日本経済新聞 2007/3/21

工場爆発 3人重体 新潟の信越化学 14人が重軽傷

 20日午後4時25分ころ、新潟県上越市頚城区西福島、信越化学工業直江津工場で爆発があった。工場は炎上、県警によると、作業員の斎藤成治さん(50)ら3人がやけどなどで重体、14人が重軽傷を負った。火災は約5時間後に鎮火した。 上越市によると、爆発の衝撃で近くの民家など19軒の窓ガラスが割れたり、戸が外れたりした。周辺住民約130人が一時避難した。
 県警にょると、出火した建物は鉄骨4階建て(高さ約20メートル、延べ床面積約9600平方メートル)で、約20人が建材に使うメチルセルロースなど、化学製品の製造作業をしていた。けが人は23−57歳の男性作業員。3、4階が激しく燃えており、県警などは21日に実況見分し、出火原因を調べる。
 同社によると、工場の4階にはメチルセルロース製造過程で、パルプと薬品を反応させる機器などがあった。メチルセルロースに引火性はなく、有毒ガスの発生もないという。
 工場は敷地面積が約56万平方メートルで、従業員数は約千人。
1973年にも爆発事故があり、死傷者が出ている。

塗料・医薬業界に影響も セルロース誘導体、世界シェア3割

 信越化学工業の直江津工場(新潟県上越市)で20日起きた爆発事故で、同社は安全性が確認されるまで工場全体の操業を停止する方針だ。増粘剤として塗料、医薬品などに幅広く使われる「セルロース誘導体」の生産設備が主に損壊したとみられ、同誘導体については生産再開のめどがたたない状況。供給に影響が出る可能性もある。

 セルロース誘導体は植物繊維を主原料とし、塗料やセメントに混ぜて粘り気を出したり、医薬品の錠剤を固めるのに使ったりと用途は幅広い。信越化学は世界シェアの約3割を握る最大手とみられ、年間売上高は400億円程度とされる。
 信越化学の生産拠点は国内では直江津工場しかなく、あとはドイツに拠点があるだけ。日本市場向けの製品は主に直江津工場で供給している。今後の供給体制について同社は「ドイツからの輸入や競合他社への肩代わり依頼を検討している」(広報部)という。
 セルロース誘導体は米ダウ・ケミカルが海外拠点から日本市場に一部供給している。同社日本法人の幹部は「どんな対応が可能か検討したい」と説明している。ただ欧米市場でも需要は旺盛で、信越化学の操業停止が長引けぱ顧客企業への供給が停滞する懸念がある。
 信越化学にとってセルロース誘導体は塩化ビニールや半導体シリコンに次ぐ有力事業の一つ。復旧時期次第で業績に影響が出る可能性もある。

ブログ 2006/10/10  「信越化学、ヨーロッパのメチルセルロース能力増強完了」 参照


信越化学社史 

 1973年10月28日午後3時30分ころ、直江津工場の東側、ほぼ中央にある塩ビモノマー工場で爆発事故が発生し、火煙が十数mに達した。破壊されたタンクなどから流出したモノマーガスや溶剤に引火して爆発を繰り返した。
 当日は日曜日であったが、直ちに自営および公設の消防車が出動して消火に当たった。しかし、火勢が強いため火元付近には近寄れず、事務室、分析室を焼いたあと火は計量タンクや球形モノマータンクに移り、2日後の30日午後1時になって鎮火した。
 この事故により従業員1人が死亡、6人が重傷を負ったほか、近隣住民11人を含む17人の軽傷者があった。また、公共建物、民家約660戸の窓ガラスが割れ、瓦が落ちるなど被害範囲は半径2.2qにわたった。 


 粗塩ビモノマーに含まれる不純物を除去するストレーナー(濾過器)の清掃が10日ごとに行われるが、事故はその作業中に起こった。このストレーナーは本来2系列あり、清掃ごとに交互に使用していたが、修理のため1系列で運転されていたことも不運につながった。清掃作業は予定通り行われたものの、作業員がストレーナー内に残留したモノマーガスを気化放散したところで、粗モノマータンク側のバルブからガスが漏洩していることに気がついた。このため作業員はバルブの締め方が不十分と考えて鉄製のハンドルまわしで力を加えたところ、バルブのヨーク部が切断されてバルブは全開状態となり、タンク内にあった粗モノマー約4トンが噴出してガスとなった。このガスは空気より重いため地上をはうようにして塩ビ工場一帯に拡散した。ガス噴出は3時15分ごろである。その後の15分間に危険を感じた塩ビ工場の作業員ができる限りスイッチを切って退去したあと3時半ごろに爆発が起こった。この時、現場確認のために戻った作業長が殉職した。

 


日本経済新聞 2007/4/13

信越化学事故余波続く 錠剤用セルロース生産停止
 製薬会社 調達に躍起 海外品で代用探る動きも

 3月に起きた信越化学工業の直江津工場(新潟県上越市)の爆発事故による錠剤向け材料の生産停止が続き、医薬品メーカーが代替先確保に躍起になっている。米ダウ・ケミカルなど大手の供給力にも限界があるため、アジアでの調達先確保に動き出した。信越化学は5月末の生産再開の検討に入ったが地元住民の同意が不可欠。生産停止が長期化すれば影響が広がりかねない。
 生産停止が続く「セルロース誘導体」は錠剤を固める結合材やコーティングなどに使う。信越化学は世界シェア約3割の大手。医薬品向けは国内シェアの約9割を握り、直江津工場でしか生産していない。同工場は医薬業界のいわば陰の生命線だ。
 事故発生直後から信越化学は「需要家の操業への影響は全力で食い止める」と、供給責任を果たすことを強調。対応策としてダウなど海外メーカー数社に供給の肩代わりを依頼した。だがセルロースは世界的に品薄気味。ダウ・ケミカル日本の神永剛社長は「我々にも既存の顧客があり、すぐに信越化学に対応するのは難しい」と困惑する。
 国内の製薬各社は現段階で「原料や医薬品の工場・流通在庫を含め供給余力はあり、当面はパニックに陥る心配はない」と口をそろえる。ただ信越化学の復旧が長引くと生産計画への影響は無視できず、急きょアジアなど代替調達先を探すなど対策に乗り出した。
 ある製薬大手は「韓国や中国、インドの化学メーカーに手当たりしだい供給を依頼している」と打ち明ける。海外からサンプル品を取り寄せ品質検査に着手した企業もあるが、「調達可能な絶対量が足りない」(別の製薬会社)という。
 海外品で代用する場合も、製品によっては原材料の一部変更を厚生労働省に申請し、審査・承認手続きが必要になることも考えられる。「通常は1年ほどの審査期間を特例で短縮してほしい」と行政当局に協力を求める声も多い。
 厚労省は業界団体の日本製薬団体連合会に、事故の影響を16日までにまとめるよう事務連絡の形で指示した。同省は供給に支障をきたす恐れがある医薬品があるかを把握し、必要な対策を検討する。
 医薬業界の懸念に応えるため、信越化学は5月末に生産再開する検討に入った。無傷の設備も多く生産自体には問題は少ないが、再開実現には事故原因の特定と地元自治体や周辺住民の同意が必要になる。信越化学の金川千尋社長はセルロース事業を「大事な事業の一つ。安定供給を続ける」と強調するが、再発防止策を早期に提示し、地元住民と顧客の双方の信頼を回復する対応が求められている。