日本経済新聞 2008/9/7
そこが知りたい
原油価格急変動、安定調達策は?
三菱ケミカルホールディングス社長 小林喜光氏
中東資本の受け入れも
原油価格の急変動に化学産業が振り回されている。足元の価格は下落しているが、水準は依然として高値圏に位置し、従来のように汎用製品の生産を主力にしていては生き残れない。国内最大手の三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長に化学産業の将来像を聞いた。
ー 原油価格の先行きをどう見る。
「1バレル110-120ドル程度で落ち着いてほしい。実際の需給だけで決まるなら価格は70-80ドルになるだろうが、ファンドなど投機マネーの流入
で20-30ドル分押し上がっているとみている。ただ、何よりも困るのは価格の急変動。110ドルぐらいまできたら、下がらなくていいから安定してほし
い」
「当面の対策として、原料価格が変動してから製品価格が改定されるまでの期間の短縮を目指している。これまでは最長1年という場合もあったが、3カ月程
度にしたい。価格上昇局面では理解は得にくいが、足元の価格が下がっている今なら顧客にもメリットがあり、受け入れてもらいやすいはずだ」
ー 合成繊維原料など汎用的な石化製品は価格の変動幅が大きい。
「市況に左右される経営はやめるべきだと考えている。これまで日本の石化コンビナートは衣食住に使う汎用的な基礎製品を生産してきたが、安価な中東や中国製品の影響力が増している。日本は自動車や電機産業向けの加工度が高く、価格変動が少ない製品を生産すべきだ」
「そういう意味では日本の石化コンビナートは歴史的使命をほぼ終えた。(現在14カ所ある)コンビナートは将来は2-3カ所あればいいのではないか。また原料を原油に頼らない化学産業や技術の育成も国をあげて進めるべきだろう」
ー 石油化学事業をやめるのか。
「原油を原料とする石化事業から撤退はしない。ただ原油価格変動のリスクを減らすための努力は必要だ。低コストの原油の安定調達に役立つのなら、生産地である中東などの資本を受け入れてもいい。具体的な話はないが、当社が経営の主導権を持てるなら構わない。先方は当社の先端技術に興味があるだろうから、互いにメリットのある形を模索することができる」
ー 高付加価値品の開発をどう進める。
「医療用製品や太陽電池、リチウムイオン電池用の材料など7つの事業領域を育成分野と位置付けた。医療も環境も人類が快適に暮らすには欠かせない技術。需要拡大が期待できる」
*7大育成事業
固体照明、HEV用リチウムイオン電池材料、次世代ディスプレイ、
自動車用ケミカルコンポーネント、バイオポリマー、有機太陽電池、個別化医療
新中期経営計画「APTSIS 10」(2008年から2010年の3年間を実行期間)
http://www.mitsubishichem-hd.co.jp/ir/pdf/20080513-1.pdf
小林喜光氏 1974年三菱化成工業(現三菱化学)入社。記録メディア事業などを担当し、07年から現職。61歳。 |
聞き手から一言 業界の先陣切り石化一辺倒脱却
世界的な経済発展を背景に好調が続いた化学各社も、今後は需要減退による業績悪化が見込まれている。日本でも世界でも、大規模な業界再編が起きる可能性もある。
小林社長はDVDの生産子会社の社長をつとめるなど「傍流の出身」だと自らを評する。その分、社内外のしがちみが少なく、思い切った手を打ちやすい。石
化事業一辺倒からの転換でも業界の先陣を切ろうとしている。社長就任から1年余り。いよいよどんな具体策を示すのか注目が集まる。
2008年08月21日 Chemnet Tokyo
三菱ケミカルHDの小林社長「原油価格110-120ドルを予想」
三菱ケミカルホールディングスの小林喜光社長は21日記者団と懇談し、懸念が広がっている内外景気の動向や原油・ナフサ価格の動き、今後の同社の経営課題などについて約1時間にわたりざっくばらんに語った。
この中で、原油・ナフサ価格の動きについて「流動的なので何ともいえないが、やがて1バレル110〜120ドルぐらいで落ち着くのではないか」との観測
を示した。だが、そのあとで「これはあくまで希望的観測だ。それよりも石油などに振り回されないよう“脱ナフサ”と製品の高機能化を着々とやっていきた
い」と付け加えた。
7月にはロンドンとニューヨークを訪ね、証券アナリストたちに会社の現状や中期経営計画の内容を説明したが、反応はストレートだったようで「医薬品事業には評価が得られたが、石油化学をなぜやっているのかといった質問を受けた。理解できないといわんばかりだった」という。
当面の課題としては、情報電子など機能商品分野の拡大と、バイオポリマー、有機太陽電池などの育成事業の早期事業化に引続き注力する。原油・ナフサ価格
は長期的にはなお上昇すると“覚悟”し、2つの石油化学センターはプロピレン・ベースに切り替えていく、などを強調。黒崎事業所に完成したポリカーボネー
ト年産6万トン設備は、需給バランスが回復するまで稼動を延期中だが、いつスタートできるかの見通しはまだ立っていないという。
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新中期経営計画「APTSIS 10」(2008年から2010年の3年間を実行期間)
http://www.mitsubishichem-hd.co.jp/ir/pdf/20080513-1.pdf
鹿島コンビナート
OAとは、オレフィン(エチレン、プロピレン)アロマ(芳香族)を意味しております。
鹿島事業所には、2系列のエチレンセンター(ナフサ分解設備)を有しており、水島のC3(プロピレン)強化に対し、総合的な石油化学基礎製品の中心となることを目標としております。
2006/5/31説明会では以下の通り述べている。 独自技術によるグルーバル展開(2)
テレフタル酸:成長するアジア市場において事業拡充
圧倒的世界一技術・顧客開拓力・海外事業展開力1963 黒崎
1987 松山 25万トン
1990 韓国 170万トン
1994 インドネシア 64万トン
2000 インド 47万トン 80万トン
2006 中国 60万トン
“世界企業”への自覚と戦略
三菱ケミカルホールディングス社長 小林喜光氏
三菱ケミカルホールディングスは、10月から三菱化学、田辺三菱製薬、三菱樹脂の3社が傘下 に入り、売上高2兆9,000億円と、世界のリーディングカンパニーに仲間入りした。「基礎化学と機能商品、医薬品の“3本柱”の強みを活かし、社会に貢 献する化学会社を目指す。大きな夢をもった会社にしたい」と小林喜光社長、表情は明るく、話も“立板に水”だった。
― 世界のリーディングカンパニーと売上高で肩を並べました。感想は。
売上高は20ビリオン、3兆円というところで、化学業界のとらえ方により変わるが世界第6位 になるらしい。売上げはこれからも伸ばしたいが、欧米の化学企業は最近はバイエルにしてもダウやデュポンにしても、医薬品でいくとか、ケミストリーでいく といったように、方向性を絞ってきている。しかし、当社は、ベーシックなケミカルと、高い機能を付与したパフォーマンス型のケミカル、それに医薬品の“3 本柱”からなっている。この3本柱を大事にしていきたい。
― 3本柱を持つ“強み”はどこにありますか。
何よりも安定性だ。たとえば、医薬品は今は確かに利益も出ているが、20年先はどうだろうか。高齢化が進み、厚生行政や医療制度がどう変わるかわからないというリスクがある。また、研究開発にものすごく時間や費用がかかるが、リターンとしての新薬が出てくる確率は下がっている。
機能商品はどうか。当社は、新三菱樹脂を含めて加工型のパフォーマンス・ケミカルを展開して いくが、光ディスクのようなエレクトロニクス商品は、あまりにも寿命が短かい。商品ライフはどうかすると半年、長くても3〜5年しかない。それでいて投資 額は大きい。こういった商品は今は利益も出て調子はいいが、いつまで続くのか、永続性という点で不安がある。
一方、石炭化学、つまりカーボンをベースにした従来型のケミストリーには、当社は70年の歴
史があり、これまでも波はあったものの安定した業績を残してきた。石油化学も中東や中国、インドにコンペティターが出てきて大変だけれども、リファイナ
リーと協力していけば、まだ何とかやっていける。その意味で、事業基盤は比較的しっかりしている。
ホールディングスとしては、こうした3つの事業が持つそれぞれのリスクや長所をよく見て、バランスよく伸ばしていきたい。それが今後の課題だが、その意味でも3本柱は重要だ。
― どんな“世界企業”を目指しますか。
今、08年度以降の新中期経営計画を策定中だが、そこには2025年を見据えた戦略を組み込むことにしている。10年先、20年先の社会がどうなっているかを予測し、それに化学会社として、どんな貢献ができるかが、今後のポイントになる。
そこで、まず2025年を目標にした「ありたい姿」を描き、ではその前の2015年にはどうあるべきか、「あるべき姿」を具体的にまとめる作業をやっている。来年の2月ごろには発表できると思う。
数字的なことをいえば、08年3月期決算は、売上高2兆9,000億円、営業利益1,400億円以上、ROA5.5%以上という当初目標はほぼ達成できる。だが、その先の2008年度以降はどうかというので、今、その作業を足し算式にやっているところだ。
― その場合、何がキーワードになりますか。
これから先、15年、20年後の社会に何が必要かと考えると、一つにはまず間違いなく「環境」問題がある。CO2削減はこれからも重要な課題になる。当社も化学の力を活かして貢献していくべきだ。
次には「健康」だ。日本は高齢化社会に入って、健康志向がこれから一層強くなる。病気のケアだけでなく、IT技術なども取り入れて医薬と診断の融合を図り健康と医療の両面で貢献していきたい。
3つ目は「快適さ」の追求だろう。より気持ちよく快適な毎日を過ごす。そこへ化学会社としての役割を果たす。企業活動の方向性は、この3つがキーワードになる。
ことに健康でいえば、この4月、三菱化学の中に三菱化学メディエンスという医療関係の3つの会社を統合した新会社を誕生させた。病気をクスリで治すだけではなく、病気にかからないよう診断し予防する。シックケアからヘルスケアを目指す。
また同じクスリでも効く人と効かない人がいる。そこでモニタリングして、それぞれの人に合った最適のクスリを用意する。最近、こういったきめ細かい医療を「個別化医療」といっているが、これをしていくには、化学と医薬品の両方を持った当社は有利だ。
― 従来型の化学、石油化学事業の展開はどうなりますか。
当社は化学をベースにした会社ではあるが、中東にまで原料を求めるつもりはない。エチレンセンターも持ちつつ、高度化されたファインケミカル事業を展開していきたい。コークスを70年やってきた炭素化学の歴史がある。カーボンファイバーとか、ナノチューブなど将来的に楽しみだ。石油化学は中東、インド、中国などの台頭があるが、当社もアライアンスやリファイナリーを含めて対応していけば、まだやっていける。そうした方策なども新中計に盛り込みたい。
― 成長戦略としての研究開発にはどんなテーマがありますか。
成長マーケットをターゲットに、7つの研究テーマを考えている。1つは固体照明・ディスプレ イ、有機ELなどのエレクトロニクス分野、次にガリウムなどの複合材料、3つ目は自動車の軽量化につながる省エネ材料、4つ目は植物由来のポリマー、その 次にハイブリッド自動車用リチウム電池材料、6つ目は個別化医療、最後が有機太陽電池だ。
有機太陽電池というのは、今の太陽電池と違って、ペラペラのフィルムのような形の電池と思っ てもらえばいい。洋服のように着れば暖房衣料になるし、壁に貼り付ければ照明材料にもなる。ただ実用化には早くても10年かかる。将来、そういう新しいも のがどんどん出てきて、私たちの生活がより豊かになればいい。企業としても、そういう大きな、楽しい夢を持ちたい。
― 3社一体のシナジーも大きいのでは。
その通りだ。最大限それを活かしていかないといけない。ただ、当社は事業ごとの縦の線は強い が、横のつながりは十分でない。商品の出口、つまり行き先は自動車、エレクトロニクス、住宅、日用品といったように、同じところへ出ていくわけだから、成 長するマーケットに、しっかりと“横串”というか“横糸”を通して機能を強化していきたい。
― 化学業界の今後にはどんな課題がありますか。
一つには、メーカーの数が多すぎる。自動車業界は売上高65兆円のうち、トヨタが3分の1を 占めている。電機業界も85兆円のうちトップの日立製作所は10兆円を売り上げている。化学業界は25兆円とか30兆円のうち、トップの三菱化学は15分 の1しかない。群雄割拠というのか、弱小割拠というのか(笑)
― アライアンスがどうしても必要と。
そう思う。ただ、化学業界の売上高利益率は8%ぐらいあって、他の業界と比べても高い。いい 製品や材料を作っている会社は、利益もしっかり上げている。このようにお互いにうまくいっている時は、誰も一緒にやりたいと思わない。医薬業界でアライア ンスが進んだのは問題意識が高かったからだが、化学業界はよほどいい組み合わせでもないかぎり、今は簡単にはいかないと思う。