毎日新聞 2024/9/2 東京夕刊
「異端の科学者」が久々に怪気炎を上げている。10年前、青色発光ダイオード(LED)の開発でノーベル物理学賞に輝いた中村修二さん(70)。強烈な個性でたびたび世間をにぎわせてきた偉才が新たに挑むのは、なんと核融合だ。夢のエネルギーと期待されながら「実現は永遠に30年後」と皮肉られる難物だが、中村さんは「やってみせますよ」と自信満々だ。なにやら秘策があるらしい。
「原動力はアンガー(怒り)」。かつてノーベル賞の受賞発表後の記者会見で、全世界に向けてこう言い切ったのは語り草だ。言葉の通り、怒りをバネに駆け抜けてきた。
徳島県の企業、日亜化学工業の研究員時代は「冷遇された」と言うが、創業社長に青色LEDの開発をしたいと直談判した。3億円の開発費を得て独自に改造した実験装置を駆使し、わずか4年で世界初の実用化を成し遂げた。米国の大学教授に華々しく転身すると、企業秘密を漏らしたとして古巣から米国で訴えられた。逆に「発明の対価」を求めて日本で裁判を起こし、1審で200億円を勝ち取った(後に日亜が8億円超を支払うことで和解)。職務発明のあり方に一石を投じることにもなった。日本の画一的な教育や前例踏襲の司法制度を批判した著書も数多い。
その後も青色LEDを発展させた半導体レーザーの開発で業績を残した中村さんだが、新たな目標を定めて日米を往復していると聞こえてきた。かつて密着取材した私は、機会を得て、東京で再会することにした。
「マスゴミ嫌い」を公言しながら、「おう久しぶり!」と屈託のない笑顔で迎えてくれる中村さん。「体力は十分だ」と言い切り、年齢は感じさせない。
なぜ急に、核融合なのか。きっかけは新型コロナウイルス禍だという。「大学に行く機会が減り、自宅で考える間に思い返したんですよ。学生の頃、本当は核融合をやりたかったなと」。高校時代は物理学を志したが「飯が食えん」と教師から言われ、大学は工学部へ。それでも核融合をと京都大の大学院を受けたものの、縁がなかった。
ロシアによるウクライナ侵攻も、かねての思いを後押しした。「原発が攻撃されたでしょう。原発に代わるエネルギーのために何かできんかと考えたら、やっぱり核融合だと」。そんな折、中村さんと旧知の間柄でベンチャーキャピタルを率いる太田裕朗さん(48)から、何かやろうと話を持ちかけられた。奇遇にも京大院出身で核融合を研究していた太田さんとやり取りすると、アイデアが次々と浮かんだ。2022年11月に核融合ベンチャー「ブルー・レーザー・フュージョン」の創業に至った。
「1グラムの燃料から石油8トンを燃やすのと同等の膨大なエネルギーを取り出せる」「二酸化炭素を出さずクリーン」「燃料枯渇の心配もない」。中村さんが挑む核融合はこうした利点があるとされ、世界の注目を集めている。投資家らの視線も熱い。
だが、期待とは裏腹に、実現は遠いままだ。太陽が輝く源と同様の反応を人為的に起こして発電につなげる――この難題に、1950年代から世界の科学者が挑んできたが、成功していない。研究を主導してきた日米欧など30カ国以上が加わる国際プロジェクト「ITER」を巡っては今夏、2025年としてきた実験開始が9年遅れ、34年にずれ込むとの見通しが発表された。3兆円とされる費用もさらに膨らむ。
核融合が難しいのは、水素などを数億度の超高温で原子核と電子がバラバラのプラズマ状態にし、高密度で閉じ込める必要があるからだ。研究の主流は磁場を利用する方法で、ITERも採用している。
だが、中村さんが狙うのは別の、傍流とされてきた方法だ。レーザー光を周囲から当て、狭い領域に圧縮する「レーザー核融合」という。米国の国立研究所が2年前、ごく一瞬だが投入したエネルギーを上回る出力を得ることに世界で初めて成功した。
それでも課題は山積している。核融合に至るにはものすごく強力なレーザーを連続で照射する技術が欠かせない。「簡単に言うとね、今は高出力のパルスを1日に1発しか打てない。これを1秒間に10発打てれば実用化するんですよ。レーザーのパワーで言うと平均出力を10万倍上げればいい」。事もなげに語るが、まさしくノーベル賞級の難易度だろう。でも、達成に向けた秘策があるという。「鏡を使うんですよ。向かい合わせにして光を閉じ込めてね……」
ん、どこかで聞いたぞ。もしや、岐阜県飛驒市の地下坑道で宇宙から伝わる重力波を捉える観測装置「KAGRA(かぐら)」に使われている仕組み?
すると中村さんが愉快そうに笑った。「それそれ。その応用で出力を一気に増幅させる。核融合に使おうなんて誰も考えつかんでしょう」。秘策は「オプティカル・エンハンスメント・キャビティー(OEC)」と称し、重力波を世界で初めて観測した米国の観測装置「LIGO(ライゴ)」のチームや、レーザー核融合に取り組む大阪大などと共同研究を始めた。まず年内にレーザー照射装置を作って秘策の原理を実証し、30年を目標に核融合炉を建設する構想だ。
重力波と核融合。異なる分野の知見を取り入れる独創性は、中村さんの面目躍如といったところか。とはいえ、今から参入して勝算はあるのか。しかも、基幹部分は得意の半導体レーザーではなく固体レーザーを用いるそうで「全く新しい分野。ド素人ですよ」と言うではないか。
でも中村さんは余裕の表情だ。「核融合の状況って、青色LEDを開発した当時と一緒なんですよ。世界中の学者が30年間ぐらい大金はたいて全然できなかったけど、私が入ったらボンと青く光ったでしょう」
実は、青色LEDの研究も後発だった。かつて学界ではセレン化亜鉛という材料が本命視されていたが、難航し「20世紀中の実現は不可能」と言われていた。中村さんは扱いが難しい窒化ガリウムに懸け、先行していた研究者らを抜き去った。「核融合も同じ。長年できない磁場方式は、さらに何十年、何兆円かかるか分かったもんじゃない。新しいアイデアでやるから面白いし、実現の可能性が高いんですよ」
中村さんが言うと説得力を感じるが、かかる費用は青色LEDとは桁違いだ。中村さんの新会社はソフトバンクや伊藤忠商事などから約50億円の調達を決めたが、核融合炉の建設は5000億円以上を要する。国の支援を得ようと、政治家に意義を訴え、挑戦的な研究に助成する政府肝いりの「ムーンショット型研究開発制度」に今夏応募したが「落とされた」という。一方で米国エネルギー省からは支援対象に選ばれた。
「資源のない日本のために頑張ろうと思ったのに蹴られたから。バイバイして米国中心で実験するしかないわね」。中村さんの口調が熱を帯びてきた。「青色LEDの時も論文を出したのに誰も信じなかった。でも、実物を作って見せたら急にみんな信じたんです。核融合も一緒。信じてなくても見ててください。やってみせますよ」
古希にして挑む新たな夢。怒りを原動力にして、また耳目を集めそうだ。【千葉紀和】
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青色発光ダイオード(LED)を開発した功績で2014年にノーベル物理学賞を受賞した、中村修二・米カリフォルニア大サンタバーバラ校教授は今、核融合に挑戦しています。なぜ核融合ベンチャーを立ち上げ、どんな技術的な強みがあるのか。中村さんに聞きました。
《中村さんは22年11月に、米国で核融合ベンチャー「ブルー・レーザー・フュージョン(BLF)」を立ち上げた。レーザーを使って太陽内部と似た核融合反応を起こす。レーザー核融合をめぐっては、同年12月には米ローレンス・リバモア国立研究所(LLNL)のチームが世界で初めて核融合によって投入したエネルギーを超えるエネルギーを得ることに成功し、注目が集まっている》
――核融合に長く関心があったと聞きました。
核融合は元々やりたいと思っていたことです。大学では物理をやりたかったけれど、就職先が無いと言われて工学部に行きました。大学院で核融合研究に転身することも試みたほどです。
15年ごろに米LLNLを訪れ、施設を見せてもらっていました。最後にはブルーレーザーを使うということで、私もブルーレーザーの研究をしてきましたので、レーザー核融合をやりたいと思っていました。
――そこからどうして会社の設立に至ったのでしょうか。
22年初夏、ちょうど日本に行った時に、東京都内のすし店で早稲田大ベンチャーズゼネラル・パートナーの太田裕朗さんと会食をしました。そこでレーザー核融合のことを議論して、ぜひ一緒にやろうという話になりました。核融合に必要な、高出力で連続照射ができるレーザーがどうすればできるのか、色々な問題を調べました。6カ月ほど太田さんと毎日のようにメールのやりとりをしました。そこで新方式のレーザーのアイデアが生まれていきました。
《中村さんのBLFではレーザーに「オプティカル・エンハンスメント・キャビティ(OEC)」という方式を採用する。向かい合わせの鏡を使った共振器で光を閉じ込めて増幅させてレーザーの出力を高める。このレーザーを複数組み合わせることで、核融合に必要なメガジュール級のレーザーを実現するという》