日本経済新聞 2004/6/1-

シャープ どこまで強いか

液晶王国の象徴 生産技術、追随許さず’

 「亀山で作っている液晶テレビが欲しいのですが……」。都内のビックカメラ池袋本店で来店客が販売員に尋ねた。1月28日にシャープの亀山工場(三重県亀山市)から液晶テレビ「アクオス」の出荷が始まって1週間後、指名買いのうねりが到来した。

 店長の荒井文司は「性能の良さが評価されているからだ」と指摘する。シャープが開発した液晶パネルはテレビ局が放送する映像をほぼそのままの鮮明な色彩で再現することに成功した。
 今年夏に発売する45型はさらに画質を向上。スポーツなど動きの速い画像への反応も改善させる。今年度の液晶テレビの販売台数は前年度比2倍の300万台に増やし、世界シェア4割を狙う。
 シャープの「液晶王国」を支えるのはこうした製品開発力。だが、消費者に高品質をアピールできるのは、効率よく生産する技術があってこそだ。量産技術がなお改革の途上にある液晶パネルでは生産の巧拙がコストを大きく左右する。
 「亀山工場の始動時の歩留まりは5割以上になる」。社長の町田勝彦が年初の記者会見で断言すると電機業界には衝撃が走った。亀山工場では世界で初めて1.5メートル×1.8メートルと畳より大きな「第六世代」のガラス基板を使っている。ライバルの韓国勢の工場稼働時の歩留まりは第五世代では2割ー3割。5割に高めるには、約1年かかったとされる。シャープは亀山工場の稼働3カ月後には8割前後と驚異的な水準の歩留まりを達成した。
 液晶パネル市場では韓国勢が豊富な資金や政府の税制優遇を背景に設備投資競争を仕掛ける。サムスン電子は来年、ソニーとの合弁生産に着手、LGフィリップスLCDも第六世代工場の年内稼働を急ぐ。
 これに対し、亀山工場の立ち上げを先導した副社長の谷善平は、歩留まりの高さこそ「韓国勢に勝つための武器」と説明する。歩留まりを引き上げれば、その分、部材などの無駄が減り、コスト競争力が増す。
 例えば、ガラス基板が大きくなれば、搬送の際にたわみ、加工ミスが生じやすくなる。シャープはこうした問題点を一つ一つ解決し、技術を蓄積してきた。第一世代の工場から約14年間、現場でしか学べないノウハウを磨き、若手に伝授。亀山工場には100人以上のエキスパートを配置した。
 1998年には「液晶学校」と呼ぶ社内教育プログラムも開始した。パネルの構造から品質管理、コスト計算など液晶に関する情報を「バイブル」と呼ぶ手引書に凝縮。これを学んだ卒業生は7千人に上り、生産現場を支える。
 「今後はパネルの値段を一気に下げられるような生産方式の構築が焦点になる」と谷はいう。ガラス基板を大きくして生産効率を改善していく手法には限界も見え始め、単位面積当たりの部材費はむしろ上昇しかねないためだ。
 すでにIC、家電など他部門からも人材を集めてプロジェクトチームを結成。来年末の稼働を目指す亀山第二工場にどんな生産方式を適用するのか議論を始めている。ブラウン管の価格に少しでも近付けられれば、「シャープの独り勝ち」と谷は読む。
 町田も韓国勢の攻勢に動じない。「(設備投資額の多寡という)力対力では勝てないが、生産技術で2年、製品開発でそれ以上ある差は簡単には縮まらない」。テレビには世界で年間1億3千万台もの買い替え需要が見込めるため、供給過剰の心配もないという。
 薄型テレビの小売価格は1インチ当たり1万円が購買意欲を刺激する水準とされる。このラインを一気に引き下げる液晶テレビを生み出す日まで「液晶のシャープ」は自らを鍛え続ける。

もう一つの液晶 中小型は顧客密着戦略

 シャープの三重第3工場(三重県多気町)で3月、真新しい設備が動き出した。システムLSI(大規模集積回路)ならぬ「システム液晶」の第二期ラインだ。ここから北へ約40キロには大型の液晶パネルを生産する亀山工場(三重県亀山市)がある。社外では亀山工場ばかりが注目されるが、社内では新ラインヘの期待も大きい。
 システム液晶はIC回路を組み込んだ中小型の液晶で、これを搭載すれば、デジタル機器はスリム化する。CPU(中央演算処理装置)や音を出すアンプの機能なども一体化が可能だ。 シャープは2002年秋に量産を開始。機器の小型化と画面の高画質化を両立したいデジタルカメラ各社などの需要を掘り起こしてきた。2004年の売り上げは前年比2.3倍の1800億円に増える見込みという。
 システム液晶を含む中小型液晶はサイズが10インチ以下。テレビやパソコン用の大型液晶に比べて地味だが、収益への貢献度は大きい。2003年度に液晶販売(内部取引含む)で得た連結営業利益の約80%を中小型が占めた。全体の営業利益(約1200億円)の25%に相当する。
 「2つのデパート」。取締役の片山幹雄は中小型液晶の持ち昧を用途の広さと、技術の多様さにあると説明する。シャープは1973年に電卓の表示部向けに初めて液晶を実用化。以来、社内の商品部門と連携してビデオカメラ、パチンコ台、携帯ゲーム機など様々な用途を開拓してきた。
 技術面では低価格のSTN(超ねじれネマティック)方式や高画質のTFT(薄膜トランジスタ)方式などを手掛け、反応速度の向上や画面の高精細化で改良を重ねてきた。シャープは国内で最初にテレビを商品化したが、自前のブラウン管を持たず、結局、松下電器産業などの後塵を拝した苦い経験がある。初めて内製化したディスプレーとして液晶にかけた。
 もっとも、用途開拓や技術の蓄積が真価を発揮するようになったのは、ここ2、3年のことだ。過剰生産でパソコン用液晶の市況が悪化。これを受け、納入先の商品開発に早い段階から加わってニ−ズをくみ取る「デザイン・イン」で市況変動の影響を最小限に抑える道を探った。
 折しも携帯電話など商品サイクルが短いデジタル機器の市場が拡大。液晶に求められる仕様もパソコンと違ってメーカーや商品ごとに変わる。シャープは業界最多の技術陣で顧客密着体制を築き上げた。
 片山が今、食い込みを狙っているのは自動車のインパネだ。センサーで察知した前後の車両の異常接近など様々な情報が今後、運転席に提供される。これらを即座に分かりやすく表示するには、メーターや点滅灯より液晶が有効という。
 「液晶は航空機のコックピットにも使われている。技術はもっと進化する」。片山の熱心な説明に「安全性が第一」と乗り気でなかった世界の自動車メーカーの技術者たちが関心を寄せ始めた。「10年後には自動車のインパネの60%に液晶が使われる」と片山は予測する。
 ただ、大型液晶で韓国や台湾勢に押される他の国内メーカーは中小型に活路を求めている。小さなスペースに多くの機能を盛り込むのはお手の物だ。3月末にはセイコーエプソンと三洋電機が中小型液晶事業の統合で合意。売り上げは計3600億円とシャープに並び独走に待ったをかけた。
 シャープは「デザイン・イン戦略で“クリスタルサイクル(液晶市況の変動)”の影響を受けにくくなった」(野村証券のアナリスト、片山栄一)。だが、対象分野が広がるにつれて顧客対応の人員は増え、自動車のようにこれまで手掛けていない技術領域に踏み込む。シャープは中小型でどう優位を維持するのか。両輸をなす大型液晶とともに「液晶王国」浮沈のカギを握る。


第2・第3の柱 IC・白物…競い合い

 「鼎の足は3本あってこそ。液晶のほかにもう2本作ろう」。シャープ社長の町田勝彦は世界市場で勝ち抜くための経営目標として2007年3月期に売上高営業利益率8%の達成を掲げる。04年3月期の実績は5.4%でハードルは高い。現在、部門別営業利益率が7.2%である液晶事業に加え、第二、第三の柱を打ち立てることが欠かせない。
 最有力候補はIC事業だ。04年3月期の売上高は液晶のほぼ半分、2320億円(内部取引含む)だが、営業利益は主要事業で最も伸び、51.4%増の147億円だった。売上高営業利益率も6.3%と液晶に次いで高い。稼ぎ頭は電荷結合素子(CCD)などカメラ付き携帯電話向けセンサーで、シェアは約4割とソニーを上回る。

 取締役の佐野良樹は「カメラセンサーに集積回路などを実装し、モジュールとして売っていることが強み」と話す。携帯電話の開発期間が3カ月程度に短縮される中、端末メーカー側が組み込むだけで済むモジュールは使い勝手が良い。
 転機は1998年に訪れた。液晶投資の加速に伴いIC事業を見直すことになった。「ただのリストラでは終わらせない」。佐野は取り扱っているICの種類を11から4に集約したが、カメラ付き携帯の需要増などをにらんで選別、CCDは残すリストに入れた。
 業界で初めて集積回路を横に並べるのではなく、積層できる技術も確立。携帯電話という小さな箱に収まる小型化の技術を蓄積してきた。今やカメラモジュールを含め携帯電話部品の3分の1を手掛ける。
 町田以下の経営陣は白物家電事業への思い入れも強い。売り上げは減少傾向にあり、営業利益率はわずか0.2%に落ち込んでいるが、浮上の手掛かりはある。
 代表的なのは空気中のカビ菌を死滅させる「除菌イオンユニット」だ。これを搭載したエアコンなどの製品群がヒット、03年度末の累積出荷台数は前年度末比2倍の500万台に達した。高付加価値戦略で値崩れを防げるうえ、カーエアコンなど従来の家電ルート以外への浸透も進んでいる。
 取締役で家電トップの加藤逸朗は「年内に電子レンジ分野で、来年には冷蔵庫で世間を驚かせる製品を投入する」と明かす。コンプレツサーを使わずに冷却効率、省エネ効果を高める冷蔵庫などが候補だ。町田の肝いりで全社横断的に技術者50人を集め、除菌イオンに続くユニークな技術の開発にあたらせている。
 世界シェア1位(27%)の太陽電池事業は成長株。04年3月期の売上高は1.6倍の722億円に増えた。ただ、懸念材料がある。住宅用の太陽光発電システムは05年度に国の補助金が打ち切られ、消費者の負担が増えることだ。
 ソーラーシステム事業本部長の富田孝司は「早期に家庭向け販売価格を半値の1キロワット当たり30万円にする」と公言する。補助金(03年度は1キロワット当たり国から9万円)がなくなる分を補えるだけでない。寿命やメンテナンス費用を考えると、発電単価は家庭用電気料金にかなり近づく。
 「ものづくりを一から見直せ」。町田は今年のテーマを「生産力」に定め、毎月2回、国内工場に足を運んでは細部まで指示を出している。
 富田も「材料調達から工程まで削れる費用はまだ多い」と話す。例えば、昨年末には太陽電池のセルのもとになるウエハーを200マイクロ(マイクロは100万分の1)メートルと従来比2割薄くすることに成功、材料費削減に道を開いた。補助金打ち切りまであと2年。太陽電池が主要事業へ浮上できるか正念場を迎えている。

 

財務・雇用で堅実経営 技術の目利き 育成カギ

 昨年11月末、松下電器産業社長の中村邦夫がシャープ本社を訪れ、社長の町田勝彦に大型液晶パネルの供給を依頼した。二人は韓国・サムスングループヘの対抗意識などで相通じるものがある。話はすんなりとまとまったという。主力の亀山工場(三重県亀山市)ではパネルの外販比率が50%に上る見通しだ。
 実は2年前、亀山工場の計画策定段階で「社内向けと外販は半々に」と提案したのが、当時は経理本部長だった副社長の佐治寛だ。「外販を抑え自社のテレビを伸ばそう」といった声も出ていたが、着実な成長を求める佐治は譲らなかった。
 シャープの経理部門は創業者の早川徳次を支え、二代目の社長となった佐伯旭以来、堅実さが特徴だ。損益から預金まで事業別に細かく管理する。佐伯の薫陶を受けた佐治は1990年代前半、国内外で半導体や液晶の設備投資競争が激化する中、財務の健全性を維持するために「設備投資の安全弁」を定めた。
 「上限は売上高の10%。デバイスの場合、1年で投資額の半分を税引き前の部門利益で回収せよ」。強い権限で設備投資に枠をはめた。
 98年に社長となった町田は、それまで液晶とICで交互に行っていた大型投資を財務の身の丈に合わせて液晶に集中させた。その液晶事業部門でも投資回収に配慮し、既存の設備を活用した結果、中小型液晶が伸びた。
 シャープ固有の経営スタイルは雇用にも表れている。終身雇用を守る代わりにグループ会社を含めて社員の処遇は平等にしている。組織による差がないから、事業の好不調に合わせて人員の柔軟な再配置が可能だ。必要に応じて異なる分野の技術者を結集して新規分野の開発を効率よく進めることもできる。
 2004年3月期の従業員1人当たり連結売上高は4890万円で、電機大手7社のトップ。人員削減を実施しても数字は上向くが、シャープは成長分野への人材シフトなどで達成した。
 社内に壁を作りかねないカンパニー制や社内分社などを導入するつもりはない。日本型経営の良い部分を極力維持するというのが、町田の考えだ。
 ただ、設備投資にタガがはめられると、機動的な設備投資ができず、業績次第では縮小均衡に陥る。成果主義にもまれていない企業の社員は積極性や危機意識に欠けるとされる。そんな懸念を指摘する声もある。
 もっとも、町田に油断はない。2004年3月期は最高益を更新したが、数字が固まると直ちに幹部には「最悪のシナリオを想定しておけ」と指示した。
 営業畑が長かった町田が教訓にしているのが、一世を風靡したアイワのちょう落だ。シャープの株式時価総額は3日の終値で1兆9315億円。長い目で見れば、投資ファンドが国内メーカーに株式公開買い付けを仕掛ける可能性もゼロではない。
 「10年先に生きる種を探してくれ」。町田は昨年、3人の優秀な技術者を選び、それぞれの名前を冠した研究所を立ち上げた。報告義務もなく、自由放任。「最近は顔も見ていない」という。
 現在の技術力はシャープペンシルの発明で有名な早川や、89年に副社長を退くまで液晶やIC、太陽電池の開発を指揮した元副社長の佐々木正ら技術の目利きに負うところが大きい。「液晶王国」シャープの将来は第二、第三の早川や佐々木、そして新たなオンリーワン技術の育成にかかっている。