国立がん研究センターとエーザイ、エーザイの標的タンパク質分解誘導薬E7820の腫瘍縮小効果を確認
2024年9月12日 国立がん研究センター/エーザイ
標的タンパク質分解誘導薬E7820の腫瘍縮小効果をJ-PDX(日本人がん患者由来組織移植モデル)で確認し、医師主導治験を開始新規抗がん剤開発を加速させる創薬研究システムの確立をめざす
国立がん研究センターとエーザイは、新規抗がん剤開発を加速させる創薬研究システムの確立をめざし、日本医療研究開発機構(AMED)の医療研究開発革新基盤創成事業(CiCLE)の支援により、「希少がんならびに難治性がんに対する抗がん剤治療開発を加速させる創薬研究手法に関する研究」を2021年より実施しています。
本研究において、国立がん研究センターとエーザイは、エーザイ創製の新薬候補E7820について、国立がん研究センター研究所が構築している日本人がん患者由来の腫瘍組織を免疫不全マウスに移植した動物モデルであるJ-PDX(patient-derived xenograft)のライブラリーを用いて非臨床試験を行い、42のPDXモデル(膵がん12モデル、胆道がん12モデル、胃がん9モデル、子宮体がん9モデル)で薬効を評価しました。
その結果、E7820 100 mg/kg投与によって42モデル中16モデル(38.1%)、胆道がんでは12モデル中7モデル(58.3%)、子宮体がんでは9モデル中5モデル(55.6%)で、腫瘍の縮小が観察されました。PDXモデルは治療効果の予測精度が高く、臨床データとPDXモデルの反応性の間に高い類似性があることから、本研究の結果は胆道がんおよび子宮体がんにおいてE7820の腫瘍縮小効果を示唆しています。
さらに、E7820の腫瘍縮小効果と相関するバイオマーカーを探索するため、PDXモデルの全エクソンシークエンスを実施したところ、腫瘍縮小効果が認められたPDXモデルにおいては、BRCA1、BRCA2またはATMといった、DNA修復機構の一つである相同組換え修復(HRR)関連遺伝子の変異が高頻度に認められ、当該遺伝子変異がE7820の有効性のバイオマーカーとなる可能性が示唆されました。
本研究成果は、査読付き学術誌「npj Precision Oncology」に掲載されました。
これらの結果に基づき、国立がん研究センター中央病院および東病院は、固形がんに対するE7820の日本人における安全性および有効性を評価する第I相医師主導治験(NCCH2303)を開始しました。本試験において、E7820の忍容性の確認および推奨用法・用量を決定した後、国立がん研究センターとエーザイは、特定のがん種やバイオマーカーを有する固形がんに対する有効性を確認する第II相、さらには承認申請用試験の実施を検討し、薬事承認をめざしてまいります。また、本研究で構築したシステムを、新規抗がん剤開発を加速させる創薬研究システムとして確立をめざします。
PDXモデルは、がん患者さんの腫瘍組織を免疫不全マウスに直接移植することによって作成するがんモデルの一つで、非臨床試験や研究に活用されています。
PDXモデルは、元のがん患者さんの腫瘍の不均一性と遺伝子変異の多くを維持しており、従来用いられてきた細胞株や、細胞株をマウスに移植したモデルマウスと比較して、治療効果の予測精度が高く、臨床データとPDXモデルの反応性の間に高い類似性があることが報告されています。
国立がん研究センター研究所は、臨床情報を付帯した日本人がん患者由来のJ-PDXライブラリーを2020年に構築し、がん種横断的に651モデルのPDXを保有し(2024年7月3日時点)、創薬開発での活用が進んでいます。
エーザイは、がん領域を戦略的重要領域の一つとし、グローバルに承認を取得した微小管ダイナミクス阻害剤エリブリンメシル酸塩(製品名:ハラヴェン®)とマルチキナーゼ阻害剤レンバチニブメシル酸塩(製品名:レンビマ®)に関する経験を活かしながら、Deep Human Biology Learning創薬体制のもとで新たな標的や作用機序を有する革新的新薬を創出し、がんの治癒の実現に向けて貢献することをめざしています。
E7820は、選択的なタンパク質分解に関わるDCAF15とスプライシング因子RBM39を結合させる分子糊として作用し、RBM39を選択的に分解するスルホンアミド系抗がん剤です。本作用によってRNAスプライシング注7の異常が誘導され、がんの増殖を抑える効果が期待されます。海外ではE7820を用いた臨床試験の実績があります。
図1
E7820は、スプライシング因子RBM39をユビキチンリガーゼDCAF15と結合させます。
ユビキチンリガーゼ複合体に取り込まれたRBM39はユビキチン化され、プロテアソームによって分解されます。
RBM39の分解によってスプライシング異常が誘導され、抗腫瘍効果が発揮されます。
国立がん研究センターとエーザイは、「希少がんならびに難治性がんに対する抗がん剤治療開発を加速させる創薬研究手法に関する研究」において、エーザイ創製の新薬候補品に対して、J-PDXを用いて臓器横断的に非臨床試験を行い、希少がんならびに難治性がんを対象に医師主導治験を実施し、臨床での有用性を確認するとともに、承認申請をめざしています。さらに、治療前後の腫瘍組織からPDXを樹立し、薬剤応答性ならびにがんゲノムの比較解析を行い、新規創薬ターゲットの探索と薬剤耐性機序の解明に取り組み、新たな創薬への展開について検討を進めています。これらの取り組みにより、新規抗がん剤開発を加速させる創薬研究システムの確立をめざしています。
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2021年5月14日プレスリリース
国立研究開発法人国立がん研究センターとエーザイ株式会社が治療効果予測能が高いPDXとがんゲノムデータを用いた「希少がんならびに難治性がんに対する抗がん剤治療開発を加速させる創薬研究手法に関する研究」を開始
https://www.ncc.go.jp/jp/information/pr_release/2021/0514/index.html
42のPDXモデル(膵がん12モデル、胆道がん12モデル、胃がん9モデル、子宮体がん9モデル)に、E7820を100 mg/kgもしくは200 mg/kgを21日間連日経口投与し、スクリーニング評価を実施しました。
その結果、腫瘍の有意な縮小(薬剤投与した群における腫瘍体積の増加率<-30%)が観察されました。全奏効率は、本剤100
mg/kg投与で38.1%(16例)、200 mg/kg投与で54.8%(23例)でした。100
mg/kg投与で最も奏効率が高かったのは胆道がん(58.3%)、次いで子宮体がん(55.6%)、胃がん(33.3%)でした。最も奏効率が低かったのは膵がんの8.3%で、がん種によって効果が異なることが分かりました(図3b)。した。
E7820感受性に関連する分子マーカーを同定するために、全エクソンシークエンスおよび全トランスクリプトーム解析を実施しました。全エクソンシークエンスによる変異解析により、BRCA1、BRCA2またはATMといったHRR関連遺伝子の変異が薬の効果が認められたPDXにおいて高頻度に認められました。変異のあるPDXと変異のないPDXのE7820感受性を比較すると、ATM変異は感受性群に有意に濃縮されており(p=4.5×10-3, FDR=0.14)、BRCA2変異も感受性群に濃縮されている傾向にありました(p=4.8×10-2, FDR=0.51)。対照的に、TP53は非感受性群で有意に変異が認められましたが(p=5.9×10-3, FDR=0.14)、この濃縮は膵がんにおけるTP53の高変異陽性率に関連している可能性が考えられました。
最近の報告では、E7820がいくつかのHRR遺伝子のRNAスプライシングに影響を与えることが示されていましたが、HRR経路の機能喪失であるHRDがE7820の反応性を予測するバイオマーカーとなることは示されていませんでした。PDXモデルによるスクリーニングでは、HRD陽性腫瘍に顕著な腫瘍縮小が認められたことから、本化合物に長期的に曝露されると、増殖抑制が生じるのではないかと予想しました。そこで、BRCA2をノックアウトした大腸がん細胞株(DLD1-BRCA2-KO)またはノックアウトしていない親株(DLD1-P)を短期培養(3日間)または長期培養(12日間)して薬効を評価しました。DLD1-BRCA2-KO細胞は、DLD1-P細胞に比べ、12日目のE7820に対して高い感受性を示しました。
DNA損傷応答に関与する他の遺伝子がE7820に対する感受性に影響を及ぼすかどうかをさらに調べるため、DLD1-P細胞においてATM、ATRまたはBAP1遺伝子をノックアウトし、次いで薬物投与したとこころ、DLD1-P細胞はE7820に感受性を示すようになることが明らかになりました。
DLD1-BRCA2-KOはE7820に感受性を示したことから、E7820の曝露はDNA損傷を引き起こす可能性があると考えました。DNA二本鎖切断のマーカーであるγH2AXの発現を、E7820またはPARP阻害剤であるオラパリブで72時間培養した細胞で評価したところ、E7820(1μM)投与はオラパリブ(1μM)投与よりも多くのγH2AXの出現を誘導しました。
E7820がどのようにDNA二本鎖切断を誘導するかを明らかにするために、全トランスクリプトーム解析を行い、6つのがん細胞株でE7820処理により共通して発現上昇または発現低下する遺伝子を評価しました。その結果、1,655個の発現上昇遺伝子(fold
change >1.1)と2,787個の発現低下遺伝子(fold change
<0.9)が3つ以上の細胞株で観察されました。発現低下した遺伝子に濃縮していた細胞内パスウェイには、「ヌクレオチド除去修復」、「遺伝性乳がん関連シグナル」、「DNA損傷反応におけるBRCA1関連」といったDNA損傷修復に関連するシグナル伝達経路が含まれていました。これらの経路に関連する遺伝子として、PALB2、BRIP1、BRCA1、RAD50、MRE11、ATR、FANCファミリー遺伝子などのHRR関連遺伝子ならびに、XPCやERCC2のようなヌクレオチド除去修復(NER)に必須な遺伝子も含まれていました。次に、E7820によって誘導されるスプライシング異常を調べたところ、DLD1-PとDLD1-BRCA2-KOの両方において、イントロンの保持が薬剤投与で最も増加したスプライシング異常であり、最も減少したスプライシング異常はシングルエクソンスキッピングでした。また、薬剤投与により発現低下したDNA修復に関連する41遺伝子のうち25遺伝子(61%)に、イントロンの保持が誘導されていました。
mRNAのミスプライシングは、対応する成熟タンパク質の翻訳に重大な影響を与えます。そこで、DLD1-BRCA2-KO細胞におけるFANCD2とFANCAのタンパク質レベルを測定しました。E7820投与により、FANCD2およびFANCAタンパク質のレベルは、時間依存的に顕著に低下しました。重要なことに、FANCD2/FANCAタンパク質レベルの減少は、γH2AXの蓄積とカスパーゼ-3の切断(細胞のアポトーシスの特徴)と一致していました。
これまでの抗がん剤開発での課題の一つには、治療効果予測に用いる細胞株による実験モデルでの予測能が低いことが挙げられます。一方でPDXは、がん患者さんのがん組織を免疫不全マウスに移植し腫瘍を再現する動物モデルで、がん組織の特徴を保持できるため、高い再現率を有するとの報告があり、創薬利用が急速に進んでいます。国立がん研究センターでは、子宮がん肉腫患者さんから作製したPDXモデルでの抗HER2療法の効果予測と臨床で有効性が一致していることを確認しています。*
国立がん研究センターが構築した日本人がん患者由来の大規模PDXライブラリー「J-PDX」は、1. 臓器横断的にPDXを樹立し、メジャーながんに加え、希少がん(骨肉腫・横紋筋肉腫など)、アジアに多いがんにも注力したこと、2. 手術検体だけでなく薬剤耐性期の検体からもPDXを樹立したこと、3. 治療歴を含む詳細な臨床情報を付帯したPDXであることが特徴で、新規抗がん剤開発での活用促進、開発の加速が期待されます。
* 2023年4月10日プレスリリース
子宮がん肉腫でトラスツズマブ デルクステカンによる抗HER2療法の有効性を確認
PDXモデルでの効果予測とも一致し希少がんの治療開発への道を開く