毎日新聞 2007/11/13

皆保険化めぐり論争 
 米の医療現場 「市場原理」色濃く  保険業界、民主案に反発

 膨れあがる無保険者と高騰する医療費を背景に、米国民は国の医療制度に不信の目を向けている。医療保険制度改革は対テロ戦争と並び、次期大統領選の行方を左右する最重要課題だ。民主党の大統領候補指名レースで先行するヒラリー・クリントン上院議員は国民皆保険の導入を掲げ、かつて挫折した医療保険改革で捲土重来を期す。福祉のあり方をめぐる民主、共和両党の価値観の違いが鮮明となり、米国民は重大な選択を迫られている。

主な対象者別の保険プラン
         
無保険
高齢・障害者---
メディケア
         
   
低所得者------
メディケイド
         
   
貧困家庭の子供
児童向け医療保険
公的保険
   
無保険
会社員-------
企業保険
    ---------------    
無保険
自営業者など-
個人保険
民間保険

 米国では公的保険の対象である高齢・障害者や低所得者、貧困家庭の子供などを除き、ほとんどの人々は民間の医療保険に任意で加入する仕組みだ。このため、企業保険を持たない小規模な会社の従業員や自営業者、失業者などは「無保険者」として医療保険制度の枠外に置かれやすい。
 クリントン上院議員が医療保険制度改革を手掛けた93年前後、無保険者は約3700万人だった。この数は06年までの約13年間に1000万人程度も増加した。
 米国の医療保険は1965年にジョンソン大統領(民主党)がメディケアとメディケイドを導入するまで、すべて民間の保険会社が運営していた。97年に児童向け医療保険(SCHIP)が導入され、民間保険の加入が困難な貧しい家庭の子供も公的保険でカバーされるようになった。65年以来の大改革となり、現在は660万人が助成対象になっている。
 公的保険のカバー範囲が狭いため、米国の医療現場には市場原理が強く反映されている。保険会社は利益を追求するため、リスクのある病人よりも健康な人を優先して加入させる傾向がある。また、高齢化や医療の高度化、医療過誤への厳しい監視などを背景に、医療費は年々高騰。保険会社は保険料の値上げや保険対象の縮小などで対処しており、中産層の企業や個人が保険から遠のく要因になっている。
 保険業界は、医療保険制度への連邦政府の関与が強まる民主党の改革案に反発している。保険会社に対し、健康問題を抱える人の加入を拒否したり、高い保険料の支払いを要求したりしないよう求めているからだ。共和党は基本的にこうした規制を求めていない。
 無保険者を人種別で見ると、白人の11%に対し黒人は21%とほぼ2倍。中南米系は34%に上る。このため、無保険者問題の要因として、低所得の中南米系移民の増大を指摘する意見もある。営利病院では無保険者に対する「非人道的」な対応がしばしば問題になる。
 医療保険を含む社会保障の財源問題も大きな問題だ。
 戦後生まれの「ベビーブーマー」(46〜64年生まれ)の第1号として、46年1月1日に生まれたニュージャージー州の元教師(61)が10月15日、社会保障給付金の早期受給を申請した。65歳になる11年からはメディケアの対象となる。米国のベビーブーマーは約8000万人で、社会保障事務所は「米国のシルバー・ツナミ」の時代が到来すると予告した。
 また、米自動車大手などは退職者の医療給付負債問題を抱えている。社会保障事務所によると、現在の社会保障制度を放置すれば2041年には財政破綻するという。米国には待ったなしの改革が迫られている。

民主 「ヒラリーケア」改良型に
共和  コスト圧縮「小さな政府」

医療保険制度改革をめぐる主要候補の主張
              民主党      共和党
クリントン エドワーズ オバマ ジュリアーニ ロムニー
国民皆保険導入  ○  ○  X(1)  X  X
年間費用と
財源
1100億ドル
ブッシュ減税廃止
最大1200億ドル
ブッシュ減税廃止
最大650億ドル
ブッシュ減税廃止
明示せず 明示せず
雇用者の保険提供責任  ○(2)  ○(3)  ○(2)  X  X
保険購入のための減税措置  X  X  X  ○  ○
○:賛成または支持、X:反対または不支持
(1) 政府補助と低価格の保険を優先
(2) 大中企業が保険料負担など
(3) すべての企業が保険料負担など

 「これは政府による公的保険ではない。世界で最良の部分はより強化し、崩壊している部分は直すということだ」
 9月17日、米中西部アイオワ州デモイン。大統領選に向けて医療保険制度改革案を発表した民主党のヒラリー・クリントン上院議員は、公的年金制度の拡充ではなく、現行制度を土台に保険制度の枠組みを広げる点に力を込めた。
 「これは簡潔であり、かつ実行可能」とも語った。具体的には、全国民に保険加入を義務付け、無保険者に対しては低所得者向け公的保険の適用や企業への税額控除などで加入を促す。
 クリントン氏はファーストレディー時代、夫が大統領選で公約に掲げた医療保険制度改革を責任者として手掛けた。だが、「ヒラリーケア」とも呼ばれた法案は結局、廃案になってしまった。
 この法案は、連邦政府の規制と市場原理を組み合わせた「管理型競争」を採用。連邦政府か州が所管する地域の保険連合を新設し、雇用主と労働者が加盟して保険を購入することや、保険料を一定限度に抑えるための価格統制システムを導入しようとした。
 これに対し、共和党や保険業界、中小企業は「押しつけがましい管理型(制度)だ」と反対。民主党内の足並みすらそろわなかった。
 クリントン氏は「14年前のことから多くのことを学んだ」と振り返る。「教訓」として既存の制度を生かしつつ、保険の選択肢を広げた。米国内では「穏健なアプローチ」「賢明な政治」「革命論から進化論へと転じた」と好評だ。
 
 医療保険改革ではクリントン氏がクローズアップされているが、同じ民主党のジョン・エドワーズ元上院議員やバラク・オバマ上院議員も、雇用主による保険提供や保険会社への規制強化などで全国民が保険を受けられるよう主張している。ただ、オバマ氏は全国民の保険加入の義務化には反.対している。
 3氏とも保険制度改革の財源措置として、ブッ.シュ政権の高所得者(年収25万ドル以上)向け減税政策の廃止などを挙げ、これにより財源を拠出できるとみている。

 対照的なのは共和党。ルドルフ・ジュリアーニ前ニューヨーク市長やジョン・マケイン上院議員、ミット・ロムニー前マサチューセッツ州知事は「個人の判断」を重視。「大きな政府」につながる国民皆保険化の押し付けには反対している。
 ジュリアー二氏は「保険購入向けに個人の所得税を減税すべきだ」と主張。マケイン氏も「どの保険を選ぷかは個人の自由」とし、ロムニー氏は「保険市場改革による医療コストの圧縮」の重要性を強調。「小さな政府」論に立脚している。

 クリントン氏の提案についても辛らつだ。ロムニー氏は「ヒラリーケアの復活だ。基本的に市場を信じていない」と批判。ジュリアー二陣営も「政府の役割が大きくなれば患者が病院で列を成し、治療が遅れるだけだ」と主張している。