熊本日日新聞 2004年11月14日
チッソ分社化 資産管理と事業会社に 国、検討に着手
http://www.kumanichi.co.jp/minamata/kiji/20041114.1.html
政府・自民党は13日までに、水俣病の原因企業として膨大な負債を抱えるチッソ(本社東京、岡田俊一社長)について、債務弁済を担う事実上の資産管理会社と、事業活動を継続する事業会社に分離する「分社化」の検討に着手した。杉浦正健・内閣官房副長官ら複数の関係者が明らかにした。
水俣病の患者補償や、公害防止事業に伴う公的債務などにより、チッソの今年3月期の累積赤字は1516億円に達している。分社化は、チッソ本体から分離する新事業会社の収益力や企業体力を高めることで、患者補償をはじめとした債務弁済を安定させる狙いがあるとみられる。
ただ、分離される新事業会社は事実上、水俣病の発生・拡大責任を免罪される可能性があることから、公害補償の基本である汚染者負担の原則(PPP)があいまいになる懸念もある。
分社化の具体的な枠組みについては今後、内閣府と財務、総務、環境各省などが中心となって当たる見通し。基本的には現在のチッソ本体を公的債務弁済の特別会社と位置付け、国、県の責任で弁済を保証する新たな仕組みを設ける。
その上で、本体から分離する新事業会社(新チッソ)の会計からは巨額の公的債務を除外。液晶や電子、化学部門などから成るグループ企業に再編していく。
チッソの公的債務については現在、2000(平成12)年の閣議了解に基づき、国が順次、無期限無利息の融資に置き換えていくことで、事実上肩代わりしている。
しかし、水俣病の被害拡大に対し、国と熊本県の行政責任が最高裁で確定したことから、政府・自民党は「国として被害拡大の責任を果たすためにも、さらに抜本的な再生計画に踏み込む必要がある」(政府、自民党幹部)と判断した。
このため、自民党も12日に開いた同党水俣問題小委員会(松岡利勝委員長)で、分社化の検討作業に着手。近くチッソから意見を聞くなど、政府や県とも歩調を合わせながら本格協議に入る方針という。
松岡委員長は「チッソの技術力や国際競争力を高めることで、被害地域の再生支援や公的債務返済を確実に完遂させる」と言っている。
チッソの今年3月期決算は、売上高が前期比6・2%減の1103億9800万円、経常利益が24・4%増の67億5200万円。液晶分野などが好調で2年連続の増益となっているが、水俣病関連補償の特別損失で最終赤字が恒常化している。
【解説】チッソ分社化案 国、なお加害企業支援を優先?
http://www.kumanichi.co.jp/minamata/kiji/20041114.2.html
水俣病の原因企業チッソをめぐり、政府・自民党は13日までに、同社の公的債務を事業会社から切り離す分社化に向けた検討に入った。水俣病関西訴訟の最高裁判決で、国とともに公害拡大の責任が確定した熊本県も、未認定患者らに新たな療養費を支給する独自の水俣病対策案をまとめるなど、最高裁判決を契機に、水俣病問題の枠組みは激しく揺れ始めた。
ただ、熊本県が曲がりなりにも被害者に対する新たな国費、県費投入を提唱したのに対し、霞が関、永田町の視線は、なぜか加害者側のチッソに向いている。
最高裁判決を受け、自民党関係者は「チッソの抜本再生は政治が残した課題」と分社化の意義を強調する。しかし、それは何より優先されるはずの未認定患者救済に手を差し伸べないまま、加害企業だけを支援することを意味する。
水俣病発生、拡大の代償として、チッソは現在、1500億円以上の累積債務を抱えている。しかし、並みの企業ならとうに倒産しているこの加害企業を、国や熊本県はこれまで、あの手この手で支え続けてきた。
その大義名分は、公害における汚染者負担の原則(PPP)。特に2000(平成12)年2月の閣議了解以降、チッソの公的債務弁済は、国が事実上の肩代わりを続けており、同社はいわば「究極の国策会社」。ただ、この枠組みも、チッソが今後数十年間、毎年経常黒字を上げ続けることが大前提。
一方、チッソにとっては、企業活動の“足かせ”となる債務の分離は長年の悲願。特に2000年以降、一定の利益を留保できるようになった同社の信用力は急速に回復、他社との業務提携なども進み、業績は上り調子だ。チッソは今年6月にまとめた新中長期経営計画(04〜06年度)に、正式に将来の分社化構想を盛り込み、既に国、熊本県にも要望済みという。今回の政府・自民党の分社化検討にも、こうした動きが反映しているとみられる。
政府関係者は分社化の利点として、チッソの収益力を高めることで、国が肩代わりしている公的債務の完済を早めるというバラ色の未来を描いてみせる。
さらに、最高裁判決が断じた国、県の行政責任についても、「むしろ行政がチッソを支援する根拠が、より明確になった」(同関係者)。そこには最高裁判決を逆手に取り、あくまで過去の水俣病行政の枠内で、チッソの患者補償問題も収束させたいという、国のしたたかな思惑も透けてみえる。
「われわれは50年近く苦しんできた。なぜ国はチッソを守るのか」。最高裁判決の当日、関西訟訴の川上敏行原告団長は訴えた。その最高裁判決から1カ月。被害者に対しては、かたくなな対応を続けている政府が、チッソ支援を声高に叫んでみても、長年苦しみ続ける被害者の理解を得られるとは思えない。
熊本日日新聞 2004年11月15日朝刊
杉浦正健官房副長官に聞く 「チッソ安定化も行政責任」
http://www.kumanichi.co.jp/minamata/kiji/20041115.1.html行政責任を認めた水俣病関西訴訟の最高裁判決を受け、政府解決策や一連のチッソ支援策にかかわってきた杉浦正健官房副長官(衆院・愛知12区)は14日までに、熊本日日新聞社のインタビューに応じた。杉浦官房副長官は「最高裁判決は妥当」とした上で、「国の責任を明確にするためにもチッソの抜本支援を考える必要がある」と指摘。水俣病にかかわる公的債務を抱えるチッソ本体から事業部門を切り離し、分社化によるチッソ再生に取り組む考えを明らかにした。また未認定患者への療養費支給を柱とする県の対策案については「費用に見合った内容であれば環境省で対応を検討することになる」と述べた。杉浦氏とのやりとりは次の通り。
― 今回の最高裁判決をどう受け止める。
1995(平成7)年の政治決着をはじめ、30年近く水俣病問題に携わってきたが、個人的には国、熊本県の行政責任を認めた判決は妥当だと思う。あれだけの規模の公害事件の罪を一企業にかぶせるのは無理がある。
― 国として具体的な責任の取り方は。
判決は国、県の連帯債務としての賠償責任を認めたわけだが、チッソ、国、県の三者の関係で言えば、事実上、国、県はこれまで責任を感じてきたからこそ、県債発行などさまざまな形でチッソ支援の措置を講じてきた。
それよりも、行政責任がはっきりした今回の判決を契機に、チッソの経営をもっと安定化させ、将来にわたり企業責任を果たす視点が大切ではないか。政治決着後の2000年、チッソの”生命維持装置”とも言える現在の再生計画が策定されたが、現在の業績は好調でも将来は分からない。チッソが公的債務を返済し終えるには百年かかる。この実態は経営としては不正常で、チッソを公的債務を引き継いで返済する会社と事業会社に分離し、その上で国、県も責任を持つ仕組みに再構築する必要がある。
― 公害健康被害補償法(公健法)に基づく水俣病認定基準の見直し論も出ているが。
この問題は基本的に環境省で検討する事項だが、一般論として、これまでの経緯を考えた時、今になって病像をぶれさせることはまずいのではないか。患者救済については、政治決着などでかなり手広く救済されたと思っている。これだけの時間がたち、多くの被害者が亡くなっている中で、新たな不公平を生み出すような事態は避けなければならない。
― 公健法や政治決着とは別に療養費を支給する対策案を、熊本県が検討している。
具体的な話を聞いていないので、何とも言えないが、県が住民の福祉・医療政策として判断されたものではないか。国としてどんな支援ができるか分からないが、費用に見合った内容であれば、環境省で対応を検討していくことになるだろう。