HIV事件に関する最終報告書    三菱ウェルファーマ 2007/7/9

 

 

HIV事件とは

1 概要

 1980年代、にわかに出現したエイズという感染症の脅威に直面した人類は、世界的な規模でウイルス学者、関係専門医、製薬企業、行政当局等の英知を結集して原因の解明と対策の樹立に努めたが、その過程で、エイズの発症原因の一つとして、HIVが混入した血液製剤の存在がクローズアップされ、治療のために投与された血液製剤によって多くの血友病患者等がHIVに感染し、エイズを発症するという状況が次第に明らかにされてきた。
 この血液製剤によるHIV感染ないしエイズ発症が「HIV事件」、「薬害エイズ事件」等と呼ぱれる過去の医薬品による幾多の健康被害事件の中でも、史上希に見る悲惨な出来事である。
 この被害状況を巡っては、欧米各国で損害賠償請求訴訟や刑事訴追等、関係各方面への責任追及が行われたが、日本においても、1989年、感染被害者が国と製薬企業に対して損害賠償請求の訴えを提起し(いわゆる「薬害エイズ訴訟」。以下「HIV民事訴訟」という。)、1996年に裁判所の勧告によって和解が成立した後も、医師、厚生省担当者、ミドリ十字役員に対する刑事訴追やミドリ十字の株主がその役員の責任を追及した株主代表訴訟が相次いで提起された。

 

 

2 HIV事件を巡る訴訟事件

(1) HIV民事訴訟

 1989年、非加熱製剤の投与によりHIVに感染したとする被害者らが、国および製薬企業5社(ミドリ十字、バイエル薬品、バクスター、化血研、日本臓器)に対して、東京地裁と大阪地裁に損害賠償請求訴訟を提起した。
 この訴訟では,医師、学者、米国政府当局職員等の証人尋間等が実施され、原告・被告双方の主張立証が進められた後、東京地裁においては1995年3月、大阪地裁においては同年7月に審理が終結したが、結審後の同年10月、両裁判所から原告・被告双方に対して和解勧告および第1次和解案の提示があり、当事者間の折衡を経て、翌1996年3月には第2次和解案が提示され、同月29日和解が成立した。

1996年2月に菅直人厚生大臣が謝罪し、3月に和解が成立した。

 なお、この和解の当事者とならなかった被害者については、訴訟上一定の手続を踏んだ上で、同一内容にて和解することとされ、1996年3月の和解以降、2007年6月末現在までに1,378名の被害者と和解が成立しており、現在もなお係属中の訴訟がある。

(2) 刑事訴訟

@元帝京大学副学長 安部英 業務上過失致死事件

 1996年9月、帝京大学医学部附属病院における1985年5月、6月頃の非加熱製剤(日本臓器の非加熱製剤)の投与によって、血友病患者がHIVに感染し死亡したという被害事実について、元帝京大学副学長である医師安部英が、業務上過失致死罪にて東京地裁に起訴された。この事件では、被告人において公訴事実を争っていたところ、2001年3月に無罪の第1審判決があり、その後検察官の控訴があったが、2005年4月に被告人が死亡したため、公訴棄却となって終結している。

A元厚生省生物製剤課長 松村明仁 業務上過失致死事件

 1996年10月、上記帝京大学ルート刑事事件および後述のミドリ十字元3社長業務上過失致死事件で採り上げられた2件の被害事実について、厚生省の元生物製剤課長である松村明仁が、業務上過失致死罪で東京地裁に起訴された。この事件では、被告人においていずれの公訴事実についても争っていたところ、2001年9月、帝京大学ルート刑事事件における被害事実については無罪、ミドリ十字ルート刑事事件における被害事実については執行猶予付有罪(禁鋼刑)の第1審判決が出され、その後検察官・被告人双方が控訴したが、2005年3月、東京高裁において双方の控訴が棄却された。
 被告人は、現在上告中であるが、検察官は上告しなかったので、帝京大学ルート刑事事件での被害事実については無罪が確定している。

Bミドリ十字 元3社長 業務上過失致死事件

 1996年10月、大阪医科大学附属病院における1986年4月の肝臓病治療の際に、止血を目的とした非加熱濃縮第\因子製剤(クリスマシン)の投与によって,患者がHIVに感染し死亡したという被害事実について、ミドリ十字の当時の歴代3社長(松下廉蔵・須山忠和・川野武彦)が、業務上過失致死罪で大阪地裁に起訴された。
 この事件では、被告人3名とも公訴事実を争わなかったため、情状面の立証を進めていたところ、2000年2月、それぞれ禁鋼刑に処する旨の有罪判決があり、これに対して被告人3名は控訴したが、被告人川野武彦は死亡のため公訴棄却となり、その余の被告人2名については、大阪高裁が第1審判決を破棄し、刑期が短縮された。
 被告人2名はこれをも不服として上告したが、2005年6月に上告棄却となり、被告人有罪の控訴審判決が確定している。

(3) 株主代表訴訟

 株主代表訴訟は、1996年7月および8月に、ミドリ十字の2組の株主が、ミドリ十字役員の職務遂行上の注意義務違反によって、HIV民事訴訟での和解に基づく金員支払という損害を会社に与えたことを理由として、ミドリ十字の役員の損害賠償を求めて大阪地裁に提訴したものである。
 この訴訟では、役員の注意義務違反の存否や損害等が争点となり,ミドリ十字の米国子会社であるアルファ社の対応やミドリ十字とアルファ社との連携状況を巡つて主張や立証が進められていたが、裁判所から和解の打診があり、2002年3月13日、原告および被告、これに利害関係人として三菱ウェルファーマが参加した形で和解が成立した。

 本件和解の骨子は以下のとおりである。

<和解条項の骨子>

1   役員側(9名)は、三菱ウェルファーマに対し、連帯して、和解金として、1億円を支払う。
     
2    三菱ウェルファーマは、ミドリ十字のHIV薬害事件に関する最終報告として、ミドリ十字ルート刑事事件における押収資料が検察庁から還付された場合には、社外有識者1名を加えた調査委員会を社内に設置し、資料還付後1年以内に、同刑事事件の記録、還付資料および社内に現存する書類を総合的に分析し、ミドリ十字がHIV薬害事件の惹起を阻止できなかった原因について調査検討し、薬害事件の再発防止策についての提言をとりまとめる。
     
3    三菱ウェルファーマは、上記調査結果を踏まえて改善すべきところがあれぱ速やかに改善するとともに、上記再発防止策についての提言、並びに、医薬品の安全性を確保するために整備された社内の仕組みについて、株主に対して報告する。

 


一次和解勧告 1995/10/6

 輸入血液製剤の投与でエイズウイルス(HIV)に感染した血友病患者や家族が、国と誓約会社5社に損害賠償を求めているHIV訴訟で、東京、大阪両地裁は6日、被告側が国4、製薬会社6の割合で、原告に感染者一人あたり4500万円を支払う内容の第一次和解案を提示した。東京地裁の魚住庸夫裁判長は和解勧告の所見で、「被告らには原告らのHIV感染に重大な責任がある。被害の特質を考慮すれば、和解による早期かつ全面的解決を図ることが望ましい」と述べ、関係者が解決に向けた決断を迫った。原告側は高く評価、国など被告側もこの案での和解交渉に応じる見通しだ。

和解案骨子
@原告の感染者、発症者、死亡者全員に一人一律4500万円を払う。
A和解金の負担割合は製薬会社6、国4とする。
B原告らが和解成立時までに製薬会社など出資の友愛福祉財団から受けた給付金のうち、特別手当、遺族見舞金、遺族一時金の5割に相当する額を和解金から控除する。
C未提訴者についてはなお協議する。
D和解一時金による救済を補完する恒久対策はなお協議する。

 この日の和解案については東京、大阪両地裁が統一的な解決を図るため協議し、同時に提示した。両訴訟の原告被害者数は計219人。被告は両訴訟とも共通で国のほか、企業はミドリ十字、財団法人化学及血清療法研究所、バクスター、バイエル薬品、日本臓器製薬の5社。

◆原告らの被害を放置することは許されない
 所見(東京地裁)はまず、原告らの被害について「先天的疾患である血友病患者の原告らが、医師の勧めに従い、ひたすら有効な薬剤だと信じた非加熱製剤に混入していたエイズウイルスに感染した」と、被告の特殊性を指摘。何の落ち度もない原告らが、悲惨というほかないような死に至る苦痛を甘受せざるを得ないいことは社会的、人道的に決して許されない、と救済の必要性を述べた。

◆製薬会社、国は救済責任がある
 さらに所見は、1982年7月以降、米国で血液製剤を使用する血友病患者の間でエイズが発生していた事実や、国内でも83年にはバクスターがエイズの疑いのある人の血液を原料にした製剤を自主回収し、厚生省に報告していたことなどを指摘。「当時エイズの原因は不明だったが、血友病患者の場合に限り、血液または血液製剤を介して伝染するウイルスによるとみるのが科学者の常識的見解になっていた」と述べた。
 こうした事情を踏まえ、
@製薬会社は85年まで非加熱製剤の販売を続けた
A厚生大臣は薬事法の緊急命令の権限を使って非加熱製剤の販売を一時停止すべきだったのに、有効な対策を取らなかったーーと被告の法的責任を事実上認めた。そのうえで「製薬会社が第一次的な救済責任を負い、国も早急に救済する責任を果たすべきだ」とした。

◆早期・全面的に救済する和解が必要
 しかし、所見は、このまま裁判で判決を出せば、最終的に確定するまで被害の救済が行われないという問題点を重視。「一刻も早く和解によって原告らHIV感染者の早期かつ全面的救済を図ることがぜひとも必要で、一律かつ平等に救済する内容でなければならない」と述べ、和解の成立に向けた関係者の努力を促した。

スモン訴訟の和解では、国について「スモン問題の責任を認め、空前のスモン禍が発生するに至ったこと、その対応に迅速を欠いたことに遺憾の意を表明する」としたうえで、負担率を3分の1にした。
今回は、一次的責任は製薬会社としたものの、国にも救済の責任を厳しく課した。
和解額は、74年のサリドマイド訴訟の3700万円、79年のスモン和解の基準額2500万円がある。だが、長い長月を経た今、一律一人当たり4500万円は、患者にとって多い額とはいえない。
エイズ薬害では、血液製剤で感染した血友病患者は約1800人おり、5月末段階で350人以上が亡くなっている。感染者、患者は、原告以外にも1千人以上いる。
裁判所が、感染者、患者ら症状の区別なく、一律の和解金を示したのは、こうした事情を勘案したものだ。(朝日新聞)

サリドマイド訴訟
サリドマイドは「安全な」睡眠薬として開発・販売されたが、妊娠初期の妊婦が用いた場合に催奇形性があり、四肢の全部あるいは一部が短いなどの独特の奇形をもつ新生児が多数生じた。日本においては、諸外国が回収した後も販売が続けられ、この約半年の遅れの間に被害児の半分が出生したと推定されている。大日本製薬と厚生省は、西ドイツでの警告や回収措置を無視してこの危険な薬を漫然と売り続けた。米国のFDAが認可せず、治験段階の約10人の被害者に留めたこととは対照的な結果となった。
1974年10月13日、全国サリドマイド訴訟統一原告団と国及び大日本製薬との間で和解の確認書を調印、続いて26日には東京地裁で和解が成立した。以後、11月12日までの間に、全国8地裁で順次和解が成立した。

スモン訴訟
スモン(SMON)は、腹部膨満のあと激しい腹痛を伴う下痢がおこり続いて、足裏から次第に上に向かって、しびれ、痛み、麻痺が広がり、ときに視力障害をおこし、失明にいたる疾患である。膀胱・発汗障害などの自律障害症状・性機能障害など全身に影響が及ぶ。
国と製薬会社の武田薬品、日本チバガイギー、田辺製薬に対する裁判が行なわれた。
スモンは、整腸剤「キノホルム」を服用したことによる副作用だと考えられている。1970年8月に新潟大学の椿忠雄教授が疫学的調査を踏まえてキノホルム原因説を提唱し、厚生省はこれを受けてキノホルム剤の販売を直ちに停止した。
田辺製薬はウイルス説を全面展開し和解を拒否してきたが、1979年、キノホルムとスモンの因果関係を認める「可部和解の三条件」を全面的に認め、437人の和解に調印した。
このスモン被害者の運動は1979年9月の薬事二法成立の原動力となった。同年9月15日には、東京地裁の斡旋によって国及び製薬企業がその責任を認め、被害者救済の道筋を定めた確認書に調印し、当時の厚生大臣が謝罪するとともに、薬害根絶の努力を約束した。

 


1996/3/7 二次和解案

東京、大阪両地裁による第二次和解案と、東京地裁が示した所見の要旨は次の通り。
 (◇で始まる部分は和解案、◆で始まる部分は所見の内容)

◇和解の対象者
 本和解は、第四次訴訟までの原告らを対象にする。第五次以降第八次訴訟までの提訴済み原告らについては和解成立後速やかに、未提訴の患者と遺族については訴えの提起を待って、非加熱濃縮製剤の使用によるHIV感染の事実についての証拠調べを実施したうえ、順次和解の対象とする。

◇健廉管理手当(仮称)
 国は和解成立後も「エイズ発症予防に資するための血液製剤によるHIV感染者の調査研究事業実施要領」に基づくエイズ発症前の感染者に対する健康管理費用の給付を継続し、その拡充に努める。
 国及ぴ製薬会社は、HIV感染者でエイズを発症しているものに対し、一人当たり月額15万円を給付する。国の負担割合は4割とする。

◆現行の制度としては、国の「エイズ発症予防に資するための血液製剤によるHIV感染者の調査研究事業」による健康管理費用と、友愛福祉財団による救済事業がある。国の制度では発症者は対象から除外されている。友愛福祉財団による救済事業では、発症者に対する特別手当の制度が設けられている。和解を成立させた原告らはこの救済事業による給付事業が打ち切られる関係にあるため、和解の成立後は、発症者と感染の段階にとどまっている者との間に無視できない不公平が生じるとともに、最も生活保障の必要な発症者の救済が薄くなる結果が生じる。
 そこで、本和解案は感染段階の者は国の調査研究事業を継続しつつ、将来、その支給額についてきめ細かい見直しに基づく拡充が図られることを期待し、発症者については、別途、一人当たり月額15万円の給付が受けられるよう提唱する。給付の仕組みについてはなお協議する。

◇弁護士費用等
 被告らは原告らに対し、弁護土費用及ぴ本件訴訟の費用として、感染者一人当たり350万円を支払う。第七次訴訟以降の原告らについては、150万円とし、負担割合は製薬会社6、国4とする。

◇被告製薬会社間の負担割合
 和解における金員給付に関する製薬会社間の負担割合は1983年当時の国内の非加熱濃縮製剤のシェアによるものとする。

◆被告製薬会社間の負担割合については、基本的には製薬会社間の合意によって決定されるべきだが、合意成立の見通しが容易に得られない状況で、それが和解成立の阻害要因となるおそれもなしとはしないので、公平の見地から、シェアの割合によることにせざるを得ない。

◇友愛福祉財団による救済事業
 友愛福祉財団による救済事業は、和解成立後も当分存統させるが、平成13年3月をめどとして廃止する方向で検討する。国は救済事業に要する資金の4割相当分を拠出する。

◆一部には早期廃止論もあるが、この制度を今直ちに廃止することは現実的ではなく、和解成立後も当分の間存続させるのが相当であるが、その前提として、国が救済事業に要する資金のうち4割相当額を拠出するものとすることが必須である。和解による感染者救済の枠組みとは別に、救済事業を長期にわたり存続させる必要性があるとは考えられないから、5年程度年限を決めて廃止する方向で検討することが望ましい。

◇その他の恒久対策について
 HIV感梁症の研究治療センターの設置、拠点病院の整備充実、差額ベッドの解消、二次・三次感染者の医療費等のHIV感染症の医療体制及ぴこれに関連する問題については、国(厚生省)においてHIV感染者と引き続き協議を行い、適切な措置を取る。

◆HIV感染症の医療体制の充実及ぴエイズ医薬品の研究開発の推進等については、厚生省が和解勧告の趣旨を踏まえる形で、平成8年度予算案において、前年度予算の約2.6倍にあたる約36億2800万円の予算を計上しているほか、HIV感染症の研究治療センターの設置問題や、日和見感染症治療などのための希少製剤の早期使用問題について、その検討に着手するなどの措置を取りつつある。しかし、HIV感染症の医療体制及びこれに関連する問題については最終的な結論を得るに至っておらず、和解成立後も厚生省は原告らHIV感染者と引き続き協議を行い、適切な措置を取ることが期待される。製薬会社も応分の寄与をしてしかるべきものと考える。
 なお、原告らの提唱している「財団法人血友病薬害救済センター」については、財団設立の見通しが容易に立たない現状にあり、和解成立後に残された問題として、関係当事者間で解決されることが期待される。

◆その他の事項について
@遺族弔慰金について
 原告らは、エイズによって死亡した感染被害者の遺族にたいして500万円の遺族弔慰金の支払いを要求している。和解協議の経過の中で、和解一時金の額について外資系企業を中心に被告製薬会社が強い難色を示してきた経過があり、これに遺族弔慰金を上乗せすることは、実質的な和解一時金の上積みと評価されることになり、和解成立の阻害要因となる可能性が大きい。法律上、国のみがこれを負担すべき合理的な理由はない。原告らの要求する遺族弔慰金の支払いを実現することは極めて困難といわざるを得ない。被告らに対し、和解とは別に、被害者への鎮魂・慰霊の措置を含め、最大限の配慮をされるよう要請する。
Aいわゆる謝罪条項について
 本件について肝要なことは、被告らが、血友病患者のエイズ感染という悲惨な被害が拡大するに至ったことについての責任を認め、そのことを原告らを含む被害者及ぴ世間に明らかにするとともに、将来に向かって再発防止を誓うことにあると考えられるが、その表現の手段・方法・時期等については、いくつかの案が考えられるので、なお慎重に検討したい。


 「ガラス細工を積み上げているようだった」。裁判所関係者は、エイズ薬害訴訟の和解案作りの難しさをこう表現した。「一時金」提示を主とした昨年10月の第一次和解勧告から約5カ月。残る「恒久対策」の負担などをめぐって難航していた和解協議は、強気一辺倒だった国側が折れ、この日の二次案が出たことで「負担金額が高い」と抵抗していた製薬企業の大半も受け入れる見通しが立ったといえそうだ。裁判所は、約2千人にのぼるエイズウイルス(HIV)感染者全員の救済を最重点にしてきた。判決になれば、感染時期をめぐって、人によって勝訴、敗訴が分かれる可能性があり、裁判長はそれを避けるための和解案を作り上げた。
 しかし、和解協議は何度となく窮地に立った。恒久対策の負担の話し合いが進む1月中旬には、恒久対策に伴う追加負担分を聞いた外資系企業が、和解協議をポイコットする姿勢を見せた。「本国への影響が大きすぎる」という判断だった。複数の関係者は「和解はつぶれるかもしれないと思った」という。
 裁判所が恒久対策のエイズ発症者手当の一部を国に負担させる説得を始めたのは、この直後だ。「国が負担増に応じなければ解決できない、と裁判長は悩んでいた」と関係者は言う。それでも国は、手当などを予算年度を超えて継続して支払うことには難色を示したという。
 そんなこう着した状況が変わったのは2月9日夜の、菅直人厚相の「AIDSファイル」発見の記者会見だった。「確認できない」はずの資料が見つかって、菅厚相が初めて国の責任を認める姿勢を示し、この段階で国はもう後戻りできない立場になった。厚相の謝罪を経た2月下旬には、発症者に対する手当を国が負担することが固まった。
 残るのは被告の外資系企業の出方になった。同じころ、バイエル薬品が裁判所に「試案」を出した。基金方式で救済資金を出す支払い方法についての案で、和解案に難色を示す姿勢は薄れていた。裁判所関係者はこの試案をみて「最悪の事態を回避できるかもしれない」と受け止めたという。
 裁判所の出した二次案は、一次案で示した補償の補完という考え方である。菅厚相がどんな謝罪をしても「一次責庄は企業」といら考えを変えていない。
 負担割合は別にして、国、企業はともに患者に対して重い責任がある。裁判所の和解案を受け入れ、一刻も早く救済のために力を注ぐ必要がある。(朝日新聞)


1996/03/29 東京地裁103号法廷 


和解条項    原告被害者計458人

原告ら及び被告らは、本件について当裁判所が1995年10月6日に示した「和解勧告に当たっての所見」(別紙1)及び1996年3月7日に示した「第二次和解案提示に当たっての所見」(別紙2)を前提として、以下の内容により、本件を和解によって解決することを合意した。

1 被告国並ぴに被告株式会社ミドリ十字、同バクスター株式会社、同日本臓器製薬株式会社、同パイエル薬品株式会社及び同財団法人化学及血清療法研究所(以上5社を総称して、以下「被告製薬会社」という。)は、原告らが本件非加熱濃縮製剤の使用によりHIV感染により被った損害をを填補するため、連帯して、別紙の和解一時金欄記載の金員(原告被害者1人当たり基本額4500万円、弁護士費用350万円。ただし、製薬会社など出資の友愛福祉財団からすでに受けた特別手当などの半額を控除する。負担割合は基本的に国4割、製薬会社6割)の支払義務があることを認める。

2 被告国及び被告製薬会社は、連帯して、右一覧表原告欄記載の各原告に対し、弁護士費用及び訴訟追行費用として、対応する弁護士費用等欄記載の金員の支払義務があることを認める。

3 被告国は、第一、二項の金員(以下「本件和解金」という。)のうち右一覧表の甲欄記載の金員を、1996年5月末日限り、右原告ら訴訟代理人弁護士の指定する銀行口座に送金して支払う。

4 被告製薬会社は、本件和解金のうち右一覧表の乙欄記載の被告製薬会社負担分の支払に充てるため、連帯して、1996年5月末日限り、金15億円を限度として財団法人友愛福祉財団(以下「友愛福祉財団」という。)に拠出し(被告日本臓器製薬株式会社など血液製剤の輸入販売者たる被告製薬会社の拠出金には、その輸入販売した本件非加熱濃縮製剤の製造者が本来製造者としての責任に基づいて負担すべき部分を含む。)、原告らは、別に定める友愛福祉財団との協定に基づき、友愛福祉財団から、被告製薬会社の和解金の支払を受けるものとする。

5 被告国及ぴ被告製薬会社は、本和解成立後、本件非加熱濃縮製剤の使用によるHIV感染者(二次・三次感染者を含む。)であってエイズを発症している原告らに対し発症者健康管理手当(仮称)を支給する事業を共同して実現するものとする。その際、被告国は、財政法の枠内で措置するものとする。

6 原告らは被告らに対するその余の請求を放棄する。

7 (1)原告らは、本和解条項による以外、本件に関し、被告らに対して何らの講求をしない。

(2)原告らは、被告株式会杜ミドリ十字に対して本件非加熱濃縮製剤又はその原料血漿を供給したアルファ・テラピュイティック・コーポレーションに対しても本件に関し何らの請求をしない。

(3)原告らは、被告バクスター株式会社の輸入販売にかかる本件非加熱濃縮製剤の製造又は輸出に携わったバクスター・インターナショナル・インク、パクスター・ワールド・トレード・コーポレーション、バクスター・ヘルスケア・コーポレーション、バクスター・エクスポートコーポレーションに対しても本件に関し何らの請求をしない。

(4)原告らは、被告バイエル薬品株式会社に本件非加熱濃縮製剤を供給した米国ペンシルバニア州ピッツバーグ所在パイエルコーポレーションに対しても本件に関し何らの請求をしない。

(5)原告らは、被告日本臓器製薬株式会杜に対して本件非加熱濃縮製剤を供給したオーストリア共和国ウィーン、1220、インダストリストラセ72所在イムノ・アーゲー、オーステエーストライヒシエス・インスティチュート・フュール・へモデリバテ・ジーイーエムエイチ、(オーストリア共和国)、コムュニティ・パイオ・リソーセス・インク(米日)及びイムノ・ユー・エス・インク(米国)に対しても本件に関し何らの請求をしない。
Immuno AG

8 訴訟費用は各自の負担とする。

同地裁別室で確認書調印式
 菅直人厚相は「国を代表して心からおわびします」と述べた。

確認書

 1996年3月29日、東京地方裁判所において、ミドリ十字、バクスター、日本臓器製薬、バイエル薬品または財団法人化学及血清療法研究所の製造若しくは輸入販売に係る非加熱濃縮製剤の使用によりHIV感染の被害を受けた血友病患者またはその遺族である原告らと製薬会社及ぴ国との間に、別紙和解条項による裁判上の和解が成立した。
 本件原告ら、厚生大臣及ぴ製薬会社は、本件和解及びその前提とされた裁判所の各所見に基づき、本件非加熱濃縮製剤の使用によりHIV感梁被害を受けたすべての血友病患者及びその遺族が被った物心両面にわたる甚大な被害を救済するため、次のとおり合意に達したことを確認する。

1 誓約
 1) 厚生大臣及ぴ製薬会社は、本件について裁判所が示した前記各所見の内容を真摯かつ厳粛に受けとめ、わが国における血友病患者のHIV感染という悲惨な被害を拡大させたことについて指摘された重大な責任を深く自覚、反省して、原告らを含む感染被害者に物心両面にわたり甚大な被害を被らせるに至ったことにつき、深く衷心よりお詫びする。
 2)厚生大臣は、サリドマイド、キノホルムの医薬品副作用被害に関する訴訟の和解による解決に当たり、前後2回にわたり、薬害の再発を防止するため最善の努力をすることを確約したにもかかわらず、再び本件のような医薬品による悲惨な被害を発生させるに至ったことを深く反省し、その原因についての真相の究明に一層努めるとともに、安全かつ有効な医薬品を国民に供給し、医薬品の副作用や不良医薬品から国民の生命、健康を守るべき重大な責務があることを改めて深く認識し、薬事法上医薬品の安全性確保のため厚生大臣に付与された各種権限を十分活用して、本件のよろな医薬品による悲惨な被害を再ぴ発生させることがないよう、最善、最大の努力を重ねることを改めて確約する。
 3)製薬会社は、安全な医薬品を消費者に供給する義務があることを改めて深く自覚し、本件のような医薬品による悲惨な被害を再び発生させることがないよう、最善、最大の努力を重ねることを確約する。

2 本件和解の対象者
 本件和解は、第四次訴訟までの原告らを対象とする。
3 本件和解の和解金
 本件和解条項のとおり。
4 健康管理費用
 国は、本件和解成立後も、「エイズ発症予防に資するための血液製剤によるHIV感梁者の調査研究事業実施要領」に基づくエイズ発症前の感染者に対する健康管理費用の給付の継続・拡充に努める。(注 月額3万5千円〜5万円)
5 発症者健康管理手当(仮称)
 1)国は、96年度において、財団法人友愛福祉財団が、本件非加熱濃縮製剤の使用によるHIV感染者(二次・三次感染者を含む)であってエイズを発症している本件原告らに対し、1人当たり
月額15万円の発症者健康管理手当(仮称)を支給する事業を行うに当たっては、和解条項第5項を受けて、その実施に要する費用の4割を支弁する。
 国は、97年度以降においても、右支弁の実施に努めるものとする。
 2)製薬会社は、本件原告らのうち添件和解成立時既にエイズを発症している者に対し、その生存中、1)に定める事業の実施に要する費用の6割を次項の方法により支払う。
 3)本件原告らのうち、本件和解成立後にエイズを発症した者についても、右1)、2)と同様とする。

6 製薬会社の金銭給付の履行(略)
7 友愛福祉財団による救済事業について
 1)友愛福祉財団による救済事業は、当分の間存続させるものとするが、2001年3月をめどとして廃止する方向で検討する。
 2)製薬会社は右救済事業の実施に要する費用のうち6割を負担する。
 3)国は、96年度において、右救済事業の実施に要する費用のうち4割を支弁する。97年度以降においても、右支弁の実施に努めるものとする。
 4)本件和解成立後(96年4月1日以降)の請求に基づいて右救済事業による給付を愛けた分については、その金額を損益相殺の対象として、当該感染者または遺族が和解に基づいて支払いを受けるべき和解金(基本額)から控除するものとする。
 5)略
 6)略
8 その他の恒久対策について
 1)厚生大臣は、引き続き原告らHIV感染者の意見を聴取しつつ、HIV感染症の医療体制の整備等につき適切な措置をとることに努める。
 2)HIV感染症の研究治療センターの設置、拠点病院の整備充実、差額ベッドの解消、二次・三次感染者の医療費、HIV感梁者の身体障害者認定等について、厚生省において、原告らHIV感染者と協議する場を設ける。
 3)誓約会社においても、治療薬の開発、情報の提供等、原告らHIV感染者の治療の向上等に努めるものとする。
9 未結審原告ら及び未提訴者の取り扱い
 1)第五次以降第八次訴訟までの既提訴原告らについては、本件和解成立後速やかに、本件非加熱濃縮製剤の使用によるHIV感染の事実(二次・三次感染者についてはその感染原因)についての証拠調べを実施した上、順次和解の対象とする。
 2)末提訴の血友病患者であるHIV感染者及ぴその遺族については、訴え提起を待ち、本件非加熱濃縮製剤の使用によるHIV感染の事実(二次・三次感染者についてはその感染原因)についての証拠調べを実施した上、順次和解の対象とする。
 3)未結審原告ら及び未提訴者についての和解の内容は、本件和解に準拠するものとする。ただし、弁護士費用・訴訟追行費用については、次のとおりとする。
 (1)(略)
 (2)第七次訴訟以降の原告らについては、感染者一人当たり金150万円とする。
 4)今後和解が成立するHIV感染者のうち、当該和解成立時に既にエイズを発症しているものについては、96年4月、訴え提起、発症の最も遅い時点に請求があったものとして、発症者手当の支給を受けられるものとする。