2008年03月24日 asahi.com

「iPS細胞が作る新しい医学」 山中教授講演全文

 

 山中伸弥・京都大教授(iPS細胞研究センター長)は、昨年11月、人間の体細胞から万能細胞を作成する手法を発表して世界的な注目を集め、2007年度朝日賞を「万能細胞作成に関する新手法の開発と実証」の業績で受賞した。この受賞記念講演会(朝日新聞文化財団、朝日新聞社主催)が3月21日、東京の有楽町朝日ホールで開かれた。「iPS細胞が作る新しい医学」と題して、山中教授が再生医学の基本からES細胞、iPS細胞の作成や今後の展望を満員の約650人の聴衆を前に約1時間半にわたってユーモアを交えて語った。

 アサヒ・コムでは、山中教授の記念講演を計6回((6)は質疑応答と山中教授プロフィール)に分けて詳報する。

        ◇         ◇

 皆さん、こんばんは、京都大学の山中伸弥です。この1月に京都大学に「iPS細胞研究センター」というものが新しくできました。これまで私は再生医科学研究所だったんですが、いまはこのiPS細胞研究センターの所属となっております。

 本日はこのような講演の機会を与えていただきましたこと、また今年の初めに「朝日賞」という大変栄誉ある賞をいただきましたことに、改めて朝日新聞社および関係の方々にこの場をお借りして御礼申し上げます。どうもありがとうございました。

 本日は1時間少しの時間でありますが、私たちが報告いたしました新しい幹細胞であるiPS細胞、人工多能性幹細胞によってこれからどういうことができる可能性があるか、どんなふうに医学やその他の生物学が変わっていくかということについて簡単ではありますが、ご紹介させていただきたいと思います。

 私はいまは基礎研究しかしていないのですが、20年くらい前に大学を卒業したときは、数年なんですけれども、整形外科医として働きました。大阪の病院で研修医をしたのですが、残念ながら外科医としては手術も決して上手とは言えませんで、また研修医、半人前の医者ということでほとんど患者さんのお役に立った記憶はありません。

 今から20年前で、一生懸命働いたのですが、その当時、またそれから20年たった今の医学でもなかなか治すことのできない病気であるとかケガがまだまだたくさんあります。特に子どもさんであるとか働き盛りの若い人がかかるような病気、また受傷するようなケガ、それで治せないものがたくさんあるというのが現状であります。

 まず最初に、今のところ非常にまだまだ治すのがむずかしい病気とかケガで若い人や子どもさんもかかる可能性のあるものを三つだけご紹介します。

 まず一つ目は「若年型の糖尿病」もしくは「1型の糖尿病」と呼ばれている病気です。

 (スライドを指して)この女性は非常に美しくてきれいなんですが、それもそのはず、1999年の「ミスアメリカ」に選ばれたニコール・ジョンソンさんという女性です。彼女は一見、健康そのものですが、実は彼女はこの1型糖尿病という病気と闘いながら「ミスアメリカ」に選ばれてその仕事を一生懸命こなされた。「ミスアメリカ」「ミスジャパン」というのは非常に大変なお仕事らしいですが。

 この糖尿病は皆さまもよくご存じだと思いますが、「インスリン」と呼ばれるホルモンが不足して起こる病気です。私たちが食事をすると、食事の中の栄養分、ブドウ糖が血液の中にたくさん流れ込みます。インスリンは筋肉であるとか脳といった、ブドウ糖をエネルギー源として必要とする組織や細胞にちゃんと連れていって引き渡す、そういう役割をしているのがインスリンです。

 糖尿病はこのインスリンが不足してしまうのが原因です。ということは、幼稚園で先生が突然いなくなるのと一緒で、子どもたちはどこに行っていいのかわからなくなって、そのへんをさまよってしまう、そういう状態になります。

 何が起こるかというと、糖が血液のなかでどんどんたまってしまうということになります。そうすると、コーヒーに砂糖を1杯、2杯と入れた最初はいいんですが、どんどん入れていくとドロドロになっていくと思いますが、言ってみたら同じようなことが体のなかで起こってしまいます。

 その結果、血液を包んでいる血管に障害が起きる。また、これはまだなぜそうなるか完全によくわかっていませんが、血管だけではなくて神経も障害を受ける。血管が障害を受けると、例えば手足の血流が悪くなって、ひどい場合は切断したりすることもあります。神経の障害があると、手足の感覚がなくなったり、また目が失明という場合もあります。さらには、糖をちゃんとエネルギーとして使えないわけですから、さまざまな代謝障害が起こって意識を失ってしまったりというように、このインスリンが不足することによってさまざまな症状がじわじわと表れてくるというのが糖尿病です。

 インスリンは「すい臓」という臓器が作ります。すい臓はどこにあるかといいますと、この胃の後ろにあります。大体こぶし大くらいの臓器です。1個しかありません。腎臓とか肺というのは2個あるんですが、すい臓はそれぞれの人は一つしか持っていません。

 非常に働き者の臓器で、二つの仕事をしています。一つ目は、十二指腸につながっていまして、そこに消化液をどんどんどんどん放出します。この作用のことを「外分泌作用」「外分泌部」というふうにいいます。なぜかというと、腸管というのは口からお尻までつながっていて体の外とつながっていますので、ある意味、体の外ですから、外に分泌するという意味で「外分泌」と呼ばれています。

 もう一つの仕事がインスリンなどのホルモンを作るという仕事で、これは血液の中、血管の中に放出しますので、体のなかに放出するということで「内分泌」と医学的には区別されています。

 このすい臓がインスリンを作るのですが、すい臓のすべての部分でインスリンを作っているわけではなく、島状に固まった一部の細胞がインスリンを作っています。この細胞のことを、見た目のとおり、すい臓の島ということで「すい島」と呼んでいます。このすい島がインスリンを作ります。

 糖尿病には二つのタイプがございます。多いのは「2型の糖尿病」と呼ばれている病気で、これは大人に多くて、日本だけで500万人くらいの患者さんがいてると言われています。この原因は、すい臓はちゃんとインスリンを作るけれども、体のほうがどんどんどんどん運動不足等で肥満になってしまって、その結果、すい臓が一生懸命インスリンを作っても相対的にインスリンが足らなくなる。だからさっきの話で言いますと、幼稚園の先生はちゃんといるけれども、町がすごく大きくなって子どももいっぱい増えて、その結果、相対的に足らなくなる。その状態が2型の糖尿病です。

 一方、1型は同じ「糖尿病」という名前でも、原因はぜんぜん違います。こちらは先ほどのインスリンを作る「すい島」と呼ばれる細胞がほぼ完全につぶれてなくなってしまいます。原因は免疫の異常とかいろんな原因が考えられますが、全くインスリンが作られなくなるという病気の原因です。

 ですから1型、2型は同じ糖尿病でも、ぜんぜん原因が違います。1型は30万人くらい日本で患者さんがいるんじゃないかと考えられています。こちらは子どもさんに多い。幼稚園とか小学生の子どもさんでもこの1型糖尿病が起こることがあります。ある日突然起こります。前の月は大丈夫だったのに、1カ月後には1型糖尿病になっている、そういうことも起こり得るのがこの1型の糖尿病です。

 では、治療はどうするかということですが、2型のほうは運動をしたり食事制限でやせると、大体制御できるけれども、1型はそういうことではだめです。根本的にインスリンが作られないわけですから、もう治療法は一つしかありません。インスリンを外から足してあげるしかありません。

 残念ながらインスリンは非常に不安定な物質で、風邪薬のように飲み薬で投与できたらそんなに大変でないけれども、非常に不安定ですから注射するしかありません。しかも注射しても不安定なので、1日1回ではだめで1日3回、4回注射する必要があります。

 先ほど言いましたように、小学生とか中学生とかそういう子どもさんがなることが多くて、1日に3回、4回注射するとなれば、そんなに病院に行けません。では、どうするかというと、もう自分で注射するしかないということで、この冊子ですね、「ボクにもできたよ インスリン注射」と書いてありますが、こういった幼稚園、小学生の子どもさんに、どうやって自分に注射するかということを教える冊子があるのはそういう理由からです。

 私に娘が2人おりまして、上の娘が高校を卒業してこんど大学生になることになったんですが、4月に新入生のための健診があると。「2回注射をしないとだめだ」ということが手紙で来たら、今からすごく憂鬱(ゆううつ)で「いやだ、いやだ、いやだ、いやだ」と、もう大学生にもなるのにそういうことを言っている。私も注射は今でもいやですけれども、こういった子どもさんたちは1日に3回、4回。それも自分自身で注射をしないとだめという、それだけでも非常に大変だということはわかっていただけると思います。

 ただ、こういう患者さんは非常にみんな頑張って、注射はちゃんとする子が多いです。では、注射さえちゃんとしたらそれでいいかというと、だめなんです。注射をちゃんとしていて起こるのが、効き過ぎてしまうということ。インスリンが効き過ぎて逆に低血糖になる、これが患者さんを苦しめます。

 低血糖発作というのは、皆さまも経験があるかもしれませんが、もう冷や汗が出てきてふらふらして、ひどいと倒れてしまいます。意識を失ってしまいます。非常に苦しいんですね。ひどい場合は、意識を失ってそのままもし誰にも発見されないと亡くなってしまうこともあります。これがいやで治療をやめてしまう子どもさんが多い。

 血糖が高い状態がずうっと続いて、10歳くらいでこの1型糖尿病になって全く治療しないと、30歳くらいで心臓の血管が障害を受けて、普通は年を取ってからしか起こらないような心筋梗塞(こうそく)とかそういうことが起こったりする可能性もある。そういう病気です。

 では、これだけ医学が進んできてなんとかならないのか、一生懸命やっても低血糖で患者さんを苦しめるインスリン注射をなんとかできないのかというのは当然、いろんな人が考えています。先ほどのニコール・ジョンソンさんを苦しめていたのはこの低血糖発作なんですね。

 まずいちばん考えやすいのは、1990年代に臓器移植が非常に発達しました。ということですい臓でインスリンができないのであれば、すい臓そのものを移植したらどうだろうかと当然考えられます。しかし、これには問題があります。

 すい臓というのは、インスリンだけではなくて消化液も作ると最初に言いました。ということは、心臓が止まるとどうなるかというと、その消化液があふれだして自分自身を溶かしだしてしまうんですね。すい臓は一個しかありませんので、このすい臓を移植しようと思うと、亡くなった方の臓器を取り出すしかないんですが、心臓が止まってしまうと、もう使い物にならないということで、脳死移植が必要です。しかし脳死の方の移植というのは、日本では年間本当、10例くらいしかない。非常に少ないのが現状です。

 それと、すい臓は非常に柔らかくて豆腐みたいな柔らかさで、血管が非常に多い臓器ですから、これを移植するというのはものすごい大手術です。何時間もかかって、失敗すると大出血してしまうような手術になります。それらの理由からこの1型糖尿病の子どもさん、患者さんに脳死の方からすい臓そのものを移植するという治療は基本的には行われません。リスクが大き過ぎるし、また臓器もほとんど手に入らないので、この治療は行われていません。

 では、どうしようもないかというと、そういうわけではありません。すい臓そのものを移植する代わりに「すい島移植」。よく似ていますが、すい臓移植ではなくてすい島移植という技術ができました。これはカナダのエドモントン大学という大学でできた技術です。すい臓からインスリンを作るすい島の細胞だけを取り出す。それ以外の部分は除去してしまって、すい島、インスリンを作る細胞だけを効率良く取り出すという技術が完成しました。

 こうなりますと、臓器移植ではなくて細胞移植ですので、先ほど「非常にむずかしい手術だ」と言いましたが、ぜんぜん変わります。細胞を移植するだけですから1時間くらいで終わる操作になります。しかも、別にすい臓に移植する必要はなくて、カテーテルを通して血管から肝臓にこのすい島の細胞を入れてあげると、肝臓のなかに生着して、そこでインスリンをちゃんと作り出すということがわかりました。これだと1時間くらいでできます。外科の先生でなくても内科の先生で十分に行える方法です。

 これは非常に効果があるということがわかってきました。インスリンを打たなくて良くなる患者さんもありましたし、たとえインスリン注射はまだ必要であっても、先ほどの低血糖発作が非常に頻度が下がる、そういう効果があるということがわかりまして、このすい島移植を受けた患者さんは全く今までと違う生活、より快適な生活になるということがわかってきました。非常に効果のある方法です。

 しかし、これもまだまだ問題があります。なぜかというと、すい島を取り出すためにはやはりすい臓が必要なんですね。やはり脳死の方からいただくか、もしくは今日本で行われているのはその患者さんのご家族ですね。お父さん、お母さんのすい臓、一個しかありませんが、その一部をいただいて、そこからすい島を生成して移植するという必要があります。

 脳死の方からの移植というのは、先ほどと同じように日本では非常にまれにしかありません。家族の方から、これも一個しかないすい臓です。それを取り出すというのはやはり大手術になりますし、危険も伴いますので、これもそんなに頻繁に行えるようなものではありません。

 日本におきましては、このすい島移植というのは私たちの京都大学の医学部の付属病院が中心になって行っておりますが、これまで全部合わせても100例も行っていないと思います。ですから30万人患者さんがいてるんですけれども、こういったすい島移植を受けることができたのはまだ2けたというのが現状ですから、大部分の患者さんにとってはまだこれは夢の治療です。

 このように90年代というのは移植医学が非常に発達しました。心不全で全く運動のできなかった、動けなかった人が心移植を受けることによって、アメリカではそういった人のオリンピックまであるんですね。走ったりする、それくらい良くなる。非常に多くの患者さんにとって福音となりました。しかし、問題点はドナー不足ですね。臓器や細胞移植したくても、その臓器や細胞が手に入らないというのが非常に大きな問題です。

 これに対して私たちがいま目指している再生医学というのは――私はこの再生医学も移植医学の一部だと思っていますが、従来の移植医学と違うのは、移植する臓器や細胞を人間の手で作りだしたり、もしくは増やすということをするという点で今までの移植医学とは違います。臓器や細胞を増やしたり作ったあとで移植するというのが再生医学です。

 

 この再生医学の切り札の一つとして期待されているのが「ES細胞」、難しい言葉で「胚(はい)性幹細胞」と言いますが、ES細胞という万能細胞が切り札の一つとして期待されています。このES細胞は受精卵なんですね。精子と卵子が受精して間もない胚(embryo) から、マウスの動物では30年ぐらい前に、ヒトでは10年前に科学者が受精卵から作りだした幹細胞、ステムセルがES細胞と呼ばれる万能細胞です。

 では、ヒトの場合、この受精卵をどうやって手に入れるんだろうということですが、いま不妊治療というものが非常に盛んに行われています。昔、「試験管ベビー」ということで一例目は大変な騒ぎになったんですけれども、今それが本当にすごい数、日本でも行われています。

 その場合、体外受精をどうするかというと、女性から大体10個くらいの卵子を採取します。それを基本的にすべて体外で受精させます。10個受精卵ができ、全部女性に戻してしまうと、それこそ双子では済まないですね。だからそういうことはしません。1個か2個を顕微鏡で見ていちばん良さそうなものを、良さそうというのは元気そうなものを移植するわけです。ということで、治療するたびに5個、6個、7個という受精卵が余ってしまいます。

 それをどうするかというと、多くの場合はいったん凍結保存するんですね。もしその治療が失敗したり、成功してもまた2人目の子どもさんがほしいと、そのカップルが言われる場合は、凍結してあった人工授精卵をまた起こしてきて、もう一度使うということをしますが、それにしてもやはりほとんどは余ったままです。

 受精卵を保存するには非常に大きい液体窒素のタンクが必要で、液体窒素は高いんです。場所も非常に取りますから、毎年すごい数行われている人工授精によってできる、そうやって余ってしまう受精卵を永遠に保存するというのは不可能です。どうするかというと、残念ながらこれは定期的に廃棄するしかありません。

 現実問題として大量の人工授精卵がいったん凍結された後に廃棄されている。その廃棄される運命の余剰胚と、あまりいい言葉ではありませんが、この余ってしまう受精卵からES細胞をつくるということが日本でも行われていますし、世界でもいろんな国で行われています。日本でも私たちの京都大学の中辻憲夫先生がこれまでに3株のヒトのES細胞の樹立に成功されています。すべてこの余剰胚から作っています。

 ES細胞がなぜ万能細胞と言われるかというと、二つの特性があるからです。一つ目は、私たちの体は200種類以上の細胞からできていますが、ES細胞はその200種類以上の細胞すべてになる力を持っています。それが一つ目の特性です。

 二つ目は、そういったいろんな細胞になる力を秘めたまま、ほぼ無限に増やすことができます。あたかも腫瘍(しゅよう)細胞、がんの細胞と同じようにどんどこどんどこ増えるんですが、がんの細胞と違うのは、そこから心臓とか神経などのいろんな細胞を作りだすのがこのES細胞のすごいところです。

 この二つの特性からES細胞を利用すると、少なくとも理論的には神経であるとか心臓の細胞であるとか、先ほどのすい島の細胞であるとか、そういった移植に必要な細胞を必要なときに必要な量だけ作りだすことができる。そういうことからES細胞は再生医学の切り札の一つとして期待されているわけです。

 例えばこのES細胞をまず必要なだけ増やしておきます。そしてそこからすい島の細胞を分化させる、作りだすという研究がいま世界中の多くの研究者によって行われています。これが完成しますと、このES細胞に由来するすい島細胞を患者さんにすい島移植の方法で移植する、こういうことができると期待されています。理論的には一つの受精卵に由来するES細胞がありましたら、日本中の300万人の患者さんすべてに移植するためのすい島細胞ができると、それぐらいの力があるのがES細胞です。

 ちょっと糖尿病の話が長くなってしまいましたが、2番目、いま治せない病気・ケガという点で、元整形外科医といたしましては特になんとかしたいのが脊髄(せきずい)損傷です。

 皆さまこの方をご存じかどうかわかりませんが、先代のスーパーマンですね。クリストファー・リーブさん。いまは違う人がスーパーマンをしています。彼は非常に乗馬が得意な方で、私生活でも本当にスーパーマンのようにカッコよく暮らしておられました。しかし、45歳くらいのときに乗馬中の事故で首の骨を脱臼骨折してしまって頸椎損傷ですね。首から下が麻痺(まひ)するという状態になってしまって、車いすと呼吸も十分にできないので、喉(のど)に管を入れて補助呼吸をするという状態になってしまいました。

 45歳くらいのときにこうなりましたが、彼はやはり意志、精神力もスーパーマンと同じように非常に強くて、こうなられてからも治療、それからリハビリにものすごく取り組まれました。

 彼の目標は、50歳の誕生日のときには、自分自身でワイングラスを持ち上げて、お世話になった家族や医療関係者に「ありがとう」と言うんだというのを目標に、必死になって治療に取り組まれました。どれくらい回復したかというと、5年後に指先が1センチか2センチ動いたと。それもすごいことなんです。全く動かなかったのが2センチ動いただけでもすごいんですが、決してワイングラスを持ち上げるくらいには回復しませんでした。残念ながら数年前に感染症が原因で亡くなってしまいました。

 彼は自分の治療だけではありません。ハリウッドで作った財産をもとに「クリストファー・リーブ財団」というのを作られて、脊髄損傷に対する基礎研究に多大な貢献をされています。いまもその財団は活動しています。

 彼がいちばん期待していたのがやはりES細胞です。ES細胞を使いますと、ES細胞を増やした後に神経のもとになる細胞へ分化させて、それを脊髄損傷の場所に移植することによって機能回復が望めるんじゃないかというふうに期待されています。人間ではまだこの治療を実現していませんが、動物実験のモデルでは効果が認められています。

 (スライドを指して)これはアメリカのジョーンズ・ホプキンス大学での実験です。ちょっと可哀想なんですが、胸の胸髄部分で脊髄損傷のモデルを作ったラットです。前脚はちゃんと動いていますが、後ろ脚をぜんぜん動かすことができません。だらーっと力が入らずに伸びてしまっています。

 このラットに対して、ヒトのES細胞から分化させた神経のもとになる細胞を移植するという実験が行われました。これがその移植後のラットでありますが、だらーんと伸びていた後ろ脚、下半身が一目見て、力が入って丸くなっているのがわかっていただけると思います。

 よく見ますと、後ろ脚も一生懸命動かしています。完全に元通りというわけにはいきませんが、もしこれぐらい人間が回復したら、ワイングラスを持ち上げるぐらいには絶対行けるわけですから、患者さんにとっては全く違う暮らしになるわけです。

 最後が白血病であります。私は昔、柔道をやっていたせいもあって、いまだに格闘技が実は大好きでK―1なんかもよく見ているわけですが、このアンディ・フグという非常に強い選手が昔、いました。非常に私、大好きな選手でしたが、しかし、あるとき、風邪を引いたのかと思って病院に行ったら白血病であると診断されて、そこから1週間で亡くなってしまいました。

 ただ、彼はもしこの1週間の間に骨髄移植のドナーが現れていたら、今も生きておられた可能性が高いんですね。K―1ができていたかどうかわからないですけれども、きっと元気にまだおられた可能性が高い。ですから白血病というのは骨髄移植をすると治る病気になってきています。俳優の渡辺謙さんも白血病だったと思いますが、骨髄移植によって国際的なスターとしてまた活躍するほど回復されているわけです。

 しかしやはりドナーがなかなか現れない。いま日本で骨髄移植を待っておられる患者さんの半分くらいはドナーが現れる前に亡くなっているというのが現状だと思います。しかし、これもES細胞を増やした後で骨髄の細胞へ分化させる研究が進んでおりまして、それが完成しましたら従来のドナー不足という問題の解決に大きく役立つと期待されています。

 以上三つだけ病気のことを紹介いたしましたが、それ以外にも多くの細胞をヒトのES細胞から作りまして、もっと他の病気も対象になるのではないかと考えられていますが、多くの病気やケガの治療に使えるのではないかと期待されているのがES細胞です。

 しかし、先ほど言いましたように、ヒトのES細胞ができたのは1998年です。10年前です。しかし、残念ながら10年もたったのに、いまだに実際の患者さんの治療には一例も使われていません。なぜかといいますと、ES細胞には、可能性も大きいんですが、問題点も存在しているからです。

 どんな問題点かといいますと、それは一つ目は自分の細胞ではないという問題点です。患者さんご自身の細胞から作る幹細胞ではなくて、受精卵から作る幹細胞ですから、受精卵は患者さんの細胞とは違います。ということでその患者さんに移植すると、拒絶反応が起こってしまいます。A型の血液型の方にB型の血液を移植するのと同じような感じで拒絶反応が起こってしまう。これが一つ目の問題点です。

 これに対しては一つの解決策があります。それは核移植という技術とこのES細胞の技術を組み合わせるという方法です。核移植はときどき話題になります体細胞クローンですね。クローン牛とかクローン豚とかいろいろ話が出ますが、その体細胞クローンのときに使われる技術が核移植です。それとES細胞を組み合わせる。

 具体的には、患者さんから皮膚の細胞等の体の細胞を少し取ってきます。その細胞から核だけを取り出すということが顕微鏡を使うとできます。そして別の女性のボランティアの方から受精していない卵子、未受精卵をもらいます。やはり顕微鏡を使ってこの未受精卵から核を抜き取ります。その代わりにこの患者さんの皮膚細胞なりの核を移植するというのが核移植です。

 こういうことをしても精子と受精していませんから普通は発生は始まらないんですけれども、これは生物の不思議なところで、ここに電気刺激とか薬剤による刺激をかけますと、受精したのと勘違いして発生が始まるということが知られています。

 こうやってできた胚のことを「クローン胚」と言います。もし人間でクローン胚を作って、そのクローン胚を子どもさんがほしい女性の子宮に移植したといたしますと、これはこの患者さんのクローン人間を作るという試みになってしまいます。これをやりますと、日本では逮捕されます、刑務所行きです。したがってこれはだめです。

 この代わりに、このクローン胚からES細胞を作ろうというアイデアがあります。このES細胞を作る研究は日本でもゴーサインが出ました。まだ誰も日本で研究を行っていませんが、これは逮捕されません。こういう研究をやってもいいということになっています。

 なぜかというと、こうやってできたES細胞はこの患者さんの核を持っているんですね。細胞の設計図と言いますが、細胞の情報というのは遺伝情報は全部核に入っていますから、核が一緒であれば同じ由来の細胞と考えられますので、このES細胞をこの患者さんに使うかぎりは拒絶反応が起こらないと期待されています。実際、マウスを使ったモデルでは拒絶反応が起こらないということがもうだいぶ前、数年前に証明されました。

 しかし、今までのいろんな経験から、マウスとか豚とか牛ではこのクローンの技術というのは比較的成功するんですけれども、霊長類、サルでは非常に難しい。なんでかよくわからないんですが、クローン胚が死んでしまうということがわかっています。だからマウスでは成功したけれども、霊長類、サルとか、いわんやヒトでこういうことができるのは本当にまだまだ先の話だろうと考えていました。こういうことができたら拒絶反応は克服できる可能性はあるんですが、ヒトでやるにはむずかしいだろうと思っていました。

 ところが、ちょうどもう3年近く前になりましたが、韓国の黄禹錫先生たちが「いまの技術で実際の1型糖尿病及び脊髄損傷の患者さんの皮膚細胞からクローンのES細胞を作ることに成功した。非常に高い成功率で作った」という論文が『サイエンス』に発表されまして、私たちも非常に驚きました。

 この黄先生は豚とか牛といった動物を使った体細胞クローンの非常に高い技術をお持ちというのはよく知っておりましたので、「あの黄先生だったらさすが」というふうに思ったんですが、しかしこれはその後、非常に残念だったんですが、捏造(ねつぞう)であったということがわかりました。

 普通、捏造事件というのは、実験をやっていないのにやったように見せかけるというのが多いんですが、この事件に関しては状況が違いました。黄先生のグループはものすごい実験を行っています。韓国の大きな産婦人科の病院と組むことによって、2000個以上の人間の卵子を使って、先ほどのクローンESをつくるということに挑戦されたわけです。世界でおそらくトップクラスの核移植の技術を持った研究者が2000個以上のヒトの卵子を使ったのだけれども、結局は1個もできなかったというのが真実です。

 だから実験はされたけれど、成功しなかったということで、この事件で後に残ったのは、「やはりこの技術をヒトに応用するのはまだまだ非常にむずかしいんだ」ということがわかってしまいましたので、この移植後の拒絶反応というのは依然、大きな問題として残っています。

 もう一つのES細胞の持つ問題点として「たとえ医学のため、患者さんを救うためとはいえ、受精卵を利用していいのか」、そういう根本的な倫理的な問題があります。賛否両論分かれるところでありますが、私自身は元医者というか、いまもいちおう医者ですが、苦しんでおられる患者さんを救うために、このヒトのES細胞が唯一の方法であるとすれば、私はぜひ使うべきであると考えています。私自身の考えとしては患者さんを救うのが第一優先であります。

 しかし、みんながそう思うわけではありません。世界で反対する人のほうがおそらく多いというのが現実でありまして、アメリカの大統領がものすごい反対されています。大統領というのは議会が通した法案に拒否権を発動するという権利があるんですが、ブッシュ大統領は意外なことに就任してから拒否権を発動したことは一回もなかったんですね。ところが、去年、アメリカの議会が「ヒトのES細胞を作る研究にアメリカの国のお金を使う」という法案を通したところ、そのときに初めて拒否権を発動されました。それくらい反対されています。

 それから例えばローマ法王なんかも完全に反対の立場を取っておられます。

 ということで、ES細胞は多くの患者さんを救える可能性のある細胞なんですけれども、残念ながらいま言いましたように、拒絶反応であるとかヒト胚の利用といった問題点も多い。

 私たちの研究室が取り組んできたのは、なんとかES細胞のいいところは残して、問題点それだけを克服できないかということを大きな目標に研究を行っています。具体的には患者さんご自身の皮膚細胞とかそれ以外の体の細胞から「初期化」という現象を引き起こして、ES細胞と同じようなそっくりな万能細胞を作れないか。

 初期化というのは時計を巻き戻すといいますか、逆戻りさせる、そういう現象のことを初期化といいます。元に戻すという意味です。ですからいったん、皮膚細胞等に完全に、もともと受精卵だったのが200種類以上のいろんな細胞に分化しているわけですが、その分化の時計を巻き戻せないかということに挑んできました。こういうことがもしできたら、患者さんご自身の細胞を使うわけですから、拒絶反応であるとか受精卵の利用といった問題がなくなるわけです。

 しかし、この皮膚細胞とES細胞は見た目も能力もぜんぜん違います。そういうぜんぜん違う細胞からES細胞みたいな細胞ができるのか。できないことに税金を使う、国の研究費を使うというのはやはり許されません。でも、僕たちは「できる」と考えました。この研究を始めたのは2000年の最初でした。いまから8年、9年前でしたが、そのときに「これはむずかしいけれども、できるんだ」と考えました。

 なぜかといいますと、皮膚の細胞もES細胞も顔、見た目はぜんぜん違いますが、設計図は一緒なんですね。細胞にとっての設計図は何かといいますと、それは遺伝子です。私たちすべての細胞には大体2万数千個の遺伝子があると言われています。その遺伝子はどの細胞も同じ遺伝子を持っています。辞書に例えますと、2万ページくらいの辞書が全部の細胞に備わっています。

 でも、なぜ同じ遺伝子、同じ辞書なのに皮膚になったりESになったりするかといいますと、その2万ページのうち、読まれるページが細胞によって違うんですね。せいぜい数千ページぐらいしか読まれません。2万から数千という組み合わせはいろいろありますから、そのどこが読まれるかによってぜんぜん違う細胞になります。

 そのときにどこを読むかという大事な役割をするのが読み手です。設計図の読み手に相当するのが難しい言葉では「転写因子」と言われている因子です。この転写因子、読み手が細胞によって違います。例えば皮膚細胞では青の読み手が頑張っていまして、この青の読み手が遺伝子の青の部分、辞書の青いページだけを読み取ります。そこから実際にはRNAができて、蛋白質ができる。生物で習われた方も多いかと思いますが、蛋白質ができて、これが設計図を読むという意味ですが、最終的にはこの青の蛋白質の組み合わせが皮膚という性質を決定します。

 ES細胞ではどうかといいますと、別の読み手、赤の読み手、転写因子が別の遺伝子ですね、辞書の赤いページだけを読み取りまして、赤のRNAができて、赤の蛋白質ができて、そしてES細胞になる。設計図は一緒なんです。読み手が違うんです。ですから私たちは「設計図が一緒だったら皮膚細胞からES細胞はできるんじゃないか」。設計図が違っていたらちょっとあきらめたと思うんですけれども、設計図が一緒だからできるはずだと考えました。

 具体的にはどう考えたかといいますと、この皮膚細胞にES細胞で働いている読み手を無理やり入れてあげたら、いままで青いページを読んでいたわけですが、そこに赤い読み手を入れることによって赤のページが読まれるようになって、性質がころっと変わってES細胞にそっくりの細胞ができるんじゃないか。ES細胞の「E」はエンブリオのEですので、要するにエンブリオというのは胚(はい)ですね。胚から作るからES細胞と言いますので、この方法で作ると、もはやES細胞とは言いませんので「ES類似細胞」と書いています。

 こういうふうに考えました。そこでまず最初に行った研究は「じゃ、ES細胞で働いている読み手を全部探してこよう」。その読み手も実は設計図からできています。蛋白質ですので、その2万個の遺伝子の一部が読み手として働くわけですが、ES細胞で働いている読み手を探そう。

 これは2万個以上、遺伝子があるわけですから、そこからどれがES細胞で働いているかを調べるのは大変な作業なんですが、しかし、幸いなことに、2000年ごろに理化学研究所、横浜にありますが、そこにゲノム研究をされている林崎先生という先生がおられます。その林崎先生がマウスを使ってES細胞であるとか、皮膚細胞であるとか、心臓の細胞であるとか、全身のいろんな細胞や組織でどの遺伝子、どのページが読まれているか、そしてどの読み手が働いているか、それを網羅的に調べるという気の遠くなるような研究をたくさんの研究者を使ってされていました。

 ちょうどその成果が2000年ごろに出てきていまして、私たちはそれを利用させていただける、そういう状況にありましたので、林崎先生のデータを使うことによって、「もうこれは何年もかかるなあ」と思ったんですが、非常に効率良くその研究を進めることができました。

 その結果、3、4年研究した結果、たくさんある候補のなかから、(スライドを指して)ここにいま9個だけ書いていますが、全部合わせると24個のES細胞における読み手がわかってきました。最初は24個探すのに10年ぐらいかかるんじゃないかと思ったんですが、林崎先生のそのお仕事のおかげで2、3年ぐっと短縮されたわけですね。

 じゃ、ということで次に行ったのは、この皮膚の細胞にいまの読み手24個まで絞ったものを一つずつ入れてどうなるか、皮膚細胞からES細胞みたいな細胞に変わるかという研究を行いましたが、これは残念ながらどの1個を入れても何も起こらない。皮膚細胞は皮膚細胞のままであるということがわかりました。

 非常にがっかりしました。一人で研究やっていたらもうそこで絶対やめたんですが、幸い研究室に「いきのいい」と言ったら失礼ですが、若い学生さんとか研究者、技術員の人がそろっていまして、彼らがへこたれないんですね。少々難しいことでもどんどんやってくれますから、この「どの1個を入れてもだめ」というのは結構ショックだったんですが、それにはめげずにどんどん研究を進めていきました。

 結局、彼らのものすごい努力でわかったのは、1個じゃだめだったんですが、4個組み合わせて同時に皮膚細胞に入れます。「入れる」って、どうやって入れるかということですが、遺伝子治療で使うレトロウイルスという方法があります。その遺伝子治療の分野で開発されたレトロウイルスという方法でこの四つの読み手を皮膚細胞に無理やり入れる、そういうことを行いましたところ、皮膚だった細胞からES細胞と見た目や能力で区別がつかないようなES類似細胞ができるということがわかりまして、この細胞のことを「人工多能性幹細胞=iPS細胞(induced pluripotent stem cells)」と名付けたわけです。

 ですからこの研究ができるまでというのは林崎先生のお仕事であるとか、レトロウイルスは日本の東大の北村俊雄先生の開発された素晴らしいシステムですので、本当に今までの日本人の研究の成果を最大限に利用させていただいて初めてできた研究であります。それとうちの研究室の若い人たちの頭の下がる努力がありました。

 このES細胞とiPS細胞、見た目はまず区別つきません。(スライドを指して)ちょっとこっちは明るすぎて見えないかもしれませんが、右側はiPS細胞です。これ、実は一つではありません。大体1000個くらいの細胞が集まって初めてこれくらいになります。ES細胞もiPS細胞もそうなんです。能力はものすごいんですが、体はちっちゃいんですね。細胞のなかでもちっちゃいほうの細胞で、1個だけではあまり見えません。100個、1000個と集まって初めて姿を現しますが、まず見た目はESとiPS細胞は区別がつきません。

 見た目が似ていても「見かけ倒し」という言葉がありますが、能力がなかったら話になりません。iPS細胞は本当にES細胞と同じようにいろんな細胞になれるかということを確かめました。ES細胞は体外で、培養のシャーレの中で心臓の細胞であるとか、神経の細胞であるとか、いろいろな細胞に分化することができます。そこでまずiPS細胞から神経の細胞ができるかということを調べました。

 そうしますと、これ、色とりどりで何のこっちゃわからないと思いますが、「神経になると、赤く染まる」という検査です。決してES細胞もiPS細胞も赤く染まりません。しかし、そこから神経細胞ができると、赤く染まるわけですが、見ていただいたらわかるように、この赤い細胞がいっぱいできています。目のいい方は赤い細胞がこうぴゅーっと突起を伸ばしているのがわかっていただけるかもしれません。神経というのは突起をこう伸ばしてお互いネットワークを作りますが、まさにそういう細胞ができると。それから緑ですね。これは神経ですが、神経のなかでも特にドーパミンという物質を作る神経細胞が緑に染まるというような実験です。

 ということで、普通の神経もいっぱいできるし、ドーパミンをつくる神経もできる。このドーパミンをつくる神経というのは、パーキンソン病の治療に将来的に使えるのではないかと期待されている神経です。そういう神経細胞がES細胞からと同じようにヒトのiPS細胞からできると。このiPS細胞は白人の36歳の女性のほおの皮膚から取った細胞から作ったiPS細胞ですけれども、もともとほおの細胞だった細胞から神経細胞ができる。

 心臓の細胞はどうかとやりましたら、このようにちゃんとドックドックと拍動する心臓の細胞、やはりほおの細胞だった細胞から心臓の細胞ができるということもわかりました。この収縮、拍動している細胞を見たときに、私たちが「確かに万能細胞ができたんだ」というふうに一番実感した瞬間です。先ほど「一生懸命若い人が頑張ってくれた」と言いましたが、高橋というのが一番中心になって頑張ってくれているわけです。

 それから万能性を調べるもう一個の方法は「奇形腫」というものを作らせるという方法があります。これはヌードマウスというちょっと可哀想なマウスで、遺伝子操作をすることによって免疫拒絶反応が起こらなくなっているマウスです。そのマウスにES細胞を少し移植いたしますと、最初は何もないんですが、3週間から1、2カ月しますと、ぼこっとそこで細胞が増えて腫瘍(しゅよう)を作るんですね。

 この腫瘍は「奇形腫」と呼ばれます。なぜかというと、もともとES細胞だったはずなのに腫瘍になって、腫瘍の中を切ってみると、筋肉であるとか神経であるとか軟骨であるとかいろんなものがぐちゃぐちゃに混じっていて気持ち悪いんですね。ということで奇形腫と。気持ち悪いんですが、これはES細胞がいろんな細胞に変われるという大切な証明であります。

 これと同じことをiPS細胞で行いますと、やはり腫瘍はぽこっとできまして、その中身を見ますと、(スライドを指して)このように、これは腸管ですね、腸を輪切りにしたような組織でありますし、これは筋肉、骨格筋です。これは皮膚の細胞。これは軟骨。これは脂肪組織ですね。そして神経組織というふうにES細胞の場合と同じように、iPS細胞からもさまざまな組織や細胞ができるということが証明されました。

 以上の実験から皮膚の細胞から四つの因子。実は四つの因子のなかで「ミック(Myc)」というちょっと危ない因子が一つ入っていたんですが、今はそのミックを取り除いた残りの三つの因子で大丈夫だということがわかっています。皮膚の細胞に三つの転写因子、読み手を入れることによって、ES細胞と同じようなiPS細胞ができるということがわかりました。

 これまでのところは、いろんな規制上の問題から日本人の方からの皮膚細胞というのは実験で使うことができなくて、アメリカから輸入した皮膚の細胞を使って実験をしていたわけですが、いまは日本人のボランティアの方、患者さんからこのiPS細胞を作るという研究を計画してどんどんやっているところであります。

 これは時間の問題で、(日本人の方からの)iPS細胞ができると思いますが、iPS細胞ができたら、そこから先ほどお見せしたように、神経の細胞や心臓の細胞はもうすぐにでもできます。それからこれはいまはまだ研究の途中ですが、将来的には肝臓の細胞であるとか、すい臓の細胞ですね、すい島の細胞もできるはずです。

 こういった細胞は、まずこの患者さんがなぜその病気になるのかとか、その患者さんにとって有効な薬は何か、またその患者さん特有の変な副作用が起こらないか、そういったことを調べるのにものすごい役に立つんですね。これはもういますぐにでも役に立ちます。

 例えば一つだけ例を挙げますが、心臓の病気、不整脈の病気で、ちょっとむずかしい病気の名前ですが、「QT延長症候群」。英語の頭文字でLQTS。どんな病気かといいますと、心電図は波が幾つかありますが、その波のところにP、Q、R、S、Tと名前が付いているんですね。僕も医学生のときに、これでえらいいろいろ理解するのに苦労したんですが、QからTの間が、普通の人より長くなってしまう、そういう方がおられます。だから心電図を取らないと診断つかないんですが、この病気のことをQ波とT波の間が延びるのでQT延長症候群と言います。

 生まれつき遺伝的にこういう方もおられます。結構、多い。さらには遺伝的には正常なのに、薬を飲むことによって心電図の異常が誘発されることがあるということが知られています。例えば不整脈の薬で起こるんです。それは当たり前なんですが、それ以外に、いま僕も飲んでいますが、アレルギーの薬とか抗生物質、胃薬、そういった皆さんも飲むような普通の薬で起こります。

 「だからなんやねん」と思われるかもしれません。「ちょっとぐらい延びてもいいやんか」と。そうなんですが、これは実はとんでもない病気の前兆なんですね。次に恐ろしいことが起こる一歩手前です。QTが延長するのですが、恐ろしいこととは何かというと、致死性不整脈に移行する。ちゃんとドックドックとやっているのですが、それが心臓が急速に拍動しすぎて、もはやポンプとしての役割を果たしません。

 先ほどのQT延長になると、非常に重篤な不整脈の一歩手前なんですね。こうなると、もう間違いなく意識失います。1秒、1秒、これになると、意識失います。僕、柔道を昔やっていましたけど、本当にうまい人に締め技をかけられたら1秒で意識失っていましたが、完璧に1秒で失います。それが続くと、もう命を落としますので、だからさっき言うたような薬を飲んでそうなってしまったら、たまったものじゃありません。結構、飲むほうにとっても恐いし、薬を創っているほうにとったら、こんな恐いものないんですね。

 このQT延長症候群が、なぜ起こるのか? 今開発している新しい薬がQT延長症候群を起こさないんだろうかということを調べようと思ったら、今は患者さん、人間の心電図を調べるしかありません。動物とはだいぶ違いますから。

 患者さんの心電図は取れますが、生きている方の心臓を取り出すわけにいきません。心臓の細胞も取り出せません。ですからこれ以上のことはできないんですね。なぜそんなことが起こるかという病気の解明ができません。また、こうなる可能性の高い人に薬を投与できませんよね。「この薬はこういうことを起こすかもしれないから、いっぺんやってみよう」と。やってみて、さっきみたいなことになったらもうだめですから、できないんです。

 しかし、この患者さんから皮膚の細胞をちょっともらってiPS細胞を作ると、そこから先ほどと同じように心臓の細胞を作ることができます。それの波形をいっぱい電極を入れて取るということができます。この細胞にいろんな薬の候補を投与するとか、この細胞を使ってなぜそういうQT延長になるのかという研究、これだったらできます。患者さんそのものはなかなか無理ですが細胞だったらできます。ですからiPS細胞の最大の使い方は、こういう病気の原因とか薬の研究にiPS細胞の研究はすぐにでも使えます。

 もう一つの使い方は再生医学です。しかし、残念ながら、安全性の問題等いろいろ解決しないとだめな問題がありますから、すぐにというわけにはいきません。しかし、いま私たちは一生懸命このiPS細胞がどれぐらい安全かということを調べています。

 ES細胞とiPS細胞は性質は本当、そっくりなんです。でも、作り方が違うんですね。ES細胞はもともと万能性を持っている受精卵から作ります。一方、iPS細胞は万能性を失った皮膚の細胞とか体の細胞から無理やり、ある意味三つなり四つの因子を入れて時計を逆戻りさせて無理やり作っていますので、その過程において何か他のことも起こっているのではないか。一番心配なのはがんになるようなことが起こっているのではないかという心配がどうしてもあるんですね。だからその部分がES細胞よりやはり安全性をより慎重に検討しないとだめな部分です。受精卵を使わない、患者さんご本人の細胞を使えるという点は非常にいいのですが、安全性はES細胞のほうがやはり上回っています。iPS細胞はそれが問題です。

 ですからいまこの安全性、どれくらい安全、どれくらい危険なのか、さらにより安全な作製方法はないかという研究にいま一生懸命うちの研究室は取り組んでいますが、そういった安全性が確認されると、将来的には最初にご紹介したような細胞移植療法にも使えるのではないかと期待しています。

 例えば脊髄損傷の患者さんから皮膚細胞をいただいてiPS細胞をつくって、そこから神経の細胞つくって患者さんに戻すというようなオーダーメード医療、個々に対応した医療ということが考えられるわけです。これは残念ながらまだまだ難しいです。すぐにはできません。先ほど言いましたように安全性の問題であるとか、神経細胞を確実に作る方法とか、いろんな基礎研究がまだまだ必要です。しかし、夢ではない、可能性は示されたということで、なんとか1日でも早くこういうことを実現するように一生懸命研究を進めています。

 ただ、この本当の意味のオーダーメード細胞、オーダーメード再生医学ですね、患者さんご自身の細胞からiPS細胞を作るということは、現実問題としてはいろんな問題がありますが、さらに時間の問題と医療費、お金の問題があります。

 まず時間ですが、先ほどラットの実験をお見せしました。例えば慶応の岡野先生、後でちょっとご紹介しますが、いろんな研究で脊髄損傷に対してああいう細胞移植、確かに効果はあるんですが、それはケガをしてからだいたい9日目、10日目くらいに移植した場合だけ効果があるということがわかっています。それより早くてもだめだし、遅くても、1年、2年経ってしまうと、いまの細胞を移植するだけではもう効果がほとんどない。残念ながらいまはそういう現状です。

 しかし、皮膚細胞からiPS細胞を作るのは最低でも1カ月かかります。iPS細胞から神経を作るのはやはり1カ月かかります。いくら頑張っても2カ月、3カ月かかってしまいますから9日に間に合いません。

 それからこれは非常にやはりお金がかかります。一人ひとりそのへんの実験室で作るわけにはいかなくて、本当に精密に厳密に管理された場所で、管理された本当に高い試薬を使って作る必要がありますから、おそらく何百万とかかります。ですから一人ひとりこういうことをするのは、安全性とか研究が進んだ後でも実際非常に難しい可能性が高いです。

 先ほどの岡野先生の話をちょっとだけさせて下さい。私たち京都大学は岡野栄之先生たちの慶応大学との間で連携プロジェクトというのをこのiPS細胞に関して進めております。

 岡野先生との間ではこのiPS細胞を用いた神経疾患、再生医療の開発ということで、まずは動物を使った実験を行っています。いまはマウスで行っていますが、その後の霊長類、マーモセットという非常に小型のサルを使った実験で安全性と効果を確認して、将来的には実際の患者さんの治療、脊髄損傷だけではありません、いろんな神経疾患の治療に用いたいというプロジェクトを進めています。

 これまでにわかってきたことは、ES細胞からと同じ効率でiPS細胞からも神経の元の細胞ができる。これはまだマウスの結果ですが、そういうことがわかってきています。それから実際、マウスの脊髄損傷モデル、先ほどのビデオと同じようなモデルを岡野先生のほうで作られて、そこにiPS細胞から作った、神経のもとの細胞を移植する、そして効果を見るという実験を慶応でしました。

 (スライドを指して)その結果、この縦軸は運動能力のスコアです。何も治療しないと8点くらいなんですが、それを従来からES細胞から作った神経のもとの細胞を移植すると、10点超える、11点くらいになる。8点から11点になると、クォーリティー・オブ・ライフ(生活の質)はぜんぜん変わります。それくらいの効果がES細胞では認められていましたが、iPS細胞で同じことをしますと、この赤と黒の結果は変わりません。ということは、ES細胞と同じような効果がiPS細胞からでも言えることがわかってきています。

 しかし、このように効果はあるんですが、先ほど言ったように、いまの実験でも受傷してから9日目に移植しているわけですから、iPS細胞を普通の作り方をしていたら間に合わない、お金もかかって仕方がないということで、私たちが考えている一つの方法はセミオーダーメード再生医学ということです。これは患者さんそれぞれからiPS細胞を作るのではなくて、あらかじめ健常なボランティアの方から皮膚細胞をいただいて、そこからiPS細胞を作っておこう。

 皮膚細胞にも血液型のようなタイプがあります。それは「HLA」と言われています。血液バンクはA型、B型と集めておくわけですが、それと同じようにHLAのいろいろなタイプのiPS細胞を作っておいて、そこから神経のもとの細胞に分化させておいて、そういったバンクを作っておけば、脊髄損傷の患者さんが不幸にしてケガをしてしまった場合も、9日目くらいにその患者さんに合ったHLAのiPS細胞由来の神経細胞バンクに存在していたら治療に使えるということで、まずはこういったセミオーダーメード再生医学というのも今後考えていく必要があると考えています。

 

 私たちは2年前にマウスのiPS細胞の仕事を海外に論文で報告しました。そのときは私たちしかしていませんでした。しかし、そこからアメリカを中心とした海外のグループが急速に研究してきています。これまで既にハーバード大学、ウインスコンシン大学、そしてカリフォルニア大学ロサンゼルス校、UCLAですね。少なくとも三つの大学がヒトiPS細胞の樹立に成功して論文として私たち以外に報告しています。それ以外、論文になっていないけれども、作っているというグループをたくさん知っています。

 例えばアメリカのカリフォルニア州、国じゃなくて州ですが、その州だけで10年間で3000億円を幹細胞の研究に使うということが去年からもう始まっています。マサチューセッツ州というハーバード大学のある州でも10年間で1200億円。州だけでこれぐらいのものすごいお金を使って研究を進めてきています。アメリカはこれに加えて国のお金、それから民間のお金。どうもアメリカはやたら大金持ちの人が多くて、個人で10億円、20億円寄付する人がいっぱいいてるんですね。ですからこれは一部です。ものすごい体制で研究してきています。

 日本はどうか。日本も頑張っています。去年の11月にヒトiPS細胞の樹立を報告したわけですが、もう12月には文部科学省と科学技術振興機構、JSTと言われる機関がiPS細胞研究のために追加予算を迅速に決めて下さいましたし、先ほど言いましたように、本年の1月には京都大学の中にiPS細胞研究センターというものが早くも発足いたしました。

 また今年の3月、今月には文科省のほうが日本で京大を含めた四つの拠点をiPS細胞の研究拠点として設置して、今後支援していくということも決定されていますし、京大のiPS細胞研究センターに新しい研究施設、建物を作るということもほぼ決定しています。今年度予算がまだ確定しませんが、その方向で動いています。このようにわが国でも研究体制が急速に確立しつつあります。

 京都大学、慶応大学、東京大学、理化学研究所が今の四つの拠点です。私たちは大阪大学にも参加していただいた、そういう拠点を作っています。こういったところとそれ以外の多くの日本の大学や研究機関で役割分担してやっていくことが非常に大事だと思っています。アメリカはアメリカの中で競争があります。しかし、日本はアメリカに比べますと、研究費の額も研究者の数もケタ違いです。アメリカと同じように日本の中でも競っていると、非常に競争力が弱くなりますので、少なくともこのiPS細胞研究に関しては、日本の中は協力しないとなかなかアメリカと競えないと考えています。

 iPS細胞はES細胞に匹敵する万能細胞です。この技術によってヒト胚の利用や拒絶反応といったES細胞の持っている問題点を回避できます。またiPS細胞はわが国発の技術です。ヒトES細胞はウインスコンシン大学で開発されました。そして非常に広範な特許を申請しておられまして、先週ぐらいにそのすべてではありませんが、かなりの部分の特許が認められてしまいましたので、わが国としてはヒトES細胞はその点、非常に不利です。しかし、iPS細胞はわが国発の技術ですから、その点も非常にいい点であります。

 しかし、課題も多いです。安全面の課題、非常に大きいものがあります。再生医療に使うためにはこれをしっかり研究していく必要があります。そして確かに最初の特許は日本、京都大学がこのiPS細胞に関しては申請していると思いますが、こういう臨床応用とかいろんなことを応用していくためには、一個の特許というのはぜんぜんだめで、その後どんどんいろんな技術の積み重ね、多くの特許、多くの知的財産が集まって初めて一つの大きな技術が完成します。

 ですからいまアメリカが急速な勢いでこの技術に関するさまざまな技術、さまざまな特許をどんどん出しつつありますので、これから私たちも、安心なんかできないのは当然ですが、日本からも一生懸命知的財産、特許を作っていくということが非常に大事だと思います。

 臨床応用とか創薬の応用という道筋がはっきり見えているんですね。道が見えているということは、そこまで行くのには自転車で行くより車で行ったほうが速いのは間違いないですし、普通の車よりもスポーツカーで行ったほうが間違いないんですね。アメリカは超高級スポーツカーで来ています。日本は今まで自転車でしたけれども、一気に支援が増えて、軽四ぐらいまで来ました。でも、今でもスポーツカーと軽四の差はあります。

 私、アメリカにもちっちゃいラボを持っていて、毎月行きますからよくわかりますが、日本は急速に支援をしていただきましたが、客観的に見ると、残念ながらスポーツカーと軽四です。そしてアメリカは何台もスポーツカーがあるんですね。日本はこれからいかにそれでやっていくかという正念場です。

 ただ、ある意味競争なんですが、競争というのはスポーツに例えますと、2種類あるんですね。柔道というのは勝ち負けがはっきりしています。柔道は負けたら惨めです。畳の上で仰向けになって天井を見ているわけですね。私は柔道5分の試合で、いちばん短いときは2秒で投げられて負けたことがありました。あとの4分58秒はもうないんですね。2秒で終わりです。そういうスポーツもあります。

 しかし、片やマラソン、私、マラソンもやります。マラソンのようなスポーツもあります。マラソンは確かに1位、2位ありますが、もう一つ大切なことがあるんですね。マラソンは完走する、自分のベスト記録を目指す、そういう大切なことがあるんですね。2位になってもいいんです、3位になってもいいんです。

 このiPS細胞の競争は明らかにマラソンです。柔道ではありません。勝ち負け、アメリカだけ勝った、日本だけ勝った、そういうのはありません。アメリカも頑張る、日本も頑張る、それはいいことなんです。なぜかというと、両方頑張って競争すれば早く臨床応用できるんですね。患者さんにとって1日、1日は長いです。僕は学生によく言うんですが、「おまえらにとって1日は寝ていたら済むかしらないけど、患者さんにとって1日はもう永遠なんだ」。

 だから1日も早く完成させる必要がありますので、競争は非常にいいんです。アメリカは非常に強いですからなかなか勝てないとは思いますが、ポイントは、たとえ2位、3位になろうが、自己ベストを目指す。この場合の記録は知的財産、特許でありますから、今後いかに日本も頑張ってこの記録を出していくかということが正念場というふうに考えています。

 いま一生懸命偉そうに喋りましたが、私がやった研究ではなくて、高橋君とか一阪さんを中心にした、私以外はみんな若いんですが、そういった多くの若い人たちの本当に頭の下がるですね、普段は僕、怒っていますが、本当は心から感謝しているそういうメンバーの人の行った研究です。そして慶応大学の岡野先生や東京大学の北村先生、理研の林崎先生、大変お世話になって初めてできた研究であります。

 以上です。どうもご清聴、ありがとうございました。

 

 

 司会(高橋真理子朝日新聞科学エディター) 先生、どうもありがとうございました。再生医学とiPS細胞のこれまでとこれからについて、大変わかりやすくお話いただいたと思います。わかりやすくお話いただいただけでなくて、お言葉の端々から先生のお人柄が感じられて、皆さん、その部分も堪能していただけたのではないかと思います。

 入口のところでご質問ある方に記入していただきました。たくさん集まっておりまして、時間が限られておりますので、どれだけご質問できるかわかりませんけれども、せっかくの機会ですので、なるべくたくさん先生にお答えいただきたいと思います。

 まずは病気の家族を持っていらっしゃる方からのご質問が幾つか来ていまして、代表的なものをちょっと紹介します。「息子21歳で、スポーツで頸椎損傷して四肢麻痺で呼吸器を装着しております。親の願いは自発呼吸ができるようになることです。先生のご研究で自発呼吸が可能になるのでしょうか」。もう一つ続けてですが、「網膜色素変性症の患者を妻に持つ者です。現在、治療法が見当たらず見えなくなるのを待つのみの状態です。進行防止に役立つ方法があればと願っています」。まずこの二つについて先生、ちょっとお答えいただけますか。

 山中 はい、病気、再生医療のほうですね。最後にもお話しましたが、いますぐにというわけにはいきません。まだいろんな問題があります。その問題点は非常に私たち認識しておりまして、それを1日でも早く解決するように一生懸命研究しているところです。

 私たちはiPS細胞を作るほうが得意でありまして、実際の治療という面では、脊髄損傷の場合は慶応の岡野先生、今の網膜疾患の場合は理研の高橋政代先生などと最大限の協力をしながら、1日でも早く治療に使えるようにということを目指しています。研究だけではなくて、厚労省のいろんな指針とかそういうのも非常に大事です。ちょっとそれしかお答えできません。

 司会 では、続けまして。「日本ではさまざまな発見がされたことは取り上げられますが、その先がなかなか進まず、実際に医療に使われているという話はあまり聞きません。これは日本の法律に問題があると聞いたのですが、そうなのでしょうか」というご質問です。

 山中 (iPS細胞については)医療という点ではどこの国でもまだ使われていませんので、特に日本のシステムに問題があるかどうかというのは、それはあんまり言えないと思います。まず医療に使われるとすると、再生医療の前に、先ほど言いましたように創薬であるとか副作用の毒性、そういったほうにES細胞とかiPS細胞は使われていくと思います。それについては比較的再生医療よりは早く応用実現すると考えています。

 司会 法科大学院生の方から「法律家を目指しております。先生の研究のなかで法的に問題になっていること、また今後問題になりそうなことは何かありますでしょうか」というご質問も来ているんですが。

 山中 「法律」と言っていいのかわかりませんが、一つは、やはり実際、治療に使う場合は厚生労働省の指針、認可というものがキーポイントになりますので、研究だけではなくそちらの体制、それを広い意味で「法的な体制」と言えるのかもしれませんが、両方が大事です。そういう意味では、研究者だけでは絶対だめで、そちらを支えていただく文系の方も非常に大事な人材になると考えています。

 司会 そのスタッフが足りないという理解でよろしいでしょうか。

 山中 そうですね、医学や科学のこともわかる、法律やいろいろな指針のこともわかる、その両方わかる人というのは、日本はやはりアメリカなんかに比べると少ないと感じています。

 司会 先生ご自身のことについての質問が来ています。「山中先生は整形外科医を手先の不器用さを自覚されていまの研究に進まれたとお聞きしました。全く素晴らしいご決断でございました。私は『向いていないことだなあ、別の方向に進みたいなあ』と思いながらもなかなか決断できません。先生はどのように決断されたのでしょうか、お聞かせ願えますか」。

 山中 それはちょっと難しいんですが(笑)。いや、不器用かどうかはちょっとわからないんですけれども、手術になると緊張してなかなかうまいこといかないということで。まあ、昔から諦めが早いし、新しいことにチャレンジするもの好きなので。ちょっと答えにならないですけれども。

 司会 では、最後の質問にいたします。やはり学生さんからです。「今後、研究者を目指す学生に向けて、励んでもらいたいこと、それから必要となる分野の方向性について聞かせていただけますか」ということです。

 山中 日本という国はちっちゃくて天然資源もないのは事実ですから、日本を支える資源、財産の一つは知的財産だと思うんですね。知的財産を作るのはやはり科学者であり技術者であります。他にもたくさん大事な仕事はありますが、科学者、技術者は日本を支えるきわめて大事な仕事ですから若い人もぜひ興味をもって来ていただきたいなと思っています。

 司会 はい、ありがとうございます。まだ質問できていないものもございますけれども、時間がまいりましたので、きょうの講演会はこれで締めさせていただきたいと思います。先生にいま一度拍手をお願いいたします。ありがとうございました。

     ◇     ◇

 山中伸弥さんのプロフィール

 1962年大阪府生まれ。中学では体が細く、鍛えるために柔道部に。骨折やけがの度に治療を受けたことで医師をめざす。87年に神戸大医学部卒業後、整形外科医として診療に携わる。大阪市立大大学院修了後、米グラッドストーン研究所の研究員。大阪市立大助手、奈良先端科学技術大学院大学教授を経て、04年から京都大再生医科学研究所教授。06年度の日本学術振興会賞、07年度朝日賞を受賞。08年1月から京都大iPS細胞研究センター長に就任。医師の妻と高校生の娘2人と暮らす。昨年11月末の論文発表後にテレビ出演などが増えた。柔道2段。フルマラソン4回完走。