iPS細胞から作製した角膜上皮細胞シートを移植する世界初の臨床研究を完了〜安全性の問題が発生せず、患者の視力回復に成功〜
研究成果のポイント
- 世界初、ヒトiPS細胞※1由来の角膜上皮細胞シート移植を4例の角膜上皮幹細胞疲弊症※2患者に実施
- 全症例で腫瘍形成や拒絶反応といった安全性の問題が発生せず、重篤な角膜混濁の患者の視力が回復
概要
大阪大学大学院医学系研究科の西田幸二教授(眼科学)らのグループは、ヒトの人工多能性幹細胞(iPS細胞*1)から作製した他家角膜上皮細胞シートを角膜上皮幹細胞疲弊症*2に移植するFirst-in-Humanの臨床研究を行いました。
全4例で腫瘍形成や拒絶反応といった問題が発生せず、安全性が確認されました。また、全例で角膜上皮幹細胞疲弊症の病期の改善、矯正視力の向上、角膜混濁の減少が認められ、有効性を支持する結果を得ました。
本研究の背景
角膜上皮の幹細胞が消失して角膜が結膜に被覆される角膜上皮幹細胞疲弊症に対しては、ドナー角膜を用いた角膜移植での拒絶反応やドナー不足といった課題があります。
このような課題を抜本的に解決するために、研究グループはヒトiPS細胞を用いた角膜上皮再生治療法の開発を進めてきました。2019年3月に、iPS細胞から角膜上皮細胞シートを作製し、角膜疾患患者に移植して再生する臨床研究計画に対して厚生労働省より了承が得られ、臨床研究を開始しました(図1)(ブログ 2019/3/8 厚労省、iPS細胞の角膜移植臨床研究計画を了承)。2022年に全4例の観察期間を完了し、この程、その評価結果がまとめられました。
本研究の内容
研究グループは、ヒトiPS細胞から作製した他家角膜上皮細胞シートを角膜上皮幹細胞疲弊症の患者4名に世界で初めて移植して1年間の安全性及び有効性を評価する観察期間と、主に安全性を評価する追加1年の追跡調査期間の経過観察を行いました。症例1と2は免疫抑制剤内服有り、症例3と4は免疫抑制剤内服無しで経過観察を行いました。
主要評価項目である有害事象について、腫瘍形成や臨床的拒絶反応などを含む重篤な有害事象は、2年間の観察期間および追跡調査期間中に発生しませんでした。 その他の有害事象についても臨床的に重要なものではなく、後遺症なく対処することができました。副次評価項目について術後1年時点で、全症例において角膜上皮幹細胞疲弊症の病期の改善と角膜混濁の減少が認められました。矯正視力は術前と術後1年を比較すると、症例1で0.03が0.3に改善、症例2で0.01が0.15に改善、症例3で0.15が0.7に改善、症例4で0.02が0.04に改善しました。角膜上皮欠損、自覚症状、QOLアンケートのスコア、角膜新生血管はほとんどの症例で改善もしくは不変でした。
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究において、ヒトiPS細胞由来の角膜上皮細胞シートを他家移植するFirst-in-Human臨床研究を世界で初めて実施しました。今後、治験につなげて標準医療に発展させることを目指しています。本法は、既存治療法における問題点、特にドナー不足や拒絶反応などの課題を克服できることから、革新的な治療法となりうるものです。角膜疾患により失明状態にある世界中の患者の視力回復に貢献することが期待されます。
用語説明
※2 角膜上皮幹細胞疲弊症
角膜上皮の幹細胞が存在する角膜輪部が疾病や外傷により障害され、角膜上皮幹細胞が完全に消失する疾患。角膜内に結膜上皮が侵入し、角膜表面が血管を伴った結膜組織に被覆されるため、高度な角膜混濁を呈し、視力障害、失明に至る。本疾患の原因としては、熱傷やアルカリ腐蝕、酸腐蝕、Stevens-Johnson症候群、眼類天疱瘡などがある。
※3 SEAM
Self-formed ectodermal autonomous
multi-zoneの略で、ヒトiPS細胞から誘導される同心円状の4つの帯状構造からなる2次元組織体のこと。発生期の眼を構成する主要な細胞群(角膜上皮、網膜、水晶体上皮など)が特定の部位に出現する。
本研究成果は、2024年11月8日(金)8時30分(日本時間)に英国科学誌「Lancet」(オンライン)に掲載されました。
“Induced pluripotent stem-cell-derived corneal epithelium for transplant surgery: a single-arm, open-label, first-in-human interventional study in Japan”