半導体供給網 無数のネック 「国内化」による安全保障に不都合な真実
6月、台湾積体電路製造(TSMC)は日本の半導体製造装置メーカーを訪問するチームを、急きょ派遣した。2021年に世界的に半導体が不足した結果、各国政府によりTSMCは1千億ドル(約13兆円)を投じる計画を強いられた。しかしいま、サプライチェーン(供給網)のボトルネックに直面している。
サプライチェーン管理責任者のJ・K・リン氏と特命チームに、東京エレクトロンやSCREENセミコンダクターソリューションズなどが、一度延長した納期も守れない可能性があると伝えたようだ。
SCREENセミコンダクターソリューションズ(京都市上京区)
長年培った「表面処理」「直接描画」「画像処理」という3つのコア技術を応用展開し、1970年代に半導体製造装置市場に参入。常にお客さまに寄り添い、最適な技術を、最適なタイミングとコストで提供し続けています。
世界トップシェアを獲得し続けている半導体洗浄装置をはじめ、レジスト塗布・現像、熱処理といったウェーハ表面処理装置や、高速かつ高精度に品質をチェックする検査・計測装置など、半導体製造の重要プロセスで活躍する装置を開発することで、半導体の進化の一翼を担っています。
化学薬品による洗浄装置を製造できる世界でも数少ない1社、SCREENは確保に苦労している部品のリストを列挙した。バルブ、パイプ、ポンプ、特殊樹脂の容器まで全てが足りないという。こうした部品が、半導体の世界的な不足の解消を困難にしている。
これは半導体メーカーだけでなく、世界中の政策立案者にとっても不都合な真実を浮き彫りにする。米中の貿易摩擦と感染症流行による混乱の中、各国は半導体製造の「国内化」を決めた。供給網の強靱化を強調するが、それはおとぎ話にすぎない。
半導体製造の裏側には、驚くほど精密な製造プロセスと必要不可欠な数百の原材料、化学薬品、消耗部品、工業用ガス、さらに機器や原材料を供給するネットワークが存在する。中国は官民合わせて合計1兆5千億元(約30兆円)の投資により独自の供給網を国内に構築しようとしているが、完成には程遠い。
欧米、台湾、日本の半導体業界幹部への取材の結果、半導体業界は数十か国をまたいで機能し、これを一つの国や地域で行うのは困難であると判明した。
米ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)の半導体・材料責任者JTスー氏は、70〜80%の自給さえ「非常に難しい」と断ずる。独化学大手BASFの半導体材料担当バイスプレジデント、イエンス・リーバーマン氏は「原材料はどこにあるのか、工場はどこで、輸送は誰がするのか」と問いかける。
「冗談ではなく、1年以上前に注文したバルブやパイプがいま届いている」と台湾の供給業者幹部は打ち明ける。注文した半導体級の基準を満たす部品を供給できる専門企業は5社程度しかなく、原材料も不足する現状では、製造能力を増やすことも難しいという。単なるパイプに見えても、フッ素重合体という特殊樹脂製で、基準が上がり続けている製造施設で用いられる腐食性の化学薬品や超純水に対応しているのだ。
こうしたパイプやバルブをつくれるのは、それぞれ世界に数社しかない。CKDとアドバンス電気工業、米インテグリスはバルブで、ポンプではアステナホールディングスが独占的な企業だ。オーストリアのアグルーとスイスのジョージフィッシャーは配管システムに欠かせないという。
Valve
CKD株式会社 愛知県小牧市
アドバンス電気工業 愛知県春日井市
Pump
“イワキグループ”は2021年6月1日をもって新たに持株会社体制へ移行し“アステナグループ”に
40カ国以上が調印した部品の軍事転用を防ぐワッセナー協約が、さらに複雑な手続きを加える。あるフッ素重合体の一つは米ケマーズとダイキン工業にしか供給できない。フッ素重合体メーカーはベルギーのソルベイ、米国の3M、インドのグジャラート・フルオロケミカルズ、ロシアのハロポリマーがある。しかし、みなが半導体級の材料をつくれるわけではないし、他産業でも必要な素材だ。
Chemours デュポンからのスピンオフとして2015年7月に設立 2015/6/12 DuPont、Performance Chemicals 事業を分離
さらに上流の、原材料の蛍石は中国が世界生産の6割近くを占めるという。
同様の問題が、回路描画に使うネオンや、エッチング加工に使うフッ素ガスの取り扱いに関してもある。どちらもウクライナ、ロシアが主要な供給源である。
また工業用ガスのボンベに使われる超高純度バルブは、ルクセンブルクのロタレックス、ネリキ、ハマイなど5社程度しか供給できない。そうしたバルブは安全上、政府の認証も必要だ。新規参入組が認証を得るには10〜20年かかるという業界関係者もいる。
ROTAREX S.A.
梶@ネリキ 尼崎市
梶@ハマイ
米、EU、日本、インドの政府は、自国の半導体供給網を守るため1千億ドル以上の補助金を投入する。大手半導体メーカーは大型投資を個別に発表している。半導体業界の国際団体SEMIの予測では、世界で20〜24年に91の半導体新工場が稼働する予定だ。
BCGの分析によると、半導体の供給網には少なくとも50のボトルネックがある。米国は半導体設計ツールと23種の機器で支配的立場にあり、日本はウエハー、フォトレジストなどの製法、欧州は工業用ガスで主導的立場にある。
半導体製造過程のどこにも、深い専門化が必要ない部分はほとんどなく、供給網のどの部分も二重化ですら簡単ではない。
特殊化学品の米インテグリスのバートランド・ロイ最高経営責任者は「一定レベルの地域化は可能だろうが、あらゆる場所で製造し、影響力を持つことはできない」と強調する。台湾の半導体製造用化学薬品供給業者サン・フー・ケミカルのサイモン・H・H・ウー社長は「別の場所から輸入する必要があるものは常にある。結局、鉱山や天然資源を隣に持ってくることはできない」と冷静に語る。