日本経済新聞 2000/11/1
国内製薬 本格再編へ
ウェルファイド/三菱東京製薬合併 「規模」で生き残り
ウェルファイドと三菱東京製薬の合併は国内製薬業界の本格再編の開幕を告げる。呼び水は外資の対日攻勢。欧米の巨大製薬会社は今年6月に米ファイザーと米ワーナー・ランバートが合併したように規模の利益を一段と追求する一方で、世界二位の日本市場開拓を急いでいる。国内各社は生き残りをかけた選択を迫られている。三菱東京製薬の誕生で製造・販売一体の事業体制を整えたばかりの三菱化学グループにとって、矢継ぎ早の合併戦略は“大三菱製薬”への布石と言える。
ウェルファイドはリウマチ治療薬やがん転移阻止剤の研究で、一方の三菱東京製薬は糖尿病治療薬などで成果をあげてきた。海外の大手メーカーも注目する有力医薬品の候補でありながら、自社で海外展開する基礎体力に欠けている。
ウェルファイドの飯田晋一郎社長は「世界的に存在感のある企業にしたいが、今の規模では力不足」として経営改革を進めてきた。一方、三菱東京製薬の富沢竜一社長も「売上高で国内5位を目指すには現在の成長ぺースでは遅い」との認識を強めていた。
日本にはこれまで独特の臨床試験や承認審査の基準があり、欧米の製薬大手も参人に時間がかかった。しかしここ数年、世界的に医薬品基準の統一が進み、欧米大手は日本での事業拡大が進めやすくなっている。
事実、中堅メーカーが外資の傘下に入る動きが相次いでいる。今年1月には独製薬大手のシェーリングが三井化学子会社の三井製薬工業を買収。独べーリンガーインゲルハイムはエスエス製薬に株式公開貿い付け(TOB)で35%の株を取得した。
米医薬品大手ブリストル・マイヤーズ・スクイプのピーター.ドーラン社長は9月のアナリスト説明会で「2001−02年にも日本で合併・買収(M&A)や合弁を含めた事業強化を打ち出したい」とぶち上げた。米大手ファイザーは日本で最多の医薬情報担当者(MR)1700人体制を整え、「日本でのシェア3位以内」と意気込む。
国内市場の伸びは鈍く、「大手も再編と無縁ではない」(三共の高藤鉄雄社長)との危機感は強い。
国内医薬品メーカー売上高ランキング
2000年3月期連結売上高 単位:億円参考
2007年3月期
1 武田薬品工業 9,231 2 三共 5,897 3 山之内製薬 4,336 4 塩野義製薬 4,002 5 エーザイ 3,024 6 第一製薬 3,005 ウェルファイド+
三菱東京製薬7 藤沢薬品工業 2,891 8 大正製薬 2,752 9 ファイザー製薬 2,061 10 ウェルファイド 1,991 三菱東京製薬 900
1 武田薬品工業 13,052 2 第一三共 9,295 3 アステラス製薬 9,206 4 エーザイ 6,741 5 中外製薬 3,261 6 大日本住友製薬 2,612 7 大正製薬 2,421 8 三菱ウェルファーマ 2,275 9 塩野義製薬 1,998 10 田辺製薬 1,775
三菱化学主導 “大三菱製薬”へ布石
今回の合併は三菱東京製薬の親会社である三菱化学が主導した。三菱化学は主力の石油化学事業の収益が厳しく、収益牲が高い医薬品事業を21世紀のグループの大きな柱に据えている。医藥品事業を国内大手の一角まで押し上げることは、規模で勝る外資と戦うための“大三菱製薬”への第一歩だ。
三菱東京製薬など三菱化学グループの医薬品の年間売上高は現在約1100億円。海外では医薬大手の合従連衡が相次ぎ、日本企業の買収も虎視眈々と狙っている。「売上高1千億円では小さい。3千億円程度は必要だ」(正野寛治社長)としていた。
元々、ウェルファイドの前身である旧吉冨製薬は1940年、武田長兵衛商店(現武田薬品工業)と日本化成工業(現三菱化学)の出資で設立された。発足時からつながりは深い。
一方、ウェルファイドも2001年3月期は連結最終赤字に陥る見通しなど業績が悪化。海外企業からの買収懸念もあった。ウェルファイドの筆頭株主の武田薬品工業は最近、グループの事業見直しを進め、経営資源を新薬開発に集中し、単独で国際的な医藥品企業として生き残る戦略を打ち出した。両社の思惑がうまく合致した格好だ。
とはいえ、海外医薬大手とは売上高や研究開発投資の規模でなおケタが違うだけに、医薬品事業の強化はいまだ途上との見方が多い。三菱化学は中長期的には海外でのM&A戦略を模索するとみられる。
2000/11/2 日本経済新聞
ゲノム創薬に力 余剰人員対策が課題に
ウェルファイドと三菱化学子会社の三菱東京製薬は1日、合併を正式発表し、合併で筆頭株主になる三菱化学の技術を取り込んで、ゲノム(全遺伝情報)創薬の研究を加速する。ただ、両社合わせた従業員数は9600人と、売上高で同規模の藤沢薬品工業より1600人も多い。余剰人員の削減や拠点統廃合など、取り組むべき課題も多い。
同日、大阪市内で会見した両社のうち、三菱東京製薬の富沢社長は「研究開発費は両社合計で400億円になり、ゲノム創薬などで一定の成果を上げられる陣容になる」と述べた。
医薬品業界ではゲノムを使った新薬開発が製薬会社の命運を握ると言われるが、ウェルファイドはこの分野で大きく出遅れている。飯田晋一郎社長は「三菱化学グループの三菱化学生命科学研究所の人材や技術の蓄積を持ち込める」と筆頭株主になる三菱化学との連携に期待している。
合併新会社の連結売上高は約2900億円で武田薬品工業の3分の1。だが、営業マンに当たるMR(医薬情報担当者)は単純合計で約1750人と武田を400人以上上回る。三菱東京製薬では2002年度までに800人に増員する方針だったが見直しを迫られる。人員のほか、全国に分散する7つの研究所の統廃合など、適正規模への縮小が必要になる。
ただ、余剰人員対策などリストラについては「両社とも過去に合併を経験し、雇用問題で努力した。深刻な問題が起こるとは考えていない」(富沢氏)としている。
日経産業新聞 2000/11/2
三菱東京製薬と合併交渉発表
ウェルファイド 株価急落 M&A影迫る 社名変更半年で決断
東証一部上場の大手医薬品メーカーのウェルファイドと三菱東京製薬は1日、大阪証券取引所で会見し、2001年10月の合併に向けて交渉を開始すると正式に発表した。ウェルファイドの飯田晋一郎社長は6月末の就任から4カ月という短期間で、事実上の三菱化学グループ入りという答えを出した。98年の吉冨製薬とミドリ十字の合併からわずか2年半で新たな合併への決断に追い立てたのは、米国事業のつまずきに端を発した株価急落と企業の合併・買収(M&A)の影という市場の圧力だった。
「社長らしい仕事もしていないうちに不謹慎な、と言われるかもしれないが」。ウェルファイドの飯田社長は会見の席上、自ら苦笑してみせた。飯田社長は日ごろ「現在の規模では生き残りは難しい。合併、提携に積極的に取り組む」と公言してきた。会見でも今後3年で国内の医薬業界に大規模な再編が起きると予想。両社が合併すれば「医療用医薬品で国内5位となり、すれすれで合格点に届く」という目算だ。
飯田社長は就任当初から「まず国内企業と手を組む。対等の立場でモノが言えるようになってから、欧米の巨大企業と提携する」という二段階のシナリオを描いていた。三菱東京製薬との合併は、この路線に沿ったものに見える。だが、4月に吉富製薬から社名変更して半年というタイミングでの決断の裏には、8月以降の株価急落という市場の圧力が透けて見える。
急落の引き金を引いたのは米国の血液製剤子会社アルファ・テラピゥティク。7月末にアルファは米食品医薬品局(FDA)から製造設備の無菌性試験のやり方などについてクレームを受け、再試験と製造・出荷の停止を命じられた。この結果、アルファの2000年12月期は180億円の最終赤字に陥り、ウェルファイド本体も初の連結赤字が避けられない見通しとなった。このころからウェルファイドの憂うつな日々が続く。
3月に1700円台を付けていた株価は瞬く間に800円を割り込んだ。アルファの操業停止は実に3回目で、市場関係者からは「海外事業のマネジメント能力が欠如していると判断せざるを得ない」(有力アナリスト)と厳しい評価が下った。
株価の低空飛行により、経営側は「海外の製薬企業から株式公開買い付け(TOB)をかけられかねない」(同社首脳)という懸念を抱き始める。10月27日の最安値で算出した時価総額は約2千億円。総じて割高な医薬品株の中では財務内容との比較でも割安感が強く、欧米の巨大製薬企業にとって決して高い買い物ではなくなっていた。
「今が日本市場に投資する絶好の時期」。9月上旬、英製薬大手アストラゼネカのトム・マキロップ最高経営責任者(CEO)は東京都内で開いた会見でこう打ち上げた。日本国内で上位10社入りを目指す同社にとってM&Aは有力な選択肢だ。米製薬大手のブリストル・マイヤーズ・スクイブも9月に日本でのM&A強化を打ち出した。エスエス製薬に非友好的TOBをかけた独企業の例もある。
飯田社長は会見で「チャンスに乗らなければ、会社が無くなってしまうかもしれない」と繰り返した。大手製薬の中でも田辺製薬と並んで株価水準の低いウェルファイドは、本格上陸を狙う欧米勢のM&Aの脅威を身近に感じ取っていた。この危機感が国内での合併第二弾に駆り立てたのは想像に難くない。実際、飯田社長は大手外資から接触を受けたことを認めている。
ただ、飯田社長の描く「国内勢との合併による規模の拡大→経営の独立性を保ちながら欧米企業と提携」という構想が、グループ事業として医薬の強化を狙う三菱化学の戦略と一致する俣証はない。合併比率は未定だが、三菱化学が合併会社の筆頭株主となり、ウェルファイドの独立性の維持にも疑問符がつく。米子会社の火種も残し今後、本格的な合併交渉に当たる飯田社長の“憂うつ”がこれで晴れるのか、なお不透明だ。
両社長 一問一答 富沢氏 重点領域が一致 飯田氏 海外で新薬投入 ウェルファイドの飯田晋一郎社長と三菱東京製薬の富沢竜一社長は1日、大阪市で記者会見した。要旨は以下の通り。 ー 合併を決めた理由は。 ー 外資系メーカーとの提携は考えなかったのか。 ー 合併での余剰人員対策などリストラは。 ー 研究開発力はどの程度強化されるか。 |
日経産業新聞 2000/11/30
インタビュー 富沢竜一 三菱東京製薬社長
食われる前に5位連合へ 規模拡大、海外勢と対等に
三菱化学の医薬品子会社である三菱東京製薬と、ウェルファイドが2001年10月の合併に向けた交渉に入った。国内医薬品業界で7位前後、医療用でみれば5位前後に食い込む初の大型合併だ。医薬品業界は国内の医療費削減や外資の攻勢などで厳しい環境が続く。三菱東京製薬の富沢竜一社長は「国内で5位以内でなければ、存在感をもって生き残るのは難しい」と危機感を募らせる。
選択肢少なく
ー 三菱東京製薬は昨年秋、三菱化学の医薬品部門と東京田辺製薬が合併して誕生したばかり。ウェルファイドも吉富製薬とミドリ十字の合併新会社だ。合併後わずか1年で次の合併に踏み切った。
私自身1年というのは少し早いかな、という思いはあるが、これ(合併)には、縁もある。
三菱東京製薬は比較的有力な臨床試験中の製品がそろっていて、今の実力だけでも(現在の20位前後から)3−5年で10位以内に入れる自信はあった。しかしそれでは遅い。やるなら5位以内。発足後1年で合併作業もある程度のメドがつき、次のことを考えても良いかな、というタイミングだった。
親会社の三菱化学も3年間の中期経営計画の中で医薬品事業を売上高2500億円、シェアで5位以内を目指すとの方針を打ち出していた。
ー なぜウェルファイドだったのか。
飯田(晋一郎ウェルファイド社長)さんのことは前から存じ上げていた。医薬品はこれからは売上高が5位以内でなければ、海外の大手会社と(提携などの)話を対等にするのも難しい、などの基本的な考えが一致した。一発(の合併)で必要な一定規模を超えて、しかも気心が通じあう。これを逃すとほかの選択肢はあまり無い。忙しいけど話を詰めようとなった。
社員は自然減で
ー 海外では合併で売上高100億ドル以上の製薬会社がいくつも誕生している。
自分でできるところまでやるが、グローバルブレーヤーに程遠いのは事実。欧米の会社は日本市場を強化しようと水面下で、いや表立ってもかなり動いている。海外製薬会社との連携は必要だが、(提携交渉などで)深みにはまると食われてしまう。
国内5位の基盤ができれば、海外の大手とも一方的な強者・弱者の関係でなく、それなりの大人として話ができるようになる。
ー 合併で海外での臨床試験・販売などができるようになるのか。
研究開発費は400億円規模になる。それぞれ200億円規模のままよりはずっといいが、かなりの部分は人件費だ。規模を拡大し重複を減らすことで、自前で海外臨床試験を実施して承認を得るところまでは行けるが、(海外販売をどうするかなど)さらに次を考えないといけないだろう。
ー さらにもう一回合併する可能性もあると。
すぐにもう一つとはいかないだろうが、先の話として考えることはできる。
ー 新会社は社員数で計9600人(連結、単純合計)の大人数になる。
MR(医薬情報担当者)の数も約1800人と多い。ただ、これまで他社に委託していた製品を将来自社販売するなど、営業力は必要になる。自然減を中心に時間をかけてあるべき姿にしていけるはずだ。
研究拠点の数も7カ所は多すぎるので、いくつかは減らすことになるだろう。これも2、3拠点に急減させる必要はないはずだ。
来年初にも詳細
ー ウェルファイドの米国血液製剤事業は苦戦中だ。
飯田さんも海外の血液事業が今のままでいいのかは課題としている。我々も海外血液事業に魅力はない。そこはウェルファイドの話であって、今回の合併とは別問題と考えている。
ー ウェルファイドは上場企業。三菱東京製薬は三菱化学の子会社。新会社は上場するのか。
まだ合併のための検討委員会を発足させたところだ。存続会社、合併比率、人事など詳細はこれから決める。来年の1、2月中には合併のゴーサインを出したい。こちらは上場に特にこだわらないが、向こうはこだわるだろう。今のところ結論は出ていない。
ー 三菱化学が筆頭株主になる。新会社に三菱の名前が入る可能性は。
それは何とも言えない。ただウェルファイドの前身である吉富製薬も、もとは三菱化学(当時日本化成)と武田薬品工業が設立した会社で、それほど(三菱に対する)アレルギーはないような気がする。
記者から
競争の入り口に 戦略はこれから
三菱東京製薬とウェルファイドの合併交渉入りは、医薬品業界の空気を一変させた。これまで国内の医薬品企業の再編は、中堅企業や食品など異業種が中心。海外の製薬会社の大型合併を横目に、国内大手製薬会社にとって再編は人ごとのような雰囲気があったが、今や「他社の幹部と会えば、ウチとの相性はどうかな、と腹の中で考える」(大手製薬会社幹部)。
高利益率を誇った医薬品業界も転換期を迎えている。富沢社長が自ら指摘しているように、合併新会社はグローバル競争の入り口に立つにすぎない。合併組織をどう運営し今後の成長戦略をどう描くか。両社トップにとっては気心を通じ合うだけではすまない課題が山積みだ。