日本企業が新素材を使った電気自動車(EV)用半導体の量産に乗り出している。電力制御に使われるパワー半導体で窒化ガリウム(GaN)を素材に使うと、EVの走行距離が長くなる。EV向けにGaN半導体が採用されるよう、住友化学などは半導体基板(ウエハー)の大型化・低コスト化にアクセルを踏んでいる。
Innoscience: 2015年12月に設立された世界最大規模のGaN on Si垂直統合型製造会社(IDM)で、世界中から経験豊富なGaN技術者が集合している。
最新の8インチGaN製造装置と研究開発・品質試験・デバイス解析の最新装置を保有し、2019年6月から珠海工場量産(650V品)を開始。
2021年中に新設の蘇州工場でも量産開始を予定。ルネサス エレクトロニクスは、GaNパワー半導体のグローバルリーダであるTransphorm, Inc.の買収を2024年6月20日に完了
Infineon Technologies、GaNシステムズを買収
GaNシステムズ(カナダ)は、GaN トランジスター市場のグローバルリーダーとして、電力変換アプリケーションでGaNのメリットを最大限に利用する
最先端テクノロジーを提供
パワー半導体のなかで、従来のシリコン製と比べ電力の損失が少なく電気の利用効率が高いものが次世代品とされる。GaNのほか、炭化ケイ素(SiC)などが使われる。GaNとSiCはEV向けで競合する。車載充電器やインバーターで利用が見込まれ、大電流・高電圧への対応が求められる。
GaNは電力損失が少ない。EVの充電時間はシリコン製が90分だとするとSiCは20分、GaNは将来5分でできる試算もある。だがEV向けでは現在、コストの低さなどからSiCは採用事例があり先行する。
「EV向けを取れるかどうかが、GaNが普及するポイントとなる」(三菱ケミカルの藤戸健史GaN事業開発部長)。そのためには、大口径の基板を開発することが必要だ。
GaN半導体は、基板の上でGaNの結晶を成長させて造る。基板サイズが大きくなれば基板1枚からたくさんの半導体を造ることができ、生産コストを下げられる。
大型のGaN基板開発に、日本企業は取り組んでいる。住友化学は直径50ミリメートル、100ミリメートルの量産体制を整えた。車向けで最低でも必要とされる大きさ150ミリメートルのサンプル評価を年内にも始め、28年度中の量産を目指す。
住友化学は結晶を速く、分厚く成長させる技術を保有している。レーザーダイオード向けなどで培った量産技術を強みにして「パワー半導体向けで150ミリ、200ミリ基板の開発に注力している」(先端無機製品事業部サイオクス特命の斉藤俊也氏)。
三菱ケミカルグループは100ミリ基板のサンプル評価を始めた。25年中に150ミリも始める予定だ。大型の設備で一度に大量に造ることで生産性を高める。製造コストは従来手法と比べて最大10分の1程度に削減できると見込む。パワー半導体向けで30年度に100億円程度の売上高を目指している。
GaN半導体は電流の流れる方向から大きく2種類に分かれる。現在実用化が進むのは、シリコン基板などの上にGaNの結晶を形成して電気が横に流れる「横型」だ。だがこの構造は、EVで求められる大電流・高電圧対応が難しいとされる。
基板の素材もGaNにして、その上にGaNを積んで垂直に電気が流れる「縦型」もある。縦型は高電圧に対応できるが、基板の大型化が難しいとされ、高コストも課題となっている。
日本企業は縦型の半導体向けで開発を先行させ、主導権を握ろうとしている。豊田合成は種結晶から基板、デバイスまで一貫した開発を進める。GaN結晶を成長させるために、その基となる種結晶を使う。同社は愛知県の拠点に育成炉を増設し、25年3月までに種結晶の生産能力を現在の最大10倍に高める。
三菱ケミGなどと種結晶から基板に至るまでの量産で連携する。豊田合成でGaN事業を担う守山実希氏は「素材開発で課題が見つかってもデバイス側で補うなど、一貫体制により開発効率を高められる」と話す。
独自の手法で基板の大型化に取り組むのは信越化学工業だ。GaNではなく窒化アルミニウムなどを使った基板を手掛け、その上にGaN結晶を作る。9月までに300ミリの開発に成功した。横型を想定しているが、縦型向けに200ミリの基板の製造技術も開発中だ。
GaN半導体の普及には基板の大口径化と同時に、研磨など基板加工の技術も重要になる。GaNは硬い素材のため、研磨にはSiCより3〜4倍の時間がかかるとされる。プロセス全体でコスト低減が求められる。
GaNの物質特性が価格の高さを補うとの見方がある。同じ特性の半導体を造ろうとしたとき、「GaNはSiCの3分の1程度の面積で造れるため、基板レベルで3倍の価格差があってもいいという顧客の声もある」(藤戸氏)。少ない面積で性能を発揮できる強みを訴求していく考えだ。
GaNは青色発光ダイオード(LED)などに使われてきた。その後、パワー半導体では横型を中心にスマホ用充電器などに搭載されている。英調査会社オムディアによるとGaNデバイス市場は30年に世界で23億ドル(約3400億円)超と、23年比で11倍以上に伸びる見通しだ。
日本以外の競合も開発を進めており、GaN基板でも中国メーカーが台頭してきている。新興メーカーを大手が買収する動きも加速している。企業連携も世界で進み、信越化学工業はOKIと協業している。
日本勢が世界で存在感を高めるには、量が期待できるEV向けを開拓できるかにかかっている。EV向けパワー半導体の中でGaNが選ばれ、日本勢が基板やデバイス面で主導権を握る。そのためには、大口径化や高品質さで世界で先行を続けて、自動車や電池メーカーにいかにはやく提案できるかが求められる。