(エコノミスト 2002/2/4臨時増刊)
ロングインタビュー ゴードン・チャン
「中国の未来はそれほど輝かしいか」 既に、現実は崩れ始めている
中国は、グローバル経済に巨大なパワーを発揮し始めている。しかも、発展はこれからが本番だ。このままの勢いで発展すれば、2010年には世界最大の「経済大国」に成長する。
しかし「中国の未来はそれほど輝かしいのか」ーー真っ向から反論を唱えたのが、ゴードン・チャン氏で、その著書『やがて中国の崩壊がはじまる』である。氏は20年以上にわたり北京、香港、上海の米系法律事務所に籍を置き、中国企業の内実を知る立場にあった。体験を基にした「中国論」だったから、世界の中国ビジネス関係者の間に熱い議論を巻き起こした。ゴードン・チャン Gordon G.Chang 弁護士・ジャーナリスト。1951年アメリカ生まれ、コーネル大学卒業、同大ロ一スクール修了。香港、北京、上海の米国系法律事務所に所属し、中国企業の法律顧問を務めるかたわら、『ニューヨーク・タイムズ』『ファーイースタン・エコノミック・レビュー』などで健筆を振るった。本書の内容について、米国議会の公聴会で証言。
歴代の王朝は永遠に続くと考えた
ー 『やがて中国の崩壊がはじまる』を読みながら、大恐慌のアメリカ農民をテーマにしたスタインベックの『怒りの葡萄』を思い浮かべました。アメリカはその後、発展し大国になりましたが、チャンさんは「中国は崩壊する」が答えです。中国の現体制が”後退する”とか”停滞する”という事態を迎えるのでなく、あくまで「崩壊」が答えなのですね。
チャン 答えは、一つしかない。中国は必ず崩壊します。世界史的に見れば、いかなる文明も永遠の繁栄はない。中国の歴史を振り返っても、歴代の皇帝は自分の王朝は永遠に続くと考え、そのための政策にエネルギーを注いだ。中国共産党も依然として支配体制が継続すると思っています。
毛沢東は国を竹のカーテンで囲って、生き延びようとした。しかし、毛沢東が作り上げた体制を後継者がいかに維持しようとしても、新しい時代の仕組み(WTO加盟)が始まれば、古い制度(社会主義市場経済)は壊れていく。もはや、共産党体制を維持、存続させ続けることは不可能です。
ー 昨年末(12月11日)、正式に中国がWT0に加盟しました。日本のマスコミと経済界は、中国の論調と見間違うほどで、中国の本格的な発展が始まると期待の目で見ています。
チャン 関税障壁が取り払われて関税が安くなるから外国企業は中国に進出を加速する。非関税障壁だった流通が開放されるから、外国企業がサービス拠点を設けて小売りの分野にも進出していく。金融の開放も始まる。外国企業の進出が刺激となって、中国の古い仕組みのうえに成り立っていた企業や産業の改革は、確実に起こってきます。
しかし中国の古い制度や慣習に染まった国有企業・郷鎮企業がそう簡単に改革されるとは思えない。多くは倒産し、何百万人という失業者が生まれる。その一方で、モノスゴい速さで格差が拡大していく。沿海部と内陸部、経済特区と周辺部、労働者と幹部、国有企業と外資系企業・・・あらゆる分野で格差は広がり、国民の不満が増大していきます。
ー WTO加盟で中国は後戻りができない。しかも、残された時間は5年だ、と書いています。
チヤン 中国の指導部はジレンマを抱えています。中国の国有企業は、WTO加盟というショック療法なしには改革できないし、ショック療法を実践すれば国有企業は存在が難しくなってしまう。改革に時間がとられれば格差が不満となって爆発し、中国崩壊の引き金になっていく。残された時間は、長くても10年です。
ー 日本は隣国として中国崩壊に備えた準備をすべきだ、と警告していますね。
世界の人が中国崩壊の過程をテレビで見る
チャン いずれ世界の人々は、中国が崩壊する過程をテレビで見ることになります。その時、隣国である日本はテレビを見ているだけでは済まされない。人口が世界一多い13億人もいて、しかも核武装している巨大な国家が崩壊し始めたら、どんな事態が始まるのか。日本人には、想像すらできないのではないか。
中国は国内に不満が高まれば、国民の目を外にそらすために、日本に強力な内政干渉をしていくだろう。最悪の場合には、日本に向かって侵攻することだってありえる。
ー 日本の経済界の人々は中国がどれだけ問題のある国であるかを知っているが、それでも中国に進出する以外に企業が勝ち残る道はないと考えています。中国に進出している日本企業は2万5000社を超えているといわれますが、その中で利益を上げているのは、ほんの一握りにしかすぎない。
チャン WTO加盟で中国が変わることを期待しているのでしょう。しかし、見かけの繁栄とは反対に、中国の実体経済は限界にきています。だからWTOへの加盟で、矛盾に満ちた社会主義市場経済の仕組みに混乱をきたしマイナスの結果を生んでいく。
加盟がマイナスとなる理由は3つあります。表面的に中国は大発展を続けているように見えるが、これは中国が外国製品の輸入を認めず、世界中に輸出するという一方的な貿易が許されていたから可能だった。第2は、中国経済の成長は外資を巧みに扱うことで資金を取り入れることができた。三番目は、WTOの加盟で一方的な利益を主張することが不可能になったということです。
また、加盟のタイミングにしても、世界経済がIT景気の後退のなかで、ニューヨーク・テロが重なるという最悪の時期だった。不況の真っ只中にあるだけに、世界の企業は、中国を単なる生産基地とすることに満足せず、新市場として売り込むことにエネルギーを注いでいきます。
国家の基本政策が変わるとき
− 日本の経済界は、そうしたマイナスの指摘を承知のうえで、中国に進出しています。
チャン 中国への進出が危険であるという根拠の一つは、世界の景気が冷え切っているときに、中国で生産したものを、世界のどの市場に輸出していくかということ。
二つ目は、さまざまなデータから国有銀行の経営が行き詰まっていることが明白なこと。銀行に問題が生じ進出企業が運転資金の人民元を確保できない事態になれば、外資企業といえども存続が危ぶまれる。向こう10年、世界的大プロジェクトが目白押しですが、誰がその資金を出すのか。多国籍企業は、中国の実体経済を冷静に分析して、投資を控えています。
三つ目は、中国で、これから5年の間に起こる政治的変化です。ポスト朱鎔基にどんな人物がなるのか、経済が市場化していても現実は政治主導の経済です。恐ろしい予測だが、中国の社会科学協会に所属する著名な経済学者が、WTO加盟についても、共産党指導部の意見は一致していないと公言している。つまり、中国共産党内部の意見が分裂していて、ポスト朱鎔基しだいで国家の基本政策を大転換する恐れがある。
− それでも、中国の指導者はWTO加盟をテコの原理にして、国有企業を改革し、発展していくと思います。
チャン 中国には約30万の国有企業と3200の郷鎮企業があります。国有企業のなかには、従業員が約100万人を超す巨大なものもあり、これら国有企業、郷鎮企業は、従業員が使う歯ブラシの工場、レストランや食料品店、通勤のための運輸会社、保育所・・・ありとあらゆる分野に企業を持ち、膨大な数のグループ企業を抱えています。
つまり、国有企業は社会福祉機関としての役割を果たすことで、中国共産党という体制に正統性を与えてきたわけです。この巨大な存在を、赤字を抱えているという理由で倒産に追い込めば、自らがよって立つ基盤が壊れていくのは当然です。共産党支配の王朝が終わるのですよ。
ー そうすると、国有企業のトップは経営の実態を覆い隠すことに熱心になる。
チャン それだけで終わるわけじゃない。倒産に等しい企業を生き永らえさせるために、党は国有銀行に回収不能な大規模融資をさせて、一時しのぎを続けている。
ー 新しい金融機関である広東省投資信託有限公司に投資した、日本の都市銀行が何行も貸し倒れにあっています。
チャン 広東省政府が保証した金融機関だったから、日本を含め欧米の銀行が安心して貸し付けたが、中央政府が突然方針を変えて、「返済の必要がない」と宣言した。それで、世界の主だった金融機関は貸し付けに一層慎重になった。
中国には広東省投資信託有限公司と同様の投資信託有限公司が240ある。それを中国政府は半数にすると宣言しているから、被害を受ける外資銀行は相当の数にのぼります。そのために、なかには破綻する外国銀行が出てくるかもしれません。
国有銀行の闇は底なし
ー 中国は不明で闇のような部分が多いのですが、チャンさんは国有銀行問題に度々言及しています。
チャン 不良債権問題は、中国の火薬庫です。99年末に貸付残高の25%だと発表していますが、この数字を真に受ける人はいません。その1年後、政府の資本再編計画に従って、これら銀行は2000年に1兆3000億元(1570億ドル)の不良債権を処理したと発表し、政府は銀行の不良債権問題が解決に向かっている演出をしたのです。
しかし、その後で中央銀行幹部が、中国の銀行は依然として資産の25%の不良債権を保有していると明らかにし、国有銀行の闇は底なし沼にあることをうかがわせました。ドイチェバンクは不良債権の割合を50%と弾き出し、スタンダード&プアーズは50%は最低ラインと主張しています。また専門家は、中国の金融問題について、世界最大の問題とまで言っている。怖いのは、いずれ「貸し渋り」が始まるということです。外資企業が人民元の貸し渋りに遭えば、企業活動はストップする。本社がわざわざ運転資金を送金することは考えられない。
ー マネーの属性は自由で民主的なところへ流れていく。
チャン 中国が発展していくには政治的な民主化が一段と進む、というのが条件です。しかし、民主化が進めば、中国の発展から取り残された人々が問題を起こさないはずがありません。
法輪功はその走りである。
メンバーが要求したのは自分たちの信じる法輪功を認めてくれ、ということだった。しかし、政府は銃を持つわけでもなく、過激なデモをしたわけでない彼らを徹底的に追い詰め、事実上存在しない形をとっている。それでも、一向に活動する人が消えない。
目を内陸部に向ければ、チベット、イスラム教の新彊ウイグル自治区の状況は、マッチ1本で爆発する「ガソリンの湖」状態です。もともと彼らは中国の一部であることを望んでいなかった。歴史と民族意識に宗教が重なり、そのうえに沿海部の発展から取り残され、差別されている。政府は漢民族の同化策を進めているが、何世紀もの歴史が示すように、彼らは中国に同化されない。
ー 一般的に内政に行き詰まると、権力は国民の不満を外に向けます。
チャン 台湾を攻撃するかどうかという視点で見ると、結論は「ノー」です。中国国民は、最大の目標を「豊かになること」に置いている。国家のことより経済第一です。台湾を(攻撃)支配しようとすれば、対外貿易がストップします。中国共産党が存在するよりどころは経済繁栄だから、指導部が一党独裁を終焉させるようなことをするはずがない。しかし、日本に対しては厳しい対応になっていくと思います。
いずれにしても、中国は崩壊する選択をしたのです。