アルツハイマー病の4割「誤診」 検査技術の向上課題に

【この記事のポイント】
・アルツハイマー病と診断された患者の約4割に誤診の可能性
・認知症はほかの病気が原因で起きる例もある
・治療薬の登場で早期に正確な診断をする重要性が高まる

認知症の代名詞であるアルツハイマー病と診断された患者の約4割に誤診の可能性があることが最近の研究で分かってきた。有効な検査技術が確立しておらず、ベテラン医師でも症状が似ているほかの病気と見分けるのは難しい。高齢化で認知症は増加を続ける。適切な治療には正確な診断が欠かせない。手軽で信頼性が高い検査技術の開発が必要だ。

厚生労働省のまとめでは、アルツハイマー病は国内の認知症患者の約7割を占める。脳内に原因物質とされる「アミロイドベータ」と「タウ」という2つのたんぱく質が過剰に蓄積するのが原因と考えられており、病気が進行すると脳が萎縮する。認知機能が低下して、記憶障害などが起きる。

 

アルツハイマー型認知症の原因は未だ解明されていないが、進行に伴っていくつかの特有の病変が見られる。例えば、神経細胞の外側では「アミロイドβ」が蓄積して老人班を形成し、神経細胞の中では「タウタンパク」が蓄積してタンパク質が糸くず状に変化したようなもの(神経原繊維変化)が見られるようになる。

約3万人分の脳組織を保存する世界最大級の脳バンクを抱える新潟大学脳研究所は、患者ら計558人の協力を仰ぎ、脳脊髄液を分析した。アルツハイマー病の原因物質の蓄積を推定したところ、患者の4割は別の病気の可能性があることが分かった。

アルツハイマー病と思われた患者の中には別の原因物質によって発症するレビー小体型認知症の人もいた。適切に診断できていれば、「苦痛を和らげる対症療法を講じることもできた」と新潟大の柿田明美教授は語る。

レビー小体型認知症はアルツハイマー型認知症に次いで2番目に多い認知症で、血管性認知症とともに「三大認知症」といわれています。認知症とひとくくりにされがちですが、それぞれ原因は異なり、症状の特徴や進行の仕方にも違いがあります。

レビー小体は、異常なたんぱく質が脳の神経細胞内にたまったもので、主に脳幹に現れるとパーキンソン病になり、さらに大脳皮質にまで広くおよぶと、レビー小体型認知症(DLB)になります。ただし、原因は今のところ十分にわかっていません。

既存の診断法に限界 複数病気を併発

誤診が起きるのは公的保険の対象となる診断法では、精度に限界があるためだ。患者や家族への問診、認知機能を測るテストなどをもとに主に症状から診断する。アルツハイマー病と似た症状の病気と見分けが付きにくい。

診断の難しさは海外の研究でも明らかになっている。米国でアルツハイマー病と診断され、その後、亡くなった高齢患者447人の脳を調べた研究では、アルツハイマー病による脳の異常だけが見られたのは3%のみだった。8割近くは血管性認知症やレビー小体型認知症など別の病気を1つ以上併発していた。症状の原因としてどの病気の比重が高いか、判断は困難だ。

もっとも、これまでは他のタイプの認知症と誤って診断されても大きな問題にはなりにくかった。東京都健康長寿医療センターの岩田淳副院長は「治療薬の選択肢が少なく、効果も似ている。誤っても、ほとんどの場合、治療効果は変わらなかった」と話す。

しかし、アルツハイマー病の進行を抑える世界初の治療薬「レカネマブ(製品名レケンビ)」などの登場で状況が変わった。エーザイと米バイオジェンが開発したレカネマブは原因物質のアミロイドベータに作用する。

早期のアルツハイマー病患者に投与すれば病気の進行を遅らせられる。臨床試験では18カ月後の認知機能の低下を27%抑え、症状の進行を7.5カ月遅らせることを確認した。早い段階での正確な診断が求められる。特に最初に患者を診る一般の病院での診断が重要になる。

病院で投薬対象となる可能性を指摘された患者が、専門の医療機関に紹介されて、原因物質のアミロイドベータが脳に蓄積しているかを詳しく調べる。検査を受けて、原因物質の蓄積が確認されなければ投薬できず、検査は無駄になってしまう。

医誠会国際総合病院の工藤喬・認知症予防治療センター長によると、レカネマブ投与のために患者を検査しても、一定数はアルツハイマー病ではなかったという。アミロイドベータの蓄積を調べるために使う陽電子放射断層撮影装置(PET)検査は、自己負担3割でも1回当たり7万円程度の費用がかかる。入り口の段階で誤診が多いほど医療費がふくらむ。もう一つの検査方法である脳脊髄液検査は背骨から脳脊髄液を採取するため、体への負担も大きい。

原因物質の蓄積 検査を簡便に

高齢化は認知症をより複雑にする。加齢によって、血管が詰まって起きる血管性認知症やレビー小体型認知症にかかりやすくなる。今後、認知症のタイプごとに治療技術が開発される可能性もある。工藤センター長は「入り口の段階で、血液検査などの比較的簡単な手法で診断する技術開発が今後重要になる」とみる。

健診施設や地域の病院でも扱える血液検査の技術を開発できれば、健康診断にも活用できる。量子科学技術研究開発機構(QST)は製薬企業と連携し、血液検査技術の開発を進める。

27年をメドに血液などから、脳内の原因たんぱく質の蓄積具合を調べる技術を開発する。医療機関で臨床研究を進めて実績を積んでから、30年頃には医療機器として承認を得て普及させる。実現すれば、無駄な投薬や検査を減らすことができ、医療資源の効率的な配分につながる。

〈Review 記者から〉病気の仕組み解明も不可欠

アルツハイマー病の発症や進行の仕組みはまだよく分かっていない。世界で初めて症例報告されたのは1906年。91年に英研究者が「アミロイドベータ仮説」を提唱し、脳にたまるたんぱく質のアミロイドを取り除く治療薬の研究が盛んになった。だが、その後、治療薬の開発は失敗が続いた。

2022年の米研究者らの論文によると、04〜21年に約100種類の薬の候補が効果を確認する臨床試験(治験)に進んだ。しかし、ほとんどが失敗した。最終段階の治験までにかかる費用は約57億ドル(約8000億円)と全治療薬の平均の2倍以上にのぼる。

アミロイドベータが病気に関わっていることはほぼ確実とされるが、原因はそれだけではない。生きている人の脳の組織を取り出すことはできないため、病気の進行の経過を詳細に追うのが難しい。

検査技術の向上はアルツハイマー病を含む認知症のメカニズムの解明や治療薬の開発にも必要だ。簡易な検査技術ができ、取得したデータを活用すれば、これまで見えなかった認知症になるまでの過程をつぶさに確認でき、病気の仕組みの解明に役立つ。

治療薬候補の安全性や有効性を調べる治験も効果的に進められる。これまで、有効な検査技術がなかったため、治験で適切な患者を選べなかった可能性がある。認知症の原因をきちんと検査できれば、治験対象となる患者の選定や効果の検証に役立ち、新薬開発につながる。

(松浦稜、藤井寛子)

アルツハイマー病

認知症の要因となる病気の一種で、男性よりも女性に多く発症する傾向がある。患者には脳内にシミのような老人斑や、神経細胞が糸くずのように絡まった神経原線維変化が生じる。老人斑などは正常な高齢者の脳内にもみられることがあるが、アルツハイマー病では脳の広い領域に出現する。
アミロイドベータというたんぱく質が異常に凝集して固まりとなり、別のたんぱく質や神経細胞に作用して病気が進行するという「アミロイド仮説」が病気の仕組みと想定されている。世界保健機関(WHO)によると世界の認知症の患者数は2023年時点で約5500万人に上り、高齢化によって50年には2.5倍の1億3900万人に増える。