日本経済新聞 2004/2/16
米コーニング
忍耐の成果 赤字でも開発 収益源に成長
液晶パネル用ガラス基板 14年
排ガス浄化セラミックス 25年
通信不況で業績がどん底に落ち込んだ光ファイバー世界最大手、米コーニングが復活しつつある。原動力は液晶パネル向けガラス基板とディーゼル用排ガス浄化セラミックス。成長が期待できるデジタル家電、環境の両分野でシェア世界一の基幹部品作りに成功した。その裏には赤字でも研究開発にこだわり続ける「忍耐経営」がある。
1月初め、シャープの液晶事業の中核となる亀山工場(三重県亀山市)が稼働した。生産効率を高めるため「第六世代」と呼ばれる大型ガラス基板(縦1.5メートル、横1.8メートル)を世界で初めて使う。この第六世代ガラス基板を大量納入するのがコーニングだ。
コーニングは大型化が進む液晶用ガラス基板の各世代で常に量産一番乗りを果たしてきた。来年、ソニーと韓国サムスン電子が始める液晶パネルの合弁工場で使う「第七世代」ガラス基板(縦1.9メートル、横2.2メートル)でも先行を狙う。大型化に備え、静岡工場(静岡県大須賀町)と台湾工場に今後2年間で6億ドルの設備投資を決めた。
ガラス基板の世界シェアは今や50%超。同事業を統括するピーター・ボラナキス氏は「他社にまねできない製造技術が圧倒的な競争力を支える」と胸を張る。
溶融したガラスをシート状に成型する際に、従来技術だと射出口にガラスが触れるため表面を完全な平らにするのが難しかった。同社は溶融ガラスを空気中で成型する独自技術を開発。表面の凹凸やひずみを極限にまで抑えながら、サイズを大きくできるようにし、研磨工程も不要にした。
ボラナキス氏は「需要は年率30−50%の勢いで伸びる」と市場拡大を確信する。だが、これまでの歩みは苦難の連続だった。参入は1984年。初めて利益が出た98年までの14年間、赤字を流しながら技術開発に明け暮れた。
長期開発を支えた要素は二つ。一つは「ロードマップ(行程表)」と呼ぶ技術動向予測だ。ガラス基板の事業本部を東京に移し、日本、韓国、台湾の電機メーカーなどとの議論を通じ、5年、10年後に主流になる技術を探った。90年代半ばに事業の先行きへの不安が強まったが、「テレビやパソコンで液晶パネルの時代が必ず来る」と撤退を踏みとどまった。
もう一つは「ペイシェント・マネー(忍耐資金)」と名付けた研究開発費制度だ。業績の最悪期でも売上高の約10%を研究開発にあててきたが、その3分の1を本杜直轄の忍耐資金とし、すぐには利益を生まない開発テーマに投じてきた。
コーニングは1851年、現会長兼最高経営責任者(CEO)であるジェームズ・ホートン氏の四代前の祖先アモリー・ホートン氏が創業した。忍耐資金は当時からの伝統だ。1868年にニューヨーク州西部の町、コーニングに移転。エジソンの電球にガラスを提供し、テレビのブラウン管の大量生産を最初に始めるなど、時代を切り開く技術を次々生み出した。
1990年代後半、同社の収益を膨らませた光ファイバーも忍耐経営の産物。66年に開発に着手、70年に世界で初めて実用化した。黒字転換は17年後の83年だ。ジョセフ・ミラー最高技術責任者(CTO)は「技術革新へのこだわりは我々の遺伝子に刷り込まれている」と言う。
ガラス基板と並ぶ成長事業であるディーゼル用排ガス浄化セラミックスの開発は25年前にさかのぼる。細々と事業を続けてきたが、世界的な排ガス規制の強化で2008年の市場規模は10億ドルと昨年のほぼ10倍に膨らむ見通し。新工場が完成し、これから本格的な収穫期を迎える。
技術変化のスピードの高まりは時にハイテク企業の経営を大きく揺さぶる。コーニングも通信バブル崩壊で光ファイバーの販売が激減、存亡の淵に立たされた。昨年7−9月期に2年半ぶりの黒字に浮上したが、通期では赤字が残る。
昨年の売上高は30億9千万ドルと、ピークの2000年のほぼ半分。4万2千人いた社員は2万人強に減った。だが、技術開発重視の姿勢は崩さなかった。それを支えたのはメリハリを利かせたリストラ策だ。
人員削減や資産売却の対象は光ファイバーなど通信部門にほぼ集中し、ガラス基板事業は逆に数百人規模で増員したという。設備投資は2000年までは通信が7割を占めたが、昨年はガラス基板が7割になった。負債を2年で20億ドル強減らしたことで投資余力が生まれ、今年の設備投資は最大6億5千万ドルと昨年のほぼ2倍になる。
「創業家の一員として技術の重要性は骨身にしみている」。ホートン会長はこう話す。96年まで会長兼CEOを務めた後にいったん退任したが、業績悪化を受け2001年に会長に復帰、リストラを指揮してきた。
忍耐の経営で見えてきた新たな収益源を株式市揚も評価。一時1ドル近くに低迷した株価は12、3ドルの水準まで回復した。買収・売却で事業資産を次々と入れ替える他の米企業と一線を画すコーニングの経営が今後どんな実を結ぶかが注目を集めている。
ホートン会長に聞く 10%は未来への投資
技術革新を生み出し続けるには何が必要なのか。コーニングのジェームズ・ホートン会長兼CEO(67)に聞いた。
− リストラの進展状況は。
「最終段階に来ている。財務体質の改善、収益力の回復と未来への投資を並行して進められる状況だ。さらに投資を引き出すために、今年も負債の圧縮は進める。雇用もまだ全社的には増やす段階にはない」
ー 高水準の研究開発費を維持している。
「素材・部品メーカーで売上高比10%の研究開発費はかなり多く、長い歴史の中でその水準を維持してきた。財務体質を良くするだけなら研究所を売ればいい。だが、研究開発の中にこそ、当社の未来がある。技術への投資をやめる訳にはいかない」
ー 研究開発にはリスクもある。
「多額の研究開発費を投じても、成果が出るのは10年後というブロジェクトはある。当社では『忍耐資金』と呼ぶが、この投資を惜しんではならないことは歴史が証明している。基礎研究、実用化間近の開発、既存事業強化の3つの領域にどう資金を振り向けるかを常に考えている」
ー 創業家出身であることが研究開発への姿勢に影響しているか。
「技術革新への強いこだわりのある家庭で生まれ育ち、洗脳されたようだ。創業家ではないCEOとは異なり、このこだわりは私の一部だ。光ファイバーが黒字化するのに17年間かかったが、これだけ待てるCEOはそういないだろう」
ー コーニングの強みは何か。
「ガラス、セラミックスなど窯業で蓄積した素材技術と製造技術だ。これらの組み合わせで様々な製品を作り出せる。当社は光ファイバー技術の会社ではない。素材、製造技術をべ−スに、自在に形態を変えていく」
ー 研究開発の効率化には何が必要か。
「組織内の自由度を高めることだ。開発の進め方などは上からの指示ではなく、個々の研究員、チームが決められる雰囲気を作ろうとしている。ただ、将来の事業分野をどこにするかを決めるのは経営の仕事だ。