日本経済新聞 2008/2/17 池田信夫 blog 東芝のチャンス 東芝、HD DVD事業の終息
HD-DVD 東芝 事実上撤退へ 販売劣勢受け方針
新世代の規格争い ブルーレイ勝利
東芝が「HD-DVD」規格の新世代DVDから事実上撤退する見通しになった。ソニー陣営の「ブルーレイ・ディスク(BD)」との規格争いで劣勢に立たされ、事業を抜本的に見直す方針を固めた。これにより電機業界を二分してきた新世代DVDの標準規格争いは、BD方式の勝利で決着することになる。
東芝は事業の見直し策としてレコーダー(録画再生機)の販売を中止してプレーヤー(再生専用機)などに特化する案や、販売不振の日本と米国から撤退して欧州市場に専念する案の検討に入った。週内にも決める。完全撤退も「選択肢の一つ」(東芝首脳)という。
米映画会社パラマウント・ビクチヤーズや米マイクロソフトがHD規格のソフトやゲーム機用記憶装置を販売しているため、東芝だけで撤退を決めるのは難しい状況。こうした企業と協議しながら最終方針を決める。当面は商品を絞って販売を続ける可能性が高いが、事業を縮小して世界標準獲得を断念することで、販売低迷に拍車がかかり、撤退に追い込まれる公算が大きい。
東芝が事業見直しを迫られたのは、大市場の米国でソフトの供給元である映画会社や小売り大手が一斉にBD支持に動いているため。1月に米映画大手ワーナー・ブラザーズが販売ソフトをBDに一本化すると発表。今月には家電量販最大手べスト・バイがBD製品を優先販売する方針を表明した。15日には米国のDVDソフト販売の4割を握る小売り最大手ウォルマート・ストアーズもHDソフトから撤退すると発表、東芝陣営は主要販路を失いつつあった。
新世代DVDプレーヤーの北米販売シェア
08年1月第1週(ワーナーのBD支持発表前) BD
51.2%、HD 48.8%
1月第2週(発表後) BD
92.5%、HD 7.58%
(米調査会社NPDグループ調べ)
東芝は今年に入ってプレーヤーを大幅値下げしたが販売は伸びず、米国の市場でHDのシェアは1割未満に落ち込んでいた。日本でもBD陣営の優位が鮮明で、昨年の年末商戦でHDのシェアは1割以下にとどまっていた。東芝の2008年3月期のHD-DVD事業は数百億円規模の赤字になる見通し。劣勢を立て直すのは難しいと判断、事業を抜本的に見直す。撤退すれば東芝の損失は数百億円規模にのぼる見込みだ。
高画質映像を長時間録画できる新世代DVDを巡っては、ソニーや松下電器産業などが推進するBD規格と、東芝が推すHD規格が世界標準の座を争ってきた。両陣営は一時、規格の一本化を交渉したが決裂し、06年に両陣営が製品を発売した。BDは記憶容量が大きく、HDは低価格が可能という特徴があるが、互換性がないため消費者の混乱や買い控えを招いていた。
東芝 陣営作り誤算
東芝が新世代DVDの規格争いで敗北に追い込まれたのは、ハード(機器)とソフト(映像)の両方で陣営作りに誤算があったことが原因といえる。特許戦略に固執したため他の電機メーカーの賛同を得られず「HD-DVD」陣営が広がらなかった。映像ソフトで協力関係を築いてきた米国の映画大手も相次ぎ離脱。「ブルーレイ・ディスク(BD)」を推すソニー、松下電器産業などの攻勢に屈した格好だ。
特許戦略固執あだ 離反招き孤立
東芝は2003年に「HD」の基礎となる規格をNECと共同で提唱。基本特許を押さえ、機器販売で特許料収入を得る構想を描いた。一方のソニーと松下は早い段階から共同歩調を取り「BD」規格の採用をメーカーに呼びかけた。
結果は対照的だ。HDのプレーヤー(再生専用機)とレコーダー(録画再生機)を開発するのは大手で東芝だけなのに対し、BDはシャープや日立製作所など幅広い支持を取り付けた。
ハードで孤立した東芝だが、ソフトでは米映画大手のワーナー・ブラザーズなどを中心に仲間づくりを進め、強気の姿勢を崩さなかった。ソニーも傘下に映画会社を持つ強みを前面に打ち出して対抗。勢力図は一時、拮抗した。
しかしBD陣営は「パイレーツ・オブ・カリビアン」などのヒット作で東芝を圧倒し、今年初めにはワーナーがHD陣営離脱を表明。米DVD販売で約7割を占める米主要映画会社がBDについたことになり、東芝の孤立が決定的となった。
東芝はHD方式の録画再生機やパソコン用の駆動装置を製造しており、事業縮小でもサービスは続ける見込みだ。録画再生機は中国の協カメーカーに生産を委託しており、生産中止になってもリストラなどの影響は少ないとみられる。一方、パソコン向け装置は生産台数が多いため、製造を続ける可能性もある。
東芝は中核事業と位置付ける半導体と原子力発電に経営資源を重点的に投じる「選択と集中」を加速させている。HD-DVDは薄型テレビと並ぶデジタル家電の柱だったが、規格争いの敗北で抜本的な見直しを迫られるとみられる。
BD陣営にとっても本格普及への道は平たんではない。各社は開発や販促に多額の費用を計上しており店頭の価格競争も激化。新世代型への移行が進んでも収益性改善には時間がかかりそうだ。
新世代DVD 2規格の比較
BD HD-DVD メーカー ソニー
松下電器産業
日立製作所
シャープ東芝
マイクロソフト
インテル
技術的特徴 記録層がディスクの表面に近く、
データを高密度、高精度で記録既存のDVDの製造ラインを転用でき、
低価格化が可能記憶容量 50ギガバイト(2層) 30ギガバイト(2層)
世界標準 流れ決めた「市場」
新世代DVDの世界標準獲得を巡る競争は、流通や消費者など「市場」が流れを決めた。映像媒体の規格争いは1970-80年代の「VHS」対「べータ」のVTR戦争にさかのぼる。勝負はソニーのべータ方式の商品化からVHSへの転換まで14年かかった。今回の新世代DVDでは規格提唱から5年、商品発売からわずか2年で決着した。
争う時間が短くなったのは、規格競争に慣れた流通や消費者が早めに商品を選択したからだ。経営者も市場の圧力を受け、傷を深める前に決断せざるを得なかった。
東芝のHD-DVD事業の見直しは、長年の盟友だった米タイム・ワーナー傘下の映画会社ワーナー・ブラザーズの離反が大きい。約30年前、VTRはレンタル方式で普及が始まった。店側は同じタイトルを2方式で在庫するより、一つに絞った方が効率がいい。販売が中心の今も状況は同じだ。ワーナーのHD離脱に伴うウォルマートの方針転換が東芝の致命傷となった。
VTRの規格争いはべータ方式でソニーが先行したが、VHS方式を担ぐ日本ビクターと松下電器産業が米国の流通市場に働きかけ、勝利を獲得した。規格競争はさらに8ミリビデオやレーザーディスク、DVDへと続く。東芝はVTRでべータ方式のソニーと組んで裏目に出て以来、ソニーと一線を画した。現行DVDでは松下電器や日立製作所を巻き込み、規格統一を主導。その際、重要な役を演じたのもタイム・ワーナーだった。
規格作りは常に前の世代との互換性が問題となる。DVDではソニーがCDとの互換性を強調、東芝も新世代で現行DVDとの互換性を訴えた。米マイクロソフトも同じ理由で東芝を推した。
規格を握った企業は開発で優位に立て、特許料収入も見込めるため、争いは先鋭化する。敗れた企業は逆に次の規格を提案し、奪回を目指す。ソニーが互換性の低いブルーレイ・ディスクを主張したのはいい例だ。
興味深いのは松下の動きだ。松下はVTRでソニーと組むそぶりを見せながら、子会社のビクターを担いだ。DVDでは東芝と組んだのに、新世代DVDでは一転してソニー側につく。勝ち馬に乗る作戦だが、流通市場に強い松下の参画自体が米国市場と同様、規格の流れを左右した。
その意味では、新世代DVDの規格も松下とソニーが組んだ時点で流れが決まった面がある。.だが東芝の戦いは無駄ではなかった。ライバルがいなけれぱ技術の発展もない。東芝は高い授業料を払ったが、そこで培った技術は次の製品開発に必ず生かされるはずだ。
2008/2/18
勝負決したワーナー離反
「事業選別」を加速 購入者への対応 課題に
東芝が「HD-DVD」規格の新世代DVDから事実上撤退する方針を固めた。ソニーなどの「プルーレイ・ディスク(BD)」陣営と普及のカギを握る映画大手の囲い込み合戦を続けたが、2008年1月に米ワーナー・ブラザーズがBD単独支持を表明。そのショックから立ち直れなかった。東芝は撤退の一方で巨額の半導体投資も決断。事業選別を加速させるが、規格競争に振り回された消費者にどう対応するか、重い課題も背負う。
規格争いで最初のカードを手にしたのは東芝の方だった。昨年8月、米映画大手パラマウント・ビグチャーズがHDへの単独支持を表明。米紙が.「パラマウント側が東芝から1億5千万ドル相当の奨励金を受け取る」と報道、東芝が否定する一幕もあったが、映画大手の多くがHDとBDを両てんびんにかけるなか一歩飛ぴ出す形になった。
攻守逆転の瞬間
実際、昨年11月にはソニーのハワード・ストリンガー会長が米報道機関の取材に「規格統一のチャンスがあったころに戻りたい」と漏らすなど、BD陣営には年末商戦を前に「決め手」がない焦りも強まっていた。
そんなBD陣営に逆転の一発が飛び込む。今年1月、ラスベガスでの米家電見本市を前にワーナーがBD支持を表明。東芝の“先制打”にもかかわらず07年の米欧市場でのシェア競争でほぼ互角の戦いを演じていたBD陣営は勢いづいた。
舞台裏で動いたとされるのが米CBSテレビ出身で、ソニー入り後も映画部門の立て直しに奔走し、米映画界に広い人脈を持つストリンガー会長。東芝は急きょ機器の値下げを決めるなど防戦に出たものの流れを覆せず、ベスト・バイ、ウォルマートなど米流通大手がBD単独支持を表明し.たことで勝負は決した。
「ワーナー・ショック」の後、東芝からは「(新世代DVDは).たくさんある事業の一つ」(西田厚聡社長)をいう言葉岬飛び出し始めていたが、背中を押したのはワーナーだけではない。
東芝は昨秋、ソニーから最先端半導体の生産設備を買収することで合意。さらに半導体で攻勢を強めるためフラッシュメモリーで1兆円を大きく超える投資の検討にも着手していた。このため昨年12月には液晶パネルを共同生産する日立製作所との提携を解消、新たな提携先のシャープから大量調達する方針を発表するなど、競争力を確保しにくい事業の選別を加速しようとしていた。
東芝はすでにHD規格のプレーヤーを世界で100万台以上、レコーダーも国内で数万台販売しており、これらの顧客にどう対応するかが大きな課題。それ次第では消費者の信頼を失いかねないが、決断を先延ばせば顧客と東芝の双方に痛手が広がる恐れもあった。
価格下落激しく
規格争いに勝ったソニーや松下電器産業も手放しでは喜べない。
06年に30万ー40万円で登場した新世代DVDのレコーダーは今や10万ー20万円。北米で主流のプレーヤーも06年春に東芝が出した機種は500ドルだったが直近は200ドルを切る。激しい規格競争もあって2年で半額以下という急落ぶり。BD陣営幹部からも「ハードだけでは投資回収は難しい」とぼやきの声が漏れている。
第一世代のDVD機器の市場は国内出荷額でみるとここ数年は年3千億円前後と、同1兆円を超す薄型テレビ市場に比べはるかに小さい。外資系証券アナリストからは「東芝が収益性の低いHD-DVDから撤退することはプラス」という声が出るほどだ。
規格争いですっかり混乱させられた消費者が新世代機への買い替えに本格的に動くかは不透明。05年の規格統一交渉決裂から2年半余り続いた新世代DVD競争の「勝者」はまだ見えない。
BD、HD-DVD両陣営の規格争いを巡る主な動き | ||||||||||||||||||||
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東芝のチャンス
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/15bc8f4cd446cecbc9623a16f8e33901ワーナーがHD DVD(東芝)による映画の販売を打ち切り、ブルーレイ(ソニー・松下など)だけに絞ったことで、次世代DVDをめぐる標準化競争は勝負がついた。すでに日本では市場の9割以上、アメリカでも7割はブルーレイだ。
勝者は誰かって? もちろん東芝だ。
もともと次世代DVDなんて、筋の悪い技術だ。私の6万円のPCでも160GBのハードディスクがついているのに、なんでたかだか50GBぐらいのDVDドライブに10万円も出さなきゃいけないのか。ディスクを買いに行かなくても、インターネットで映画もダウンロードできる。音楽と違って、映像は何回も見ることがあまりないので、ストリーミングでも十分だ。もうDVDというものが過去の技術なのだ。
WSJも、今回のブルーレイの「勝利」がソニーの経営にとってプラスになるかどうかは、まだわからないと書いている。次世代DVDは「過渡的な技術」であり、そのうちUSBフラッシュメモリに、そして最終的にはインターネットに取って代わられるだろう。CDの寿命は25年だが、DVDは10年、そして次世代DVDは、たかだかあと5年ぐらいの寿命だろう。こういう先の見えた市場に、コンテンツが出てくるかどうかもわからない。
それでも、ソニーはブルーレイを出し続けるだろう。かつてベータマックスのテープが世の中から消えても、再生機を製造し続けたように。不幸なことに、彼らは映画部門をもっているので、ディスクからも撤退できない。他方、松下はグーグルと組んでネットTVを開発する。戦いは、もう「次世代の次」に移っているのだ。
東芝は、今回の「敗北」を機に次世代DVDから撤退し、IPTVに経営資源を集中したほうがいい。松下がグーグルなら、東芝はヤフーと提携してはどうか。1980年代のアメリカでは、無意味に多角化したコングロマリットが、LBOによって解体・売却された。洗濯機からDVDまでつくる日本の「総合電機メーカー」も、時代遅れのコングロマリットである。これは「選択と集中」のチャンスなのだ。
追記:FTによれば、パラマウントもHD DVDをやめるようだ。これで完全にゲームは終わりだろう。IPTVとは、IP(Internet Protocol)を利用してデジタルテレビ放送を配信するサービス
HD DVD事業の終息について
当社は、これまでHD DVD規格に基づいたプレーヤー及びレコーダーのグローバルな事業を展開してまいりましたが、本年初頭の大幅な事業環境の変化に際し、今後の事業戦略を総合的に検討した結果、同事業を終息することを決定いたしました。
HD DVD規格は、200社以上の国際企業から構成されるDVDフォーラムで現行DVDを継承する次世代DVD規格として策定され、現行DVDとの高い互換性や、ネットワーク接続機能などの先進性を備えた国際規格であり、当社は事業推進に鋭意取り組んでまいりました。しかしながら、異なる規格が併存することによる、いわゆる次世代DVD議論の長期化による当社の事業への影響はもとより、消費者の皆様をはじめとする市場における影響に鑑みて、早期に当社の姿勢を明確にすることが重要と判断し、今回の決定に至ったものです。
本決定により、HD DVDプレーヤー及びレコーダーは、今後の新商品の開発、生産は中止するとともに、今後、当社からの流通チャネルに対する製品の出荷は縮小し、本年3月末を目処に当社の事業を終息する予定です。当社商品をご愛用いただいている全世界のユーザーの皆様に対しては、安心してお使いいただくために、商品に関するサポート及びアフターサービスは今後も継続します。
また、PC、ゲームなど向けのHD DVDドライブについても顧客企業の需要に配慮しつつ、同様に量産を終了することを決定しました。
なお、現行のDVDプレーヤー及びレコーダーについては、従来どおり事業を継続してまいります。
HD DVDドライブ搭載の当社製ノートPCについては、今後の市場ニーズを踏まえて、PC事業全体の中での位置づけを検討してまいります。
今後は、市場動向を見極めながら、当社が持つ半導体のNAND型フラッシュメモリや大容量で小型のHDD等のストレージ技術や、次世代CPU、画像処理、ワイヤレス技術、暗号処理技術などを最大限に生かし、新たなデジタルコンバージェンス時代に適した次世代映像事業の中長期的な新戦略を再構築してまいります。
なお、当社は今後も消費者、及び産業界にとって最適な光ディスク規格を議論・策定する団体であるDVDフォーラムのメンバーとして、DVD業界の発展に貢献していきたいと考えています。
HD DVD市場の立ち上げに協力して取り組んできたユニバーサル・スタジオ、パラマウント・ピクチャーズ、ドリームワークス・アニメーションや国内外の映像コンテンツ各社、マイクロソフト、インテル、HPなどIT産業を代表するパートナー企業とは、今後も良好な協力関係を継続し、HD DVDの開発で培った様々な技術を活用しながら、今後も様々なビジネス機会での協業の可能性を検討していく予定です。