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人工芝は紙製 王子ファイバーがマイクロプラ汚染対策

細かく砕けたプラスチック片が分解されずに海中を漂う「マイクロプラスチック」。排出源としてレジ袋や飲料ボトルを思い浮かべがちだが、実は人工芝が大きな原因であることが明らかになってきた。健康や生態系への悪影響が懸念されるなか、日本のメーカーが対策に乗り出した。

 
摩耗で生じるプラ粒子、海へ流出

紙から人工芝を作る。9月中旬、王子ファイバーの幹部らが研究開発の進捗について議論した。

「引っ張る力に対しては合成繊維に負けない強度になってきた」「屋外のスポーツで使うためにさらに摩擦にも強くしていこう」

紙原料の糸の製造を手掛ける同社は、技術力の応用展開の一環として2023年から人工芝の販売を始めた。紙幣にも使われているマニラ麻の繊維で紙をつくり、それを独自の製法で糸にして編み上げる。水に弱い紙の弱点は克服し、環境に負荷をかけない生分解性を強みとして屋内向け市場に参入する段階まできた。「すでに家庭やオフィスのラグの引き合いがある」(平井雅一社長)という。

次のステップは市場規模が大きい屋外向けの人工芝だ。サッカーや野球などスポーツのフィールドに使うには、まだ耐久性が十分ではない。張り替えの頻度を踏まえると、価格は通常製品の4〜5倍程度にしなければ収益化しない。販売開始は2025年度、3年ほどで年間10億円規模の売上高が当面の目標だ。コスト削減に向けて他の原料も模索するなど試行錯誤が続く。

プラスチックごみ問題は深刻度を増している。経済協力開発機構(OECD)の22年の発表によると、19年には世界で年間2200万トンのプラスチックが海や陸上などに流出した。プラごみのなかでも5ミリメートル以下のマイクロプラは飲み水や魚から人間へと取り込まれるリスクが高い。世界自然保護基金(WWF)の資料では、クレジットカード1枚分に相当する約5グラムのマイクロプラが世界の人々の口に毎週入っている可能性が示唆された。

人体への影響については、世界の様々な機関で研究が行われている段階だ。名古屋大学の春里暁人特任講師が海などを漂うマイクロプラを再現したものを、通常実験で使われる投与量の1000分の1以下にして2カ月間、水に含ませてマウスに与えたところ、腸の免疫の働きが落ちた。「ごく微量の投与で安全を確認するつもりだったが、健康に何らかの影響が出るという懸念が残った」(春里氏)

人工芝が問題視されるのは、スポーツ競技などで摩耗するとマイクロプラの排出源となるためだ。パイルと呼ぶ芝部分と根元の隙間を埋めて人の足腰の負担を和らげる充塡剤で構成されるが、パイルはプラスチック製、充塡剤はゴムチップ製が主流だ。

環境問題に取り組むピリカ(東京・渋谷)は20年から21年にかけて、国内120地点で河川や海などに流出したマイクロプラを調査した。質量でみると、人工芝が25.3%を占めて最多だった。発生源を突き止めた同社の調査手法は国連でも導入された。小嶌不二夫社長は「企業は予防的に対処すべきだ」と話す。

EUで規制の動き

規制の動きも出ている。欧州連合(EU)では23年9月、充塡剤などマイクロプラの原因となる部材を意図的に添加した製品の域内での販売を31年以降に禁止することを決めた。24年3月には東京都多摩市が国内で初めて独自の人工芝のマイクロプラ流出対策ガイドラインを公表した。

先頭に立つ日本企業

人工芝はパイルなどの原料を仕入れて編めば一定の品質の製品になるため、中小企業や地場の織物企業が取り扱う事例も多い。世界の参入業者が正確につかめないなか、環境対策の先頭に立つのは日本の大手企業となる。

住友ゴム工業はピリカの調査結果を受け、21年から独自システムの実証実験を始めた。流出経路となる排水溝と施設を囲むフェンスにフィルターやネットを設けたり、人工芝の外周部に流出しづらい高比重の充塡剤を使ったりする仕組みだ。定期的なメンテナンスは必要だが、流出をほぼ防げるという。

同社は新設と張り替えの合算で年間にテニスコート約400面、サッカー場70面ほどの人工芝の敷設を手がけ、国内の面積シェアは4割程度とみられる。ハイブリッド事業本部の長谷川浩氏は「全件にシステムを設置するべく根気よく説明を続ける」と語る。

ミズノはマイクロプラの流出を抑えた人工芝を14年から販売し、現在は人工芝の売上高のほとんどを占める。パイル1本ずつが縮れる特殊な加工を施し、ちぎれにくくした。充塡剤の流出は従来品と比べて新品で84%、摩耗後でも70%少ないという。

環境省が23年に「環境技術実証事業」に選定。同年12月には台湾の「台北ドーム」でも採用された。足元では毎年10%ほど売上高が伸長。スポーツ用品で販売網のある海外展開の拡大を視野に入れる。

カネカは人工芝への導入を視野に同社が開発した生分解性プラ原料の耐久性強化などの研究を進めている。海に流出しても微生物が分解し、最終的に二酸化炭素と水になる強みがあり、使い捨てのストローやフォークなどで利用の裾野が広がっている。

調査会社のグローバルインフォメーションは、人工芝の世界市場が30年には23年比で63%増の57億8千万ドル(約8500億円)に達すると予測する。具体的な健康被害が出てからでは遅い。将来のリスクを率先して極小化する努力は、高い技術力を持つ日本企業が販路を拡大するための武器にもなる。

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日刊工業新聞 2024年02月05日

循環素材「紙糸」に注目…日本紙通商・王子ファイバーが用途拡大

紙商社が扱う「紙糸」が人工芝やスポーツ用ネットをはじめ、紙コップの古紙からの循環素材としてタオルなど布製品へと用途を広げている。そもそも環境に優しい植物由来で、使用削減が進むプラスチックからの代替や脱炭素化で注目される。高品位の紙糸が出される一方、飲料・外食関連企業などが取り組みやすいリサイクルのモデルも誕生した。紙を生業(なりわい)とする企業の取り組みは今後加速しそうだ。

日本製紙系の日本紙通商は、事業所向けに使用済み飲料用紙容器を回収し再資源化、製品化する紙容器アップサイクルプロジェクトを立ち上げた。紙コップの古紙を混ぜた紙糸製品ブランド「choito」を展開し、UCCグループや京橋千疋屋などが参加表明している。

企業が望むタオルやエプロンなどに生まれ変わらせる計画。一般ゴミとして廃棄されがちだった紙容器は一部で段ボールや紙コップへのダウン・水平リサイクルがみられるが、布製品へのアップサイクルは事例が少ない。

メンバーは紙容器専用の回収箱(383ミリ×282ミリ×319ミリメートル)を購入し、活動に参加する。店舗などに設置して一定量にまとまったら発送し、日本紙通商がリサイクル証明書を発行する。布製品は基本、横糸に紙糸を50―100%使い、縦糸には綿糸を使う。古紙配合率は、どんな製品を求めるかなど企業のニーズで変わるという。

一方、国際紙パルプ商事傘下の王子ファイバーの紙糸「OJO+(オージョ)」が人工芝などに相次ぎ採用されている。従来のプラスチック製より軽量で強度や吸放熱性に優れ、化石燃料由来の原料を減らせる。紙糸は日本紙通商のような古紙由来でなく、マニラ麻を原料とする。

オージョを使うゴールネットは、みんなの鳩サブレースタジアム(神奈川県鎌倉市)のサッカーゴールや、フットステージ新前橋(前橋市)のフットサルゴールに採用された。強いシュートに耐えられるよう、紙糸とポリエステルを半々配合している。

また、東京・品川区立の環境学習交流施設「エコルとごし」のキッズスペース内では、毛足(パイル)部分が100%紙糸製の人工芝が設置された。熱が伝わりにくく、真夏環境下の温度は天然の芝生と同等程度。素足にも優しい。

国内では年約140トンのマイクロプラスチックが海洋流出し、プラ製人工芝由来のゴミが多い。国際紙パルプ商事は紙糸製品を通じ、環境対策の周知・啓発を図るとしている。

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エコで安全 紙製人工芝 「脱プラ」海洋流出抑制へ 品川区施設に設置

品川区の環境学習交流施設「エコルとごし」に1月、都内の企業が開発した環境にやさしい紙製の人工芝が設置された。世の中に普及している人工芝の多くはプラスチック製で、海洋流出が問題となっているマイクロプラスチックを生み出す大きな要因とされる。開発企業は「人工芝の『脱プラ』を図っていきたい」と意気込んでいる。

■「柔らかい」

この人工芝を開発したのは、紙原料製品の製造などを手がける「王子ファイバー」。同社は2005年頃、紙製の人工芝の構想を持ち、16年に人工芝製造会社の協力で試験的に製造を始めた。その後、防炎性を高めるなどの改良を重ね、23年7月、屋内使用向けとしての試験販売にこぎ着けた。

原料は、日本の紙幣にも使われているエクアドル産のマニラ麻。同社がマニラ麻を加工して開発した和紙糸繊維「かみのいとOJO+」を長さ10ミリにそろえて隙間なく敷き詰め、着色した。繊維には細かな穴が開いていて、一般的なポリエステルよりも軽く、夏場の日差しを受けても熱をこもらせにくい。紙の弱点である水にも強く、微生物によって分解される生分解性繊維であることが特徴だ。

今回、品川区から紙製人工芝について問い合わせを受け、協議した結果、エコルとごしへ敷くことが決まった。今後、施設内には2年間設置され、経時変化や耐久性、利用者の感想を把握し、更なる改良に生かすという。

エコルとごしの中蔵康之館長は「施設が掲げるテーマに合う人工芝であり、子どもたちが環境に優しい素材に触れ、大きくなった時に環境について考えるきっかけにつながれば」と語る。

■強度が課題

人工芝の多くはプラスチック製で、ゴルフ練習場やテニスコート、サッカー場などで広く使われている。近年、摩耗によって取れたプラスチック片が海洋に流出し、マイクロプラスチックとなって、生態系に悪影響を及ぼすことが懸念されている。

一般社団法人ピリカが20年度に実施した実態調査によると、国内149地点の河川や港湾、湖を調べて、採取したマイクロプラスチックの質量比では、人工芝由来が最も大きく、約25%を占めた。同法人は、人工芝由来が国内から年間22トン流出しているとみており、対策が急務としている。

一方、スポーツなどの屋外使用に向け、紙製人工芝の今後の課題は強度となる。同社の耐久テストでは現状、プラスチック製の10分の1以下だとして、今後の改良で2分の1〜3分の1への引き上げを目指している。王子ファイバーの早瀬照洋営業本部長は「創業から環境への配慮を理念としており、より性能を高め、海洋流出を少しでも抑えられるよう、紙製への置き換えが進むようにしたい」と力を込めた。