日本経済新聞 2008/3/10

中国・華南 コスト高の荒波 「世界の工場」一部外資撤退        
韓国の中国撤退問題
 賃金・人民元が上昇

 割安で豊富な労働力を目当てに外資系製造業が集積し「世界の工場」と呼ばれる中国・華南が曲がり角を迎えている。労働契約法改正などに伴う人件費の高騰や人民元相場の上昇を受け、一部外資に撤退の動きが出ている。外資を優遇する「改革開放政策」導入から30年。中国政府はハイテク産業の誘致に軸足を移し、産業構造の転換を急ぐ。

 華南地区から製造業が撤退する動きは今年に入って目立ってきた。広東省東莞市に拠点を置くアジア靴業協会の調べでは、同市周辺にある約6千の靴工場のうち1千工場が過去1年で閉鎖した。同市の担当者は中国紙の取材に「衣料品をはじめ電子部品、金属機械工場の閉鎖・移転が目立つ」と認める。夜逃げ同然のケースもあるという。

工場の1割閉鎖
 香港工業総会の調査によると、香港企業が経営に関与する工場7万件のうち、少なくとも1割が年内に閉鎖する見通しだという。香港工業総会の劉副主席は「コスト上昇を招く要因が重なっている」と指摘する。特に深刻なのは人件費の上昇だ。
 広東省は今年4月に1カ月の最低賃金を引き上げることを決め、広州市は10%増の860元に設定した。昨年9月に引き上げた上海市(840元)などを上回り、国内最高額に達する。同省は今後、2年に一度のぺースで最低賃金を改定する方針だ。
 人件費高騰の最大の原因は1月に施行された労働契約法だ。実質的な終身雇用制度導入など労働者の権利保護を重視した内容。開会中の全国人民代表大会(全人代)でも、労働法の見直しを求める意見が製造業経営者から相次いでいる。
 税制改正も逆風だ。外資系企業の企業所得税率は2007年まで15%だったが、段階的に25%まで引き上げられる。税制面での外資優遇が無くなる格好で、ベトナムなどへの移転を検討する企業が増えている。

日系企業も影響
 人民元の昨年の対米ドル上昇率は6.9%に達した。輸出価格の上昇につながり、中国製品の価格競争力は低下している。中国製品の安全性への不安が高まるなか、玩具や食品などは品質管理への対応もコスト増要因になっている。タカラトミーは広東省の子会社内に有害物質を検知するX線分析装置を導入した。
 現時点では日系工場の撤退はなく、香港や台湾企業が運営する下請け工場の閉鎖が目立つ。しかし、足元を支える下請け企業の空洞化が続けば、部品の調達などに影響が出るのは避けられない。

産業高度化へ正念場

 広東省を中心に外資系製造業の撤退機運が高まっていることは、低コスト生産を競争力の源としてきた中国全体の産業政策が難しい局面に入ったことを意味する。労働集約型から産業高度化への方向転換を目指すものの、一筋縄ではいかない難しさを抱えている。
 外資系企業の経営の自主権を尊重し、関税や所得税を減免するといった優遇措置で外資を中国に誘致する呼び水にしたのが「経済特区」。1978年にケ小平氏が共産党指導権を握って打ち出した「改革開放」路線の中核をなした政策だ。
 80年の全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で「広東省経済特別区条例」を承認・公布し、深セン、珠海、汕頭の3都市に経済特区を設置。日系企業などが続々と進出し、「世界の工場」の土台を作り上げた。
 だが、中国政府は近年、付加価値の低い加工工場への優遇策を相次ぎ縮小、産業の高度化を促す姿勢を鮮明にしている。1月には輸出入時の優遇税制を認める加工貿易制度の対象品目から新たに589品目を除外、外資系製造業のかじ取りは難しさを増す一方だ。深セン市の許宗衡市長は「今後はハイテク産業を発展させ経済効率を追求する」と宣言している。
 とはいえ、中国企業は現状では労働集約の組み立て型産業が主流で、自力での研究開発力は乏しい。広東省の年間輸出総額3700億ドル(約38兆円)の6割以上を外資系企業が占める。外資に頼らない成長路線に移行できるか、中国の産業政策は正念場を迎えている。