モンサント社とアメリカン・ホーム・プロダクツ社の合併破談
http://www.netpassport.or.jp/~wyatakad/Monsanto2.html
モンサント社とアメリカン・ホーム・プロダクツ社の合併交渉
1998年10月13日、モンサント社とアメリカン・ホーム・プロダクツ社の合併破談が報じられた。 モンサント社(本社セントルイス)とアメリカン・ホーム・プロダクツ社(本社ニュージャージー州)との合併は350億ドル規模と、ライフサイエンス産業史上2番目(米国では最大)の強者合併として、1998年6月1日に発表された。
同合併はMerger of Equalを想定しており、両社のCEOが共同CEOとなる予定であったが、専門家は、長期的にはアメリカン・ホーム・プロダクツ社のCEOジョン・スタッフォード氏が合併会社の主導権を獲ると分析していた。
また、市場は合併を必ずしも好感せず、モンサント社の株は同社の予想に反し急騰しなかった。
なお、アメリカン・ホーム・プロダクツ社はモンサント社との前にもスミスクライン・ビーチャム社と合併破談となっている。この合併は、成立すれば世界最大の医薬品企業が誕生するところであった。
この合併破談の理由は、スタッフォード氏が合併会社のCEOに固執したためと言われている。
http://www.expressindia.com/fe/daily/19981016/28955024.html
It was AHP's second stumble at the merger altar this year. On January 30, SmithKline Beecham Plc unexpectedly cancelled its merger talks with AHP after 10 days of courtship.
The same day, SmithKline announced it had jilted AHP in order to court its Britain-based Glaxo Wellcome Plc with the hope of forming the world's largest pharmaceutical company.
That romance also foundered, however, when the talks btween SmithKline and Glaxo collapsed acrimoniously on February 23 -- with SmithKline accusing Glaxo of reneging on carefully worked out merger plans.
合併破談とその理由
合併破談の記者会見では、「それぞれの株主にとって最善の措置ではないため双方の同意による」破談が伝えられた。
モンサント社CEOのシャピロ氏は、モンサント社の次の戦略を説明し、その理由の詳細を話そうとしなかった。
なお、合併破談の噂はモンサント社の株価を低迷させていたが、合併破談が発表された直後の取引きでは、株価は14
1/8ドルから36 1/4ドルに跳ね上がった。一方、アメリカン・ホーム・プロダクツ社は5
1/16 ドル下げて44 15/16ドルとなった。
ワシントン大学オーリン・スクール・オブ・ビジネスのレイ・ヒルゲート教授は、「CEOとはほぼ定義からして巨大なエゴを持つ。
対等な共同CEOのどちらか一方は常に、より強大な権力を持つ。
モンサント社CEOのシャピロ氏とアメリカン・ホーム・プロダクツ社CEOのスタッフォード氏のような強力な個性の持ち主同士が上手くやっていくためには、両者の論争を収斂させる仕組みが必要であっただろう。」として、二人のCEOが同等の権力を実際に有することは理論的に説明されるほど容易なことではないことを主張する。
フィラデルフィア州テンプル大学経営学部チャガンティ教授は「CEOという地位の重要性を過小評価してはいけない。
(共同CEO体制では両CEOが)逆説的な役割となり、破談すべくして破談した。」と指摘する。
同教授は、両者の合併は経済的にも戦略的にも的を得たものであり、例え両社の企業文化が相容れないものであるとしても合併する合理性があったと見ているが、それでも企業内の政治力学はこれを上回る懸念を生み出しうると主張する。
モンサント社の資金調達コスト上昇 -
合併破談の悪影響
モンサント社の目下の課題は、新たな企業買収のための資金調達である。
モンサント社では合併破談後も引き続き提携可能な企業を探し続けるとしている。
同社が自力でライフサイエンスの世界で強者であり続けるためには、同社単独による資金調達が不可欠である。
これは鶏と卵の関係であり、合併破談は同社の株式発行または債券発行をより困難にしたと見られている。
実際、合併破談がささやかれてから、同社の債券利子は5.86%(10月5日)から6.73%(10月13日)に上昇し、資金調達コストの上昇が見られた。
スタンダード・アンド・プアーズ(アメリカの債券等格付機関)は、「合併が成立すれば相当な資金調達の柔軟性が確保できたであろうが、モンサント社単独では、現在の格付けに債券総額は縛られてしまうだろう」として、合併破談がモンサント社の信用度について「負の影響」を与えたとしている。
もう一つの主要な格付け機関であるムーディーズでは、合併破談の発表とともに、モンサント社の債券格下げの検討に入り、11月19日に、同社長期債をA2からA1に格下げした。
ただし、プライム1の格付けを得ているコマーシャルペーパーの格付けには変更がなかった。
ムーディーズでは、モンサント社の度過ぎた企業買収は、「非常に戦略的かつ(他の巨大ライフサイエンス企業と競争するために)必須のもの」であるとコメントしている。
証券会社の中には、格下げ自体は大したことがなく、むしろコマーシャルペーパーの格付けが維持されたことの意味が大きいとの声もある。
事業合理化 - 資金調達コスト拡大の影響
合併破談当時(10月13日)、モンサント社CEOのシャピロ氏は、同社の雇用には何らの影響もないとコメントした。
しかし、1ヶ月後の11月11日、同社は財務基盤の強化を理由に、700人から1000人規模の雇用削減と1300人から1500人の雇用を含む事業部門(芝庭部門のソラリス・グループ等)の売却を発表した。
これにより、モンサント社は2ヶ月以内の10億ドル規模の売却益を見込んでいる。
なお、モンサント社のセントルイスでの雇用者は28,000人であるが、セントルイス地元紙は、モンサント社の2,500人の雇用削減を貧困な戦略であるとして痛烈に批判している。
また、同社ではこれと併せ、株式発行による10億ドル、転換社債に似た調整可能転換比率有価証券の発行による5億ドル、債券発行による25億ドルの資金調達を計画した(ゴールドマン・サックスとソロモン・スミス・バーニーにより引受管理)。
株式と有価証券は11月末に計16.5億ドルで取り引きされた。
これらの資金は、DeKalb Genentics Corp.(イリノイ州の種苗企業)の買収25億ドルとDelta
& Pine Land Co.(ミシシッピ州の種苗企業)の買収19億ドルに充てられる。
なお、シャピロ氏はこの2社が最後の主要な買収としている。
アメリカン・ホーム・プロダクツ社による乗取りの可能性
フォーブズ誌が報じたように、合併破談により、乗取り型M&Aによるモンサント社の買収という選択肢が、アメリカン・ホームプロダクツ社にはあったはずである。
しかし、合併合意時に結んだ「(合併破談時の)停止条項」のために、最低2年間はこうした乗取りが画策できないと見られている。
また、モンサント社には12年前から「株主権利」条項にポイゾン・ピル(乗取り型M&Aを受けた場合に、既存株主に株式を廉価で追加売却することにより株式の価値を貶める戦略)があり、アメリカン・ホーム・プロダクツ社がモンサント社を乗取った場合、この条項により、モンサント社株が下落するため、同社はこうした戦略に踏み切れないと見られる。
(参考) モンサント社最近の成果
モンサント社では11月末に米国食品医薬品局(FDA)から新薬(Celebrex,
骨関節炎・リウマチ用医薬品)の認可が降りたことを歓迎している。
米国内の関節炎用医薬品市場は80億ドル市場と見られており、同社子会社であるG.D.Searle&Co.(イリノイ州)と米国最大手のメルク社がシェア争いをしている。今回、SearleがFDA認可を取り付けたことで、数年内に10億ドルの売上げが見込まれているのに対し、メルク社は同様の新薬(Vioxx)の認可申請が遅れたため、早くとも今春以降の市場投入と出遅れた形になった。
同薬品は米国2位のファイザーとSearleとの営業提携を活かして市場投入する。
また、モンサント社の科学者チームは12月8日にホワイトハウスからNational
Medal of Technologyを受賞した。この賞は1980年に米国議会により設立されたもので、今回受賞したのは、同社農業部門プレジデント(Fraley)、同社持続成長部門プレジデント(Horsch)、同社欧州バイオテクノロジー・プロジェクト部長(Rogers)、前同社生物学プログラム部長(Jaworski)の4名。
モンサント社とアメリカン・ホーム・プロダクツ社との合併
http://www.netpassport.or.jp/~wyatakad/Monsanto.html
1998年6月1日に発表されたモンサント社とアメリカン・ホーム・プロダクツ社(ニュージャージー州)との合併はライフサイエンス産業史上2番目の規模(米国では最大規模)のものである。モンサント社はトウモロコシ、大豆、綿、穀類など農業を中心とする遺伝子組換え技術での競争力を持ち、耐害虫性を持つ品種を設計する技術を持っている。また、アメリカン・ホーム・プロダクツは医薬品産業の持株会社となっている。
ライフサイエンス産業における主要な企業合併
時期 合併企業 合併規模 1996年 サンドズ社 チバ・ガイギー社 363億ドル 1998年 アメリカン・ホーム・プロダクツ社 モンサント社 360億ドル* 1995年 グラクソ社 ウェルカム社 143億ドル 1989年 ブリストル・マイヤーズ社 スクイブ社 121億ドル 1997年 ロチェ・ホールディング社 コレンジ社 110億ドル 1994年 アメリカン・ホーム・プロダクツ社 アメリカン・サイアナミド社 97億ドル 1989年 スミスクライン・ベックマン社 ビーチャム社 77億ドル 1995年 ヘキスト社 マリオン・メレル・ダウ社 71億ドル 1988年 イーストマン・コダック社 スターリング・ドラッグ社 51億ドル *アメリカン・ホーム・プロダクツ社とモンサント社の合併規模は6月5日のアメリカンの株価終値(1株当たり51.62ドル)に基づくものであり、公式の数字ではない。
(1) 強者合併
ライフサイエンス産業における過去最大の合併はチバ・ガイギーとサンドズ社との363億ドル規模であるが、今回の合併はこれに匹敵する360億ドル規模であり、技術力と資金力を補完し合い、デュポンやノバティスと競争できるライフサイエンス企業ができあがることになる。バイオ企業各社は今世紀中に「遺伝子バイオのマイクロソフト」になろうと覇権争いをしており、今後さらなる企業合併が起こると見られている。
ワシントン大学オーリン・ビジネススクールのコフ教授は、株式スワップを用いた合併が強者同士をパートナーとして合併することを象徴していると見ており、ライフサイエンス産業で1980年代に見られた大企業によるベンチャー企業の食い倒れとも、それ以前に見られたシナジー効果のないコングロマリット化とも異なる新たな戦略が業界で取られるようになってきたと分析する。
(2) 対等合併 ("Merger-of-Equals")
両者の合併は"Merger-of-Equals"と呼ばれる形態であり、現アメリカン・ホーム・プロダクツ社と現モンサント社の株主は新会社の株式を50%ずつ保有することになると見られる。また、対等合併の象徴として、アメリカン・ホーム・プロダクツ社のCEOであるジョンR.スタッフォードとモンサント社のCEOであるロバートB.サピロは合併会社の共同CEOとなって、的確かつ迅速な意思決定を目指すとしている。また、役員会は両社から11名ずつ参画し22名により構成される予定である。
この対等合併の考え方は、現在アメリカの強者合併で流行しており、トラベラーズ・グループとシティ・コープとの合併やダイムラー・ベンツとクライスラーの合併などでも提案されたものである。弱肉強食型の企業買収でなく、強者同士の合併を象徴する形態として流行っており、共同CEOと両者からの同数参加による新役員会の構成、両者間の株主に同等の発言権を与えるため、迅速な合併合意に至ることができるという特徴がある。
ワシントン大学オーリン・ビジネススクールのヒルゲート教授(企業戦略・組織論)は、共同CEOが組織内で同等の権力を維持することは難しく、ダイムラー社とクライスラー社での共同経営の発想も数日後に解消したように魅力的な形態ではないとして、今回の合併では、長期的にはアメリカン・ホーム・プロダクツ社のスタッフォードCEOが合併会社の主導権を獲ると分析する。
(3) 研究開発
モンサント社は本社近郊に800人超の研究者(うち75%が博士号取得者)を抱える研究所を有しており、他に関節炎に有効な新薬等を開発した医薬系のG.D.Searle&Co.(イリノイ州)を子会社に有している。他方、アメリカン・ホーム・プロダクツ社は、ペンシルバニア州を本拠とし2000人の研究者を抱えるWyeth-Ayerst社、マサチューセッツ州のGenetics
Institute、シアトルのImmunex Corp.などを抱えている。モンサント社がG.D.Searle&Co.を買収した際にも両社の研究者の整理合理化が相当議論された経緯がある。モンサントの医薬品分野での看板商品を作りきれなかったSearleとアメリカン・ホーム・プロダクツ社の医薬品分野の重複は議論になる可能性があるが、モンサント社は合併を発表した後も、米穀物メジャー、カーギルの国際種子部門や欧食品・日用品大手のユニリーバのライフサイエンス分野の子会社を買収するなど、欧米の種子会社を矢継ぎ早に買収している。
また、モンサント社はワシントン大学、ミズーリ大学、ミズーリ植物園など非営利研究機関に対して、毎年1100万ドルをモンサント基金として提供してきており、合併後のモンサントい基金の扱いを非営利研究機関は懸念している。6月中旬にモンサント社は、現在のモンサント本社近くに新設する非営利の植物サイエンス・センターに対して8000万ドル超を投入することを発表しており、モンサント社と非営利研究機関の協力関係は継続すると考えられる。
(4) セントルイスの雇用
モンサント社21,900人の雇用のうち、4,000人がセントルイスで雇用されている。同社では、アメリカン・ホーム・プロダクツ社の農業部門の拠点がセントルイスに置かれるため、この4,000人の雇用規模には概ね影響がないとしているが、モンサント社の医薬品研究者について懸念する見方は強い。
(5) ストックオプション
モンサントは今年4月に役員に対する新たなインセンティブ措置としてプレミアム・オプションと呼ばれるストックオプションを開始することを予定していたが、合併のために制度発足前に無効となった。これは、役員に対してストックオプションを付与せず、購入を義務付けるというものであり、企業で用いられるストックオプション制度の中でも、極めて高い業績向上がなければ購入したオプションからの報酬を得られず、非常に厳しい制度として設計されていた。
(6) 市場の反応
6月1日に対等合併が共同記者会見により発表された後、モンサント社の株価は2.3%のみの上げ幅となり、翌日には87.5セント下落し54.50ドルとなった。アメリカン・ホーム・プロダクツ社の株価は翌日94セント上昇し49.25ドルとなった。市場がモンサントの合併を好感しなかったことに対しモンサント社のロバートR.サピロCEOは強い不満を示した。ただし、今年に入ってからモンサント株価は既に30%上昇しており、今回のような事象が既に折り込み済みであったとの見方もある。
なお、アメリカン・ホーム・プロダクツ社の1株に対し、合併会社の1株が配分され、モンサント社の1株保有に対し、合併会社の1.15株が配分される。これにより、モンサント社の株主は合併会社株の35%に相当する株を保有することとなる。
(7) ソリューシアへの影響
従来からモンサントとアメリカン・ホーム・プロダクツとは化学分野では激しい競争相手であった。モンサントの化学部門を引き継いだソリューシア社では、両社の合併は医薬品業界の合併と受け取っており、同社への影響は皆無としている。
他方、市場関係者の中には、ソリューシアも買収されやすくなったとの見方もある。昨年9月にモンサントが、ライフサイエンスという新規成長分野であり研究開発とマーケティング重視の新モンサントと、低成長分野であり資本集約型の化学会社であるソリューシアに分かれた時点で、企業買収を考えている会社にとっては、両社とも手頃な大きさであり、優位性も明確である点などから、魅力的な標的と見られ得るからである。現にモンサントが合併に至ったことが、ソリューシアも今後、化学業界内での買収の対象となる可能性を高めたと見る向きもある。
なお、モンサントとソリューシアのような医薬と化学の分離シナリオは世界の多くの企業でも採られてきたものである。現在なお医薬部門と化学部門を両方抱えている企業は、デュポン社やドイツの大企業など数社に絞られた。こうした企業では、化学部門が現在の医薬部門や農業部門の発展に貢献したように、バイオテクノロジー部門が化学部門のプロセス革新に貢献することを期待している。これに対し、医薬と化学の分離事例は多い。例えば、Novartis社のスイスでの提携企業は化学事業部を分離した。イギリスのInperial
Chemical Industries社は医薬部門と基礎研究部門を分離した。フランスのRhone
Poulenc社は医薬部門を残し、化学部門を分離した。ドイツのHoechstも化学部門を放棄しようとしているなどの例が挙げられる。
モンサント社100年の沿革
1901 | ジョンF.クィーニ氏がモンサント・ケミカル・ワークを設立(社名は妻のオルガ・モンサントにちなんだもの)。セントルイス工場でサッカリン製造を開始。 |
1920 | ウェルシュ・ケミカル社への経営参画により海外展開を開始。 |
1929 | ゴム化学産業へ参入するなどのため企業数社を買収。 |
1935 | 洗剤製造企業を買収 |
1960代 | 自主開発と企業買収により除草剤とプロセスコントロールを確立、販売開始。 |
1985 | 人工甘味料ニュートラ・スィートと医薬品製造企業のG.D. Searle & Co.を買収。 |
1986 | 石油化学、製紙化学、U.S. Polystyreneと放射性蛍光プラスチックの各部門を売却 |
1988 | Astro Turfなど幾つかの化学部門を売却 |
1989 | 半導体製品部門を売却(現在のMEMC)。 |
1991 | ガス分離部門と飼料部門を売却 |
1992 | プロセスコントロール部門を売却。 |
1995 | オランダのAkzo Nobel社とジョイントベンチャーを形成しゴム化学部門をこれに統合。新会社はスチレン部門を売却し、Merck社のKelco(化学食品部門)を買収。 |
1996 | バイオ企業のCalgene社、Ecogen社、米国の大種苗企業であるDeKalb Genetics社の株式を保有。大豆種苗大企業のAsgrow Agronomicsの他、バイオ研究企業を2社買収。 |
1997 | 化学グループのSolutia社を分離し、「食糧、健康、希望」のスローガンとともに自社をライフサイエンス企業と位置付け直し。トウモロコシの種苗企業であるHolden's Foundation Seeds社を買収。 |
1998 | 44億ドルを投入し、アメリカ主要な綿種苗企業であるDeKalb社とDelta & Pine Land Co.を買収。 |
1998 | アメリカン・ホーム・プロダクツ社との合併を発表。 |