毎日新聞 2002/9/19
「反物質」大量生成に成功 東大教授ら世界初
ビッグバン解明へ手掛かり
欧州合同原子核研究所(CERN)で活動する東京大などの国際研究グループが、通常の物質と反対の電気を帯びた粒子で構成される「反物質」の水素原子を大量に作り出すことに、世界で初めて成功した。反物質は通常の物質に触れると、膨大なエネルギーを放出して消滅する。宇宙がビッグバンという大爆発で誕生した瞬間、反物質が存在し、その後消えたといわれていゐ。反物質の安定した製造方法が開発されたことで、SFのように語られてきた反物質の謎の解明に道が開かれた。成果は19日、英科学誌「ネイチャー」オンライン版に掲載された。
通常の水素はプラスの電気を帯びた陽子と、マイナスの電子1個ずつでできている。陽子や電子には、それぞれ反対の電気を帯びた「反陽子」、「反電子」が存在し、これでできたのが反物質の水素(反水素)だ。
反水素の原子は96年、ドイツやイタリアなどのグループがCERNの施設を使って初めて合成に成功したが、3週間の実験で9個の原子しかできなかった。また反物質は通常の物質に触れると消滅してしまうため、この原子は誕生から1億分の1秒程度で消滅した。
反水素の大量合成のためには、金属の板に高速の陽子をぶつけて取り出した反陽子のスピードをゆるめ、1カ所に集めることが重要だった。東大の早野龍五教授らのグループは、CERNの「反陽子減速器」を使い、反陽子を極低温状態で反応容器内に閉じ込めることに成功。ナトリウムから取り出した反電子を加えたところ、両者が混ざり合って反水素が生まれたことが確認できた。
早野教授は「約20時間の実験で、5万個以上の反水素が生成した」と話す。反水素が存在した時間も「独伊のグループに比べ、数千〜1万倍は長い」という。
反物質生成 SFドラマの世界 素粒子諭の検証に道筋
反物質は物質と同じ質量で反対の電荷を持つ。その存在は1920年代にイギリスの物理学者ポール・ディラックによって予言され、32年に実験で確認された。ディラックは後にノーベル物理学賞を受けた。反物質は現実の世界にほとんど存在しないが、素粒子や宇笛論にかかわる物理学者の高い関心を集めてきた。
物質と反物質が衝突すると、いずれも消滅し、膨大なエネルギーが生み出される。理論上、反物質と物質が各1グラムあれば、自動車1台を10万年間、走らせ続けるエネルギーが得られる。
米国の人気SFドラマ「スター・トレツク」に登場する宇宙船「エンタープライズ号」は、燃料に反水素を使う。現実に、米航空宇宙局(NASA)は未来の宇宙船に反物質を使うことができないか、研究を進めている。
今回、研究グループが生成に成功した5万個程度の反水素では物質と衝突しても大きなエネルギーを出さずに消滅するが、安定した人工生成の方法が開発されたことで、SFの世界が現実のものになるのではないかと期待が膨らむ。ただ、反水素を1グラム(原子数で10の23乗個の6倍)作るにはい今の欧州合同原子核研究所(CERN)の施設では、宇宙の年齢と同程度の100億年以上かかり、エネルギー源として利用できるのは遠い将来になる。
現在の素粒子論では、物質と反物質の性質は同じとしている。研究グループは今後、反水素の寿命をさらに延ばす方法を開発するとともに、反物質は物質と異なった速さで落下しないか、物質とは異なった波長の光を出さないかなどの性質を解き明かすことに研究の重点を置く。
物質と反物質の間に違いが見つかれば、素粒子論の見直しにつながる大きな発見になる。また、宇宙になぜ物質しか存在しないのかという謎解きにもつながっていく。