ブログ 化学業界の話題 knakのデータベースから      目次

これは下記のブログを月ごとにまとめたものです。

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2024/9/2  カナダのデジタルサービス税、米が見直し要求 

米通商代表部(USTR)は8月30日、カナダが施行したデジタルサービス税(DST)が米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)に違反しているとして、カナダ政府に同協定に基づく協議を要請した。

協議が75日以内にまとまらなければ、USMCAの紛争解決制度に従って正式にカナダ政府を提訴する見通し。
 

カナダは6月にデジタルサービス税(DST)を発効した。全世界の売上高が7億5千万ユーロ(約1200億円)を超す企業の収入の一部に3%の税金をかける。

課税対象はSNSやオンラインのマーケットプレイス事業、デジタル広告で、主にグーグルやメタといった米テック企業が徴税の対象になる。2022年1月以降の収入に遡って適用され、年間およそ8億7500万ドル(約1280億円)の税収が見込まれている。


米国は、カナダのDSTは
グーグル、アップル、アマゾン・ドット・コム、メタなどのアメリカのハイテク大手を不当にターゲットにしているとし、米国企業をカナダ企業と同等に扱うよう定めたUSMCAの規定に違反していると主張している。USTRのキャサリン・タイ代表は「米企業を差別する一方的な措置に反対する」とした。

米連邦議会上院財政委員会のロン・ワイデン委員長も「米国のイノベーターを標的にした差別的な税金で良質な雇用を危険にさらす」と述べてUSTRを支持した。

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デジタル課税は、恒久的施設を持たない外国企業への課税が可能になる仕組みで、世界的な多国籍企業について、各国間の利益と課税権をより公平に再配分することを目的としている。

各国がバラバラに導入を検討したため、大きな問題となった。

2020/1/29 デジタル課税を巡る問題

2020/7/14 米国、フランスのデジタル課税に報復関税 

2019/3/12 EU、デジタル課税合意見送り、仏英など独自課税へ

2019/12/30 イタリア、デジタル課税を導入、 フランスに追随

2020/2/18 OECD、多国籍企業課税新ルールの影響の試算発表   

「第1の柱」について、利益率10%以上の部分を超過利益とみなし、その20%を市場各国に分配するとした。「第2の柱」については最低税率を12.5%と仮定した。

2020/6/4 米、10カ国・地域にデジタル税の対抗措置検討

2020/6/23 米、デジタル税を巡る国際協議からの撤退を示唆

2020/10/23 フランス、デジタル税を再開

OECD/G20の「BEPS(税源浸食と利益移転:Base Erosion and Profit Shifting)包摂的枠組み」において、2021年10月8日に大枠合意に至った。詳細を巡って米国やインドなどの意見調整が進まず、制度の根拠となる多国間条約の署名が実現していない。

国際課税ルールの抜本的な改革であり、2023年前半に多国間条約の署名、2024年に条約発効を目標としている。カナダ政府は交渉に参加している。

経済協力開発機構(OECD)は2021年5月に米国の新提案を採用する調整に入った。関係国の交渉担当者に新たなルールに基づく複数の試算を示した。

多国籍企業の利益に対する課税権を、事業活動で利益を上げている国に再配分することを第一の柱とし、世界的に15%の最低法人税率を導入することを第二の柱とする。

米国案は、売上高と利益率の規模で機械的に対象を決める。米企業の狙い撃ちになるのを避け、対象を世界で100社ほどに絞り込む。
企業の国別売上高に応じて税収を各国に配分するという現行案の仕組みは変えない。

OECDは関係国の交渉担当者に新たなルールに基づく複数の試算を示した。いずれも米国が4月に提案した案に沿っており、利益率と売上高の組み合わせで一定の基準を超えるグローバル企業に課税する。

具体的には売上高を100億ドル(約1兆1000億円)以上とする案や、利益率の水準を15〜20%以上とする案などがある。


OECD公表による合意内容および第1の柱・第2の柱の概要  
詳細 別紙

         

2021/5/25 OECD、デジタル課税で米提案を採用へ

2021/10/12 国際課税の新ルール、136カ国・地域が合意

 

経済協力開発機構(OECD)は2023年7月12日、デジタルサービス税を導入している国がカナダ 等を除き、同税の適用を少なくともあと1年間見送ることで合意したと明らかにした。

OECDはアップルやアマゾンといった巨大IT企業への課税を見直した新たな国際課税ルールを2021年にとりまとめた が、この合意に参加した143カ国が2024年から合意内容を実施することになっていた。

デジタルサービス税凍結に不支持だったのは、143カ国中、ベラルーシ、カナダ、パキスタン、ロシア、スリランカの5カ国。この中でデジタルサービス税構想を持つのはカナダのみ。

デジタル課税発効の見通しが立たないため、カナダは独自ルールの施行に踏み切った。デジタル課税の交渉中はDSTを凍結するという案も拒否した。

カナダの財務大臣は2024年4月16日、政府の予算案を公表した。

国際税務関連では、以下の改正項目が含まれる。

第1の柱・第2の柱

本予算案において、OECD・第1の柱についてのコミットメントを再確認する一方、デジタルサービス税(DST)の制定計画を進めており、その実施法案が議会に提出されている(初年度は2022年1月1日以後の収入が課税対象見込み)。
第2の柱の実施法案は、近く議会に提出見込みである。


2024年2月の下院財務常任委員会の報告書では、必要があれば、多国籍企業に対して25%以上の実効税率を適用し、デジタルサービスに係る独自の課税の導入を進めるよう(また、デジタルサービスに係る税が引き続き国際先例との整合性を確保するよう)提言している。

なお、カナダの一般的な連邦法人所得税(CIT)税率は15%(基本税率38%−10%(州・準州レベルのCIT課税の可能性を考慮。外国法域に係る課税所得には適用なし)−13%(一般税率控除/製造・加工業に係る控除))であり、州・準州のCIT(連邦CIT上、損金不算入)税率はかなり異なっている。

 


2024年9月3日 京大、iPSで糖尿病を治療  

京都大学病院はiPS細胞から作った膵臓の細胞のシートを糖尿病の患者に移植する臨床試験を2025年にも実施する。

膵臓の細胞が正常に働かず血糖値が上昇し、様々な合併症を引き起こす重症の1型糖尿病の患者にiPS細胞から作った膵臓の細胞「膵島細胞」を移植する。

血糖値を下げるための注射を不要にしたり、回数を減らしたりして、患者の負担を軽減できる可能性がある。2030年以降の実用化をめざす。

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膵臓は、アミラーゼやリパーゼなどの消化酵素を分泌する外分泌細胞と、インスリンやグルカゴンを分泌して血糖調節を行う内分泌細胞との2種類の異なる細胞群(組織)からできている。

この血糖調節を行う内分泌組織を「膵島」という。直径が約 0.1〜0.3 mm の球状の塊で、膵外分泌組織の中に点々と散らばっている。

膵臓の中には 成人1人あたり約 100 万個の膵島があり、膵臓を構成する組織の約1%程度といわれている。

膵島のうち、血糖を上昇させる働きがあるグルカゴンを分泌するのがα細胞

血糖を低下させるホルモンであるインスリンを分泌するのがβ細胞

糖尿病には1型と2型がある。

 1型は、自己免疫疾患などが原因でインスリン分泌細胞が破壊されるもので、インスリンの自己注射が必要。 患者は通常、インスリン製剤を毎日数回、腹部に自分で注射する必要がある。

2型は、遺伝的要因に過食や運動不足などの生活習慣が重なって発症する。糖尿病の多くは、この2型である。


国内では、亡くなった人の膵臓から膵島細胞を取り出し、重症患者に移植する「膵島移植」が2020年から公的医療保険の対象になっている。
しかし、日本膵・膵島移植学会によると、提供者(ドナー)不足などから、保険適用後に実施されたのは10人以下にとどまっている。

健康な人の膵島細胞を移植する既存の治療法はドナー(提供者)が不足しており、免疫抑制剤による副作用もある。

京大などはiPS細胞から膵島細胞を作ってシート状にする技術を開発し、この技術をもとに京大病院での治験計画を立てた。
2024年の8月下旬に京大の治験審査委員会で承認され、医薬品を承認審査する医薬品医療機器総合機構(PMDA)に計画書を送付した。

健康な人の細胞から作ったiPS細胞から膵島細胞の塊をつくり、複数集めて数センチメートル四方のシート状にする。手術でシート複数枚を患者の腹部の皮下に移植する。

移植したシートが患者本来の膵島細胞の代わりにインスリンを放出し、血糖値を下げることで、患者の体の負担や合併症のリスクを減らせる。

シートは京大と武田薬品工業が中心となって立ち上げ、iPS細胞の事業化を手掛けるオリヅルセラピューティクス(神奈川県藤沢市)が製造する。同社は実用化に向けて今回の治験の後、海外の研究機関や企業などと協力し、規模を拡大した国際共同治験によって有効性を確かめる方針だ。

オリヅルセラピューティクス株式会社 は、京都大学iPS細胞研究所(CiRA)と武田薬品工業によるiPS細胞共同研究「T-CiRAプログラム」の事業化を目的に発足した研究開発型企業で、創業日 は2021年4月9日
 
事業内容 は、1.細胞移植による再生医療等製品の開発、2. iPS細胞関連技術を利活用した、創薬研究支援および再生医療研究基盤整備

株主は、京都大学イノベーションキャピタル、武田薬品工業、SMBCベンチャーキャピタル、他

iPS細胞から作った膵島細胞を使う治療法について、主に1型糖尿病の患者支援や治療法の開発支援に力を入れるNPO法人「日本IDDMネットワーク」の井上龍夫理事長は「新しい治療法が従来の課題を解決し、根治に向けた選択肢になると期待したい」と話す。

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世界でも1型糖尿病の治療技術の開発が進む。米バイオ企業のVertex Pharmaceuticalsは6月、1型糖尿病の患者12人にヒトの幹細胞からつくった膵島細胞を移植し、インスリンが作られることを確認したと発表した。うち11人は注射などによるインスリンの投与量が減ったり、投与が不要になったりした。

国立国際医療研究センターはヒトではなくブタの膵島細胞を使う手法の研究を進めており、今後1型糖尿病患者向けに臨床試験の実施を目指す。ヒトの免疫がブタの細胞を攻撃するのを防ぐため、細胞を微小な穴の開いたカプセルに入れて投与する。

ブタの細胞がつくるインスリンはヒトのものとの違いが少なく代用できる。過去にはブタのインスリンを糖尿病の治療に活用していた時代もある。
 


 

2024/9/9  人工知能(AI)スタートアップのサカナAI、米NVIDIAなどから資金を調達


米グーグル出身の研究者らが設立したサカナAIは9月4日、米
NVIDIAなど複数の投資家から資金を調達すると発表した。

具体的な金額は明らかにしていないが総額は約200億円で、そのうちNVIDIAが数十億円と最大の出し手になる見通し。

生成AI(人工知能)開発競争が世界で過熱するなか、日本発のスタートアップと米国半導体の雄が組む異例の展開となる。

サカナAIは2024年1月に米有力ベンチャーキャピタル(VC)のKhosla VenturesやLux Capital主導のもとで約45億円の資金調達を発表した。NTTグループやKDDIのほか、ソニーグループのそれぞれのベンチャーキャピタルなど日本の大手企業からも出資を受けた。

世界では大手企業が出資や提携を通じて生成AIの有望なスタートアップを囲い込む動きが広がる。サカナAIを巡っても米テクノロジー企業やアジアの有力投資家が出資に意欲を示し、水面下で協議や交渉が進んでいるもよう。

付記

同社は9月17日、日本企業も加わり、下記の企業からシリーズAで合計約300億円を調達したと発表した。

シリコンバレーの有力VCであるNew Enterprise Associates(NEA)、Khosla Ventures、Lux Capital、Translink Capital、500 Global、NVIDIA

三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友銀行、みずほフィナンシャルグループ、NEC、SBIグループ、第一生命、伊藤忠グループ、KDDI、富士通、野村ホールディングス
日本のVCからは、グローバル・ブレインを筆頭に、JAFCO、みやこキャピタルが引き続き出資

これにより、シリーズAとして合計で約300億円の資金調達を完了

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サカナAIはグーグル出身のDavid Ha氏とLlion Jones 氏、外務省出身でメルカリ執行役員などを務めた伊藤錬氏の3氏が2023年に創業した。ジョーンズ氏は2017年にグーグルが発表し、現在の生成AIの土台となった論文「Attention Is All You Need」の共同執筆者の一人として知られる。

2022年に米OpenAIが「Chat GPT」を公開して以降、急速に普及する現在の生成AIは「大規模言語モデル」と呼ばれる技術を中核にしている。米テクノロジー企業などが巨大なコンピューターを使い、膨大な文章データを学習させて言語を扱う能力を高めてきた。

サカナAIはこうした従来の開発手法とは一線を画し、魚が群れを形成するように小規模なAIを組み合わせて高度な知能を実現する目標を掲げてきた。

同社は3月21日、複数の人工知能(AI)を掛け合わせてより優れたAIを生み出す新たな手法を開発したと発表した。
進化的アルゴリズムによる基盤モデルの構築

短い時間で「交配」を繰り返してAIの進化を促すことで、開発期間を従来の数百分の1に縮められる可能性がある。

 

生成AIの開発には通常、高性能の半導体や膨大な学習データが必要となる。高度な基盤技術を開発できるのは資金力のある一握りのテクノロジー企業に限られていた。サカナAIは従来とは異なるアプローチを実現し、生成AIの開発にゲームチェンジを仕掛ける狙いだ。

今回の発表は具体化に向けた第1弾の成果となる。

開発した手法は一から自前でAIのモデルを構築するのではなく、設計情報が公開された「オープンソース」の技術などを用いる。世界中の開発者らがオープンソースの技術に改良や改変を加え、多様な特徴を持つAIが生まれている。これらの中から異なるモデルを掛け合わせ、生物が進化するように高性能のAIをつくり出す。

まず「親」となる数種類のAIを様々なパターンで組み合わせて「子」となるモデルをつくる。その中から優れた性能をもつAIを選抜し、再び掛け合わせて「孫」のAIを生み出す。実験では1世代で最大100種を超すモデルをつくり、数百世代にわたって掛け合わせを繰り返した。この作業により、無数の組み合わせによる「競争」を勝ち抜いた優れたAIが生まれるという。

サカナAIの手法ではこうした組み合わせや選抜の工程に人間が介在せず、自律的に動作するアルゴリズム(計算手法)を用いる。実験では数百世代にわたる膨大な掛け合わせも1日で済んだ。多くの電力を消費する大量のコンピューターも不要だ。

米テクノロジー企業などが自前の大規模言語モデルを開発する際には、一般に年単位の期間がかかる。条件や方法が異なるため単純比較はできないが、サカナAIの新たな手法ではこれまで大量のデータを学習させて言語能力などを高めていた時間を数十〜数百分の1にできる可能性がある。

同社は開発した手法を用いて実際に@日本語で数学の問題を解く大規模言語モデルA画像に関する質問に日本語で正確に答えるモデルB日本語の指示に基づいて高速に画像を生成するモデルの3種類を試作した。開発した手法は論文として公表し、さらに発展させてより優れたAIの実現につなげる計画だ。


ことし7月には、AIに日本語で浮世絵の特徴を学習させることで、浮世絵風の画像を作り出す生成AIモデルを開発したと発表し、日本文化の特徴を取り込んだAIとして注目された。


2024/9/11 住友商事孫会社 Presperse Corporation によるChapter 11手続開始の申立て


住友商事は9月10日、米州住友商事会社の 100%子会社で、米国において化粧品原料の販売を行うPresperse Corporation がニュージャージー州連邦破産裁判所に Chapter 11に基づく企業再生手続開始の申立てを行ったと発表した。 

住友商事は1990年に日本産化粧品素材の欧州・米国・中国への輸出を開始、2007年に北米の化粧品素材販売事業会社Presperseに20%出資、2010年に出資比率を100%に引き上げた。

当時の発表によると、化粧品業界は、市場規模約32兆円(グローバルベース)、今後新興国を中心に年率3〜4パーセントの成長が見込まれる有望な市場で、Presperse は、エスティローダー、ロレアル、エイボン、P&G、レブロン、ジョンソン・エンド・ジョンソン等の大手化粧品メーカーを主要顧客とし、約300社の化粧品メーカーとの取引実績を有する米国の大手化粧品原料フォーミュレーターである。

米国市場を軸としビジネスを行っているが、今後は欧日市場に展開すると同時に、飛躍的な伸びが見込まれるBRICSをはじめとする新興国にも拠点を配置しながら拡大し、一気に世界展開を進める予定であった。


今回、Presperse Corporationは米国内におけるタルク(滑石)関連訴訟を受け、これまで真摯に訴訟対応を進めてきたが、同対応に係る費用が大きく、同社の事業継続が困難な見通しとなった。

しかし、同社が活動を行う化粧品業界においては、多くのステークホルダーに同社の事業価値を認めてもらっているため、同社の事業を継続したい。

このため、Chapter11 524(g)による再建手段を検討することで原告側と合意に至り、裁判所に Chapter11に基づく企業再生手続申請することとした。

Chapter 11 524(g) とは、アスベスト被害に対応するために制定された連邦倒産法の事業再生手続の一類型。

通常の事業運営を継続しつつ、アスベスト関連責任について切り出して解決を行う際に利用される。同手続の申請者は、アスベスト関連責任の解決のために一定額の救済基金を設立し、アスベスト関連責任の債権者は当該救済基金から返済を受けることで、申請者のアスベスト関連責任が免責される仕組みとなっている。

2024年3月時点での負債総額は5920万ドル(約83億円)。同社が販売するタルク(滑石)を原料に含む化粧品を使用した消費者から訴訟が相次ぎ、関連費用が膨らみ、事業継続が困難になった。

商品の競争力は維持できているものの、数百件に上る訴訟にかかる弁護士費用や和解金の積み立てが生じ、24年3月期の最終損益は4057万ドルの赤字(前期は317万ドルの黒字)だった。

住友商事は24年3月期の連結決算で、訴訟関連費用約50億円を計上し、Presperse の株式評価額を0円にする評価の見直しも実行済みのため、25年3月期の連結業績予想に与える影響は軽微としている。

Presperseは原料の安全性の問題について認めていない。

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米国ではタルクについての裁判が相次いでいる。このうち最大のものはJohnson & Johnsonのもので、これにはPresperse Corporation は関与していない。

Johnson & Johnsonはベビーパウダーのタルクにアスベストが含まれ、中皮腫や卵巣がんが発症したとして訴訟が相次いでいる。

Johnson & Johnson向けのタルクのサプライヤーはCyprus Mines(キプロスに拠点)とフランスのImerys である。

ヘルスケア製品最大手のJohnson & Johnson(J&J) は2018年4月5日、同社製ベビーパウダーのタルクにアスベストが含まれており、中皮細胞から発生するガンの一種、中皮腫を誘発したとする告訴を巡る米ニュージャージー州ミドルセックス郡の上級裁判で敗訴した。

原告に3,000万米ドル、配偶者に700万米ドル、合計3,700万米ドル(約40億円)の補償的損害賠償金の支払いを命じる評決を陪審員が下した。

これに対し、J&Jは原告側の主張を否定し、同社のベビーパウダーにはアスベストは含まれておらず、ガンを引き起こすはずはないと反論している。

同様の訴訟が相次いだが、2024年5月の時点で約95%のケースで和解に至った。また米各州が提起した消費者保護訴訟でも暫定合意に達したと発表した。

J&Jは2024年5月1日、タルクを使った同社のベビーパウダーが原因で卵巣がんを発症したとして集団訴訟を起こされている問題で110億ドル(約1兆7400億円)での一括和解案を提示。昨年の提示額に21億ドル上乗せし、数千人もの原告に支持を求めた。

5月1日の発表によれば、J&Jは既存および将来の法的請求をすべて決着することを目指して子会社に破産法適用を申請させることに原告の承諾を求めた。同社の子会社は過去に2度、連邦破産法11条の適用申請を試みたが、原告側は補償額が少なすぎるとして受け入れなかった。

J&Jが今回進めようとしているのは「プレパッケージ」破産と呼ばれる手法で、債権者から事前に十分な支持を取り付ければ破産法11条の適用プロセスをスピードアップできるもの。破産裁判所では集団訴訟の原告は無担保債権者とみなされる。J&Jが破産法裁判所の判事から承認を得るには、原告の75%から支持を取り付ける必要があると破産法11条は定めている。

2月に提出された有価証券報告書によるとJ&J は現在、ベビーパウダーや類似製品に使用されたタルクがさまざまな種類のがんを発症させたとして、6万件近くの訴訟を抱えている。この多くはニュージャージー州にある連邦裁判所判事の判断で集約され、公判前の情報交換が行われている。その他の訴訟は州裁判所で審理される。

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米国では陪審員制度であり、J&Jのような大企業が訴えられると賠償額は膨大なものになる。これが報道されると、同種の製品メーカーとそこに原料を供給するメーカーが相次いで訴えられるのが米国の慣行である。

Presperse Corporation についても、同社が販売するタルク(滑石)を原料に含む化粧品を使用した消費者から訴訟が相次ぎ、タルクを供給したPresperseも訴えられたものである。

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J&Jは2022年8月、タルク(滑石)を原料とするベビーパウダーの製造と販売を、来年から世界中で停止すると発表した。コーンスターチを原料として使っていくという。

J&Jのベビーパウダーは130年近く販売されており、おむつかぶれの予防や化粧に使われている。家庭にやさしい同社のイメージを象徴する製品となっている。しかし、タルクを使ったパウダーをめぐっては、含有されているアスベスト(石綿)が原因で卵巣がんを発症したとして、女性や遺族らがJ&Jを相手に数万件に上る訴訟を起こしている。

J&Jは製造・販売の停止の方針を明らかにしたが、安全性については、数十年にわたる独自の研究ですでに示されているとする、これまでの見解を繰り返した。「タルクを使用したJohnsonのベビーパウダーは安全で、アスベストを含んでおらず、がんを引き起こさないことが、世界中の医学専門家による数十年にわたる独立した科学的分析で確認されている。当社はそれを強く支持している」とした。

製造・販売の停止については、「世界的な製品ラインアップの評価の一環として、コーンスターチを原料とするベビーパウダーのラインアップに移行するという商業的な決断をした」と説明した。

 


2024/9/12 田辺三菱製薬の将来

9月10日付けの日本経済新聞は、「田辺三菱製薬を売却へ 三菱ケミG 多額の開発費重荷」と題する記事を掲載した。

化学業界では中国メーカーの過剰生産で収益が悪化し、各社が事業見直しを迫られている。三菱ケミGも本業との相乗効果が見込みにくい医薬品を含め全社的な事業再構築を模索する。

三菱ケミGは売却に向けファイナンシャルアドバイザーを起用し、外資系ファンドなどに打診しているもようだ。売却に向けての交渉は初期段階とみられる。三菱ケミGは田辺三菱を完全子会社化した際の5000億円を上回る金額での売却をめざしているようで、金額など条件次第では売却しない可能性も残る。

収益貢献が高い医薬品事業も見直しの対象になるのは、多額の研究開発費用が必要という医薬品事業特有の理由がある。医薬品の世界では従来型の低分子医薬品からパイオ薬が競争の中心になり、創薬の難易度が格段に上がった。世界の製薬大手は毎年数千億ー1兆円規模を研究開発に投じている。田辺三菱の売り上げは約4300億円と国内でも中堅規模。三菱ケミGの筑本学社長は「医薬品事業のための資金をどう捻出するかは頭が痛い問題」と話す。

三菱ケミカルは同日、この報道を否定した。

当社が発表したものではなく、そのような事実はありません。
当社は、ファーマ事業を含めた全ての事業を対象に、グループ全体の事業ポートフォリオのあるべき姿に関して継続的に検討をしており、売却を含めたあらゆる選択肢を念頭に置いてポートフォリオ改革を推進しております。今後開示すべき事実が発生した場合は速やかに開示いたします。

後述するが、同社には有望な製品はなく、買い手を探すのに苦労すると思われる。

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三菱ケミカルホールディングスは2019年1118田辺三菱製薬普通株式の全てを取得し、完全子会社とすることを目的とし、公開買付けを実施すると発表した。TOBは成立し、2020年2月末に田辺三菱製薬は上場廃止となった。その後、田辺三菱製薬の決算は公表されていない。

2019/11/22 三菱ケミカルホールディングス、田辺三菱製薬に公開買付け 

三菱ケミカルのヘルスケア事業のコア営業損益の状況はこれまでの発表からみると、下記の通りである。2023/3月期以降は田辺三菱製薬の実績は不明。

コア営業損益 単位:億円

  三菱ケミカル
ヘルスケア部門
田辺三菱製薬
合計 田辺以外 コア合計 うちロイヤリティ その他
2019/3 538 -20 558 631 -73
2020/3 165 -26 191 174 17
2021/3 179 -31 210 159 51
2022/3 -70 -40 -30 133 -163
2023/3 1,418 159   1,259  
2024/3 563        

1.三菱ケミカルのヘルスケアの営業損益のうち、田辺三菱製薬分を除くとほとんどなし。

2.田辺三菱製薬の損益は大半がロイヤリティ収入で、それ以外の販売損益はゼロに近い。

  

 ・ 多発性硬化症治療剤「ジレニア」

田辺三菱製薬の前身の吉富製薬が創製し、海外ではノバルティス(スイス)に導出したこの薬剤のロイヤリティ収入は、収益の柱となっている。

2019年2月、ノバルティスから本件契約の規定の一部の有効性について疑義が提起され、2019年2月15日、国際商業会議所より、ノバルティスを申立人とする仲裁の申立てがあった旨の通知を受領した。

ノバルティスは、米国、EU等における製品の売上ベースのロイヤリティ支払い義務を定める本件契約の規定の一部は無効であり、ノバルティスにはロイヤリティの一部の支払義務がないことの確認を求めている。 本仲裁は、ICCの仲裁規則に従い、英国ロンドンを仲裁地として行われる。

2023/2/15   国際商業会議所の仲裁判断で田辺三菱製薬のロイヤリティ収入が復旧

仲裁の期間中はロイヤリティは売上高に計上しなかった。

最終的に田辺三菱の勝訴となり、20233月期4四半期にこれまでの 1,259億円を一括して売上収益として認識した。

 ・ もう一つのロイヤリティの「インヴォカナ」は、ヤンセンファーマシューティカルズに導出した2型糖尿病治療剤。

    ・ 
上記の通り、三菱ケミカル全体のヘルスケア部門の営業損益は過去のロイヤリティがほとんどであり、これらは契約期間が終了すると、利益はゼロになる。

 

3. 三菱ケミカル(田辺三菱製薬)としては当然、新製品の開発、他社からの技術導入により事業拡大を狙っているが、今までのところ、すべて失敗に終わっている。

1) 新型コロナワクチン

田辺三菱製薬のカナダ子会社 Medicago Inc.は、植物由来ウイルス様粒子VLP技術を用いた新規ワクチンの研究開発に特化したカナダのバイオ医薬品会社であり、2022 年2月には新型コロナウイルス感染症の予防を適応として開発してきた VLP ワクチン「COVIFENZ®」がカナダにおいて承認され、商用規模生産の移行に向け準備を進めてきた。カナダ政府と最大7600万回分の契約をむすび、日本でも承認申請の予定だった。

たばこ属の葉に遺伝子を組み込んで抗原を作るが、段階的に生産を引き上げる「スケールアップ」に課題が見つかり、計画通りに量産できない状況となった。

新型コロナウイルス感染症を取り巻く環境は大きく変化しており、現状の新型コロナウイルスワクチンの世界的な需要及び市場環境と、商用規模生産の移行への同社の課題を包括的に検討した結果、COVIFENZ®の商用化を断念するという結論に至り、精算を進める。減損損失が480億円であることを発表した。

   2023/2/4  田辺三菱製薬、新型コロナワクチンから撤退、カナダ子会社を精算へ 

2)田辺三菱製薬は2017年7月24日、イスラエルの医薬品企業 NeuroDerm Ltd.の買収手続き開始について合意したと発表した。本買収の取得価額の総額は、約11億米ドル。

NeuroDerm は、パーキンソン病の治療薬に関して、新たな製剤研究や、医薬品と医療器具(デバイス)とを組み合わせる優れた技術開発力を有する医薬品企業で、現在、米国および欧州でフェーズ3に移行し、2019年度に上市が見込まれるパーキンソン病治療薬「ND0612」を中心に開発を推進していた。

 2017/7/27 田辺三菱製薬、イスラエルの医薬品企業 NeuroDermを買収   

NeuroDerm ではND0612」の治験が当初計画から遅れていたが、第3相臨床試験の治験施設の開設および患者組み入れにおいて重要な立ち上げ期間に今般の新型コロナウイルス感染症の拡大が重なるなどしたため、更に約1年半の開発計画の延長を決定した。

このため、欧米での申請は2023年度になる。

本開発計画の遅れと、複数の競合品の開発状況等から収益性が低下する見込みとなり、2020年9月中間決算で、仕掛研究開発費つい845億円減損損失を計上した。

田辺三菱製薬は2024年6月、ND0612の米国承認申請について、米国食品医薬品局(FDA)より審査完了報告通知を受領した。これは、現在の申請内容では承認に至らない場合にFDAより発行される。

 

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米国に進出しているメーカーとしては住友ファーマの例がある。

収益の柱であった第二世代抗精神病薬に分類される「統合失調症」および「双極性障害におけるうつ症状の改善」の治療薬「ラツーダ」の特許が切れ、年間2000億円の売上高が、一気にゼロになるという「特許の崖 (Patent Cliff )」に襲われた。

ラツーダの後継候補をこれまで買収してきたが、いろいろな問題でうまくいかなかった。 

2009年9月にSunovion Pharmaceuticals Inc.を買収した(買収額 約26億米ドル)が、同社のバーキンソン病治療薬「キンモビ」の売上予想を見直し、特許権全額 -556億円を減損処理した。

2012年4月に米国のBoston Biomedical Inc.の買収を完了した。癌幹細胞への抗腫瘍効果を目指して創製された低分子経口剤であるBBI608 (ナパブカシン)及びBBI503 の2 つの有力な開発パイプラインを有している。(買収額 200 百万米ドル+マイルストーン)

ナパブカシンは、がんの親玉である「がん幹細胞」をピンポイントで攻撃する世界初の新薬候補として注目を集めていた。またナパブカシンは比較的低コストで治療効果が期待できるとされ、開発費の抑制にもつながるため製薬各社や市場関係者が注視していた。

  2019年7月2日、年間売上高が1千億円以上の「ブロックバスター」候補だったナパブカシンの膵がん患者を対象としたフェーズ3試験の中止を発表した。減損損失 -269億円
 
胃がん、膵がん、結腸・直腸がん向けに、臨床試験の最終段階である第3相まで開発が進んでいたが、2017年6月に胃がん向けの開発に失敗した。

2012/3/3  大日本住友製薬、米国医薬品会社Boston Biomedical を買収 

 最後の手段として2019年10月31日、Roivant Sciences との間で、戦略的提携に関する正式契約を締結した。

2019/11/4 大日本住友製薬、Roivant Sciences と戦略的提携、30億ドルを投資

大日本住友製薬は対価として総額30億ドルを支払った。(子会社5社を含めた新会社に 20億ドル、Roivantの株式に10億ドル)
更に、このうちのMyovant Sciences Ltd. 約52%買収)を2022/10/23 総額17億米ドルを支払い、100%とした。 合計投資額は6000億円となった。

現在、ラツーダ後継としているのは、Roivant Sciencesの下記の3剤。

    当初開発  
進行性前立腺がん治療剤オルゴビクス 一般名:レルゴリクス 武田薬品 Pffizerと提携
子宮筋腫・子宮内膜症治療剤マイフェンブリー レルゴリクス40mg、エストラジオール1.0mg、
酢酸ノルエチンドロン0.5mgの配合剤
  Pffizerと提携
過活動膀胱治療剤ジェムテサ 一般名:ビベグロン 米 Merck  

しかし、ラツーダの利益減をカバーできるとは思えない。

2023/11/8 米国医薬業界、特許切れの恐怖:住友ファーマのケース

 

米国では、主要大企業が自社での新製品開発に多額の研究費を投じるとともに、開発会社が開発中の目ぼしい新製品を金に糸目をつけず、買い漁っている。
このため、中小企業は淘汰され、少数の大企業が生き残りを賭け、争っている。

医薬品の開発は、途中の段階では問題がなく、有望であっても、最後の最後の臨床試験で悪い結果がでると終いである。そのような開発品に数千億円をかけざるを得ない。

多数の有望製品をもっていたとしても、それらは次々に特許が切れる。それに備えて次々と有望製品を買い漁る必要がある。

日本の企業で今後、世界で事業をやっていける企業は少ないだろう。

世界の大企業が企業生命を賭けて大投資をしているなかで、三菱ケミカルや住友化学のような多角化企業の場合、医薬に投資できる資金は限られる。

特定分野に限定するとか、中外製薬のようにRocheと組むなどを考えないと、投資の配分で他の事業にも影響を与えかねない。

多角化事業の一環として医薬事業をやることは今や無理であろう。


2024/9/14 2024年イグノーベル賞

2024年のIg Nobel 賞の受賞者が9月12日(日本時間13日)に発表され、生理学賞は、東京医科歯科大学と大阪大学で教授を務める武部貴則氏らの研究チームによる「多くの哺乳類が肛門呼吸できることの発見について」に贈られた。

武部貴則教授(37)の専門は実は「再生医学」で、11年前に共同研究者とともにヒトのiPS細胞から肝臓の機能を持つ細胞のかたまりを作ることに初めて成功した。

2019年にはヒトのiPS細胞から肝臓やすい臓など複数の臓器を同時に作り出すことにも成功している。

今回の研究を始めるきっかけとなったのは、田んぼなどに生息する「ドジョウ」で、ドジョウは酸素が少ない環境ではえらだけでなく腸でも“呼吸”できるという特徴があるため、哺乳類の中にも同じように腸から酸素を吸収できるものがいるのではないかと考えた。

実験では肺の機能が低下したブタのお尻から高い濃度の酸素を含む特殊な液体を入れ、体内に酸素がどれくらい取り込まれるかを調べた。その結果、血液中の酸素の量が大幅に増えた。

さらに▽酸素を含む液体を注入したマウスは酸素が少ない環境でも活発に動き回る様子が確認できたほか、▽呼吸不全の症状のあるブタに酸素の液体を注入したところ、症状が改善した。

この研究の論文は3年前の2021年、新型コロナウイルスの感染拡大によって各地の医療機関で重い肺炎の患者が相次ぐ中、発表された。

呼吸不全の新たな治療法として、実用化に向けた研究は現在も進められていて、ことし6月には武部教授が創業したベンチャー企業などが安全性などを確認する臨床試験を始めている。

株式会社EVAセラピューティクスは、腸呼吸を応用した治療法や医療機器を開発する東京医科歯科大学発ベンチャー企業。

武部貴則教授の研究チームが開発した、腸を用いたガス交換により血中酸素分圧を上昇させる「腸換気技術(EVA法)」の実用化を目的として設立。

腸管内に純酸素ガスもしくは酸素が豊富に溶けたパーフルオロカーボン(炭素とフッ素のみから構成される化学物質)を注入することで肺を介さずに呼吸不全を緩和できる可能性があり、人工肺(ECMO)や人工呼吸器の離脱促進や上気道閉塞における急性期の呼吸管理法としての利用を見込む。

EVA法は、内閣府主催の「第4回 日本オープンイノベーション大賞」において、「腸換気(EVA)技術の実用化」として科学技術政策担当大臣賞を受賞した。


なお、日本人の
イグノーベル賞受賞は18年連続。   過去の受賞者

 

本年のその他の受賞(9件)は次の通り。

平和賞

B.F. Skinner
ミサイルの飛行経路を誘導するために生きたハトをミサイル内に飼育することの実現可能性を調べる実験

第二次世界大戦時に海軍研究所で行われた研究プログラムで、ミサイルの誘導にハトを使うことが検討された

鳥を垂直に透明なプラスチック板(スクリーン)の上に配置する新しいハーネスシステムを考案し、ニュージャージー海岸のどこかにあるターゲットの投影画像をスクリーン上で「つつく」ように訓練した。
誘導信号は、スクリーンとくちばしが接触したポイントから拾われた。
最終的には、システムをより強固なものにするために、3羽の鳩を使用するバージョンを作成した。

この時点で、軍事の焦点はマンハッタン計画に移っており、この案は却下された。

植物学賞

Jacob White
Felipe Yamashita

「本物の植物が隣接するプラスチック製の人造植物の形状を模倣することの発見」

ホワイト氏とヤマシタ氏(ブラジル人、ボン大学)は、チリ南部の熱帯樹林に生育するBoquila trifoliolataというつる植物をプラスチック製の藤の木にまとわせたところ、Boquila trifoliolataの葉色・向き・葉脈パターンがプラスチック製の藤の木についている偽物の葉を模倣したことを発見した。

Boquila trifoliolataが宿主植物の模倣をすることは知られていたが、どういう情報経路で模倣を行うかはわかっておらず、化学物質経由か遺伝子経由であると考えられていた。しかし、今回の実験でプラスチックの植物も模倣したことから、「これまで考えられた2つの可能性は否定された」と論じている。

解剖学賞

Marjolaine Willems

「毛髪形成における遺伝的決定論と半球の影響」

研究チームは、北半球に住んでいる人と南半球に住んでいる人、そして同性の双生児74組でつむじの向きをチェックした。

その結果、双子のつむじの向きは同じであったことから、つむじの向きへの遺伝的影響は強いことが判明。
さらに、南半球の子どものつむじ毛は北半球の子どもよりも反時計回りの傾向が高いこともわかり、研究チームはHemispheric Influenceの可能性が示唆されたとしている。

薬学賞

Lieven A. Schenk
痛みを伴う副作用を引き起こす偽薬は、痛みを伴う副作用を引き起こさない偽薬よりも効果的である可能性があることについて

研究チームは77人の健康な参加者に「フェンタニル(鎮痛薬)鼻腔スプレーを投与する」と伝えて投与する実験を行った。
実際には一方のグループには中性のスプレー、一方にはカプサイシン(軽度の灼熱感を引き起こし、偽の副作用として機能)を含むスプレーが与えられた。

実験の結果、偽の副作用を引き起こすプラセボスプレーの方が、副作用のないプラセボスプレーよりも効果的に痛みを軽減することが明らかになった。
これは参加者が灼熱感を副作用として期待し、それによってスプレーが効いていると思い込んだためと考えられる。軽度の副作用が実際には治療効果を高める重要な役割を果たす可能性があることを示唆している。

物理学賞

James C. Liao
死んだマスの遊泳能力の実演と説明

魚は渦流のエネルギーを利用することでエネルギー消費を抑えていると考え、泳ぐ動きを変えて流れ​​に同期するニジマスを実験対象として選んだ。

ニジマスの死骸を流水装置に入れたところ、速度変化をつけることはできないという違いはあるものの、生きたニジマスと同じような動きをすることが分かった。「つまり、魚は渦流から十分なエネルギーを引き出して自身の抗力を克服することができ、羽ばたく物体はたとえ遠く離れていても、エネルギーを消費することなく、別の航跡を生成する物体を追うことができるということです」

確率賞

František Bartoš
コインを投げた時、最初に上にしていた面が出る確率の方が高いという理論を35万757回の実験で示したことについて

理論的にはどちらも2分の1で等しいはずだが、実際にはコインの重心に偏りがあり、コインを投げるとその回転軸の方向が変化するため、最初の面を上にして空中にある時間がより長くなると研究チームは予想した。テストの結果、最初に上にしていた面が出る確率の方がわずかに高いことが示された。

化学賞

Tess Heeremans
酔った虫と酔っていない虫を分離するためのクロマトグラフィーの使用

自己駆動粒子(自分で速度を変えられる物質や物体)に関するもので、研究チームはイトミミズを高活性グループと低活性グループに分け、低活性グループにはエタノールを吸収させ、両方のイトミミズを流路に放った。

その結果、エタノールを摂取していない高活性のミミズは、酔っぱらったミミズよりも先に流路の端まで到達した。活性ポリマーを長さと活性で選別するには「構造化された空間中に流れる流路」が適していることを示した。

人口統計学賞

Saul Justin Newman
最も長生きしたことで有名な人々の多くが、出生と死亡の記録がきちんと保管されていない場所に住んでいたことの発見

従来、100歳以上の長寿者が集中する「ブルーゾーン」は、強い社会的つながりや野菜摂取量の多さ、特定の遺伝的要因などと関連付けられてきた。しかし同氏は、貧困や低所得、高い犯罪率といった要因と長寿との意外な関連性に気づき、人口統計データを詳しく調査した。

その結果、各ブルーゾーンのデータに多数の誤りがあることが判明した。例えば、1997年のイタリアでは3万人の死亡者が年金を受給し続けていたり、2000年のコスタリカの国勢調査では99歳以上の42%が年齢を誤って申告していたことが分かった。さらに2010年の日本では、百歳以上の高齢者23万人以上が行方不明、架空の人物、死亡、または事務的ミスによるものであり、82%もの誤りがあったことを明らかにした。ニューマン氏は「他の分野でこれほどの誤りが発見されれば大スキャンダルになるはずだが、人口統計学ではこうした問題がほとんど言及されません」と指摘。

生物学賞

Fordyce Ely
牛がいつ、どのように乳を噴出するかを調べるために、牛の背中にいる猫の横で紙袋を爆発させる実験(猫は不要と判明)

搾乳時に乳を出そうとしない牛と、すぐに乳を出す牛の違いに注目し、乳房からの乳の射出に関わる生理学的プロセスを理解するための実験

乳を出す行為は、血中のオキシトシンによる乳腺内の圧力が高まる条件反射として説明できると結論付けられた。
この条件反射により、乳腺胞と乳管の筋肉が収縮し、乳が放出されると論じている。
また、乳を出さない場合は血中のアドレナリンが筋肉の収縮を妨げ、乳腺内の圧力が高まるのを防いでいることが分かった。

注 人口統計学賞での日本についての記述

2010年9月10日、所在不明高齢者問題を巡り、現住所が不明で住民票が削除されているにもかかわらず、戸籍上「生存」する100歳以上の高齢者が約23万人以上いることが法務省の調査で分かった。
戦争や移民先の海外で死亡したものの、死亡届が未提出の例が多いとみられる。同省は自治体に対し、戸籍の整理・抹消手続きを促す。

同省は2010年8月末から9月初めにかけ、電子化された戸籍を中心に、全体の約9割にあたる約4743万戸籍を調査。現住所や住所履歴を記す戸籍の「付票」に住所の記載がない100歳以上が23万4354人。うち「120歳」以上が7万7118人、「150歳」以上は884人だった。


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