化研フォーカス 1999/8/5
◇塩化ビニル樹脂産業に将来はあるかという疑問への回答
「塩ビ業界の真の秩序回復策」が塩ビ産業再建の叩き台
塩化ビニル樹脂産業に将来はあるのか、という議論がこのところかなり高まっている。その背景には94年から95年にかけて日本ゼオン、トクヤマ、住友化学3社が塩ビ樹脂事業を統合して設立した新第一塩ビと、東ソー、三井化学(当時三井東圧化学)、電気化学の3社が同じく塩ビ樹脂事業を統合して設立した大洋塩ビという、この2つの統合企業が多額の累積赤字のために経営再建に迫られたことから、一般にこの産業の将来性に疑問符が付けられたといってよかろう。
しかし疑問符がついたからといって、今すぐ塩ビ樹脂産業がこの世から消えてしまうわけではない。それどころか塩ビ樹脂産業は日本の化学産業の中で最も競争力豊かな産業として再生するという可能性もないではない。
その具体的な対応策として注目されるのは、新第一塩ビの経営再建の過程で論議されたといわれる「塩ビ業界の真の秩序回復策」という塩ビ樹脂企業の大合同案である。残念ながらこの回復策は、関係者が原則的には賛成しながらも、時期尚早ということで見送られた。しかし今後もその精神は受け継がれねばならないし、いずれこの回復策は厭でも塩ビ樹脂業界が実現に向けて真っ正面から取り組まねばならない構想であることに変わりはないということもまた事実であろう。
「塩ビ業界の真の秩序回復策」は、昨年以来、新第一塩ビの経営再建に絡んで同社経営の中心的存在であった日本ゼオンが研究してきたもので、その考え方については新第一塩ビに出資しているトクヤマ、住友化学を初め大洋塩ビの出資企業である東ソー、三井化学、電気化学なども塩ビ樹脂産業の将来のあるべき姿としては理解したといわれ、さらに旭硝子、呉羽化学、チッソなども大筋では認めた というから、いずれこの構想は塩ビ樹脂産業を建て直す最後のチャンスとなる可能性が強い。
このチャンスをものにするにはどうするべきかということだが、塩ビ樹脂産業の建て直しは、塩ビ事業に深く係わる苛性ソーダ・塩素市場まで含めて考えねばならないところにその深刻さがあるといってよかろう。このため新第一塩ビとその関係者だけがいかなる経営努力を払っても、ここ数年の塩ビ樹脂市場を取り巻く環境ではその成果を期待することはできなかった。この「できなかった」という原因に見極めを付けたところから「真の市場秩序の回復策」が生まれてきたとみることができるのではないか。その見極めが、多くの塩ビ樹脂事業の関係者を巻き込んで行われたということは、塩ビ産業に明日のあることを立証したといってよかろう。
新第一塩ビと大洋塩ビの合併は単なる夢物語ではない
塩ビ樹脂事業の歴史は古い。日本の化学産業の歴史の中で、大衆に最も身近なものとして受け入れられたのが、昭和26年に市場に出た塩ビ樹脂製の男性用ベルトであった。それまで一般の人々の脳裏にあった化学製品はエボナイトといわれた万年筆のボディーか、夜の縁日の店頭を照らしていたカーバイドアセチレン、そして硫安肥料ぐらいであったろう。塩ビ樹脂製の男性用ベルトの発売はその年の夏場であったため、物性上の欠点に気づいた人はいなかったが、冬場にコチコチに固くなって、一本の棒状になるのをみて人々は唖然としたものであった。その後の技術開発は目覚ましく、塩ビ樹脂はいまや産業の基幹物資として国民生活になくてはならないものとなっていることは周知の事実である。
この塩ビ樹脂を生産し、供給している企業は、一体この塩ビ樹脂事業をどうしようとしているのか、どこへ持っていこうとしているのか、成り行きに任せて潰れるところは潰れ、生き残れるものだけが生き残る。企業や事業も生き物である以上、それが自然の摂理に叶うなら、その結果を甘んじて受け人れればいい、という見方が塩ビ樹脂産業について回っているのではないかとさえ思われる。
しかし昔から「企業は人なり」といい、企業を支える戦士が塩ビ樹脂業界にはまだまだいるといってよかろう。いってみれば、これだけの産業人が揃っていながら打つ手がないはずはないということを、この「回復策」は示したといっても過言ではあるまい。
回復策の柱は、大洋塩ビと新第一塩ビ両社が合併して、塩ビ樹脂市場で主導的役割を果たすというものである。しかし現実には新第一塩ビは累積債務70億円の処理を先行せざるを得ず、また、大洋塩ビも150億円に上る累積債務の処理を急がねばならないことから、構想そのものは評価したものの、とにかく身辺整理に多少の時間がかかるとして、具体化に踏み切れなかったというわけだ。だが、この発想は決して夢物語ではないということを塩ビ樹脂業界の人々は脳裏に刻みこんでおく必要があろう。
塩素の合理的活用こそが塩ビ樹脂産業の競争力を強める
実際問題として塩ビ樹脂に限らず商品市況を是正しようとする場合、その市場の需給バランスが買い手と売り手のどちらに有利な状況にあるのかということが重要な要素であることは明らかである。塩ビ樹脂市場の場合は、需給バランスは常に正常ではなく、慢性的な供給過剰状態を続けてきたということからいえば、まずこの問題を解決することが求められているといえよう。
その打開策の重要な手掛かりは、いかにして競争主体を減らすかであり、減らすことで市場シェアを拡大し、強力な供給者になることによって市況の是正を図る。しかも国際市場にリンケージした競争主体になることが、塩ビ樹脂産業の究極の姿だということになろう。
塩ビ樹脂市場の再建は、それほど簡単な話ではない、とくに以前から「塩ビ樹脂産業の課題は優れて塩素問題だ」といわれているように、塩素・ソーダとの関連を無視して塩ビ樹脂市況の秩序は回復しないことも事実である。もっとも塩素、エチレンという塩ビ樹脂事業にとって重要な原料問題は、塩ビ樹脂市場の統合化がいま以上に進展する中で、二塩化エチレン(EDC)、塩ビモノマーの供給系列も変化し、市場での合従連衡も進むことは間違いない。
特筆すべきは、大洋塩ビと新第一塩ビの統合2社が合併し、これに旭硝子など3社が加われば、この大合同企業は日本の電解市場を代表する酸アルカリメーカーが3社も含まれることになり、またエチレンセンターも三井化学など3社が協力するという、恐らく日本最強の塩ビ生産体制が組織されるということである。
塩ビ市場究極の供給体制は3社、生産コストはkg20円
塩ビ樹脂業界の秩序を本格的に回復しようという試みは、一遍の論理では難しい。そこには具体的な構想がなければならない。その意味で、実現こそみなかったとはいえ、日本ゼオンと新第一塩ビの経営陣が構想した大合同案はかなり具体性に富んでいたといっていいのではないか。新第一塩ビの後を追って経営再建に取り組んでいる大洋塩ビにこの回復策を持ち込んだというあたりは、並の決意ではなかったであろう。
この大合同が実現するとどのようなメリットが業界にもたらされるか。まず塩ビ樹脂市場は大合同した新会社と信越化学、鐘淵化学の3社体制にほぼ近い状況になるのではないか。この結果、塩ビ樹脂市場の主導権はこの3社が握ることになる。これ以外の塩ビ樹脂生産者である三菱化学や東亜合成、セントラル硝子は大合同した新会社か信越、鐘化のいずれかと連携せざるを得ないことになろう。
大合同によって塩ビ産業はモノマー事業を含めて樹脂までの一貫生産体制が確立され、余剰設備の処理もしやすくなるとみてよかろう。とりわけ品種の整理統合と生産性の向上は迅速に進むことになろう。さらに人件費の節約と物流経費の低減はかなり顕著に現れるとみられ、この結果、塩ビ樹脂の製造総コストはキログラム当たり20円以内という驚異的な競争力を生むことになるという計算もある。いずれにしても塩ビ樹脂市場の秩序を回復するには経営陣の大胆な発想とその決断にあるといってよかろう。
塩ビ市場の新秩序形成図