3-52.雑感(その52 -1999.7.9)「農薬中ダイオキシン不純物濃度の訂正」

今年の1月28〜29日に横浜国立大学で開かれた「第二回化学物質のリスク評価・リスク管理に関する国際ワークショップ」で、我々は我が国で使われた農薬に高濃度のダイオキシンが含まれていることを発表した。

この結果は、ダイオキシンは焼却炉から出るという、これまでの常識を覆すものであった。その後、いろいろな反応があり、もう一度分析値を検討した。かなりの部分について、再分析も行った。その結果、我々の不注意からの間違いもあったことが分かった。
 
そこで、発表した数値の一部を、7月に開かれた環境化学会で修正し、ご迷惑をおかけした方にお詫びをした。以下に、その内容を示す。ここに示された値は、いずれも原体1g当たりのダイオキシン(TEQ値)(ng)値である(つまりppb)。

2行目は、1月で発表した値で、毒性換算値にI-TEQ(WHO/ICPS 1988)の値を用いたものである。
3行目が今回発表した修正値で、単位は2行目と同じ、I-TEQである。
WHOは1998年に新しい毒性換算係数を発表しているが、それを用いて計算した値が4行目である。
 
最後の行に、今回再分析をした分について◎とし、分析しなかったものについて、「なし」とした。

<PCP> 
表1は、PCPに関するデータである。
大きな傾向は変わらないが、一つ一つを見ると、かなり違った数値が出ている。

農薬には、濃度の高いものから、低いものまで、多くの不純物が含まれている。どこに重きをおいて分析するかで、この程度の違いは出るものと考えている。

表1: PCPの結果
 

  単位 PCP
1964
PCP
1967
PCP
1968
PCP
Unknown
Workshopでの報告値 I-TEQ(ng/g) 17,000 485 2,440  197
今回の修正値 I-TEQ(ng/g)  14,000  370 640 170
今回の修正値 WHO-TEQ(1998)(ng/g) 3,500 200 550 190
再分析    ◎

<CNP>
次は、CNPの結果である。再分析を行ったのは、最も濃度の高かったもの(1975年製造と推定)だけである。この値は、ほとんど動いていない。CNPのその他の試料を再分析しなかったのは、1度目の分析で、十分注意しておこなったからである。CNPには2378体はないと信じられていた、にも拘わらず、検出されたので、いろいろ条件を変えて分析していたのである。
 
ここでは、もう一つ数値の扱いを変えた点がある。そのために、すべてのCNPでやや低い値になっている。それは、2378−TCDD(4塩化ダイオキシン)の値を、すべて不検出とし、ゼロ扱いにしたためである。
 
因みに検出されている2378−TCDDの値は、古い順に1.5ppb(再分析で5.1)、14、1.7、0.38、0.59である。この値に自信がないというわけではないが、この値をND(不検出)とし、計算に当たってはゼロとした。

理由はこうだ。CNPに含まれる非2378−TCDDの濃度が非常に高く、2378体は、非2378体の大きなピークの裾に出るかたちになる。したがって、通常の分析ではゼロになる。この大きなピークを何回も振り切らせて裾野の微細構造を出すと、2378−TCDDのピークが出てくる。

しかし、このピークの大きさは、少しの操作の違いに影響を受ける。したがって、2378−TCDDの真の値がいくつかに議論が集中すると、非常に消耗な実験を何回もしなければならなくなるかもしれない。

2378−TCDDがゼロであっても、CNPのTEQ(毒性換算量)は十分高い。それは、12378−PentaCDD(5塩化物)や、123678−HexaCDD(6塩化物)が、問題なく高いからである。

そして、5塩化物や6塩化物なら、誰でも検出できる。異議のある方とは、5塩化物や6塩化物について、議論をする方が生産的だと判断したためである。因みに、環境化学会の発表では、5塩化物(2378体)のピークのチャートを出した。

表2:CNPの中のダイオキシン
 

  単位(ppb) CNP
1975
CNP
1980
CNP
1983
CNP
1984
CNP
1986
Workshopでの報告値 I-TEQ 7,100 1,280 62 3.9 4.9
今回の修正値 I-TEQ 7,000 1,200 54 2.2 2.0
今回の修正値 WHO-TEQ(1997) 12,000 2,100 59 3.8 2.6
再試験    ◎ なし なし なし なし

<ダコニールなど>
表3には、TPN(商品名ダコニール)とNIP、MCPについての結果をしめす。

これらの値は、そもそも値が小さく、我々はあまり気にしていなかったが、現に使われていた商品もあったので、大きな問題になった。この修正は、我々の分析の不注意によるものである。つまり、contaminationの影響で高く出てしまった。

表3:その他
 

  単位 TPN
1970
TPN
1990
NIP
1966
MCP
1971
Workshopでの報告値 I-TEQ 0.44 0.39 1.5 2.1
今回の修正値 I-TEQ 0.038 0.0073 2.3 0.2
今回の修正値 WHO-TEQ(1997) 0.0089 0.002 2.7 0.18
再試験  

<再分析に至る経過>
CNPに有害ダイオキシンが含まれているということについて、三井化学の玉川氏が、我々を名指して「告訴する」などの脅し言辞をはきつづけ、また、農水省も「あの結果はおかしい」などと市民団体の前で発言したことなどは、すでに以前の雑感に書いてきた。
 
余りの強い攻撃で、我々も一時はたじたじとなっていた。そこで、もう一度分析をしてみようという声が内部で上がったが、私は「とりあえず、落ち着こう」と言って、再分析を止めた。
 
ところが、ダコニール(原体名TPN)を製造するSDSという企業の幹部の方が訪ねてこられて、米国の分析機関に分析を依頼した結果、横浜国立大学の分析結果より、非常に低い値であった(zeroに近い)、という話をされた。そして、我々(横浜国立大学)の分析結果で、いろいろ困ったことがおきているということだった。
 
何回か意見を交換した後、私は、我々の分析試料の一部をSDSに提供し、SDSはまた、米国の分析機関に依頼した。その結果も、非常に低い値であった。SDSはchartもすべてもってきた。それを見て、我々はこちらの分析結果がおかしいのではないかという感触を持った。その結果、再分析を行うことにした。その結果は、既に書いた通りで、TPNについては我々の間違いであった。
 
SDSには大変ご迷惑をおかけした。申し訳ないと思っています。
 
ただ、PCPとCNPの結果は、個々にはばらつきはあるだろうが、大きな間違いはないと考えている。7月8日、農水省と三井化学は、CNPに有害なダイオキシンが含まれていることを認めた。

ただし、その濃度は最高で62ppbと発表している。7000ppbという数値が出た1975年のCNPは、我々の手元に10kg程度ある。3袋(1袋3kg)は未開封。もう一度、三井化学と農水省に言いたい。このサンプルを分析する気はないのかと?
 
もし、我々の結果が間違いと分かれば、いつでも訂正し、謝罪する。

 

 


3-54.雑感(その54 -1999.7.19)「農水省の英断」

すでに、先週の雑感でお伝えしたように、7月8日、農水省と三井化学は別々に記者会見を開き、CNP除草剤に毒性ダイオキシンが含まれていたことを認めた。この発表は、かなりの驚きをもって受け止められているようである。

 経過を追うと、以下のようになる。 
 
 ○我々の研究室が、このことを発表したのが1月の末。
 ○猛然と反発しはじめたのが、3月から。
 ○今回の発表が7月。

いずれにしろ、7月の発表は決断が早いし、よく農水省が認めたものだという驚きを示す人が多い。これまでなら、よしんば三井化学の分析で検出されても、国会か何かで問題になるまでは、知らん顔していただろうというのである。

発表の決断は、農水省によるもので、三井化学によるものではないであろう。とすれば、やはり農水省はいい方向に変わっていると思う。嬉しいことだ。



三井化学の発表とRappe教授の話は、どうも年代の話がすっきりしない。
三井化学の発表した分析結果の詳細は、末尾にしめす。

三井化学の発表では、最高値がTEQ(毒性換算量)で62ppb(原体当たり:1980年製造)となっており、我々の最高値7000ppb(1975年)との差は、100倍ほどある。lotによっても違いがあるだろうから、ある程度の違いはあっても不思議ではないが、分析試料が多くなれば、この点は、やがてはっきりするだろう。

すっきりしないというのは、濃度の数値ではない。何時製造された農薬で、いつ分析したかについてである。

われわれの分析結果は、たまたま5試料を農家から集めたが、見事に年を経るにつれてダイオキシンの濃度は下がっていた。しかし、今回の三井化学の結果には、そのような傾向が全くみられない。

今回の発表では、分析のいきさつを以下のように発表している。

「1983年および1990年に、C. Rappe教授に依頼して分析した。1983年、1990年製造のサンプルでは、毒性ダイオキシンはいずれも確認されなかった。しかし、同教授が新たに開発した分析手法では、同族体分離技術が飛躍的に改善され、その結果、今回初めて毒性ダイオキシンが確認された」

Rappe教授と我々とのこれまでの関係は以下のようなものである。

1.(伝聞)1995年の学会で、Rappe教授との話から、どうもCNPに毒性ダイオキシンが入っているらしいとの感触を掴む

2.1995年、当方から手紙で問い合わせ:委託分析なので結果をいうことができないとの返事。

3.(伝聞)1999年4月頃、ある人に、「10数年(more than ten years)CNPを分析してきたが、毒性成分は見つからなかった」と答えたという

4.(伝聞)1999年7月環境化学会:新しい分析法でCNP中に2378−TCDDが、数ppb(a few ppb)検出されたと発表。何年度製造のCNPかの問いに対して、自分は知らないと答えた。
 
どうも、分析した年と製品の製造年度、この二つについて、何らかの工作が行われているように思えてならない。

また、念のため付け加えれば、今回新しい分析法を開発したから、はじめて検出できたとRappe教授は言っているが、Rappe教授がやったことは、特別新しいものではない。

また、三井化学がそれぞれの製造年の原体を保存しているという話があったにもかかわらず、今回それが1983年のものしかでてきていない。まず、すべての年度の原体の結果を出してほしい。

三井化学の分析結果(ウメオ大学C. Rappe教授による)
(比較のため、我々の結果を併記する。Yokohamaは、我々の結果)
 

サンプル番号  製品種別  CNP製造年  含有量(ng I-TEQ/g原体)  分析実施時期  Yokohama(ng I-TEQ/g原体)
粒剤 1972 43 99.6  
Yokohama 粒剤 1975     7000
粒剤 1977 62 99.6  
Yokohama 乳剤 1980     1200
乳剤 1882 27 99.5  
乳剤 1983 33 99.5  
原体 1983 7.2 99.6  
Yokohama 乳剤 1983     5.4
Yokohama 乳剤 1984     2.2
乳剤 1985 3.0 99.5  
乳剤 1985 0.6 99.5  
Yokohama 乳剤 1986     2.0
乳剤 1988 9.2 99.5  
粒剤 1990 0.2 99.5  
10 乳剤 1991 45.0 99.5  
11 粒剤 1992 0.4 99.5