日本経済新聞 2005/7/14

微生物資源、確保急ぐ 新薬開発
 メルシャン、製薬12社へ供給 インドネシアから

 インドネシア政府系バイオ研究機関ビオテックとメルシャンは今年度中にも共同で新薬開発のための微生物資源を日本の製薬会社12社に供給する。新薬開発競争が激化する中、メーカー各社は有効な成分を比較的見つけやすい微生物資源の確保に改めて力を入れている。微生物の種類が世界で最も豊富な地域である同国が、新たな供給源となりそうだ。
 ビオテックとメルシャンは共同でインドネシアの細菌やカビなど微生物を採集、培養抽出して日本に輸出する。年間6400種類の微生物資源を新薬の素材として主要メーカーを含む12社の製薬会社に有償で供給。新薬が商品化されれば、インドネシア政府にも収益の一部が還元される。
 多くの医薬品は微生物をもとに開発されている。発売以来1兆5千億円を売り上げ、日本製薬史上最大のヒット商品といわれる三共の高脂血症剤「メバロチン」も代表例の一つ。熱帯雨林地域は微生物が生息しやすく、日本の製薬各社も競って採集してきた。
 特にインドネシア領内にはパプアなど未開発地域も多い。未知の生物も含め、50万種類以上の微生物がいる」(ビオテックのナディルマン・ハスカ所長)という。
 ただ1993年、生物資源国の権利を守る生物多様性条約の発効により、民間レベルの微生物資源の貿易が制限された。マレーシア政府公認のベンチャー企業を介して日本の製薬会社に一部供給している例もあるが、微生物資源の絶対量は大幅に減っている。
 メルシャンは国内の土壌に生息する微生物資源を保有する企業としてはトップメーカー。現在、資源の保有数は約1万種類に及ぶ。静岡県に設置した生物資源研究所を拠点に各製薬会社と個別に提携し、独自の発酵技術を生かしたビジネスの実現に向けたプロジェクトを進めている。

 

▼生物多様性条約
 先進国の企業などの微生物採集が過熱し、途上国の権益保護の必要性が課題となる中、1993年に多様な生物資源の保護と適切な活用を目的として発効した。日本を含む180カ国以上が参加している。各国は生物資源についての主権を持つと認め、生物の利用による利益を公平に配分することをうたっている。途上国に対して生物保護活動を支援し、バイオ研究についても資源を持つ国が参加するよう求めている。


生物資源調達先、争奪戦に

 医薬品の研究開発で微生物や動植物など生物資源の見直しが進む背景には、深刻な素材不足がある。2000年前後から遺伝情報を活用して化合物を合成する開発手法が注目を集めてきたが、「合成パターンには限界があり、時間もかかる」(医薬大手)ためだ。
 今年4月に山之内製薬と藤沢薬品工業が合併して発足したアステラス製薬は茨城県つくば市東光台の研究所に、天然物から取り出した医薬品候補物質を蓄える「ライブラリー」を集約した。
 旧藤沢薬品は免疫抑制」剤「ブログラフ」、抗真菌剤「ミカファンギン」のもとになる物質を、茨城県筑波山の土壌や福島県いわき市の河原から見つけ出した実績を持つ。「生物資源探索と化学合成の技術を組み合わせることで、有力な新薬候補の発見を加速できる」(柳沢勲常務執行役員)
 三共は今年4月、シンガポールの生物資源探索ベンチャー、マーライオン社と提携した。医薬品のタネになりそうな物質を探索する計画だ。
 医薬品の研究開発では一時、合成した無数の化合物を片端から評価する手法が人気を集めた。ただ評価する化合物の数が膨大になるため、必ずしも効率は高くない。生物資源に由来する物質は、もともと生体内でなんらかの働きをしている確率が高い。新たに得られた遺伝情報と組み合わせれば、医薬品のタネを見つける可能性は飛躍的に高まるとの見方が広がっている。
 生物資源確保に向けては国レベルの取り組みも始まっている。経済産業省の呼びかけで日本、中国、韓国などアジア12カ国が昨年、微生物を共同管理・活用する国際組織を新設した。
 発酵食品の伝統を持つ日本企業にとって生物資源の活用は得意分野。欧米の医薬大手も探索研究を強化しており、資源の争奪戦が激化する可能性は高い。今後、新薬の開発力向上には、これら資源を多く持つアジアや南米、アフリカ諸国との提携やルートづくりが不可欠になる。