「夢の若返り薬」 今井ワシントン大学教授の「研究の大成果と素顔」 2020/2/20

    https://gendai.ismedia.jp/articles/-/70394

 

世界が注視する「抗老化」最先端研究

「長寿」は、古くから人類にとって永遠のテーマといっていい。

紀元前3世紀、秦の始皇帝は「不老不死の霊薬」を求めて配下の徐福を東方に向かわせたという。日本には各地にこの徐福伝説が残るが、21世紀の現代、一人の日本人研究者が抗老化(アンチエイジング)の分野で世界の熱い視線を浴びている。

“夢の若返り”が期待される酵素の作用について画期的な研究成果を発表したのは、ワシントン大学医学部(米・ミズーリ州セントルイス)教授の今井眞一郎氏(55)だ。

超高齢化社会を迎えた日本国内での反響は特に大きく、各テレビ局や朝日新聞の一面でも大々的に取り上げられ、研究者だけでなく世間の関心も非常に高い。そもそも、老化とは何なのか。アメリカから帰国中の今井教授が、最先端の「長寿研究」についてインタビューに答えた。その第2回目である。

今井教授は1964年、東京生まれ。中等部、高校と慶応で、そのまま慶応義塾大学医学部に進んだ。

今井教授は「老化の研究」を1987年にスタートして今年で33年になる。原点となるのが、慶応義塾大学医学部微生物教室に在籍中に始めた「細胞レベルでの老化研究」だ。そのまま大学院に進み10年間日本で研究を続けた。

「日本では当時、老化、寿命の根本的な理解を目指した研究がまったく行われておらず、現在もそうですが、研究者がほぼ皆無の状態でした。私は「細胞老化」と呼ばれる現象を解析することによって、個体の老化につながる原理を導き出そうと考え研究を重ねていました」(今井教授)

この細胞老化の解析から今井教授が導き出した仮説が、1998年に北野宏明氏とともに発表した「ヘテロクロマチン•アイランド仮説」だ。

北野宏明氏:システムバイオロジーの分野の創始者の一人。ソニーコンピューターサイエンス研究所の所長。ソニー執行役員を務めている。

DNAはクロマチンという構造に圧縮され、それが開いて情報を公開する形になったり、閉じて情報を読み取らせないようにしているという。今井教授がこう解説する。

「ヘテロクロマチン•アイランド仮説というのは、本来DNAの中にある老化につながる情報を読み取らせないようにパックされている部分が細胞の中で徐々に解けて、本来なら読み取られてはいけない情報が読み取られるようになり老化が起きるという、老化の本質を遺伝情報の制御に結び付けた仮説でした」

今井教授は、さらにこう続ける。
「ヘテロクロマチン•アイランドの情報をパックしたり解いたりする情報の制御に重要な関わりを持つ、老化の大元の制御因子としてサーチュインが候補となる、と論文に書いたんです。当時は、サーチュインという名称はありませんでしたが」

サーチュイン遺伝子は、長寿遺伝子とも呼ばれている。サーチュイン遺伝子の活性化により、生物の老化が遅れ寿命が延びるとして、メディアでも大きく取り上げられるようになった。サーチュイン遺伝子の活性化により合成されるたんぱく質サーチュインが、抗老化の重要な役割を果たす。

現在、今井教授のこのヘテロクロマチン•アイランド仮説は、老化のメカニズムの一つとして正しい理論であると学界で評価されているが、20年以上前にはほとんど理解されることはなかった。

研究のため渡米。自由な雰囲気の中で「大発見」

その後、研究の場を慶応義塾大学からアメリカに移した(1997年)。ヘテロクロマチン•アイランド仮説とよく似た仮説を酵母で立てていたマサチューセッツ工科大学(MIT)のレオナルド•ギャランテ教授に誘われ、渡米したのだ。

 

そこで生物にとって必要不可欠なサーチュインの「NAD依存性脱アセチル化酵素」の働きを発見し、世界の研究者に衝撃を走らせたのだ。米国に渡り3年後のことだった。
「1999年10月18日月曜日。その日はいまでも記念の日なんです」と、大発見をしたその時の昂ぶりのままこう話してくれる。

「それまで世界の研究者の誰もが気が付かなかったサーチュインの働きと、その老化における重要性を発見したんです。細胞のエネルギー代謝を反映するNADが、サーチュインを介して遺伝情報の変換を促していることを突き止めた。

NADが老化と寿命の制御に必要不可欠な役割をしていることが分かったことで、ヘテロクロマチン•アイランド仮説の証明にかなり近づいたわけです。この発見をきっかけに、NADを追っていけば個体の老化を理解出来ると思ったんです。私はNADをエネルギーの通貨と呼んでいます」

老化の理解結果は顕著
NADは、ニコチナミド・アデシン・ジヌクレオチドの略。今井教授によると、生物は各臓器がエネルギーを使う時に必要な「通貨」のようなものだという。

大発見の翌年2000年に、科学専門誌『ネイチャー』にその成果を発表。世界の研究者の度肝を抜くこととなった。

 

今井教授は2001年にワシントン大学でアシスタントプロフェッサーとして独立して、NAD、長寿遺伝子サーチュインと老化寿命の制御に関する研究に本格的に取り組むことになったのである。現在、ワシントン大学の研究員は10名ほどという。

研究を始めた時、個体の老化を理解するために3つの大きな疑問があったという。

(1) 老化と寿命の制御に関わるコントロールセンターと呼ぶ重要な臓器や組織があるのではないか。
(2)その主要な臓器と組織は、他の臓器とどのように連絡を取り合っているのか。
(3)そこでどんなシグナル伝達系や制御因子が使われているか。

この3つの疑問を解決するために、哺乳類サーチュインファミリーのSIRT1の機能と、NADの産生や制御の過程を知るためのNAD合成について集中的に研究した。

2004年に解明したのが、NADの量は何重もの経路でレベルが下がらないように守られているが、その中でもNAMPTと呼ばれている酵素により制御されているNAD合成系が最も重要だということであった。

そして2007年には、NAMPTには、細胞内で働くiNAMPTと、細胞外で働くeNAMPTがあり、eNAMPTはマウスでもヒトでも、血中を巡っていることを発見したのだった。
「この研究が出発点となって、eNAMPTの酵素の働きを研究し続けた結果、今回、老化と寿命の制御に必須だということが分かったんです。私たちの体の中でNADを作るために最も需要な物質はニコチナミド、別名ビタミンB3です。このニコチナミドから出発してNMNが合成されるんです」(今井教授)。

2009年には、SIRT1とNAMPTによるNAD合成系の研究から、個体レベルの老化と寿命の制御を説明するための「NADワールド」仮説を発表する。

NADを作ったり(NAMPT)、使ったり(SIRT1)する酵素によるNADの代謝制御と、哺乳類の体のリズムの制御のシステムを、老化と寿命の制御へとつなぐシステムが「NADワールド」であり、抗老化作用を促す原点になっているという仮説だ。

そして、2013年には脳の奥にある視床下部が、哺乳類における老化と寿命のコントロールセンターだと証明することで、「NADワールド」が単なる仮説ではなく、体全体に渡る老化のしくみがNADワールドによって理解される、ということを証明したのである。

その後の研究からわかったのは、こういうことだ。

コントロールセンターの視床下部、そこからのシグナルを他の組織へ媒介するメディエーター(仲介役)の骨格筋、そしてコントロールセンターの機能を調整するモジュレーターとしての脂肪組織が、それぞれお互いにコミュニケーションを取り合い、老化のプロセスと寿命を制御しているということなのだ。

「わたしはこのネットワークをNADワールドと名付けました」(今井教授)。

個体レベルの老化と寿命の制御に関わる3つの疑問に一定の解答が得られたことになるが、NADの量が減ることが老化につながる原因であるなら、NAD量を保つにはどうするか、ここが今回の実験の一つのポイントだった。NAD量の制御を促すNMNは、NAMPTが作り出す産物だということは以前の研究から分かっていた。

「老化して糖尿病を自然発症しているマウスにNMNを与えるとインスリンの分泌や、インスリンに対する感受性が良くなり、糖尿病が劇的に改善されることが実験で分かりました。

またマウスが老化していくと体内の色々な臓器でNAMPTによるNAD合成が落ちることを見つけたんです。それならNMNを長期に飲ませればNADの減少を回復させられる。老化を防ぐことが出来るのではないかと考えました」(今井教授)。

それならば直接NADを飲ませれば同じ効果が得られるのではないかと思い質問をすると、同じような質問をよく受けると今井教授がこう解説する。

「私たちの実験でも、NMNをどう体内に投与するかというのが大きな課題でした。NADはそのまま投与しても組織の中にはそのままでは送り込まれにくいことが実験で分かりました。物質が大きいので細胞の中に入り難く、また腸内の細菌に使われ分解されてしまうんです。

そこでNMNを飲み水に溶かして経口投与を1年間続けました。その結果、マウスがNMNの解けた水を飲むとおよそ2分半で血中にNMNが出てくると同時に、肝臓内のNAD合成量が増えることが分かったんです」

NMNはマウスでも人でもほぼ5分で組織の中に取り込まれて血中に入っていくという。そして30分から1時間でNAD量は顕著に増加していく、という研究結果が得られた。

そして、今井教授こう付け加える。

「NMNを投与した17カ月齢マウスと、普通の11カ月齢のマウスを比べると、酸素消費量はほぼ同じでした。つまり、NMNを飲んでいた17カ月齢のマウスは6カ月若い状態に保たれていた、ということがいえるのです」

2016年にはNMNを投与したマウスの実験でNMNが非常に顕著な抗老化作用を示すことを発表し、世界中の大ニュースになった。日本でもNHK(放映は2015年)など多くのメディアで紹介され、NMNがここから世界で大きな注目を浴びることになったのである。

NHNは、すでに国内でも商品化・市販されている。商品化などに関することは、1回目の記事に詳述している。

さらに、今回(2019年)のeNAMPTに関する実験結果の論文により、老化と寿命を制御するNADの存在、そしてNADの元となるNMNを合成するNAD合成系酵素eNAMPTの効果が明らかにされ、「抗老化や若返りがサイエンスフィクションではない段階となった」と、今井教授は感慨深げに語る。

日本政府も老化•寿命の研究に力を入れ始めている。

AMED(国立研究開発法人日本医療研究開発機構)で老化に関するプロジェクトを2年前から立ち上げて、今井教授もこのプロジェクトに協力している。

研究の成果は、抗老化だけではなく、糖尿病の治療、ガンの予防などにつながる可能性も高い。今後の今井教授のチームの研究に、世界中が期待している。


今井真一郎 開かれたパンドラの箱 老化・寿命研究の最前線

 

細胞老化  細胞分裂回数で寿命 Hayflick limit

 ガン化 無限の増殖能力=不死化

 両者で異なる遺伝子  コラーゲナーゼ(MMP1) 

MIT レニーギャランテ 長寿変異体 SIR4の突然変異

 

今井  SIR2に関心

 

 

NAD World 1.0

ニコチンアミド(ビタミンB3,ナイアシン)

  ↓

  ↓ NAMPT

NMN(ニコチンアミド モノヌクレチオド)

  ↓ NMNAT

NAD

  ↓

SIRT1

 

NADワールド」は、代謝制御、生物学的なリズム、そして老化・寿命制御を結び合わせる全身のシステムのこと。様々な組織・臓器で代謝制御に関わる哺乳類サーチュイン、特にS1RT1と、NAD合成に必須な酵素NAMPT(細胞内にあるiNAMPTと、血中を巡っているeNAMPT)の二つが協調的に働くことによって制御されている。このシステムが、老化のプロセスを制御し、寿命を決定する、とするのがNADワールドの概念で、2009年に提唱された。

 

 

NADワールド2.O
2016年に発表されたバージョン2.0では、三つの主要な臓器・組織が老化・寿命の制御に重要な役割を果たしている、と提唱された。「コントロールセンター」としての視床下部、「メディエーター」としての骨格筋、そして「モジュレーター」としての脂肪組織が、相互にコミュニケーションをとって、老化のプロセスを制御し、寿命を決定する、と考えられた。SIRT1は各部位で重要な役割を果たしており、視床下部ではNKX2-1というパートナーと一緒に働いている。

 

寿命決定のメカニズムは?  脂肪萎縮がカギ? 

視床下部の炎症が老化を起こす?

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抗老化物質、女性が10週飲むと? 米国の研究発表
瀬川茂子

 米ワシントン大の研究グループが、動物でさまざまな老化現象を抑える効果が確認された物質をヒトに応用した研究結果を23日、米科学誌サイエンスに発表した。50〜70代の女性の筋肉で、血糖値を調整するインスリンの働きが改善されたことがわかった。

 この物質は「ニコチンアミド・モノヌクレオチド(NMN)」。体内にありブロッコリーや枝豆などにも含まれる物質だ。グループはこれまで、NMNをネズミ(マウス)に1年間飲ませたところ、「中年太り」を抑え、老化に伴って起こる免疫や骨密度、目などの機能低下を防ぐ効果を確認していた。NMNには雌のマウスの糖尿病を改善する効果が高いことも突き止めていた。

 そこで、肥満があり、糖尿病になる確率が高いとされる55〜75歳の閉経後の女性に研究に参加してもらい、13人にNMN、12人に偽薬を毎日10週間にわたって飲んでもらった。すると、NMNを飲んだ女性は、筋肉の細胞で、インスリンの働きが25%上がった。

 肥満があると、血糖値を調整するインスリンの働きが悪くなり、糖尿病になりやすいことが知られている。今回の研究でみられた改善は、体重70キロの人が努力して7キロ体重を落とす効果とほぼ同じだという。

 

 

米国ワシントン大学医学部の吉野美保子 准教授、吉野純 准教授、Samuel Klein 教授および共同研究者の今井眞一郎 教授らの研究グループは、ヒトにおけるNicotinamide mononucleotide (ニコチンアミド モノヌクレオチド、以下NMN)の投与による代謝効果を調べる世界初の臨床試験を実施し、その成果が米国科学振興協会(AAAS)の公式刊行物『Science』に掲載されました。
本研究において、当社(オリエンタル酵母工業)はNMNを提供しました。今後も人々の健康に寄与するべく、当社はプロダクティブ・エイジングの実現に向けた研究を支援してまいります。