日本経済新聞 2005/1/11
青色LED訴訟が和解 東京高裁
発明対価6億円 中村氏に日亜支払い 総額8億4000万円
青色発効ダイオード(LED)の発明対価を巡り、開発者の中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授)が、勤務していた日亜化学工業(徳島県阿南市)に対価の一部として201億円を求めた訴訟は11日、同社が対価として約6億800万円とその遅延損害金約2億3千万円の計約8億4千万円を支払うとの内容で東京高裁(佐藤久夫裁判長)で和解が成立した。
和解条項の骨子
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同高裁が先月、訴訟の対象となった特許だけでなく中村氏が日亜在職中にかかわったすべての発明の対価を総額約6億円と算定した和解案を提示し、双方が受諾した。昨年1月の一審・東京地裁判決が発明対価を約600億円と認定、請求通り200億円の支払いを命じた注目の訴訟は、一審判決の認定額は大きく下回ったが、発明対価を巡る訴訟で判決や和解により確定した企業の支払金としては、日本国内では最高額で決着した。
日亜側によると、同高裁は和解勧告に当たり、職務発明の対価について「従業員のインセンティブとして十分であると同時に、経済情勢や国際競争の中で企業の発展を可能とするものであるべきだ」と指摘。「リスクを負担する企業の共同事業者が受ける利益の額とは性質が異なる」との判断を示した。
その上で、特許が登録されている計191件などの各発明に対する中村氏個人の貢献度は最大でも5%と評価し、対価を算定したもようだ。控訴審は昨年12月24日に結審、佐藤裁判長は判決期日を指定する一方で、和解を勧告。昨年末からの和解協議で日亜側が対価として最大6億円を支払うことで調整が進められていた。
訴訟の対象となっていたのは中村氏が日亜在職中に発明し、同社が1990年に特許出願、97年に登録された青色LEDの製造技術の一つ。報奨金2万円を受け取ったが2001年提訴した。
東京地裁判決は中村氏の貢献度を少なくとも50%と判断。発明対価を約604億円と認定し、請求した200億円全額の支払いを命じた。控訴審で同氏側は請求額を201億円に増額していた。
金額は納得せず 中村修二教授の話
和解金額には全く納得していないが、代理人弁護士の意見に従い和解勧告を受け入れた。発明対価を巡る訴えは後続ランナーに引き継ぎ、本来の研究開発の世界に戻りたい。
早期解決を優先 日亜化学工業の話
6億円という対価は過大で納得していないが、会社の貢献度を95%と高く評価しており、紛争の早期解決のために和解勧告を受け入れた。
企業のリズク重視
一審認定の100分の1 対価算定難しく
一審判決の巨額の支払い命令で産業界に衝撃が走り、企業内研究者に夢を与えた青色発光ダイオード(LED)訴訟は11日、和解金を会社側が支払うことで和解が成立した。適正な対価をどう算定するのか司法判断に注目が集まる中でのあいまい決着。訴訟は特許法の改正など職務発明の対価をめぐる議論の発端ともなったが、日本社会に突き付けた課題は今後に積み残された形だ。
発明対価を巡る訴訟が相次いでいるのは、算定基準がなく、日本の企業内研究者側に発明に見合う適正な対価が企業から支払われていないという不満があるため。訴訟では、対価の根拠となる「発明により会社が得た利益」と「発明に対する研究者個人の貢献度」をどう算定するかがポイントとなってきた。
昨年来、億単位の支払いを命じる判決が相次ぎ、企業側の報奨に不十分な面があったことは否めないが、算定方法については司法判断も一定ではない。
今回も、一審が対価を約600億円と認定したのに対し、高裁の和解案は企業が負っているリスクを重視した結果といえ、対象となる特許の範囲を広げたにもかかわらず約6億円で100分の1とかけ離れていた。日亜側によると、一審で対象となった特許に絞ると6千分の1になるという。
算定の過程で、高裁は出発点となる会社の売り上げで、将来分について一審より大幅に少なく見積もった。さらに、一審は売り上げの10%を特許による利益と判断、そのうち50%を中村氏の貢献度と認定したが、高裁が和解勧告で示したのは、特許による利益は売り上げの3.5−5.0%とした上、中村氏の貢献度は5%との判断。一、二審では全くかけ離れた結果を導き出した。
日立製作所の光ディスク読み取り技術を巡る同種訴訟のように、海外特許分の対価を認めるかで、一、二審の判断が分かれた例もある。発明の性質、企業の規模、研究体制など様々な要因が絡む上、それが1件1件異なる中、対価の算定に明確な基準を定めることは容易ではない。
4月には改正特許法施行で、労使間の話し合いなどで決まった合理的なルールに従って支払われた報酬は裁判でも尊重されるようになる。ただ、どんな基準が合理的なのか、積み重ねられる司法判断の行方を見守りたいとの声は強く、なお裁判の火ダネは残ることになりそうだ。
発明対価課題残す
「発明対価を巡るバトンは後続ランナーに引き継ぐ」ーー。青色発光ダイオード(LED)の発明対価を巡る訴訟で、開発者の中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授(50)は11日、東京高裁での和解成立を受け、代理人を通じて声明を発表した。
中村氏 「本来の研究に戻る」
日亜 「企業の発展へ道筋」
中村教授の開発した特許の発明対価は国内で過去最高額の約6億円が認められたが、一審・東京地裁で認定された604億円に比べると約100分の1にすぎない。同教授は「金額には納得していない」としながら、代理人の意見に従い和解勧告を受け入れた。
記者会見した代理人の升永英俊弁護士は、中村教授が日亜化学工業時代に得た知識を研究開発に生かすことが制限されないと和解の中で確認された点について「中村さんの頭脳が研究に使えることが非常に大きい」と強調。同教授も声明文で「本来の研究開発の世界に戻ります」と述べた。
一方、日亜側も担当者や代理人が東京都内で会見。長島安治弁護士は「金額は不満だが、訴訟の長期化を避け、従業員の労力や時間を本来業務に注いだほうがいい」と説明した。
また、裁判所が特許法35条の職務発明の相当対価について「従業員のインセンティブになると同時に、企業が発展していくことを可能とするものであるべきだ」と指摘したことを高く評価。長島弁護士は「日本の産業界全体に好影響を与える」と述べた。
中村氏コメント「上限6億円の判断」に疑問
青色発光ダイオード訴訟和解に関する中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授が日本経済新聞社に寄せたコメントは以下の通り。
今回の和解金額は高裁が決め、高裁は判決でも同様な金額になると言っている。これに不満で最高裁に上告しても、最高裁は憲法論、法律論だけを議論して事実審理(金額の審理)せず、金額については、高裁の判決が優先される。このため上告しても結果は同じで意味がない。
金額が少ないのは高裁の裁判官が金額に6億円という上限を設けたからで、この上限を超え、企業が発明者に相当対価を払えば企業がつぶれるという考えだ。しかし、その上限額が少ないことには全く根拠がない。
高裁の判断は企業サラリ−マンには収入に上限を設け企業のために働けという、昔ながらの滅私奉公の考え方に基づく。全くの不満な和解だが、どうしようもない。
一番大きな問題は裁判官の個人的判断ですべてが決まるということだ。地裁では裁判長が正義の判決をした。しかし、高裁は全くの逆で、企業寄りだ。最高裁はさらに保守的、企業寄りになるといわれている。
理系を目指すサラリーマンは「本当の実力主義」である米国に来るべきだ。日本ではどんなにがんばっても、6億円以上出さないというのが、今回の高裁の判断だ。
中村裁判の和解成立にあたっての当弁護団の見解
2005年1月11日
中村裁判弁護団
弁護士 升永 英俊
同 荒井 裕樹
同 江口 雄一郎
T [中村裁判の4つの意味]
平成13年8月23日、中村教授は、日亜化学工業鰍ノ対し、特許法35条に基づき、特許を受ける権利の譲渡に対する対価請求の訴訟を提起しました。
中村裁判は、下記第1〜第4の4つの意味を持っています。
第1は、ご褒美(即ち、2万円)から、不十分ながら、発明の譲渡の対価(即ち、8.4億円〈利息を含む〉)への転換です。
従業員発明者・中村教授は、従来、職務発明をした時、会社からお褒めの意を顕わす2万円の褒賞金を受領するだけでした。しかしながら、中村教授は、職務発明であっても、特許法29条、35条に基づき、発明と同時に、従業員発明者が発明に対する権利を所有することを知りました。中村教授は、会社に対し、発明完成と同時に発明者が所有する、発明に対する権利を会社へ譲渡する対価を、特許法35条に基づき、請求することにしました。即ち、中村教授は、「ご褒美(即ち、褒賞金)を有り難く会社から押し戴くということ」を止めて、裁判で、特許法35条に基づいて、発明の譲渡に対する対価を、会社に対して主張したのです。
提訴時の平成13年8月以前、2万円であった「褒賞金」は、本件和解により、不十分ながら、8.4億円(利息を含む)の「発明の譲渡の対価」に変わりました。
本件8.4億円(利息を含む)の和解金は、額の点で、原審判決に及ばなかったとはいえ、本質的には、画期的勝訴です。
提訴時(平成13年)以降、職務発明制度につき、大きな変化が生じました。企業は、従来の発明報奨金支払い制度を見直しています。
某化学メーカは、2003年に、共同発明者数名に対し、発明報奨金として、2億5000万円を支払いました。
某電機メーカは、社内の職務発明規定を改正し、会社が受領した特許権実施料の5%を発明者に支払うこととしました。
このような現象は、中村訴訟が提起される前は、なかったことです。
第2は、会社に対する個(即ち、個人)の確立です。
個人(「個」という)は、本来、権利(勿論義務を伴いますが)を有しています。その本来あるべき個の権利は、会社のための滅私奉公の思想の下では、会社の中に埋没していました。
個が、労働組合の支援なく、本来有している個の権利(即ち、特許法35条に基づく、発明の譲渡の対価を請求する権利)を、会社に対し、明確に主張したことが、中村裁判の特徴です。
本件和解では、会社に対する個の権利の主張は、明確に認められました。
日本企業は、終身雇用制度を採用してきました。従業員は、会社に対して、個人として考え、個人として会社に対して権利を主張するということはありませんでした。滅私奉公です。そこでは、私(個人)は存在せず、公(即ち、会社)のみが存在します。
バブルが崩壊し、幾つかの企業は、リストラに手を着けました。企業は、従業員に対し、必ずしも終身雇用を保障できない時代です。この新しい時代に対応して、従業員も個を確立しなければなりません。従業員は、個として、ものごとの是非を考えることを求められます。会社の法令遵守(コンプライアンス)の問題も、従業員側に個の確立が無ければ機能しません。コンプライアンスは、形式だけのことになります。
中村裁判は、従業員の滅私奉公の思想に反して、個の確立を主張するものです。個の確立の問題は、従業員と会社との問題に留まりません。国民と国家との関係においても、同じことです。国民は、個を確立すること(即ち、国民一人一人が、確立した「個」として、ものごとの是非を判断して行動すること)を求められます。
第3に、単なる褒賞金から、「発明の譲渡対価」へ転換することによって、産業の振興の目的は達成されます。
この中村裁判は、個人が会社を訴えたとはいえ、決して、反企業、反産業振興の裁判ではありません。
人は、通常、自らの仕事に対して評価を得ようと努力します。向上心を持ちます。会社が発明に対して2万円の”ご褒美”を支払うということは、会社は、発明をした従業員の仕事を2万円としか評価していない、ということです。
会社が、発明の譲渡に、数億円の対価を支払うということは、会社が従業員の発明を数億円と高く評価した、ということです。そして、会社が数億円の対価を従業員に支払うということは、会社は、「職務発明であっても、発明の完成と同時に発明に対する権利は、発明者に帰属する。会社がその発明に対する権利を取得するためには、ご褒美ではなく、「対価」を発明者に支払わなければならないこと」を認めたということです。
会社が、億の単位で発明を評価すれば、その発明をした発明者は、他の社員からも、高い評価を得られます。社外からも、世間からも、高い評価を得られます。人にとって、他人から高い評価を得るということは、なによりも、向上心を掻き立てる”源”となります。発明者が、より高い金銭的評価を得んがために、より大きな富を生む発明をしようと、向上心を持って研究開発すれば、より大きな富を生む発明が生まれるチャンスが出てきます。それは、企業にとっても、より富を生む手段(知的財産)を取得するチャンスが増えるということです。
日本の未来は、知財立国にあります。「褒賞金」から「発明の譲渡対価」への転換は、企業の富の増大、産業の振興という目的に沿っています。
このように、中村裁判の目的は、決して反企業ではありません。産業の振興を目的としたものです。
第4は、裁判の規範(即ち、ルール)の創造機能です。
@オリンパス光学裁判、A日立裁判、B味の素裁判、C中村裁判により、企業の職務発明報奨金が、「ご褒美」のレベルの金額から、「発明の譲渡の相当対価」の金額へ変わり始めました。即ち、これらの裁判は、規範(ルール)の創造に係わっているのです。
日本は、三権分立の国です。国の権力は、司法、立法、行政の3つに分立されています。
国会は、最高の立法機関ですが、国会が立法全てを独占しているわけではありません。
裁判所が法律を具体的に事実に適用して裁判する場合、裁判所は、法律の条文の意味を解釈せざるを得ません。裁判所が、この法律の条文を解釈する過程で、裁判所による規範(ルール)の創造が行われるのです。これは、見逃すことのできない重要なことです。
日立判決、味の素判決、中村判決の規範(ルール)創造機能により、企業の発明報奨金制度が変更されつつあります。これらの事実は、「裁判所が、規範(ルール)の創造に係わること」を端的に証明しています。
中村裁判は、この「裁判による規範(ルール)創造機能」を国民の目に見えるかたちで、明らかにしました。
裁判所は、「正義と公平の理念に基づいて、法令を解釈して、規範(ルール)の創造を行う」という重い責務を負っています。
U [和解により本件裁判を終了する理由]
本件を和解で終了する理由は、以下のとおりです。
1.当弁護団は、「@和解に応じなかった場合に予想される判決内容、A上告審で高裁判決が破棄される可能性、B破棄された場合に差戻審で認定される可能性のある金額、C上告審で一審判決の金額が支持される可能性、D上告審及び差戻審のために中村教授が投入しなければならない時間、E上告審及び差戻審に要する年月、F二次訴訟を提訴する現実的可能性、G二次訴訟のために中村教授が投入しなければならない時間、H二次訴訟に要する年月、I和解に応じた場合の中村裁判の目的の達成度(詳細は下記2,3参照)など、本件に関する全ての事情を考慮して、依頼者の最大利益は、和解勧告を受諾することと考える」と依頼者に助言し、中村教授はその助言に従い、和解勧告を受諾することとしました。
理由の詳細については、弁護士の依頼者に負っている守秘義務により開示することを差し控えさせていただきます。
2.日立判決では、発明により生じた利益10億円につき、共同発明者間における寄与度70%の共同発明者の相当対価として、1.6億円が認められました。
味の素判決では、発明により生じた利益80億円につき、共同発明者間における寄与度50%の共同発明者の相当対価として、約2億円が認められました。
裁判所の和解勧告は、本件和解金は、これらの2つの裁判例を否定するものではない旨述べています。とすると、本件和解金額(8.4億円〈利息を含む〉)は、中村教授の発明より生ずる利益が巨大であるが故に、発明により生ずる利益の額があるレベルに達すると、相当対価の額は頭打ちすることを意味します。
3.中村教授は、8.4億円(利息を含む)という本件和解の金額に満足していません。とはいえ、中村裁判で、『ご褒美としての2万円が、中村教授の日亜化学在職中になした発明の譲渡対価として、不十分とはいえ、8.4億円(利息を含む)に変わったこと』は、まぎれもない事実です。
中村裁判の目的は、「発明補償金をご褒美の額から発明の譲渡対価の額へ変えたい。それによって、技術者・研究者の眼の色を変えさせたい。眼の色が変わった技術者が富を生む発明をし、産業が振興され、日本を豊かにしたい。」ということでした。本件裁判において、職務発明の譲渡の相当対価として、不十分とはいえ、8.4億円(利息を含む)が認められたことにより、日本は、この中村裁判の目的に沿って、日立判決、味の素判決から更に前進したと言えましょう。
以上の理由により、当弁護団は、和解により、中村裁判の幕を引くことが、依頼者の最大の利益と考えました。
4.最後に、「職務発明の譲渡対価」の問題は、他人事ではなく、技術者一人一人が、自分自身の問題として、各自が背負ってゆくべき問題です。自らは何もせず、他人がそれ解決してくれることを期待して待っていれば、あるいは戦っている他人に声援を送っていれば済むような問題ではありません。
中村教授は、2万円を8.4億円(利息を含む)まで持っていきました。この先は、中村教授からバトンを手渡された後続ランナー(即ち、一人一人の技術者全て)が、更にこのバトンを引き継いで前進することを、期待します。
中村教授は、この「職務発明の譲渡対価」問題のバトンを後続のランナー(即ち、一人一人の技術者)に引き継ぎ、本来の研究開発の世界に戻ります。
これまで、各方面からお寄せいただいたご支援・ご声援に対し、心から感謝申し上げます。
日本経済新聞 2006/2/11
日亜化学 青色LEDの中核特許放棄
発明対価訴訟争点の技術 「不要と判断」
発光ダイオード(LED)製造最大手の日亜化学工業(徳島県阿南市)は、青色LEDの発明対価を巡る中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授との訴訟で最大の争点だった中核技術「404特許」の権利を放棄することを決めた。日亜は現在、LEDの製造に同特許を使用していないとしており「今後も必要ない」と判断した。
404特許は、青色LEDの材料物質の一つである窒化ガリウムの高品質な結晶膜を成長させる装置に関するもの。日亜はLED関連で同特許以外にすでに約400件の登録済み特許を持ち、量産や品質、光出力の向上などの点で同特許に頼らない開発、生産体制を敷いた。
日亜化学と中村氏は東京高裁の2005年1月の勧告に従い、404特許を含め、中村氏が同社在職中にかかわった191件の特許すべての対価約6億円などを日亜化学が同氏に支払うことで和解した。裁判中、同社は404特許の対価を42万ー1872万円と主張してきたが、和解では対価を特定しなかった。
中村教授の代理人を務めた升永英俊弁護士の話
日亜が404特許の権利を放棄するのは、特許に頼らなくてもLED事業で優位を維持できると判断したからだろう。青色LEDの製造装置を作るには特許に加え、様々なノウハウが欠かせない。すでに装置を数百台持つ日亜の競争力は圧倒的に高く、他社の追随は困難。中村教授が関与した特許を放棄する真の狙いは、「404特許の価値は低い」と世間に思わせることではないか。
2006/7/27 日本経済新聞夕刊
東芝のフラッシュメモリー発明対価訴訟、8700万円で和解
デジタルカメラや携帯電話に不可欠な半導体、フラッシュメモリーの発明対価を巡り、開発者の元東芝社員、舛岡富士雄・東北大教授(63)が、東芝に対価の一部として約11億円の支払いを求めた訴訟で、東芝が舛岡教授に和解金8700万円を支払う内容の和解が27日、東京地裁(設楽隆一裁判長)で成立した。発明対価を巡る訴訟で、決着したものとしては過去3番目の高額。
和解は、訴訟で争われた41件の特許だけでなく、舛岡教授が東芝在職中に関与した約500件の特許すべてを対象に、対価を支払うという内容。
舛岡教授が東芝在職中に特許権譲渡の対価として受け取った報奨金は約600万円で、訴訟を通じて適正な対価を争った結果、当初の報奨金の10倍を超える報酬を手にすることになった。
東芝は、他メーカーと特許を相互に許諾し合う「包括クロスライセンス契約」を、フラッシュメモリーに関する特許を含む半導体関連で数千―1万件締結している。こうした場合、個々の特許の発明対価を算定するのは難しい。
このため、関係者によると和解協議の過程で同地裁側は、舛岡教授が在職中に関与した特許全体を対象に、会社が支払うべき「相当の対価」を総合的に判断するのが妥当との考えを示したとみられる。
訴訟では、舛岡教授は在職中に発明して東芝に譲り渡したフラッシュメモリーに関する特許権の相当対価は80億円と主張。その一部として約11億円を請求していた。
発明対価を巡っては、青色発光ダイオード(LED)訴訟の控訴審で過去最高の約6億円(遅延損害金を含め約8億4000万円)で和解したほか、味の素の人工甘味料の製法特許訴訟で1億5000万円の和解が成立している。係争中の案件としては、日立製作所の光ディスク読み取り技術特許訴訟で東京高裁が同社に約1億6300万円の支払いを命じ、最高裁に上告中。
日本経済新聞 2006/10/18
日立の発明 対価訴訟 外国特許分も認める 1億6300万円支払い確定 最高裁が初判断
DVDなどの光ディスク読み取り技術を発明した日立製作所の元社員、米沢成二氏(67)が発明対価の支払いを求めた訴訟の上告審判決で、最高裁第三小法廷(那須弘平裁判長)は17日、「外国特許分も対価を請求できる」との初判断を示した。そのうえで海外特許分も含め約1億6300万円の支払いを同社に命じた二審判決を支持、同社側の上告を棄却した。米沢氏の勝訴が確定した。
職務発明を巡る訴訟で会社側が支払う対価では、青色発光ダイオード(LED)の約6億円(遅延損害金を含め約8億4千万円)に次ぎ、過去二番目の高額。
上告審は日本の特許法が直接規定していない外国特許で会社が得た利益についても対価を請求できるかが争点となった。
同小法廷はまず特許を受ける権利を会社に譲渡した場合に相当対価の請求を認めた同法35条の規定について「社員と会社が対等な立場で取引するのは困難なので、社員の利益を保護し、発明を奨励する目的で制定された」と指摘。そのうえで「国内と海外で会社側と社員の立場が対等でないことに違いはなく、外国特許にも同規定は類推適用される」と判断した。
このほか他メーカーと互いの特許使用を無償で認め合う「包括的クロスライセンス」契約が日立にもたらす利益を大きく算定したうえで、米沢氏ら発明者側の貢献度を同種訴訟よりも高率の20%と認定した二審の判断も支持した。一審・東京地裁は2002年、国内の特許権の譲渡対価のみを認め約3400万円の支払いを命じた。
米沢氏の話
企業で働く技術者を勇気づけ、日本の技術開発の活性化につながる判決だ。
日立製作所の話
判決は誠に遺憾。日本企業の研究開発や事業活動に大きな影響を与えるものと憂慮している。
発明対価 他社利益も算入
発明者貢献度 20%と高く認定
光ディスクの読み取り技術を巡り、史上二番目の高額発明対価が最高裁で17日確定した。外国特許も対価と初認定。発明者の貢献度や、企業同士が特許を無償利用し合う対価について、二審が示した算定方法も確定する。従来1億円を超える高額対価訴訟は和解で決着しているだけに、最高裁がモデルを示した意義は大きい。
最高裁での争点は外国特許の価値をどう算定するかだった。特許権は各国の法律により国ごとに生じる。一審判決は「日本の特許法が認める対価請求の権利は外国特許には及ばない」と対価を約3400万円に抑えた。
二審・東京高裁判決は「外国で特許を受ける権利を含め、対価は日本の法律により一元的に決定されるべきだ」と判断。最高裁判決は「特許権が外国でどのような効力を有するのかという問題と、対価の問題とは区別して考えるべきだ」として二審判決を支持。外国特許も発明対価に含めるとの結論を導いた。
原告の米沢成二氏は「技術がグローバル化する中、外国特許の対価が支払われないのはありえないこと」と話した。
最高裁を経て確定した二審判決の内容には、このほか二つのポイントがある。一つは企業が互いに特許を無償利用し合うクロスライセンスが生んだ利益の新たな算定方法だ。多分野にまたがる包括的クロスライセンスは具体的収入がなく、個々の特許から得られた利益も分からない。
採用したのは、日立の特許を活用し大きな売り上げがあったソニーの利益の一部を、本来日立に払うべきだった許諾料とみなし、推定する手法だ。ソニーのCDプレーヤー製造には当該の日立の特許が欠かせなかったと認定。ライセンス成立後の同製品の合計売上高に一定料率を掛け、同特許に関しソニーが払うべきだった許諾料は最低でも6億円と算定した。対価はこの分だけで一審より約8千万円上がった。
もう一点は技術者の貢献度を高く認定したことだ。対価は通例「発明で企業が得た利益」に「発明者の貢献度」を乗じて算定する。利益が1億円、貢献度が5%なら、対価は500万円となる。
東京高裁は発明者の貢献度を「20%」と認定、日立のライセンス交渉での米沢氏の貢献を特に評価したためだ。青色発光ダイオード(LED)訴訟の和解で示された貢献度は5%だった。米沢氏は他杜製品が同特許を侵害しているか否かを簡単に判定する装置を考案。日立は他社とのライセンス契約交渉を有利に進めることができたという。
焦点の特許は社内で最高の戦略特許金賞も受賞。こうした点も考慮し、高裁判決は「他社とのライセンス交渉に自ら参加し日立に利益をもたらしたことは、発明者だからこそなし得る特別な貢献」と認定、20%という高い貢献度を認めた。
今回、和解ではなく最高裁の判決でこうした内容が確定したことは、今後の道標になりうる。
発明対価を巡る主な訴訟 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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(注)青色LED訴訟の対価は遅延損害金を除けば約680百万円。黄色は和解決着 |
報奨ルール 企業、再見直しも
昨年4月の改正特許法施行に伴い、多くの企業は従来より発明者に報いる方向で報奨規定を見直した。今後、企業は改めて規定の点検・見直しを迫られる可能性がある。改正特許法は発明対価訴訟の増加を背景に、社員も納得のいく報奨ルールを企業に求めた。この結果、各社の報奨規定は現在、特許の出願時に1件あたり数千円、登録時に数万円、ライセンス収入があれば実績に応じ、それぞれ報奨金を払うケースが多い。クロスライセンスに貢献した特許への報奨金は、数万ー数十万円程度のもよう。
最高裁はこれら水準を超える発明対価の新しい規範を示した。ただ適用されるのは、特許が企業に大きな利益をもたらした場合に限定されるともいえる。17日記者会見した日立の平山裕之・知的財産権本部長は、「判決は発明者の進む方向にも影響を与える」と述べた。最高裁判断を参考に、一律で報奨ルールの見直しが進むかは微妙だ。