毎日新聞 2011/11/16
イレッサ副作用:遺族側が逆転敗訴 東京高裁判決
肺がん治療薬「イレッサ」の副作用死を巡り、患者3人の遺族が輸入販売を承認した国と輸入販売元のアストラゼネカに賠償を求めた訴訟の15日の控訴審判決で、東京高裁(園尾隆司裁判長)は「専門医は間質性肺炎の副作用で死亡する可能性を承知していた。ア社が承認時に作った初版の添付文書(医師向けの説明文書)の記載は合理性を欠くとは言えず、国への賠償請求も理由がない」として、遺族側主張を全面的に退けた。
◆判決骨子◆ ・日本人に間質性肺炎の発症率が高く、死亡もあり得るという副作用を考慮しても、イレッサには有用性があり、製造における設計上の欠陥はない
・イレッサの初版添付文書に警告欄がなく、副作用が致死的になり得るとの記載がなくても、指示・警告上の欠陥ではない
・アストラゼネカに欠陥ある薬を輸入販売した責任はなく、国の不作為責任は論じるまでもなく認められない
初の高裁判断は、国とア社の責任を認めて計1760万円の支払いを命じた1審・東京地裁判決(今年3月)を取り消す逆転判決で、遺族側は上告する方針。
2011/3/26 イレッサ訴訟、東京地裁は国の責任も認める
患者2人について国とア社の責任を認め、計1760万円の支払いを命じる判決を言い渡した。
間質性肺炎の危険性を目立つように記載するよう指導しなかった国の対応を違法と結論付けた。
今後は、賠償責任をア社に限定した大阪地裁判決(今年2月)を巡って審理中で、早ければ来春にも言い渡される大阪高裁判決に焦点が移る。
2011/1/31 政府、イレッサ訴訟で和解勧告拒否
大阪地裁の2月25日の判決は以下の通り。
アストラゼネカ:警告欄に記載するなどして注意喚起を図るべきだった。
緊急安全性情報配布(2002/10)前は製造物責任法上の欠陥があり、賠償責任あり。
原告9人に計6050万円の賠償。2002/10以降服用し死亡した男性の請求は棄却。政府:添付文書に関する行政指導は必ずしも十分ではないが、当時の知見のもとでは一定の合理性がある。
国家賠償法上の違法はない。
判決は、承認(2002年7月)時の初版添付文書に「警告」欄がなく、問質性肺炎の副作用が1ランク下の「重大な副作用」欄に記載された点の妥当性について、イレッサが治療困難な肺がん患者に専門医が処方する薬剤だったことを重視。
(1)専門医であれば間質性肺炎による死亡の可能性を認識できた
(2)国内の治験で死亡例はなく、海外の死亡例も因果関係があるとまでは言えない−−
として、「(ア社の文書に)指示・警告上の欠陥があったと言えない」とした。
その上で国の行政指導について「欠陥があるとの前提事実がない以上、規制権限の不行使が違法かどうか論じるまでもない」とした。
また判決は、ア社などから国への報告には副作用が疑われる段階にとどまる症例も入っているとして、「副作用で死亡したとは言えないものが相当な割合に上る可能性がある」と付け加えた。
高裁は、9月の第1回口頭弁論から計2回のスピード審理で判決を言い渡した。一方、大阪訴訟の控訴審は10月に第1回口頭弁論が開かれ、12月15日に第2回弁論がある。
<東京・大阪両地裁、東京高裁が示した判断>
争点 東京地裁 大阪地裁 東京高裁 イレッサ
の有用性ある ある ある 添付文書
の欠陥あり あり なし 厚労省の
権限不行使違法 不十分だが違法
とは言えない違法かどうか論
じるまでもない
「患者の保護、大幅後退」
因果関係 厳密に判断 原告団「予防原則を真っ向否定」
◇厚労幹部も驚き
国と企業全面勝訴の判決には、厚生労働省内ですら驚きの声が上がった。判決の一報を聞いた同省幹部は「高裁の審理がたった2回で終わったので、1審と同じく国も企業も敗訴する可能性が高いと思っていた。原告完全敗訴の判決が出るとは二重の驚き」と話した。
判決後、東京・霞が関の弁護士会館で開かれた原告・弁護団の報告集会。「半世紀にわたる薬害裁判で積み重ねてきた予防原則を真っ向から否定する判決だ」。薬害エイズ訴訟大阪原告団代表の花井十伍さんが声を張り上げると、集まった約100人の支援者の多くがうなずいた。
予防原則という考え方は、サリドマイドなどの薬害や水俣病などの公害を教訓に確立されてきた。薬の副作用や公害の健康被害は、因果関係が科学的に解明されるまで時間がかかる場合が多い。このため、因果関係がはっきりしない段階でも、行政や企業は予想される最悪のケースを念頭に対策を講じることが重要との考え方だ。
これに対し東京高裁の判決は、添付文書への副作用の記載が違法かどうかについては、臨床試験で起きた有害事象と薬の投与との間に「因果関係がある」のか、「疑いがある」というレベルなのかを厳密に区別して判断すべきだとした。
その上で
@イレッサの国内臨床試験における3例の間質性肺炎の症例は、いずれも回復し死亡例はない
A国外の臨床試験の4死亡症例は、因果関係がある可能性はあるが、がんの進行による死亡の可能性もあるなど、「因果関係がある」とまでは言えないと指摘。「重大な副作用」欄に間質性肺炎を記載した添付文書に指示・警告上の欠陥はなかったと判断し、記載した製薬会社も指導した国にも責任はないとした。
◇識者厳しい意見
判決には識者からも厳しい意見が出た。渡辺知行・成蹊大教授(民法)は「副作用について『厳格な証明がないと薬に欠陥があるとは認められない』と1審以上に患者に不利な認定をした。添付文書の欠陥も、副作用の疑いというレベルでは、企業に指示・警告の必要はないと判断している。製造物責任法(PL法)は消費者(患者)側の利益を保護するため企業に責任を課すものだが、95年の法施行前の『スモン訴訟判決』でさえ、製薬会社に重い注意義務を課した。今回の判決は患者が保護される範囲をずっと狭め、後退した内容だ」と話す。
福島雅典・京都大名誉教授(薬剤疫学9は「イレッサは国による審査当時から海外から膨大な副作用データが出てきていたにもかかわらず、全部無視された。がんが小さくなっても延命できなければ有効とは言えないし、こうした承認当時のデータをきちんと読めば、本来承認されるはずのなかった薬だ」と指摘する。判決については「肺がん患者の死亡とイレッサ投与の因果関係認定の困難性にも言及しているが、科学を冒とくするものとしか言いようがない。また、イレッサを取り扱うのは『専門医』との前提に立っているが、そもそも『専門』の定義も曖昧。ナンセンスな判決だ」と批判した。
添付文書 国の責任は曖昧
1審の東京・大阪両地裁、東京高裁と三つの判断が示されたイレッサ訴訟。添付文書の記載を巡り、東京高裁はそもそも欠陥を認めなかったが、欠陥を認めた両地裁の間で国の指導が違法かどうかの判断は分かれた。
大阪地裁は、指導権限について法律に明確な定めがないことを理由に国に広い裁量を認め、「著しく合理性を欠くものとは認められない」と責任を否定。東京地裁は、添付文書が国の指導に基づき作られている実態を重視し、間質性肺炎を「警告」欄に記載させるなどの十分な指導が行われなかったとして違法と結論づけた。
イレッサ弁護団は「薬事法上の添付文書の位置づけが曖昧で国の対応が行政指導にとどまっていることが裁判所の判断が分かれた原因」と訴える。
薬事法で添付文書の位置づけを明確にする必要性は、10年に薬害肝炎検証委員会がまとめた最終提言で指摘されている。薬害肝炎訴訟でも、国が感染原因となった血液製剤の危険性をどこまで添付文書に記載させたかが争点となった。
◇米欧は審査対象
米国や欧州連合(EU)で添付文書は新薬承認審査の対象になっている。イレッサ弁護団の関口正人弁護士は「医薬品の安全性は行政が関与しなければ担保できないという考えが根底にある」という。
同委員会の提言などを受け、厚労省は有識者の検討会で添付文書の在り方などの見直しを進めている。しかし、同省は「添付文書を承認審査の対象にすると、副雁用が起きた時の迅速な改訂が妨げられる」と主張。審査事項には含めず、製造販売前の届け出を義務化する案を示している。
検討会委員で、薬害肝炎原告団の坂田和江さんは「改訂の手続きを箇単にすればいいだけ。厚労省は、責任から逃げるのではなく薬害を繰り返さないという姿勢で取り組んでほしい」と注文を付ける。