日本経済新聞 2002/11/8

厚労省 処方薬の転用 来年度に緩和
 市販薬広く認める 花粉症予防や不眠改善

 厚生労働省は来年度に薬局、薬店で市販する一般用医薬品の規制を大幅に緩和し、多様な薬を市販できるようにする。医師の処方がないともらえない病院・医院用の処方薬の成分を市販薬にも転用することを広範に認める。病院に通わず市販薬で治療する人を増やして医療保険財政の悪化に歯止めをかけるねらい。花粉症予防薬や不眠改善薬などで新しい市販薬が登場しそうだ。
 厚労省は医薬品業界に対する行政指導の実務指針である医薬品製造指針で、副作用など安全性を重視する観点から、市販薬の用途を「軽い病気の症状の改善」「健康の維持・増進」に限っている。同省は従来もこの指針の範囲内で処方薬の成分を市販薬に転用することを認めてきたが、今回は来年度に專門家らによる検討会を設置して指針を抜本的に見直す。
 具体的には市販薬の用途に「予防」「慢性病による症状の改善」などを加え、処方薬から成分を転用した薬(転用薬)の販売を認める。予防では花粉症を防ぐための内服薬、慢性病関係では高皿圧に伴う肩こりの改善薬など、いまの市販薬より効き目の大きい薬が新たに承認されそうだ。
 市販薬の普及を促すねらいから、こうした転用薬については現在1−2年かかるケースもある製造承認までの時間を半分程度に短縮する。そのため薬品審査などを担当する組織として2004年度に設置する独立行政法人に転用薬の専門審査部署や相談窓口を置く。
 安全対策も拡充する考えで、副作用の状況を調べる市販後調査や薬の情報提供のあり方について具体策を検討する。
 医薬品業界も規制緩和をにらんで動き始めている。佐藤製薬(東京・港、佐藤誠一社長)は転用薬の開発を強化するため、処方薬メーカーなどから人材を中途採用するとともに、アレルギー薬などに必要な有効成分の使用権の取得を進めている。エスエス製薬は発毛や尿漏れ抑制など生活改善薬の分野で転用薬を研究中だ。これらの新しい転用薬は早いもので1、2年後には売り出されるとみられる。
 日本の市販薬の市場は頭打ち状態で、生産高は2000年で約8千億円と全医薬品の13%にすぎない。しかし、これまで承認された転用薬には売り上げが大幅に伸びたものも少なくない。
 たとえば禁煙補助剤「ニコレツト」は昨年9月の発売開始から今年7月末までの小売額が90億円に達し、処方薬に限られていた時の年間5億−6億円から大幅に拡大した。
 今回の抜本的な規制緩和で市販薬への広範な転用が進み、全医薬品に占める市販薬の比率が欧州並みの20%台に高まれば、市場規模は現在の2倍程度になる。

処方薬の成分を使って新たに開発されるとみられる市販薬の例
(厚生労働省の資料より)
薬の対象分野 具体例
病気の予防 ・花粉症によるくしゃみや鼻水の内服予防薬
(現在は点眼、点鼻薬が中心)
原因が明らかな慢性病による
症状の改善・緩和
・高血圧によるのぽせや肩こりの改善薬
・高コレステロールの改善薬
 (現在もあるが新たな有効成分を使う薬を開発)
生活の質の改善・向上 ・不眠や軽い尿もれの改善薬
・発毛促進薬・禁煙補助薬
 (現在もあるが新たな有効成分を使う薬を開発)
軽い病気の症状の改善 ・口唇ヘルペス用塗り薬
・抗生物質入り塗り薬
 (現在はこれらの転用薬はない)

 

 


薬事法改正

『科学新聞』(科学新聞社) 2002 年9 月20 日号
        
http://www.doctrina-md.com/kiyoshi_kurokawa/pdf/theses/20020920.pdf

黒川対談 第一弾   薬事法改正と医薬品開発

 宮島彰(前厚生労働省医薬品局長)
 黒川清(日本学術会議副会長、東海大学総合医学研究所所長)

 国立大学の法人化、大学共同利用機関の再編統合、競争的資金のシステム改革など、日本の研究環境が急速に変わりつつある。これは研究をより国際的にも競合的なレベルに引き上げるための改革といえよう。国の研究投資が急速に増えていることからの当然な対応とも言える。しかし、このような構造改革は、研究環境に限ったことではない。ペイオフ、証券市場・金融システム改革、地方交付税や医療保険制度の見直し、通信規制の緩和等々、数え上げたら枚挙にいとまがない。いわゆる従来の日本を支えていた社会構造全体、“Japan Inc"が「グローバルスタンダード」で通用する社会へと脱皮しようとしているのであり、従来の既得権からの抵抗が強いのは当然であろう。しかし、「国際化の時代」では日本だけの理屈では通用しない。「改革」は待ったなしである。その一助となるべく、いろいろ問題、批判はあるものの、もはや「世界標準」として定着してきているアメリカの大学で長年にわたり活躍し、日本社会の中でも発言し、各界に影響を与えている黒川清氏をホスト役に、様々な分野で中心的役割を果たしている方々との対談を企画した。第一回目の今回は、宮島彰・前厚生労働省医薬局長(対談時には現職)をゲストに、21 世紀を見通した薬事法改正や医薬品開発を中心にお話し頂いた。

医療機器の規制整備(宮島氏)
バイオで産業回復を(黒川氏)

黒川
 宮島局長にお忙しいところを来ていただきました。20 年ぶりの医事法改正というのは、特に製薬関係を含めて大幅にかなりドラスティックに変わってきたようですが、その背景と狙いについて。

宮島
 薬事法は数年おきぐらいに変えていますが、これまで大きな改正は昭和54 年の改正です。残念ながらサリドマイド、スモンといった薬による被害を契機に、大幅な見直しがなされました。
 54年の改正を経て、いわゆる副作用による健康被害防止のための規制はかなり整備され、また被害が起こったあとの救済についても同年に救済基金ができましたので、そういう意味では当時の大きな改正は、それなりの成果を挙げたのではないかと思います。
 ただ残念ながら、その後またHIV やヤコブなど、新たな薬による被害が出ています。これらは副作用と違っていわゆる感染症の被害です。恐らく54年以前は薬の被害といえば副作用が中心で、なかなか感染症というイメージはなかったのではないかと思いますが、それ以後、感染症による大きな被害が起こり、今回も残念ながら後追い的な形で規制をすることになってしまいました。感染症の被害防止のため、今後どう規制するかというのが一つの宿題としてあると思います。
 特に、21 世紀はバイオテクノロジーの時代ということで、生物関係の製品がどんどん広がっていくことが予想されますが、まさにこういったバイオ系統の製品は、副作用もさることながら感染症のリスクが非常に懸念されるので、そういう意味では感染症の被害リスクに対して、どう法律上きちんと安全規制を組み立てていくか。そういうところが今回の改正の一つの課題であったと思っています。
 今回の改正のもう一つの契機となったのは、残念ながら今の薬事法では、自分で薬をつくり、自分で売るという、やや伝統的な業態を前提に組み立てていますので、グローバル化に追いつけていない。逆にネックになるところが幾つかある。そこで、今後のグローバル化、特に国際競争に対応でき、新しい展開を促進するような規制を考えていかなくてはならないので、そういう視点から改正が求められたというのが2つ目だろうと思います。
 具体的な中身としては3つの大きなポイントがあります。1つは、従来「医療用具」と言われていたピンセットなどを中心とするイメージの名前を、今回「医療機器」という名前に変えるとともに、医療機器関係の規制を整備したということです。医薬品についてはかなりいろいろな規制等の整備をしてきましたが、医療機器関係を見ますと、残念ながら法律上の規制も審査の執行体制もかなり遅れが目立つという点もありましたので、そういう意味では医療機器について法律上の規定の整備や、審査体制を医薬品並に整備していくこととしました。先程、ヤコブという健康被害の事例を挙げましたが、これは、医薬品ではなく医療機器で起こっているということも従来にない新しい部分だと思います。そういうものを視野に入れながら医療機器の規制を整備したということです。
 具体的には、医療機器については、従来は大部分が国の承認・審査を要するという形になっていましたが、リスクの低いものから高いものまで、限られた体制で一律に見るという形は非常に効率も悪いので、ハイリスク、ローリスクと大きく2つに分け、ローリスク部分については、いわゆる第三者認証という形で外部の審査機関等に任せる。そのかわり国はハイリスク部分に審査を集中させるという形で、メリハリをつけた規制を行うというのが第1点目です。
 第2点目が、これからはバイオ、ゲノムといった従来の化学合成とは大変異なる生物由来の医薬品が広がってくる可能性があり、そうした医薬品は従来の化学合成にない高い効果も期待されますが、反面、未知のリスクが潜んでいる危険が心配されます。そういう意味で今回、過去の感染被害の反省も踏まえて、今後のバイオ系統の薬品から起こるであろういろんな感染系の被害をできるだけ防止し、仮に被害が起こっても拡大を抑制するという観点から、いわゆる生物由来製品に着目した規制を新たに組み直したということが2点目です。これは、医薬品と医療機器両方にまたがる切り口ですから、従来の縦割りに比べて横断的な切り口で、一つの新しいカテゴリーを設けたという点が新鮮だと思います。
 バイオについては各国とも、これからの新しい分野ということで規制を考えていますが、アメリカのFDA が規制のためのドラフトを現在論議している段階であるのに対して、今回日本の法律がそれを組み込んだことは、欧米の後追いが多かった日本の法律の中で、やや世界に先駆けた形で21 世紀を見通した規制を新しく整備しました。この点は大変意義のあることだと思っています。
 3点目は、いわゆる医薬品産業を中心としたグローバル化の潮流に沿った改正をしようということです。世界の医薬品産業を見ますと、やはりアメリカと日本とEUの三極で世界をリードしているという形になりますので、日本も新しい創薬の魅力ある環境をつくって、内外を問わず国際的な競争の場にしたい。その環境整備の視点から、従来の伝統的な承認、許可制度を全面的に見直しまして、もう少し企業の経営活力ができるだけフリーに発揮できる形にしたいということで、具体的には従来の製造の概念から、いわゆる「元売り」という部分を分離して、新しく元売りについての承認、許可制度を設けました。これによって、例えば
従来部分的にしか認められなかった製造の外部委託の完全なアウトソーシングが可能になりますし、いろんな経営形態がこれから派生してくるのではないかと期待しているところです。
 ただ同時に、安全対策については、法律上、従来責任の所在が不明確なところもあったので、今回は安全対策についての企業責任をかなり明確に規定しましたので、そういう意味では企業経営のフリー化と同時に、安全対策についてはきちんと企業責任を全うしてもらうというものをセットで今回規定を入れたという点が3点目です。
 おおよそ今回の法改正の契機と、中身としてはそんな形のものです。