毎日新聞 2001/10/14
ネバネバ転じて納豆樹脂
吸水力、重さの5000倍−−九州大学大学院で実用化研究
http://www.mainichi.co.jp/eye/feature/details/science/Earth/200110/14/01.html
ネバネバする納豆の糸に放射線を当てると出来る「納豆樹脂」を環境保全に役立てる研究に、九州大大学院農学研究院(福岡市東区)の原敏夫助教授(52)=遺伝子工学=が取り組んでいる。自らの重さの最大5000倍もの水を吸収する納豆樹脂の性質を生かし、食品の包装容器や汚泥処理、砂漠の緑化に利用しようという試みだ。健康食品として人気の高い納豆の新たな魅力を引き出す研究に注目が集まっている。
納豆の糸に放射線を照射すると、ガラスのように硬く丈夫な繊維構造になる。これが納豆樹脂だ。原助教授によると、糸はたんぱく質で出来ており、アミノ酸の配列を一部変えるだけでナイロンと同じ構造になる。元々繊維に近い構造なのだ。
ただし納豆1キロから1グラムの糸しかとれない。そこで原助教授は、うまみ調味料(グルタミン酸)を水に溶かした中に納豆菌を入れて培養し、納豆糸と同じ成分を作った。この方法だと、1リットルのグルタミン酸水溶液から30〜40グラムの糸がとれる。
吸水性に優れる納豆樹脂は、加える水の量を変えるとゼリー状になったり、1500〜2000倍に膨れたりする。原助教授はこの性質に着目して、納豆樹脂を利用した包装容器やたい肥づくりの実験をした。
実験1 魚や肉を入れるトレーを作った。納豆樹脂は元はうまみ調味料なので、容器そのものが食べられる。肉や魚と一緒に鍋に入れるとおいしいのではないかと考えたが、試食すると煮こごりのような食感で、味は今ひとつだった。
実験2 からし明太子の包装容器も製作。金型に納豆樹脂を流し込んで固めたが、そのままではからし明太子の水分を吸って軟らかくなるため、表面をポリ乳酸でコーティングした。
使用済み容器を土に埋めると生分解された。生ごみと一緒に捨てると、水分を吸ってゼリー状になり、周囲を汚さなかった。
実験3 牛ふんに納豆樹脂を混ぜてみた。冬でもゼリー状になって凍らず、温度が保たれるので発酵が進み、容易にたい肥を作ることができた。
砂漠緑化に応用も−−コスト高改善にメド
次に考えたのが、汚泥処理への利用だ。ダム湖底のしゅんせつヘドロを天日乾燥し、納豆樹脂を混ぜ合わせた。これに牧草の種子を混ぜてペレット状に固め、地面にまいたところ種子が発芽し、緑化に応用できることが分かった。
汚泥や家畜のふんに納豆樹脂と植物の種子を混ぜ合わせたペレットを、山の斜面や砂漠に散布する。納豆樹脂は雨水をため込むので、種子は枯れない。一方、納豆樹脂は時間をかけて土に返るため、自然界に異物は残らないという仕組みだ。
原助教授は、これを一歩進めた納豆樹脂による「グリーン・リサイクル・システム」を提唱している。大豆の種を含んだペレットを砂漠にまいて栽培し、収穫した大豆から納豆を作る。その納豆の樹脂を、大豆の栽培に利用する。砂漠緑化と食料生産という一石二鳥を狙った夢のプランだ。
原助教授が構想しているのは中国・黄河流域の緑化。納豆樹脂と家畜のふんを加えた植物の種入りペレットをつくり、土の栄養に乏しい黄土高原でまくプランだ。既に陝西省から問い合わせが来ており、原助教授は「08年の北京五輪までにはスタートさせたい」と話している。
さまざまな可能性を秘めた納豆樹脂だが、実用化の前に立ちはだかる最大のネックは放射線照射にかかわる問題だ。
まず多額の費用がかかること。納豆樹脂をつくるために、放射線を約20時間照射する。放射線照射にかかる費用は1分間3000円で、計360万円にもなる。照射した放射線の健康への影響についても「化粧品として使うレベルでは安全基準をクリアしたが、食べるレベルについては試験費用がかかるので、まだ実施していない」という。
一方で原助教授は、放射線照射に代わる方法の研究を進め、「放射線照射しなくても納豆樹脂をつくる方法を編み出し、クリアできるメドがついた」と明かした。その方法については「特許を申請中なので今は秘密」と言うが、現在、放射線照射されたものと性質が変わらないかどうか、検査を続けているという。
◇納豆、ルーツは中国・雲南省
原助教授が納豆の研究を始めたのは、九大の助手になってすぐの78年。「納豆菌を研究したい」というオーストリア人留学生を指導したのがきっかけだった。
その後、納豆菌の遺伝子研究が納豆のルーツ探しに発展。ネパールやインドネシアにも大豆発酵食品があり、納豆のルーツが中国雲南省にあることを探り当てた。