http://www.tez.com/blog/index.html
旬刊商事法務の最新号に、弁護士・ニューヨーク州弁護士の手塚裕之氏が、「M&A契約における独占権付与とその限界−米国判例からみたUFJグループ統合交渉差止仮処分決定の問題点」という論文を書かれています。
これ、非常におもしろい、です。
論文の中身をかいつまんで申し上げますと、最高裁まで争われたUFJと住友信託の合併交渉の基本合意書については、地裁から最高裁まで、基本的に契約法的検討しか行っておらず、「コーポレートガバナンス」の観点が全く欠如している、ということ。
「合併の基本合意書が、なんでコーポレートガバナンスと関係あるの?」という感じがするかも知れませんが、そこが重要なところ。詳細は以下の通り。
Omnicare v. NCS Healthcareの判例
論文で手塚弁護士が紹介しているのは、米国の「NCSヘルスケア社」と「ジェネシス・ヘルス・ヴェンチャーズ社」が合併交渉をしていたところ、後から「オムニケア社」がより好条件な合併条件を提案したにも関わらずNCS社が取り合わなかったとして、オムニケア社がNCS社を「株主に最高の価値を実現するプロセスを採らないことは善管注意義務違反であるなどとして集団訴訟を提訴した」判例。
(この判例、当然まったく同じではないものの、UFJが住友信託の統合をやめてMTFGに乗り換えたケース、またはUFJとMTFGの統合に三井住友Gが割り込んでくる図式に驚くほどよく当てはまりますので、身を乗り出してしまうわけですが・・・。)
さて、このデラウエア州の裁判の結果ですが、「原審デラウエア州衡平法裁判所は、取締役の信任義務違反を認めず、原告らの訴えを退けたが、控訴審であるデラウエア州最高裁は、2002年12月10日、三対二という僅差で、NCS取締役の信任義務違反を認め、合併の差し止め仮処分を認めるよう指示して原審に差し戻し」ということになりました。
では、NCS取締役の判断はどこが信任義務違反だったのでしょうか。
デラウエア州最高裁のロジックは以下の通りです。
まず、NCSとジェネシスの契約はかなり”ガチガチ”で、他から買収提案があっても、そちらに乗り換えることは事実上不可能なものでした。(UFJと住友信託間のような。)
他の買収提案を検討しないことが売り手企業の取締役の善管注意義務・忠実義務違反となるような場合には独占交渉権の例外とする条項(fiduciary
out条項)も入っていなかった、とのこと。
最高裁はその意見書の中で、「ジェネシスとの合併を保護するロックアップの手立ては、いわゆる「防衛策」(defensive measures)として、敵対的買収に対する防衛策と同様に、通常の経営判断原則より厳格な、ユノカル判決の採用する「特別な精査」(special scrutiny)の対象となるとされた。」と「ユノカル基準」を採用する必要があることを述べています。
ユノカル基準とは
ユノカル基準とは、「企業買収防衛戦略」(商事法務)によると、Unocal
Corp.という会社が、敵対的買収者からは自己株式を買い取らないという条件で自己株式買い付けを行って訴えられたユノカル事件でデラウエア州裁判所によって示された基準のこと。
上述の手塚弁護士の論文では以下のような説明が行われています。
このユノカル基準とは、敵対的買収に対する防衛策について、取締役が経営判断の原則による保護を受けるためには、いわゆる二段階審査により、まず、取締役側で会社の方針や効率性に対する脅威(threat)が存在すると信じる合理的根拠を立証しなければならず、さらに、第二段階として、当該防衛策が取締役会が合理的に認識した脅威との関係で合理的に関連する範囲にとどまること(「均衡」(proportionality)の要件の原則)を立証しなければならない、というものである。
最高裁は、ユノカル基準にいう「均衡」要件を満たすためには、NCS取締役会は問題となる合併保護策が「排除的」(preclusive)ないし「抑圧的」(coercive)でないことを立証しなければならず、かつ、その上で、そのような対応が認識された「脅威」に対する「合理的範囲の対応」であったことを立証しなければならないところ、そもそも本件における取引保護策は排除的かつ抑圧的であると判示した。
また、最高裁は、このような”ガチガチの”合併の合意は、「オムニケアがより有利な提案をしてきた時点で取締役会が少数株主に対する受託者責任を果たすことが完全に妨げられており、そのことからも本件防衛策は無効であり、法的拘束力がない(unenforceable)、とした。」とのこと。
日本の高裁が「法的拘束力がない」としたのと同じ結論のようですが、全く別の理由で「法的拘束力がない」としているところがポイントかと思います。
UFJの基本合意締結の「達人」度
報道ではUFJと住友信託の基本合意書は2年間他社との交渉禁止をうたっていたとのことですので、それが本当だとすると、(仮にこのデラウエア州の基準に当てはめると)かなり「排除的」で「抑圧的」であり、株主の利益を極大化する信任義務を果たしていなかったため無効である、ということになるかと思います。
「でも契約はしたんだから、どんな契約であってもその約束を破っていいのか?」ということにはなるわけですが、この点についても、手塚弁護士は、
たとえば、合併契約のように、株主総会の特別決議による承認が法的に要求されている契約において、代表取締役ないし取締役会レベルで、株主総会の承認決議が得られないまま合併を行う旨合意しても、そのような条項は商法に違反し、無効であろう。同様に、株主総会の承認決議が得られない場合には、1,000億円の違約金を支払うとか、爾後10年間他社との合併や合併交渉・統合交渉を行ってはならないといった株主総会の自由な諾否の決定権を損なうようなペナルティ条項的規定も、おそらくは、合併について株主総会特別決議による承認を要件として求めている商法の趣旨に反するものとして無効とされるであろう。
と述べ、日本法の下でも、こうした株主の利益を著しく損なう合意が無効である可能性について示唆しています。
一方、先週のMTFGによるUFJ銀行への優先株式による出資は、報道等では「これで三井住友は打つ手なし」などと書かれていますが、3割(2100億円)増であればUFJ銀行による買取権を認めるという条項が入っており、三井住友がTOBをかけて買収することについて(効率は悪化させるものの)、完全に「排除的」または「抑圧的」ではない「ビミョー」な条件にしているところがポイントかと思います。
このMTFGの出資の条件や「これは買収対抗策とか違約金ではない」という趣旨の発言をしていることなどを考えると、上記のような米国での判例等も研究した上でのバランス感覚で設定されている気配がします。
「結構スキがある」と見せかけて、より熟達した者が見ると「むむ、こやつ・・・できる・・・」というオーラを感じ取るという「巨人の星」的な裏読みの世界、でしょうか。一見ぼーっとした左門豊作の目の奥をのぞき込むと、左門豊作が体長50mの巨大クジラに変身、みたいな。
恐らく、(もしかしたら上記でご紹介した商事法務の雑誌や書籍を執筆した西村ときわ法律事務所のチーム本人か、または、)こうした米国の判例等をよく研究している弁護士の方が(MTFG側?の)アドバイザーに付いているのではないかと思います。
UFJと住友信託の基本合意契約の内容を知ったときには、「UFJは、そんな2年間他社と交渉禁止+ペナルティ(breakup
fee)条項も定めないような条件で基本合意してしまうなんて、どういう法律感覚をしてるんだろう?」と思ったもんでしたが、こういう米国での判例の法理を考慮して無効である可能性を見越した上で、そういう条件で(やむを得ず)基本合意して明日に活路を見いだそうとした、というのだったら、「隙だらけに見せかけた酔拳」のような・・・実は法律の達人だった、ということなのかも。
「そんなわけ、ないない!」というツッコミが聞こえてきそうですが、住友信託との統合交渉にあたっては「それなりの」弁護士に相談したのでしょうから、上記のような米国の判例の動向は知っていたとしてもおかしくはないとは思います。
ただ、(UFJさん等の法務部門はよく存じ上げませんが)、ジャスト一般論として、日本の法務部門は「契約法的な観点からの検討」を行う仕事が大半で、「株主の権利保護」とか「コーポレートガバナンス」といった観点からの検討をする感覚はあまりないのではないかとも思われますので、インハウスの法務部門を中心に検討をしたりしたせいで、単にそういった視点が抜け落ちていただけなのかも知れません。
(ではまた。)
参考:Overview of the Delaware Court System
http://courts.state.de.us/Courts/
「Court of Chancery」→衡平法裁判所
「equity」→衡平法(wikipediaエクイティ参照)
日本経済新聞 2004/10/10
攻防M&A UFJ統合手探り 「法の空白」波乱生む
「UFJホールディングスヘの株式公開買い付け(TOB)は困難」ーー。三菱東京フィナンシャル・グループとUFJグループの統合計画が進むなか、UFJとの逆転統合に望みをつなぐ三井住友フィナンシャルグループは、TOBという刀を抜くことをやめた。
最後の刀封印
三菱東京か三井住友かーー。三井住友の西川善文社長がUFJに統合を申し入れたのが7月末。外国企業の攻勢だけではなく国内同士でも大型M&A(企業の合併・買収)が動き出し、市場や国民の注目を集めている。三井住友はTOBの可能性も真剣に研究したが、9月10日夜の社内会議で、その選択肢をひっそりと封印した。
昼の三菱東京とUFJの合意がきっかけだった。三菱東京が非上場のUFJ銀行に優先株で7千億円を資本支援する。その条件として、合併など重要事項は三菱東京が一人株主の優先株主総会の承認も必要という項目を盛り込んだ。UFJの持ち株会社が敵対的買収にさらされる場合は議決権付きに転換しUFJ銀の3分の1超の議決権を取得する条項も付けた。三菱東京はUFJ銀の経営への拒否権を握った。
日本では敵対的買収を防ぐ対策として認められる手段などは法律で規定されていない。三井住友は「UFJの既存株主の利益を害する」と不満を抱く一方で、法律違反とする明確な根拠が示せないことにいらだった。西川社長は「持ち株会社の買収に成功しても、肝心のUFJ銀が三菱東京に押さえられては、もぬけの殻だ」と考えた。
三菱東京との統合を決議する来年6月のUFJ株主総会に向け、三井住友は別の手段にかじを切る。逆転統合に理解を示す株主を探し、同意を取り付ける委任状争奪合戦(プロキシファイト)だ。とはいえ今回は三菱東京に軍配が上がった。
実は、優先株を使った防止策を考えたのは、UFJの顧問を務める岩倉正和弁護士だ。明治維新の立役者、岩倉具視から数えて六代目の子孫。41歳。東京都が銀行を対象に導入した外形標準課税は違法として大手銀が訴訟に踏み切り、和解を勝ち取った。この時の知恵袋が、今度はUFJ争奪戦に加わった。
優先株発行といえば企業が投資のためにニューマネーを調達する手段。今回は不良債権処理に資本を必要とする特殊事情を逆手にとって、買収防止策を盛り込んだ。だがこの結論を引き出すまでにUFJ内部は大きく揺れた。
株主利益で判断
社外取締役「優先株の発行条件は株主利益に反しないか」
経営陣「9月末までに確実に資本調達することこそ利益につながる」
UFJは増資交渉が本格化した8月下旬から取締役会をほぼ1日おきに開催。帝人の安居祥策会長ら3人の社外取締役は厳しく問いただした。
国内ではほとんど判例もない買収防止策論議。経営陣の裁量がどこまで認められるかーー。「株主の利益のためという姿勢がはっきりしていれば訴訟にも勝てる」という岩倉氏の助言で資本対策が決まった。
「85%の企業が敵対的買収に脅威を抱く」ーー。買収防衛策を検討し始めた経済産業省の企業価値研究会。9月末の会合では、こんな調査結果が報告された。日本では大半の企業は商法上の解釈の不明確さなどから、具体的な対策をとっていない。米国では約4割の企業が採用している。研究会は現行の法解釈で可能な対策を来春までに列挙し、裁判所に判断材料として提供する。
「法の空白」で戸惑ったメガバンク。岩倉氏は「日本は米国より15年から20年は遅れている」と指摘する。今後、同じ議論で迷走する企業がないよう、空白を埋める作業が必要になる。
日本経済新聞 2004/10/8
金融庁 UFJ銀を告発 「検査妨害は悪質」
大企業開拓新規に融資 6ヵ月停止命令
金融庁は7日、UFJ銀行が昨秋の金融庁検査の際に重要書類を隠すなど検査妨害をしたとして、法人の同行と元担当役員ら3人を銀行法違反(検査忌避)容疑で東京地検特捜部に告発した。妨害が悪質なことを重くみた結果で、UFJ銀の東京と大阪本部の法人営業部が大企業の新規融資先を開拓することを半年間禁止する業務停止命令も新たに出した。東京地検は告発を受け、8日にも東京本部などの強制捜査に着手するもよう。UFJの一連の問題は刑事事件に発展、大きな節目を迎える。
∪FJへの行政処分
「業務停止命令」(10月7日)
◎検査忌避
東京と大阪の法人営業部での新規顧客への貸し出しを禁止
(2004年10月18日から2005年4月17日まで)↑
↑ より重い処分へ
↑「業務改善命令」(6月18日)
◎検査忌避
適正な業務管理。検査忌避に関係した役職員の責任の所在の明確化。
法令順守態勢の確立
◎2期連続の業績悪化
ガバナンス強化や収益改善策を盛り込んだ新たな業務改善計画を提出
◎中小企業向け融資の水増し
改善策を盛り込んだ業務改善計画を提出
◎業績修正と本決算の大幅なかい離
リスク管理態勢の充実・強化
伊藤達也金融担当相は告発後、金融庁内で「告発はUFJ銀の旧経営体制のもとで過去に行われた行為に対して行うものだ」と強調。新経営陣による経営改善の取り組みに期待を表明した。沖原隆宗UFJ銀頭取は東京本部で記者会見し「お客様や株主の皆様にご心配をかけ、心からおわびする」と陳謝。「不退転の覚悟で経営改革に取り組む」と述べた。
UFJによる検査忌避問題は昨年10月に金融庁が同行を特別検査した際、融資先の評価を左右する資料を本来あるべき部屋とは違う部屋で大量に発見したのが発端。金融庁のその後の調査で、UFJが組織ぐるみで資料を意図的に隠ぺいしたことをつかんだ。
これを受けて金融庁は6月18日、UFJに対し銀行法26条に基づき、法令順守態勢の改善などを求める業務改善命令を発動。さらに刑事告発するかどうかについても検討すると表明した。告発の是非については@検査忌避の悪質性A今後の検査に与える影響B金融行政の目的遂行C一般の個人や私企業を処罰することの重大性ーーという4つの点から慎重に検討。その結果「行為の悪質性などを総合的に判断」(伊藤金融相)して告発に踏み切った。今回のような悪質な検査妨害を放置すれば、金融行政や金融秩序に対する信頼を損ないかねないとの判断も働いたようだ。
金融庁は併せて東京・大阪の法人営業部を対象に、大企業の顧客を新たに開拓し、新規融資をする業務を半年間、停止するよう命じた。業務停止の期間は10月18日から2005年4月17日まで。これまで取引のない新規の大企業が対象で、今月17日までに申し込んだ借り入れは認める。住宅ローンを含む消費者ローン、中小企業向けの貸し出しや預金担保貸し出しに関する業務は除外し、継続できる。
両営業本部の貸出残高は合計約7兆円で全体の約2割を占める。金融庁幹部は「法令違反への制裁で新規顧客となる大企業に限っており、信用秩序や銀行経営に大きな影響を与えることは考えにくい」としている。
きょうにも強制捜査 UFJに東京地検
UFJ銀行が金融庁の検査を妨害した事件で、東京地検特捜部は7日、銀行法違反(検査忌避)容疑で8日にも同行東京本部など関係先への強制捜査に乗り出す方針を固めたもようだ。金融庁から7日に告発を受けた早川潜・元常務執行役員ら3人からも事情聴取を始めるとみられる。
メガバンクが組織ぐるみで資料の隠ぺいや改ざんを積み重ねた不正行為は、刑事事件として厳しく責任が問われることになりそうだ。ほかに聴取の対象となるのは、大口融資先の査定を担当する審査第五部長だった稲葉誠之・元審査担当執行役員(51)と元同部次長ら。
早川元常務らは昨年8月から始まった金融庁の検査に際し、債務者区分や償却・引当金の判定にかかわる大口融資先の財務状況などの資料を別室に移して隠し、検査官の目に触れないようにしていた。
さらに経営陣らが融資先を審査した会議の議事録を改ざんしたり、検査官の目前で資料を破り捨てたなどの疑いが持たれている。関係者によると、資料の隠ぺいや議事録の改ざんは、大口融資先の査定を甘くして不良債権を少なく見せかけたことが発覚するのを防ぐ目的だったとみられる。
金融庁 揺れた4ヶ月
弱気の幹部 「十分に制裁」
強気の現場 「権威保てぬ」
検査忌避によるUFJ銀行の行政処分から約4カ月。金融庁はついに刑事告発に踏み切った。表向き平静さを保っていた同庁だが水面下は告発の是非で最後まで揺れた。
「(告発は)法令に基づき適正に判断した」
「(4カ月は)判断に必要な期間だった」
告発直後の7日夕、伊藤達也金融相は記者団にこう強調した。淡々とした言葉と裏腹に、表情からは重い決断を迫られた苦悩がにじみ出た。
金融庁は昨年末から告発の可能性を探り、捜査当局と調整していた。だが竹中平蔵・前金融相が初めて公式に言及したのは6月18日。「行為の悪質性などを総合判断する必要があるが、それはそれで検討する」。UFJに業務改善命令を出した後だった。
▼分裂
直後から告発を巡る金融庁の分裂が始まる。強硬派と弱気派ーー。同庁の関係者は互いをこう色分けし合った。
弱気派の中心は課長クラス以上の幹部。UFJの旧経営陣は退任、有力OBも関連会社転出を辞退した。「もう十分制裁を受けたのでは」とみていた。「公判になれば検査の手口がばれる」との懸念も強かった。一方、強気派の多くは検査の現場担当者。「このままでは検査の権威が保てない」と譲らなかった。
8月末ごろから強硬派の力が増す。検討を進めていたシティバンクヘの処分が関係していた。
▼沈黙
「UFJに甘い対応をして海外当局に説明がつくのか」。強気派の主張に弱気派は沈黙、事務方は告発に傾いた。忌避を裏付ける事実の積み上げ作業や、検察とのやり取りが非公式に進んだ。
そこに立ちはだかったのは意外にも大手行への厳しい姿勢で知られる竹中前金融相だった。具体的な発言はないものの「告発したくない雰囲気が伝わった」(幹部)。
ダイエーなど大口融資先問題が片づかない段階で告発する必要があるのか疑問視していたようだ。個人に処罰を求めることをためらった節もある。「手を下すのは誰だって嫌だよ」。同庁首脳部は、前金融相の心の内をそう代弁した。
「9月末の内閣改造までは意思決定できないな」。そんな暗黙の了解が出来上がった。
▼決断
9月27日。竹中氏“側近”の伊藤・前副大臣が金融相に就任し事態は動く。事務方は「国会開会前の告発」に向けタイミングを探った。
国家公務員法は公務員が業務で知った違法行為を告発する義務を定めている。「告発先延ばしでは国会答弁を乗り切れない」(同庁幹部)との雰囲気が強まった。
事務方は告発の必要性を伊藤金融相に訴えた。金融相は慎重だったが、すでに捜査当局は非公式に検査局職員への聞き取りを開始。「もう流れは止まらない」。関係者はつぶやいた。
10月7日昼、金融相は告発を決断する。検査の権威はとりあえず守られた格好だが、告発の是非や手続きを含めて、金融庁の対応は適切だったかが、国会などの場で問われることになる。
UFJを巡る金融庁の対応
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国際興業、米ファンド傘下に…UFJなどの債権売却
UFJ銀行の大口融資先である国際興業の再建計画の最終案が23日、明らかになった。
UFJなど取引金融機関の保有する国際興業グループ向け貸し出し債権の大半にあたる約5000億円を、米投資ファンド、サーベラスが約2000億円で一括して買い取り、サーベラス傘下で再建を目指す。サーベラスは、買い取った債権(国際興業にとっては債務)を出資に振り替え、国際興業株の過半数を取得して経営権を握る見通しだ。簿価と売却額との差額の約3000億円は、金融機関が事実上、債権放棄する。国際興業は関係金融機関との調整を急ぎ、11月中に合意したい考えだ。
国際興業は、乗り合いバス事業やホテル事業、不動産事業などを中心に、約50社のグループ企業を傘下に持ち、ハワイのシェラトンホテルなどの優良資産も保有している。帝国ホテルの株式も39・4%を所有する筆頭株主だ。しかし、バブル崩壊による不動産事業の低迷で、経営不振に陥っていた。
新たな事業再生計画は、サーベラスと国際興業で検討するが、不振企業の整理や資産売却などを進めていくとみられ、海外のホテル等も売却される公算が大きい。
大手スーパーのダイエーに続き、国際興業の再建策が固まったことで、UFJの大口融資先7社のうち、ミサワホームホールディングスを除く6社が大筋で決着し、UFJの不良債権処理は一段と加速する。
UFJグループの国際興業向け貸出債権残高は、UFJ銀行とUFJ信託銀行を合わせて約3300億円。UFJは事実上、約2000億円を債権放棄することになるが、債権の一括売却で、不良債権を一掃できる。
帝国ホテル株については、国内の独立系企業再生会社「プリヴェ・チューリッヒ企業再生グループ」への売却が有力視されていたが、今後はサーベラス主導で対応を検討する。サーベラスは当面は帝国ホテル株を保有し、事業価値を高めたうえで売却等を検討するとみられる。
◆国際興業=ロッキード事件で有罪判決を受けた小佐野賢治氏が創業者。ホテルやバス会社などを積極的に買収し、グループ会社は約50社に上る。2004年3月期決算(単独ベース)の売上高は490億円、経常利益は90億円。7月末の従業員は2430人。本社・東京。社長は小佐野氏のおいの小佐野隆正氏。
◆投資ファンド=投資家から集めた資金をもとに経営不振企業の株式や営業権を取得、リストラして企業の収益力を高めた後に売却し、値上がり益を得る基金。企業を切り売りして投資を回収する「ハゲタカ・ファンド」もあるが、企業の再生に役立つ例も多い。
日本経済新聞 2004/11/2
三菱東京のUFJ支援「毒薬」策
拒否権条項 規定乱用批判も
サメよけ条項 違約金巡り多説
UFJホールディングスが、三菱東京フィナンシャル・グループから統合を前提として受けた優先株による資本支援策の議論が続いている。敵対的買収対策で講じた幅広い毒薬(ポイズンピル)条項対策が焦点だ。統合全体にも絡む論点を改めて整理してみた。
「米デラウェア州最高裁なら、違法かつ無効」。最新の法律専門誌『国際商事法務』に掲載された米S・ギブンズ弁護士の論文だ。同州司法当局は米国でも企業の合併・買収(M&A)の法解釈で影響力があるという。
論文は、UFJが三井住友フィナンシャルグループ案(統合比率1対1)よりも、統合比率を明示していない三菱東京との統合を前提に増資を受け入れた点や、三菱東京の7千億円増資の条件として、統合できない場合は増資額の3割増の売り渡し権を認めた点などが米国なら違法とする。
統合比率は、UFJの株主にとって最も関心の高い問題。三菱東京は資産査定後の来春に比率を出す方針だが、市場では「1対0.5」などの推測も出ている。比率だけなら三井住友案がUFJ株主に有利に映る。
これに対し三菱東京はむしろUFJ株主への配慮だと強調する。資本注入はUFJの中間決算に間に合わせたもので「それなしでは、UFJの株価は急落した」と主張する。
三井住友への批判も出る。三井住友案は「ベアハッグ(クマの羽交い締め)」と呼ぶM&A手法。株主に有利な案を提示し、相手側が逃れられないようガッチリ抑え込むわけだ。だが三井住友もUFJの資産査定をしておらず、三井住友の株主にとって高い買い物になる懸念もある。
最も議論を呼ぶのは毒薬条項。その一つが、UFJ銀の優先株主となった三菱東京が優先株主総会で、定款変更、取締役選任・解任などができる幅広い拒否権を持つ点だ。同株主総会へのこの種の権限付与は、本来はベンチャーキャピタルを想定しており、規定の乱用との批判がある。
上場するUFJホールディングスではなく、傘下で非上場のUFJ銀へ資本を入れたことで、UFJ株主が増資に賛否を表明できなかった点を問題視する向きもある。
「強い拒否権」への批判に三菱東京は「7千億円も投じる以上、UFJ銀の経営点検は、自らの株主利益のために当然」と反論する。UFJも「米国で認められる範囲」。UFJ銀への注入については、資本が必要なのは自己資本比率規制を受けるUFJ銀であるうえ、持ち株会社の資本を増やすと株価希薄化問題が生じる点を挙げる。
三菱東京とUFJは、UFJ株主が二度の株主総会で、三菱東京との統合に「ノー」と言えば、統合を拒否できる権利も認めており、「選択可能な毒薬」の評価だ。法的にも問題ないとする。
「3割増の違約金」は、対抗相手を高額負担で遠ざける「サメよけ条項」。高いかどうかは、通常の違約金との比較だ。先の論文は、米相揚は取引総額の1−4%、UFJは3−10%とみる。水準の認識は平行線だ。
三菱東京は水準論とは別に、優先株の配当(年7%)を統合までの期間中受け取る権利として差し引き、残りを取引総額比でみれば約5%となるから、ごく妥当な水準という。
批判も反論も、ともに株主を意識する点で共通する。三菱東京、三井住友、UFJの各株主にとって投資先の企業価値をじっくり見据える判断力が問われる。
三菱東京のUFJの資本支援を巡る論点
批判 | 反論 | |
株式交換比率 | 株式比率を示していない三菱東京からの資本受け入れはUFJの株主利益を損う | UFJ株価の急落を防ぐためで、むしろUFJ株主の利益に合致 |
資本支援先 | UFJ持ち株会社でなく非上場のUFJ銀としたのは株主利益に反する | 資本が必要なのは銀行。持ち株会社の株価希薄化を防ぐため |
優先株主の拒否権 | 取締役の選任・解任への拒否権まで与えるのは行き過ぎ | 巨額の資本支援をした以上、UFJ銀の経営点検は当然 |
資本支援の売り渡し権 | 増資分の3割増しは高すぎる | 米国水準と比べ妥当(UFJ)、 配当を引くと妥当(三菱東京) |
三菱UFJ 6000人削減 10月発足決定
最終利益1兆円超目指す
東京フィナンシャル・グループとUFJホ一ルディングスは18日、新グループの統合計画を正式発表した。グループ全体の人員4万6千人のうち、2008年度までに6千人削減するなど合理化を推進、年間2400億円の経費を削減し、連結純利益1兆1千億円を目指す。焦点だった統合比率は「1対0.62」で決着した。三井住友フィナンシャルグループはUFJへの統合提案を取り下げる方向で、新しい「三菱UFJフィナンシャル・グループ」は10月1日の経営統合に向けて大きく前進する。
三菱東京、UFJ両グループは18日の取締役会で統合比率や新グループ名を含む統合契約書を全会一致で決議、正式合意した。
統合比率は企業の合併・統合の際にそれまでの株式に交換する比率。例えばUFJ株を10株を保有している株主に新グループ株6.2株を割り当てる。三菱東京とUFJの株価はこれまで1対0.5台で推移していたが、UFJの収益力などを加味して「総合判断」(三菱東京FGの畔柳信雄社長)した結果、優遇幅(プレミアム)を上乗せした。
新グループは08年度までに株式時価総額で世界の金融機関の5位以内に入る「グローバルトップ5」を目標に設定。同年度の連結株主資本利益率(ROE)17%など海外に比べてそん色のない水準を目指す。
04年12月末時点で単純合算した両グループの時価総額は約10兆円で世界9位。5位の米JPモルガン・チェースは約14兆円で、新グループがトップ5入りするには時価総額を1.5倍以上拡大する必要がある。本部組織を中心に間接部門を簡素化して6千人削減するほか、4千人を戦略分野や営業部門に再配置する。店舗網は首都圏や関西圏を中心に約300店舗を統廃合する。
システム統合は2段階で進める。統合から2年間は国内の預金や貸出金をつかさどる「勘定系システム」は東京三菱、UFJ両行のシステムを併存する。07年12月までに勘定系は東京三菱銀のシステムに一本化する。UFJグループが抱える公的資金については「07年度までには十分な剰余金を蓄積できる」(畔柳社長)として早期返済に意欲を示した。
最近の主な企業統合における統合比率
三菱UFJフィナンシャル・グループ 三菱東京 1 UFJ 0.62 みずほフィナンシャルグループ 富士 1 第一勧業 1 日本興業 1 スクウェア・エニックス スクウェア 1 エニックス 0.85 コニカミノルタホ一ルディングス ミノルタ 1 コニカ 0.621
統合比率を発表 UFJに譲った三菱
三菱東京フィナンシャル・グループの畔柳信雄社長とUFJホールディングスの玉越良介社長は18日、統合計画を発表した。統合比率では、UFJに統合を提案している三井住友フィナンシャルグループを意識し、三菱東京側がUFJの株主に一定の配慮をしたと説明。統合後も金融コングロマリット(複合企業体)をにらみ、さらなる再編に含みを持たせた。両グループは厚い顧客基盤を強みに個人取引の大幅な拡大を目指すが、傘下の銀行、証券、信託が相乗効果を発揮できるかどうかが統合の成否のカギを握る。
金融コンゴロマリットにらむ 次の再編に含み
「(UFJ側には)プレミアムもそれなりに入っている」(畔柳社長)
三菱東京とUFJの統合比率は1対0.62。現在持つ10株に対し、三菱東京の株主は新グループ株10を、UFJの株主は6.2を受け取る。統合構想が表面化する直前の両グループの株価でみると1対0.5前後。18日の終値でみると1対0.6程度。それから考えると、統合比率は三菱東京の株主にとって相対的に不利になる。
畔柳社長は「純資産価値や株価、今後の収益力などを総合的に勘案して決めた」と強調するが、UFJ側にプレミアムを付けた背景には、UFJに1対1の統合比率を提案している三井住友の存在がある。三井住友が提案した昨年8月時点の三井住友とUFJの株価は1対0.7前後。にもかかわらず、UFJに大幅なプレミアムを付けてきたからだ。
三菱東京側は三井住友との対抗上プレミアムを付けたが、畔柳社長らは「UFJとの統合で株価を押し上げられる」と自分たちの株主に説明できるという。玉越社長も「極めて適正な比率」と満足する。
「今期は大幅な最終赤字となる。ただ、来年度以降は不良債権処理が巡航速度に入り、安定的な収益が期待できる」(玉越社長)
ダイエー、大京など大口融資先企業向けを中心に不良債権処理で後れをとったUFJは不良債権処理損失を大幅に上積みし、2005年3月期は7500億円の最終赤字となる見込みだ。
大口融資先の再生方針が固まったことでUFJ分の来期以降の不良債権処理損失が減少するのは確実。玉越社長の発言は新グループの収益拡大にUFJが大きく貢献できると強調したものだ。
ただ三菱東京の大口融資先には三菱自動車もある。三菱UFJが名実ともに不良債権問題を終結できるかはまだ不透明。合併によって取引先企業が借入先の分散に向けてシェア調整に動けば、企業取引部門の収益も一時的に下振れする公算が大きい。UFJが抱える1兆5千億円の公的資金の早期返済の道筋を確実にするためにも、不良債権処理損失の減少と収益拡大策の両立を追求する必要がある。
「未来のことはあるともないとも言えないが、金融界は環境変化が激しい。常に総合金融サービスの拡大には何をしたらいいのか考える」(畔柳社長)
畔柳社長はUFJとの統合後にさらなる再編があるかと聞かれ、否定しなかった。銀行、証券、保険など業態の枠を超えた金融コングロマリット時代に入りつつあり、銀行同士だけではなく他業態も含めた再編も視野に入る可能性がある。
新グループの目標は「世界の金融機関で株式時価総額5位以内」。米シティグループ、米JPモルガン・チェース、英HSBCという米欧有力金融機関と肩を並べる地位を目指す。ただ世界トップとなると、今回の統合だけでは不十分。
三井住友が大和証券との統合に向けの統合に向けて動き出したこともあり、三菱UFJも今回の統合で「再編は一段落」というわけにはいかないかもしれない。
リテール厚い基盤
三菱UFJ預金・投信66兆円
三菱UFJの強みは、今後の銀行経営のカギを握る個人取引を軸とした小口金融(リテール)分野での顧客基盤の厚さだ。顧客数は約4千万人、預金や投資信託などの残高は約66兆円になる。地域的にも首都圏、東海、関西とバランスがとれているのが特徴だ。
同グループはこうした優位性を生かし、銀行・信託・証券という「総合金融サービスを提供していく」(畔柳社長)。すでに三菱東京は銀・信・証のサービスを共同店舗で提供するMTFGプラザを展開しており、統合後はUFJグループの拠点にも広げる。1店舗で業態を超えた商品を販売する「ワンストップサービス」で、他グループを圧倒できるかどうかが統合成功のカギを握る。
両グループのクレジットカード会社やアコムとの提携を生かし、消費者金融サービスも強化する。今年度2700億円を見込む部門営業純益を2008年度には3倍以上にするとしている。
一方、UFJに統合を申し入れた三井住友は提案を撤回し、大和証券グループとの統合に向けて動き出す。グループに信託銀行がない弱みはあるが、証券分野では三菱UFJより優位に立つとみられる。証券分野はリテールから、企業の合併・買収(M&A)など法人向けサービスまで相乗効果が大きい。みずほを含め大競争時代に入る。
統合比率、激しい攻防
三菱東京とUFJが1対0.62で合意した統合比率。舞台裏では三井住友を意識した駆け引きが繰り広げられた。
■UFJ「0.62」に執着
「統合比率は株価を基準に決めるべきだ」。三菱東京は昨年来こんな持論を展開した。念頭にあったのは、統合構想が表面化する直前の両グループの株価で、1対0.5前後。これに対しUFJは「我々の収益力を評価すべきだ」と1対0.7前後を求めていた。
背後にあったのが三井住友がUFJに提案した1対1の統合比率。三井住友が提案した昨年8月時点の三井住友とUFJの株価は1対0.7前後。UFJは「三菱東京も一定のプレミアム(優遇幅)を上乗せしなければ、三菱東京との統合にUFJ株主の理解は得られない」と強硬な姿勢を貫いた。
2月に入ると、両グループの主張の中間となる1対0.6を挟んだ攻防戦に。三菱東京がUFJ側に有利な0.62のカードを切ったのは16日とされる。「三井住友にすきは見せられない」。三菱東京幹部はこうつぶやいた。
「0.62」という数字はUFJにとっては大きな意味があった。02年に旧三和銀行と旧東海銀行が統合してUFJになった時の統合比率が三和が1、東海が0.62だったのだ。
UFJにとってはこれより低い統合比率になれば、三菱東京による吸収というイメージが強くなるので0.62にこだわっていた。
■システム統合で敗北感.
統合比率でUFJに譲った三菱東京も、システム統合では逆にUFJを押し切った。2月初旬、傘下銀行のシステムは原則として東京三菱銀が採用する日本IBM製に一本化する方針が内定した。
UFJは三菱東京に7千億円の増資を引き受けてもらい、財務面の劣勢は明らか。こうした力関係も影を落としたとみられ、UFJ内では「我々の日立製作所製の方が優れているのに」との敗北感も広がった。
■「合併までは競争相手」
新グループの骨格は固まったが、具体的な営業方針のすりあわせは手つかずで足元ではちぐはぐな対応も見える。一例は偽造キャッシュカード対策だ。UFJ銀行は8日に被害者への補償検討などを発表。その1週間後に東京三菱銀行が条件つきで被害者への補償に応じる独自の対応を発表した。「10月に一緒になるのに、まるで競争相手」と他行も驚く。
合併前に一つの銀行のような営業行為は「合併類似行為」として禁止されている事情があるとはいえ、UFJ幹部は「合併まではライバル。いま優れたサービスを提供できれば、合併後も存在価値を示せる」と複雑な胸の内を明かす。
役員や部課長までを含めた両グループのポスト配置はこれから詰める。「官僚的」とされる三菱東京と「野武士的」といわれるUFJの社員の融和も今後の課題。主導権争いが起きる芽を抱えたまま、統合準備は仕上げの段階に入る。