまった。
 その象徴が建築基準法。耐震偽装を防がなくてはならないからとルールを作ったものの、厳しすぎて、それをチェックする態勢がまるでできていないことが後からわかった。結果、住宅着工件数が30%も落ち込んでしまったというのは、政策としてムチャクチャです。

幸田 私がよく行く銀座の美容院も、お店を拡張しようとしたところ、新建築基準法のせいで認可が遅れ、開店が2カ月も遅れるって、ボヤいていました。金融商品取引法の改定も同じです。70歳以上の人は自分の判断で投資をしてはいけないなんて、それなら71歳の福田総理は、新日鉄とかトヨタとか、そういったところが安定した企業かどうか判断能力がないということになりますよね。

社保庁は閉めてしまうしかない

竹中 厚生労働省も、サプリメントの効能をはっきりさせなくてはならないというので、商品名を変えさせました。これまで消費者になじんできた商品名が変われば、売れなくなって当たり前ですよ。消費者金融のグレーゾーン金利規制もそう。こうした官僚による「官製不況」の側面も大きい。

幸田 現場を知らない官僚の発想が、日本をどんどんダメにしている。「ねんきん特別便」は、その最たるものではありませんか。対応の受け皿も準備しないで、膨大な数の特別便を送ったら、混乱を増すだけです。年金の無駄遣いと、ずさんな事務管理を修正するため、さらに余計な税金を使う官僚行政って何なのでしょう?

竹中 結局、通達行政の延長でしかない、官僚にとっては、自分たちはちゃんと通達を出しましたよ、という言い訳、アリバイ作りが大切。結果はどうでもいい。

幸田 私の年金も消えていました。銀行時代に厚生年金はずいぶん払っていたのに、残っていたのは国民年金の納付記録だけ。

竹中 じつは私も消えていた(笑)。しかも、国の組織である大蔵省と大阪大学で働いていたときの記録がなかった。こんな簡単な記録さえできない人たちに、さらにむずかしい、消えた記録を探し出すなんて、できるはずがない。
 もはや厚生労働大臣は、「この人たちには、もう無理です。ごめんなさい」と言って、社会保険庁を閉めてしまうしかねいですよ。社保庁を維持するために毎年、4千億円ぐらいはかかっているはずです。それよりも、払った人にも、払わなかった人にも、とにかく全員、年金を給付したほうが、よほど安上がりです。

幸田 あとひとつがサブプライム問題ですね。

竹中 サブプライムそのものの影響は限定的だと思いますが、それによって円高になったことが大きい。構造改革が進まず、なかなか内需が拡大しない中で、なんとか日本経済を支えてきた輸出が、円高で苦しくなっている。しかも、円高はまだ進むと思われます。

幸田 先日、バーナンキFRB議長が初めて、米経済がリセッション(景気後退)に突入するとの認識を示しました。それでも、限定的な影響で済むでしょうか。

竹中 短期的にはインパクトは大きいと思いますが、アメリカの長期期待成長率は依然として高い。その意味で、ライス国務長官がタービュランス(乱気流)と言ったのは正しい見方で、乱気流だから揺れを注意してシートベルトを締めないといけないけれども、いつかは抜けます。

幸田 そうなると、やはり国内ということになるのですが、私は、現在の政治のカオス状況というのが、いちばん気になります。海外も、そこに不信感を持っている。「二大政党ごっこ」はしているけど、自民だけではなく、民主にも「軸」がなくて、反対のための反対を続けている。まあ、自民と民主を足したら、元の自民になるのですが(笑)。

竹中 政治だけでなく、メディアもカオス状態。政局ばかりに目が行って、本質論がまるでなされていない。日銀総裁のケースはまさにそうです。メディアは、日銀総裁が空白になると大混乱になると、大騒ぎしましたが、そうなりましたか? 適当に決めるくらいなら、1カ月待ってでも、きちんとした人を決めた方がいい。
 その場合、日銀総裁に何を求めるのかが重要です。求めるものがなければ人事などできない。たとえば一般企業でも、大阪支店長を決めるときは、3年で営業利益率を30%上げてくれとか、必ず具体的な要求がありますね。そして、それができる人を選ぶわけです。しかし今回の日銀人事では、われわれが新総裁に求めるものは何か、そして、そのために必要な資質は何か。そうした議論がまるでなされていなかった。

幸田 新たに求めるものがなければ、福井俊彦総裁のままでいいわけですからね。

竹中 その通りです。アウトカム(要求)とクライテリア(要件)について、きちんと考えずに、人の名前ばかりあげても、政策議論のしようがない。今回の場合、アウトカムは比較的簡単で、インフレにもデフレにもしないということです。そのためのクライテリアは、最低限、マクロ経済が分かる人、金融が分かる人、英語でコミュニケートできる人。

幸田 元財務官僚は駄目だというばかりで、争点の本質が伝わってきません。そういえば、数年前から、ことあるごとに竹中総裁説が流れましたが、実際はどうだったんですか?

竹中 まったくありません。みんな面白がって言いますけど、私は公職に戻る気はありません。それに、武藤敏郎副総裁は民主党に拒否されましたけど、私の場合、自民党に拒否される(笑)。

幸田 本質を議論しないという意味では、道路財源もそうでした。

竹中 道路の件では、あらためて知事会の問題は大きいと感じました。総務大臣を経験して、住民の声と知事会の声はまったく違うと感じてきましたが、道路にしても、住民はみんな、うちの市や県はとんでもないムダ遣いをしていると思っていますよ。
 それに、国も地方も、どうしても必要だと認める道路なら、一般財源で作ればいいのです。特定財源を残す意味はありません。全国の知事が、声をそろえて暫定税率の維持を叫ぶのは異常な事態です。

幸田 しかし、去年の参院選では、民主党が昔の自民党のようなバラマキ政策で大勝しました。自民党には、構造改革路線、つまり竹中路線のおかげで地方が離れたというトラウマがある。

竹中 そこが、まったく事実と違っていて、自民党の一部の人たちが参院選の総括をねじ曲げているんです。改革のおかげで地方の自民離れが起きたと言われていますが、たとえば比例区の得票率を見ると、自民党は前回の参院選から2%しか減っていない。小泉内閣以前の2回の参院選と比べても、惨敗した去年の方がはるかに比例区の得票率は高いわけです。だから、改革路線が否定されたわけではない。しかし、地方の選挙区では負けた。これは、要するに候補者で負けたんです。四国では4選挙区すべて負けましたが、そのうち3人は造反議員ですよ。これで勝てるわけがない。それなのに、敗戦の原因を改革にすり替えた。

幸田 候補者の差し替えができていれば、勝てていたということですか?

竹中 勝てたと思います。というのも、東京の自民党得票率は前回の参院選より30%も増えた。神奈川、大阪も増えた。つまり改革が進んでいる都市部では勝ったわけです。構造改革は、都市部で先行して行なわれ、地方では農業改革にしても、分権改革にしても、方針だけで、まだ実行されていません。つまり改革が不十分だったから地方で負けたとも言えるのです。
 一部の政治家はそのことを分かっていながら、自分の地元にお金を回したいがために、バイアスをかけて構造改革のせいで負けたと吹聴している。でも、そういう抵抗勢力は昔からいる。だからこそ総理を支える人たちが頑張らないといけないのですが、いまの福田政権では、周りの人たちにも志が見えてこない。

福田総理は覚悟を決めて戦え

幸田 福田政権の問題点とはズバリ何でしょうか。

竹中 面白いことに、福田総理ご自身は、今年に入ってから変わったと思うのです。よく見ていると、1カ月に1回くらい結構大きな決断をしている。1月にはダボス会議で、環境の数値目標を掲げると言った。2月には公務員制度改革で人事庁を作ると言いました。福田総理はもともと反対だったのに賛成に回ったのです。そして3月には、09年度に道路財源を一般財源化すると言いました。

幸田 たしかに、どれをとっても、小泉、安倍政権でもできなかったことばかりですね。

竹中 その意味では、福田総理は改革に後ろ向きであるわけではないのです。ところが、改革していないようにしか見えないのは、政策が悪いのではなく、「政策マーケティング」が相当まずいということなのです。一般財源化などは、2力月前に総理が指示していれば、あとの展開はずいぶん違っていたと思います。
 この2月に幸田さんと共著『ニッポン経済の「ここ」が危ない!』を出しましたが、その中で私はリアクティブ(守り)な改革とプロアクティブ(攻め)な改革という話をしました。リアクティブな改革とは、不良債権処理がまさにそうで、目の前にマイナスがあるから、仕方なくやる改革です。プロアクティブな改革とは、それとは逆に、情勢の変化に対応して、プラスを生み出すためのものです。
 福田総理の場合、本来、プロアクティブな改革なのに、期限があと何日、何時間とか、土俵に足がかかった時点でやっと取り組み始めるため、リアクティブに受け止められてしまっている。そこが問題なのです。

幸田 それはご本人の資質もあるでしょうが、それを支える内閣が機能していないことも大きいですね。やはり早期に内閣改造をやるべきだったと私は思います。閣僚を安倍総理から引き継いだまま、ずるずるとここまできてしまった。自分が選んだ人材で組織固めして再出発すべきでした。

竹中 結局、総理の権力の源泉というのは、突きつめると、人事権と解散権。しかし、そのどちらも、うまく行使できていない。

幸田 政治家の能力とは、いかに人を動かせるかだと、私は思うんです。私たちは税金を託して、この国の政治を任せているわけですから、それができない政治家には退陣してもらうしかないのではありませんか。解散したら負けるかもしれないと言いますが、逆に今こそ、戦後からの政治体制を改革する千載一遇のチャンスだと思うのです。その改革のリスクを取ってもらいたい。政界再編がいわれていますが、今、福田総理が覚悟を決めたら、ものすごくいいガラガラポンができると思うのですが。

竹中 最近の小泉さんの発言で面白いと思ったのは、「自分は改革する人を応援する」と言っていて、自民党を応援するなんて一言も言っていないんですね。やはり政界再編を視野に入れているんでしょう。

幸田 しかし、解散総選挙なんてありえないという人も多いですね。

竹中 私は、ある、と思います。福田総理は父の福田赴夫氏が総理のとき、政務秘書官をつとめて、間近に見ていたわけです。それで、福田赴夫氏がやりたくてできなかったことが2つあった。1つはサミットの議長。もう1つが解散総選挙です。そういう因縁がありますから、福田総理は両方とも必ずやると思います。

幸田 サミットの議長は、もう確定的ですが、解散の時期はいつでしょう?

竹中 ここから先は学者の頭の体操ですが、ひとつの答えは、公明党の協力が最も得やすい時期です。来年の夏に都議選がありますが、公明党にとっては都議選が最重要事項ですから、そこに影響のある時期は避けたい。すると、今年の秋というのがひとつの目安です。もしくは、都議選とのダブル選挙という選択もあるかもしれません。
 一方、民主党にしてみると、同じ理由で今しかないわけです。だから、民主党は、とにかくどんな問題でもノーを言い続け、政局を作ろうとしているのです。

幸田 確かに民主党の最近の動きを見ていると、なりふり構わず、多少の信用は失ってもいいから、とにかく政局を混乱させようとしている印象を受けます。

竹中 いわゆる“目がすわった”状態ですね(笑)。しかし、その間も経済はどんどん悪くなっていくわけですから、やはりきちんとした政策論議をやってもらわなくては困る。しかし、経済財政諮問会議さえ、まともな議論はしていない。今週、成長戦略というものが発表されますが、中身はゼロ。各省庁からかき集めた、ゴミのような政策が並んでいるだけです。永田町や霞が関というのは、肉食動物の世界なんです。民間のインテリにとっては、恐ろしい世界。だから、どうしても事なかれ主義になってしまうのでしょう。

幸田 ことここにいたっては、福田総理にも覚悟を決めて戦ってもらわないと、本当に日本は沈没しかねません、それこそプロアクティブに解散総選挙に挑んでもらいたいと思います。