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2025/8/5 韓国の「黄色い封筒法」

韓国で「黄色い封筒法」と呼ばれる労働組合法2・3条改正案が7月28日に国会環境労働委員会を通過し、8月4日に本会議での処理を控えていた。

使用者の範囲と労働争議の概念を拡大(2条)し、労働組合活動による企業の損害賠償請求を禁止する(3条)という内容が核心である。

しかし、野党が法案投票を遅らせるためフィリバスターを開始し、投票に入れずにいる。


韓国の現在の労働組合法は、労働者の権利を保護しつつ、使用者とのバランスも考慮した内容となっている。
ストライキは、労働者の権利として認められているが、正当な範囲内で行われる必要がある。

ストライキが違法な場合、使用者から損害賠償を請求される可能性がある。ストライキは、労働組合の正当な権利として認められてい るが、 違法なストライキや、ストライキによって会社に損害が発生した場合、刑法上の責任や損害賠償責任を問われる可能性がある。

1. 刑法上の責任:
  • 業務妨害罪:ストライキが業務を妨害する行為とみなされた場合、業務妨害罪(刑法233条)が適用される可能性がある。例えば、暴力行為を伴うストライキや、正当な理由なく施設を占拠する行為などが該当する。
     
  • 器物損壊罪:ストライキの過程で会社の設備や備品を損壊した場合、器物損壊罪(刑法261条)が適用される可能性がある。
     
  • その他の犯罪:ストライキの過程で、傷害事件や脅迫事件などが発生した場合、それぞれの犯罪が適用される可能性がある。
2. 損害賠償責任:
  • 正当なストの場合労働組合法で認められた正当なストライキであれば、原則として損害賠償責任は発生しない。ただし、ストライキの態様が悪質で、会社に予見不可能な損害が発生した場合は、損害賠償責任を負う可能性がある。
     
  • 違法なストの場合違法なストライキの場合、会社はストライキによって被った損害について、損害賠償請求をすることができる。 ストライキによって生産が停止し、販売機会を逸したことによる損失や、代替要員を雇用するための費用などが該当する。
     
  • 大法院の判例:韓国の大法院(最高裁判所)は、ストライキによって会社に実際の営業損失がない場合は、労組幹部に損害賠償責任はないと判断したことがある。ただし、ストライキによって会社の名誉や信用が毀損された場合は、慰謝料を支払うべきと判決した例もある。


実際にあった損害賠償請求の事例と金額

1. 双龍自動車のストライキ(2013年)

2. 韓進重工業(2003年頃)

3. 現代製鉄(2021年)

通称「黄色い封筒法」は、2014年に47億ウォンの損害賠償を請求された双龍自動車の労働組合を支援するために多くの市民が自発的な連帯活動として展開した「黄色い封筒キャンペーン」を起源とする。

損害賠償を負った労働者に対する支援として、ある市民が4万7,000ウォンを入れた黄色の封筒をメディアに送り、寄付運動のきっかけを作った――というのが「黄色の封筒法」の名前の由来。

黄色い封筒運動の趣旨は、労働組合の争議行為が違法とみなされて命じられる莫大な損害賠償、仮差押さえによる労組破壊と労働者の生活の破滅を防ごうというものだった。

実際に、黄色い封筒運動を主導してきた市民団体「手を取って」によれば、1990年から2023年にかけて197件の損害賠償・仮差押さえ事件で3160億ウォンが請求され、これらの事件の94.9%が労働者個人を標的にし、彼らの暮らしと家庭を深刻に破壊したことが確認できる。多くの企業が損害賠償・仮差押さえを武器に労組の無力化を試みる過程で、2003年の労働者ペ・ダルホさんをはじめ数十人の「労働者烈士」を生み出してもいる。

企業による雇用関係の外部化とデジタルプラットフォームの商業化によって、急速に増えている間接雇用の非正規労働者と従属的事業者に対し、労働基本権を保障しようというのが黄色い封筒法のもう一つの制定趣旨。

派遣、請負、用役、下請けなどの様々なかたちで働く間接雇用の非正規労働者、特殊雇用労働者、フリーランサー、プラットフォーム仲介労働者などの従属的事業契約に縛られて働く労働者は、労働組合を結成して彼らの労働条件を実質的に支配する「本当の社長」である元請け大企業、フランチャイズ本部、プラットフォーム事業者、仲介エージェンシー、親企業との交渉を保障するよう求めてきた。

元請け企業のほとんどが現行の労働関係法における使用者ではないとの理由で交渉を拒否しているため、不安定な労働者たちが自身の権益を改善するために違法ストライキに打って出た、というニュースにもよく接する。大宇造船海洋の下請け労組は昨年、元請けとの交渉を引き出すためにストライキを打たざるを得なかったが、それによって彼らの組合費や賃金ではとてもまかなえない途方もない額の損害賠償訴訟が起こされている。

現行の労働組合法の弱点の改善を目指す「黄色い封筒法」は、最高裁の判例、国際労働機関(ILO)条約(第87号と第98号)の批准、国家人権委員会の勧告などによって、その必要性に対する社会的コンセンサスは十分に形成されている。

ところが財界と保守メディアは、「黄色い封筒法」の施行はストの急増、労使関係の不安定化、法治秩序の崩壊などを招くため、企業投資の萎縮と雇用の減少に帰結し、結局は韓国経済を駄目にしてしまうと主張している。

労働争議を制限し、違法ストに対する過剰な損害賠償請求を認める現行の労組法体系こそが、労働基本権を形骸化させ ている。

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「黄色い封筒法」と呼ばれる労働組合・労働関係調整法第2条・第3条改正案は 2023年11月9日、野党主導で本会議において可決された

政府与党と財界は「国を亡ぼす悪法の強行」と激しく非難し、大統領に拒否権行使を求める一方、野党と労働社会団体は30年あまりかかった法制定であるだけに、直ちに公布・施行することを求めた。

しかし、尹錫悦大統領の再議要求権(拒否権)が行使され、2023年12月8日の本会議で再表決されたものの、賛成要件(出席議員の3分の2以上)を満たせず否決、法案は廃案となった。

2024年以降、共に民主党が改正案を再提案・再発議した下請け労働者の元請けへの対応義務強化や、争議行為の対象範囲拡大、損害賠償制限などを含む。

2025年7月28日、与党(共に民主党と進歩党)主導で国会環境労働委の小委員会を通過8月4日に本会議で決議される 予定。

1. 黄色い封筒法の概要

 1) 目的

  • 労働者が不当な損害賠償請求を避けることができるようにする。

  • 過度の損害賠償請求を制限し、労働争議における不正義を解消する。

 2)主な内容

  • 労働争議(ストライキ)による損害賠償請求を制限

    • 企業側が過度に高額な損害賠償請求を行うことに対する制限。

    • 労働組合が正当な理由でストライキや争議を行った場合、企業がその損害に対して過度に大きな請求をすることができなくなる。
       

  • 組合員の賠償責任の制限

    • 労働組合やそのメンバーが行ったストライキや争議活動に関連して個人に対する損害賠償責任を減少させる

    • 組合員が過剰に訴えられることを防ぐために、個別責任を限定する。
       

  • 訴訟制限

    • 特に企業が不当な訴訟を起こすことを防ぐため、裁判所が訴訟手続きにおいて企業の損害賠償請求額を慎重に審査することを求める内容が含まれている。

2. 法案の賛否

 1) 賛成の立場

  • 労働者と労働組合は、企業による過度な損害賠償請求が社会的に不公正であると主張し、この法案が成立することで、労働者の権利を守り、過度な負担から解放されると歓迎。

  • 労働組合は、ストライキが合法的な手段であり、その活動に対する過度の報復を防ぐために、この法案が重要だとしている。

 2) 反対の立場

  • 一方で、企業側は、ストライキや労働争議が生じた場合には、その影響で生産や経済活動に深刻な損害を与える可能性があるため、過度の損害賠償請求の制限は企業活動の自由を制約するとして反対している。

  • 企業側は、損害賠償請求を通じて、労働争議を抑止し、安定した経済活動を確保しようとする立場を取っている。


「黄色い封筒法」に対する経済界の反対がさらに強まっている。

 韓国経営者総協会(経総)の孫京植)会長(CJグループ会長)は7月31日、緊急記者会見を開き、「国会は労働組合法の改正を中断し、社会的な対話をしなければいけない」と声を高めた。孫会長は「緊急記者会見は、それだけ労働組合法改正に対する経営界の心配が深いということと理解してほしい」と述べた。

孫会長は「数百の下請け会社の労働組合が交渉を要求すれば、元請け事業主はこれに対応できず、産業現場は極度の混乱状態になるはず」と懸念を表した。続いて「損害賠償額の上限を定め、勤労者の給与も差し押さえができないようにする代案を与党指導部と議員に会って提案した」とし「十分な議論なく労働界の要求だけが反映された」と主張した。

造船業界からは、「(下請け業者の数に合わせて)100回ずつ交渉しろというのか」という不満の声が上がっている。外資系企業は公然と「韓国からの撤退を考えざるを得ない状況だ」と話している。 ある上場企業の代表は、「大げさだと言うが、追加の商法の改正案が発効すれば、国内上場企業の多くの経営権が第3者に渡るだろう」と懸念している。

韓国の労使関係が「対立的」であることが原因である。

 


2025/8/7 世界初の免疫刺激型第三世代がん治療ウイルス薬の実用化が目前 

信州大学医学部と東京大学医科学研究所らの研究グループは、抗癌免疫を引き起こす能力を強化した機能付加型の第三世代がん治療用ヘルペスウイルス(T-hIL12)を用いた悪性黒色腫の治験で、高い治療効果を確認したと発表した。

切除不能又は転移性悪性黒色腫の未治療患者に対し、4回の腫瘍内投与を行ったところ、ウイルス投与後24週経過した9例で奏効率(癌が消失or縮小した患者の割合)が77.8%あり、標準治療の奏効率(34.8%) と比較し、極めて高い有効性を示した。

なお、投与後の副作用で最も頻度が高かったのは「一時的発熱」「一時的リンパ球数減少」で、高い安全性が再確認された。

 

ウイルス療法は、がん細胞に感染させたウイルスが増えることによって直接がん細胞を破壊する手法で、革新的ながん治療法として期待される。

T-hIL12は悪性神経膠腫(脳腫瘍)を適応症として2021年に国内で市販が開始されたG47Δ(一般名 テセルパツレブ、製品名 デリタクト注)に免疫刺激機能を付加した新型ウイルスで、その開発は、発明から医師主導治験に至るまで、研究者だけで推し進めてきた。

悪性黒色腫を適応症としたT-hIL12の製造販売承認申請の実現性は非常に高く、今後治験を加速させる。承認されれば、世界初の機能付加型の第三世代がん治療用ヘルペスウイルス薬となる 。

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悪性黒色腫(メラノーマ)は、メラニン色素産生能を有するメラノサイトのがん化によって生じる悪性腫瘍で、主に皮膚及び粘膜部に発生する。

転移を起しやすく、原発性皮膚がんによる死亡のおよそ半数を占める難治性の皮膚がん。

切除可能な悪性黒色腫は切除によって局所再発の減少や生存率の改善などが期待されるが、転移が生じると治癒は難しくなる。

 

近年、本邦では、進行期悪性黒色腫を適応対象とする免疫チェックポイント阻害薬や分子標的薬が承認され治療に用いられてい るが、免疫チェックポイント阻害薬でも奏効率は単剤で約10〜30%台に過ぎず、疾患特異的生存期間の中央値も1.5年前後と、その治療効果は必ずしも十分では なく、重い副作用も治療上問題となる。

免疫チェックポイント阻害薬は、免疫細胞のブレーキを解除し、がん細胞を攻撃する力を高める薬
 
 抗PD-1抗体: PD-1という免疫細胞のブレーキ分子に結合し、免疫細胞の活性化を促す。ニボルマブ(商品名: オプジーボ)やペムブロリズマブ(商品名: キイトルーダ)など

 抗CTLA-4抗体: CTLA-4という別のブレーキ分子に結合し、免疫細胞の活性化を促 す。イピリムマブ(商品名:ヤーボイ)

 併用療法: 抗PD-1抗体と抗CTLA-4抗体を併用
がんのウイルス療法は、がん細胞のみで増えることができるウイルスを感染させ、ウイルスが直接がん細胞を破壊する治療法。

ウイルス療法では、遺伝子工学技術を用いてウイルスゲノムを「設計」し、がん細胞ではよく増えても正常細胞では全く増えないウイルスを人工的に造って臨床に応用 する。がん細胞に感染するとすぐに増殖を開始し、その過程で感染したがん細胞を死滅させる。増殖したウイルスはさらに周囲に散らばって再びがん細胞に感染し、ウイルス増殖、細胞死、感染を繰り返してがん細胞を次々に破壊してい く。

一方、正常細胞に感染した遺伝子組換えウイルスは増殖できないような仕組みを備えているため、正常組織は傷つけない。

 

遺伝子組換えウイルスを用いたウイルス療法の臨床開発は、近年世界で競争が加速しており、中でも、単純ヘルペスウイルス1型を応用した開発が先頭を走っており、2015年にはAmgenが開発した第二世代のがん治療用ヘルペスウイルス製品(talimogene laherparepvec  略称:T-VEC)が悪性黒色腫の治療薬として欧米で認可された。Amgenの子会社であるBioVex Inc.が製造する。

G47Δ(一般名 テセルパツレブ、製品名 デリタクト注)は、3つのウイルス遺伝子を改変した世界初の第三世代遺伝子組換えヘルペスウイルスで 、それまでのがん治療用ウイルスに比べて安全性と治療効果が格段に高くなっている。

G47Δ は東京大学医科学研究所 藤堂具紀教授と第一三共が共同で開発
2021年6月に承認され、2021年11月に第一三共が「デリタクト®注」(一般名:テセルパツレブ)として国内で発売した。

G47Δは2つの機序を介して抗がん作用を現す。

1つめは、がん細胞にG47Δが感染して細胞内で増殖し、がん細胞を直接破壊する。増えたG47Δは、周囲のがん細胞に感染し、がん細胞を次々に破壊していき、一定の期間増えたあと免疫に排除され る。

2つめは、がん細胞で増えたG47Δを免疫が排除する過程で、破壊されたがん細胞もG47Δと一緒に免疫に処理される結果、がん細胞が免疫系に初めて非自己として認識されて免疫の攻撃対象とな る。
抗がん免疫を効率よく惹起するために、G47Δを投与した部位のみならず、投与していないところにあるがんにも免疫を介して効果が期待できる。またがん細胞が免疫系に認識されるため、G47Δで治療を行った患者は、免疫チェックポイント阻害薬が効く確率が高くなると考えられ る。

さらに、G47Δは、がんの根治を阻むとされるがん幹細胞をも効率よく破壊することが判っている。
 

G47Δは悪性脳腫瘍、前立腺癌、嗅神経芽細胞腫、悪性胸膜中皮腫に対して国内で臨床試験が行われ、2021年に、悪性神経膠腫(脳腫瘍)を適応症として日本初のウイルス療法薬(再生医療等製品、一般名テセルパツレブ、製品名デリタクト注)として製造販売承認(条件及び期限付)され、市販が開始された。

T-hIL12は、G47Δの基本骨格免疫を強力に刺激する因子であるインターロイキン12(IL-12)の遺伝子を組み込み、抗がん免疫を引き起こす能力を強化した藤堂教授らが作製した世界初の機能付加型の第三世代がん治療用遺伝子組換えヘルペスウイルスで、G47Δと同じ3つのウイルス遺伝子が改変されているため、G47Δと同様に高い安全性と強い治療効果が期待できる。さらにT-hIL12は、がん細胞に感染するたびにヒトIL-12を産生するため、G47Δの2つめの作用機序、すなわち抗がん免疫を介した効果を増強し、強力な抗がん免疫作用を呈する。

単純ヘルペスウイルス1型は、ウイルスのゲノムに任意の治療遺伝子を組み込むことにより、特定の抗がん機能を付加することが可能だが、G47Δの基本骨格に、任意の外来遺伝子を短期間に的確に組み込むことができる画期的技術を開発した。この技術を用いることにより、さまざまな機能付加型G47Δを作製することが可能になった。

免疫を刺激する蛋白質の遺伝子をG47Δに組み込むと、抗がん免疫を引き起こす機能が一層増強したG47Δができる。動物実験などで、IL-12が高い治療効果を示したため、機能付加型G47Δの臨床応用の第一弾としてT-hIL12の治験を進めてきた。

T-hIL12は、G47Δよりさらに効率的に抗がん免疫を誘導して一層強い治療効果を発揮するため、T-hIL12を投与した部位のみならず、投与していない遠隔のがんにも免疫を介して治療効果が期待でき る。

今後、承認申請と審査を経て、抗がん免疫刺激機能を付加した第三世代がん治療用ヘルペスウイルスとして世界初の承認薬となる見込み。


2025/8/9 建設アスベスト訴訟、東京高裁と大阪高裁で相次いでメーカーとの和解が成立

アスベスト訴訟では、一連の訴訟で最高裁が2021年に国とメーカーの賠償責任を認める統一判断を示した。

2021/5/19  

最高裁、建設アスベスト訴訟で 国と企業の責任認める

国は1人最大1300万円の和解金を支払うことなどで基本合意した。

2021/12/18     建設アスベストで国と和解成立 最高裁で初

また、国家賠償請求訴訟を起こしていない被害者らを補償する「給付金制度」に関する新法が、2021年6月9日の参院本会議で全会一致で可決、成立した。

一方で、メーカー側の賠償範囲や金額を決めるための訴訟が続いている。

今回、8月7日に東京高裁で、翌8月8日に大阪高裁でメーカーとの和解が成立した。
 

建材用アスベスト(石綿)で健康被害を受けたとして、元建設労働者らが建材メーカーに損害賠償を求めた二つの訴訟で、東京高裁で8月7日、メーカー7社が原告計302人に40億円超を支払う内容で和解が成立した。

注)報道によっては、「400人に対し52億円」と伝えられているが、原告数約400人のうち、実際に賠償金を受け取る対象は302人で、金額は40億円超とみられる。

このほかの原告46人は、和解金は受け取れないものの、メーカーから弔意や見舞いの意を表明されることで和解を受け入れた。

原告弁護団によると、全国で起こされた同種訴訟33件(原告計約1450人)で最大規模の和解となる。和解したのは2008〜2014年に東京地裁に提訴した集団訴訟の原告ら。

和解条項では、訴えられた建材メーカーの中で市場占有率の高い7社が賠償責任を負うこととなった。

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関西の建設作業員や遺族ら133人が建材メーカーに賠償を求めていた裁判について、8月8日、大阪高裁で和解が成立した。  

和解が成立したのは、このうち元建設作業員や遺族ら115人の作業員・遺族と建材メーカー12社。

国と和解が成立したあとの2023年に1審の大阪地裁は12社に賠償を命じたが、原告と被告のいずれも控訴して審理が続いていた。

弁護団によると、本年2月に大阪高裁から和解案が提示され、今回、双方が合意して和解が成立した。

和解条項には、
▼1審で賠償を命じられた12社が、原告の8割余りにあたる115人にあわせて12億4600万円余りの解決金を支払うことや、
▼被告となったすべての会社が、元作業員に哀悼とお見舞いの意を表明すること
などが盛り込まれた。

 


2025/8/12 変形性膝関節症の治療薬の開発

バイオ企業のNANO MRNAの子会社 PrimRNA(プライムルナ )は、膝の軟骨がすり減り、根本的な治療法がない変形性膝関節症に使う治療薬の臨床試験を9月にもオーストラリアで始める。

変形性膝関節症の患者数は国内では自覚症状を有する患者で約1000万人、潜在的な患者は約3000万人にのぼるとも推定される。加齢などで発症し、歩くと痛みが生じる。症状が進むと外出が困難になって健康寿命を縮める要因にもなる。

現状は外科手術で膝関節を取り除き、人工関節に置き換えるなどの対策があるが 、対症療法にとどまり、根本的な治療法はない。

PrimRNAのオーストラリア法人が 位高啓史教授らの研究チームによる成果を基に治験を始める。遺伝情報を伝える物質のメッセンジャーRNA (mRNA) を患者に投与し、コラーゲンなどをつくる軟骨細胞の働きを高める 新しい治療法である。位高教授はアドバイザーとして治験に関わる。

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位高啓史氏は、東京科学大学総合研究院生体材料工学研究所教授で、大阪大学感染症総合教育研究拠点教授を兼務する。

東京科学大学は2024年10月に東京工業大学と東京医科歯科大学が統合して設立された 大学で、位高教授は東京医科歯科大の教授であった。

位高教授は2016年1月に東大の特任准教授であったが、東大大学院工学系のメンバーとの共同研究で、軟骨の形成に働く転写因子のmRNAを関節内へ届けると変形性関節症の進行を抑制できることを、動物モデルを用いて世界で初めて示した。本成果は、転写因子のmRNAが、新しい核酸医薬による治療法となりえることを示唆するものである。

mRNAは新型コロナウイルスワクチンの主成分として注目され、他の疾患に応用する研究が世界的に進んでいる。位高教授は、ノーベル生理学・医学賞を受賞したカタリン・カリコ氏と15年以上のつきあいがある。カリコ氏がmRNAに関する研究成果を出して間もない2008年頃、学会で本人から研究内容を説明してもらったことが、この研究を始めるきっかけの一つになったという。それ以降、学会などで意見交換してきた。

東京医科歯科大の位高教授らのチームは、人工的につくったmRNAで膝の痛みを抑える新しい再生医療の治験を計画した。

今回のmRNAは、膝軟骨の細胞の働きを高めるたんぱく質の遺伝情報でできている。患者の膝に注入すると、膝の細胞がこのたんぱく質を作り出し、軟骨を構成するコラーゲンを増やすなどして、軟骨が壊れるのを防ぐ。
動物実験では軟骨の摩耗や関節の変形を抑えることに成功した。

治験にはmRNA医薬品の開発を手がけるNANO MRNAなどが協力する。

NANO MRNAは1996年にナノキャリア鰍ニして設立された。2023年にmRNA医薬の創薬に特化する新ビジネスモデルへの転換に伴い、NANO MRNA鰍ノ改称した。

「mRNA創薬シーズと医療・開発ニーズをつなぐプラットフォーマーとしてmRNA医薬の知的財産(IP)創出とライセンスアウトのサイクルを確立する」という考えの下、事業活動を推進している。

mRNA医薬パイプラインでは、花王との共同研究で進めているアレルギー・自己免疫疾患治療ワクチンで、少なくとも1つのプロジェクトで開発候補品の選定の段階に進んでいる。
千寿製薬との眼科領域での共同研究も順調に進んでいる。

 

本件では、mRNAを直径1万分の1ミリ以下の膜に包んだ粒子状の医薬品とし、膝の細胞に届きやすくしている。

ポリアミンは、細胞内で様々な重要な機能を果たす生理活性物質で、細胞分裂や増殖を促進し、DNAやタンパク質の構造を安定化させるなど、生命活動に不可欠な役割を担っている。

高分子ミセルは、両親媒性高分子が水中で自己集合して形成するナノサイズの粒子で、疎水性の部分が内部に、親水性の部分が外部に配置されたコア-シェル構造を持ち、薬物送達システム(DDS)として利用されている。

 


2025/8/15      北海道大学、超強力接着性ハイドロゲルのデノボ設計に成功

北海道大学総合イノベーション創発機構化学反応創成研究拠点の范海竜特任准教授(現・深圳大学 准教授)、龔剣萍教授(先端生命科学研究院)、及び瀧川一学特任教授らの研究グループは、タンパク質のデータマイニング、実験、機械学習を統合した画期的なデータ駆動型アプローチで、超強力な接着性ハイドロゲルのデノボ設計に成功した。

デノボ設計(De Novo Design)は ラテン語で「ゼロから」「新たに」という意味で、既存のものを改良するのではなく、全く新しいアイデアや原理に基づいて、目的とする機能や特性を持つものを設計・構築する手法。

チームは、フジツボやカタツムリなどが持つ天然の接着剤約2万5千種類の情報を基に、およそ180種類のハイドロゲルを作製して接着性を計測。データを「機械学習」という方法で人工知能(A1)に学ばせ、より性能が高い組成を提案させた。

具体的には次の3つのステップを踏んだ。

 1. タンパク質データベースからの情報抽出と記述子開発:

自然界で強力な接着性を示す約2 万5千種類のタンパク質の配列パターンを詳細に解析した。
その結果、高分子鎖のランダム共重合によってそのパターンを再現できる独自の記述子戦略を開発。これにより、ターゲットとする高機能接着性ハイドロゲルの設計とデータセット構築が可能となった。

 2. バイオインスパイアードハイドロゲルの合成とデータセット構築:

上記の戦略に基づき、多様な組み合わせを持つ 180 種類の生体模倣ハイドロゲルを実際に合成し、その接着強度データを収集することで初期データセットを構築した。
これらのハイドロゲルの中には、先行研究で報告されたものを上回る接着強度を示すものが約半数も確認され、優れたデータセットを獲得した。

  3. 機械学習による組成最適化:

構築したデータセットを基に機械学習モデル(特にガウス過程とランダムフォレスト回帰)を訓練し、膨大な候補の中から最適なハイドロゲルの組成を効率的に探索した。
実験回数を減らすため、バッチ型逐次モデルベース最適化(SMBO)の手法も導入し、効率的な探索を実現した。

この作業を繰り返し、最も接着性が高い新規のハイドロゲル3種類を特定した。これにより、従来のハイドロゲルを大幅に上回る最大1MPa を超える接着強度を海水環境で達成した。

これらは1平方センチ当たり約10キロの力で引っ張ってもはがれず、貼ったりはがしたりを200回以上繰り返しても 接着性が維持できた。

水を満たした高さ3mの筒の下部にあけた直径2センチの穴に貼り付け、漏れを止めることもできた。

波が打ち寄せる海辺の岩にアヒルのおもちゃを固定できた。



このゲルは海の潮の満ち引きや波の衝撃にも耐え、過酷な海洋環境下での強力な接着性能を実証。

通常の水中環境はもちろん、塩分濃度が高い海水環境においても非常に強力な接着性能を発揮する。

マウスへの皮下埋め込み試験では、これら複数のハイドロゲルが良好な生体適合性を示すことも確認され、医療分野への応用における大きな可能性を示唆している。


長期的な水中接着性、高い耐久性、そして生体適合性を示すことが実証され、多様な実用応用例での大きな可能性を秘めている。

再生医療における組織接着剤、水中での精密手術用接着剤、深海探査ロボットの緊急補修材、さらには生体模倣ロボットの柔軟な皮膚など、多岐にわたる分野での応用が期待される。


一方で、本研究で確立したデータ駆動型設計アプローチは、接着性ハイドロゲルに留まらず、広範な機能性ソフトマテリアルの迅速な開発にも適用可能な、極めて系統的なアプローチを提供する。


本研究成果は、2025年8月6日公開の Nature 誌に掲載された。Data-driven de novo design of super-adhesive hydrogels