銀行税、都が敗訴 「外形条例」は違法 狙い撃ち認めず 東京地裁判決
724億円返還命令 損害賠償18億円
東京都が導入した大手銀行に対する外形標準課税条例をめぐり、第一勧業など大手18行が条例の無効確認や課税処分の取り消しなどを求めた訴訟の判決が26日、東京地裁であった。藤山雅行裁判長は「外形標準課税は地方税法の規定に違反して、違法で無効」と述べ、課税処分を取り消し、銀行側がすでに納めた税金約724億円の返還と18億3千万円の損害賠償を命じた。全面敗訴となった都は判決を不服として控訴する方針。
財政難に陥った自治体による独自課税の動きが広まる中、地方分権の基本となる自治体の自主財源の調達方法に、一定の枠をはめる司法判断。特定業種の狙い撃ち、課税の公平な基準といった観点から、石原慎太郎都知事が先導した独自課税路線に憤重さを求めたことになる。
判決で藤山裁判長はまず、都の条例制定の根拠となった地方税法72条の19の「『事業の情況に応じて』事業税の課税方法を変更できる」とした特例規定について検討、「銀行の納税額減少はバブル崩壊という一時的な景気によって生じたものにすぎず、銀行業自体が有する客観的な状況とは到底言い難い」と指摘。銀行を狙い撃ちにした課税を認めなかった。
そのうえで「不良債権を処理する前の業務粗利益ではなく、(地方税法が規定する)原則通り所得を課税標準とすべきで、外形標準課脱は許されない」と条例の違法性を認定。「地方自治体は法律の定める範囲内のみで課税自主権を行使できるにすぎない」と述べ、「どの業種に導入し、課税するかは自治体の裁量に委ねられている」とした都側の主張を退けた。
さらに判決は都の条例制定手続きについて言及。「責任者の主税局長は銀行の業務粗利益が一般事業者の売上総利益に相当するとの誤った説明を行うなど重過失に近い過失があったと言わざるを得ない」と判断。「都知事は条例が法令に違反している可能性が高いと十分認識できたのに、条例を議会に提出、可決する結果を招いた点に過失があった」と厳しく論じて都、知事の過失をともに認定した。
21億円の国家賠償請求について「各行の信用低下、営業上の損害が認められる」としてほぼ請求を認めた。一方、条例の無効確認については「誤納金の返還によって原告側の損失は回復される」として「訴えの利益」を認めず、却下した。また、銀行側が「法の下の平等を定めた憲法に違反する」と主張した点については、判決は触れなかった。
▼地方税法72条の19(事業税の課脱標準の特例) 法人の行う電気供給業、ガス供給業、生命保険業および損害保険業以外の法人または個人の行う事業に対する事業税の課税標準については、事業の情況に応じ(略)所得およぴ清算所得によらないで、資本金額、売上金額、家屋の床面積もしくは価格、土地の地積もしくは価格、従業員数などを課税標準とし、または所得および清算所得とこれらの課税標準とを併せ用いることができる。 |
石原知事 「承服できぬ」 石原慎太郎・東京都知事の話 | |
: | 判決は国民の意思を無視したもので、とても承服できない。冷静な裁判という感じがせず、控訴する。 |
実質的に全面勝訴 銀行団のコメント | |
東京都の行為の違法性が認定され、実質的に全面勝訴といえる。妥当な判決だ。 |
訴訟判決(要旨)
東京都の「外形標準課税」(銀行税)をめぐる訴訟で、東京地薮が26日言い渡した判決の要旨は次の通り。
第1 事案の概要=略
第2 争点=略
第3 当裁判所の判断
1 請求に係る訴えの適法性について
本件条例が施行されても、それだけでは原告らを含む特定の者に具体的な納税義務が当然に発生するものではなく、繰延税金資産の減少もまた本件条例による事業税を負担すぺきことが確定して初めて生ずるものであるから、本件条例の施行により、直接的かつ具体的に原告らの権利・義務が形成され、あるいはその範囲が確定されるものでないことは明らかである。したがって、本件条例の施行については、本件条例の規定に基づく原告らの申告又は行政庁の具体的な処分を待たずに、直ちに原告らの権利義務に影響を及ぼすものではなく、本件条例の制定には行政処分性は認められないと解するほかない。
当初原告らは、00年事業年度に係る本件条例に基づく事業税につき留保文言を付した上で本件条例に基づく事業税の申告納付をしているのであって、原告らは、00年事業年度以降についても同様の申告納付をすることにより、加算金の賦課や刑罰法規の適用、さらには免許の取り消し等の行政処分を回避し、その上で更正の請求をし、本件通知処分のように更正の請求に理由がない旨の通知処分がされたときには同処分を争い、その中で本件条例の無効を主張することも可能である。そうした今後の事業隼度についての申告納付による経済的不利益によって倒産の危機に直面するなど、不利益処分を待って本件条例の効カを争い事後的に誤納金又は過納金の返還及び金銭賠償を求めたのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等の特段の事情の存在は、いまだこれを見いだすことができない。よって訴訟形熊を問わず、いずれも不適法なものであって、却下を免れない。
2 本件条例の適法性・有効性について
事業税の沿革、特にシャウプ勧告によって、これをそれまでの応能原則に基づく課税から応益原則に基づくに変更する法改正がされたのに、それが施行されないままに終わり、それ以前の制度が復活して現行法に至っている。例外4業種(ガス、電気、生命保険、損害保険)について収入金課税が採用された立法理由、並びに租税一般の本質に照らして、地方税法72条の19の文言をみると、同条は、例外4業種以外の事業について「事業の情況に応じ」て外形標準を用いることとする場合にも、応能原則に基づく課税であることを当然の前提としているものというべきである。具体的には、応能原則に基づいて、所得を課税標準とすることにより適切な担税カの把握ができるか否かを第一に検討し、所得が当該事業の担税カを適切に反映するものである場台には、原則どおり所得を課税標準とすべきである。この場台には外形標準課税をすることは許されず、例外4業種の場合と同様に当該事業の収益構造等の事業自体の客観的性格又は法律上の特別の制度の存在などから法人税法の例によって算定した所得が当該事業の担税カを適切に反映しない場合に、初めて外形標準を用いることができるというべきである。
すなわち、ここでいう「事業の情況」とは、当該事業の収益構造や法律上の特別の制度の存在など当該事業が順調に行われていてもなお所得が担税カを適切に反映しないといった事業自体の客観的情況を意味するのであって、その時々の景気状況や経営の巧拙に基づく業績状況といった事業自体の客観的性質に基づかない事態は含まれないものと解するのが相当である。
以上を前提に、本件外形標準課税が地方税法72条の19の要件を満たすものか否かを検討すると、まず、銀行業等については、所得を課税標準とした場合に事業の性質や法令上の制度の存在により適切な担税力の把握ができないとの事情は見当たらない。
被告らは、銀行業においてはバブル期よりも大きな業務粗利益を上げていながら法人事業税をほとんど負担していない事態を「事業の情況」としている。しかし、このような事態は、バブル崩壊という一時的な景気状況を直接のきっかけとして生じたものにすぎないし、原告の中にも一部法人事業税を納めている銀行があることからもうかがえるように、個々の銀行のそれまでの業績の推移や経営者の手腕といった主観的事情によって左右されるものであって、銀行業自体が有する客観的状況とは到底いい難いものである。
また、銀行業等の場台、貸し倒れは必然的に伴うものであるから、貸倒損失分のリスクを見込んで貸出金利を高く設定することにより、客観的な事業の性格ないし構造として、事業存続のために十分な利益(所得)が得られるようになっているものと認められ、貸倒損失を控除した所得こそがその担税力を示すものであって、この点では他の一般事業会社と異なるものではない。しかも、銀行業等については、一般には統一的な経理基準により適正な記帳がされ監査等も実施されているのであるから、所得を捕捉するのに困難があるとか、所得が適正に算出されていないとはいえないことも明らかである。したがって、銀行業等については所得が当該事業の担税力を適切に反映するものであり、原則どおり所得を課税標準とすべきであって、この場合に外形標準課税をすることは許されないものというほかなく、銀行業等については、地方税法72条の19が外形標準課税を許す「事業の情況」があるものとは認められないのであって、本件条例は、同規定に反して違法であり、無効なものといわざるを得ない。なお、被告らは課税自主権に基づく裁量権を有すると主張するが、地方公共団体は法律の定める範囲内でのみ課税自主権を行使できるにすぎないから(憲法94条)、同主張は理由がない。
3 本件通知処分の有効性等及び本件通知処分の取り消し事由の有無等について
各当初原告の各既納税額は、無効な本件条例に基づいて算出され、納付されたものであり、これを是認した本件通知処分にはそもそも無効であって公定力は生じていないから、同処分を取り消すまでもなく、00年事業年度に係る旧基準税額と既納税額との差額は各当初原告にとっては損失であり、被告東京都にとっては法律上の原因を欠いた利得であるから、各当初原告は、同差額を誤納金としてその還付を請求し、同誤納金額に対する還付加算金の支払いを求めることができるものと認められる。
4 被告東京都の責任原因について
本件条例は法律に反して違法無効なものであるから、その制定行為もまた違法な行為であるところ、これに関与した被告東京都の職員は条例案の立案に当たって地方税法72条の19にいう「事業の情況」の意味につき、その職責にある者として当然抱くべき疑問に想到せず、その結果、同条の解釈に不可欠な立法資料等の調査を怠り、被告東京都知事及び都議会に対する正確な情報を提供すべき義務を怠ったものである。
特にその所管局の貢任者である主税局長は、現行の事業税につき、所得課税という応能原則による課税が行われていることを認識しながら、あくまでこれが応益原則に基づくものと強弁し、かつ銀行の業務粗利益が一般事業会社の売上総利益に相当するとの誤った説明を行い、都議会議員らの判断を誤らせるに至ったのであるから、ほとんど重過失に近い過失があったといわざるを得ない。
また、被告東京部知事は、政府をはじめとする関係諸団体や有識者が本件条例案に対して疑問を呈し、都議会においても、全国銀行協会の杉田力之会長(当時)があるべき法解釈について適切な意見を述べているのであるから、これらの意見等を虚心坦懐に聴いたならば、法律や会計に専門的知識がなくても、上記のように所管局職員が職務を怠っているのではないかとの疑問を抱き、ひいては、本件条例が法令に違反している可能性が高く、本件条例を制定した場合には違法に原告らの権利を侵害することとなることを十分に認識し得るのが通常であると考えられる。したがって、被告東京都知事は、補助機関の不十分な検討や誤った説明等を看過し、これに対する適切な指揮監督をせず、違法な内容の条例案を議会に提出して成立させるに至らせたのであって、このような結果を招いた点に過失があったといわざるを得ない。
さらに、被告東京都知事は、本件条例に関する審議の冒頭において銀行業が配当を行っているとの事実を指摘しているところ、この配当は過去の積立金を原資とするものであって直近年度の利益によるものではないから、本来、条例制定の理由とはならないばかりか、都議会議員らに対し、銀行が配当を行うに足りる業績を上げながら税金を負担していないとの誤解を与える不適切な発言といわざるを得ない。
5 原告らの損害について
本件条例は、00年3月30日に少なくとも適式に成立し、同日の時点で今後施行されることは確実であった上、これを無効とする公権的判断は下されていなかったし、その内容や銀行の財務内容に与える影響について広く具体的に報道がされていたのであるから、一般取引界においては、その時点において、本件条例が有効との前提の下にそれによって銀行の財務内容にどのような影響が出るかを具体的に認識し、原告らに対する評価を行っていたと認めることができる。
原告らは純資産及び当期利益に関する原告らのいわゆる経営・財務指標上も減益として消極的な評価を受けることになり、また、自己資本が減少したかのように評価されることとなって、当初原告らの信用を著しく低下させたものと認められる。
第4 結論=略
第5 付言
本件条例については、都議会において圧倒的多数の賛成の下に制定されたものであり、都民の多くがこれに賛意を表していたことは当裁判所に顕著な事実である。これらのことには、長期にわたる厳しい経済状況の下において、そのような事態の発生と銀行業との関連についての一定の考え方が影響を与えている可能性がうかがえないでもない。もとより、このような厳しい状況をより早期に解消し、かつその再発を防止するために、そのような考え方の当否も含めて事態の原因を究明することは有益なことであるし、その結果、法的責任を有する者があると判明した場合には、その責任を厳正に追及することも必要となろう。
しかし、それらは、冷静かつ専門的な見地から、それにふさわしい法的手涜きにのっとって行われるべきものであり、現行の地方税法の下での銀行業に対する事業税の課税のあり方とは全く無関係の問題である。
本判決は、このような見地から、本件条例が事業税に関する地方税法の定めに違反するものか否かという点について判断を示したものである。したがって、本判決は、現行の地方税法が立法論的にみて妥当なものか否かや、事業税以外の法定外税のあり方といった点にも、何らふれていない。前者については、検討の要否も含めて立法府たる国会の職責に属する事柄であるし、後者については、地方税法の法定外税に関する定めにのっとってその当否を検討すべき問題であって、いずれも本件とは無関係の問題である。
外形標準課税訴訟の主な争点
争点 | 銀行側 | 都側 | 判決 |
憲法の「法の下の平等」(14条)、「法定手続きの保障」(31条)に反するか | 資金量5兆円以上の銀行業に限定して課税するのは不平等。十分な意見聴取をせずに制定しており、適正手続きも経ていない | 銀行は事業税をほとんど納めておらず、課税は税負担の実質的公平性を確保するものだ。条例は適正手続きを経て制定された | 判断せず |
「事業の情況に応じ」外形標準課税の導入を認めた地方税法に違反する かどうか | 公共料金である電カ・ガス業のように「制度的な特別の理由」がある場合などに限って導入でき、銀行業にだけ導入する根拠はない | 銀行は不良債権処理で税金をほとんど納めておらず、事業規模に応じて納税すべきだ。どの業種に導入するかは、自治体の裁量だ | 「事業の情況」とは事業が 順調でも所得が納税額に適切に反映できない場合を指し、これに反した課税は地方税法に違反する |
所得課税による負担と著しく均衡を失しないよう定めた地方税法に違反するか | 外形標準課税の導入により、所得を課税標準とした場合に比べて極端に過大な税負担を強いられ、地方税法に違反する | 条例の税率(3%)は、バブル経済期の前後の税収実績をを考慮して決定しており、 所得への課税との均衡は図られている | 判断せず |
解説 「税の公平性」を優先
大手銀行に対する東京都の外形標準課税(銀行税)を違法・無効と結論付けた26日の東京地裁判決は、独自の課税を構想する自治体に対し「税の公平性確保」を優先するよう求めたといえる。東京都は控訴する方針のため、高裁で改めて審理されるが、新税導入にはより慎重な検討が必要という教訓を残した。 「公平な税負担とは」ーー。裁判では、この点を巡って銀行と都が激しく論争した。銀行側は「銀行だけを対象にするのは不公平」と訴え、都側は「銀行は利益を上げながら、不良債権処理にかかる費用が損金となるため税負担がほとんどなく、外形標準課税によって実質的公平性が確保される」と反論した。判決は「自治体は法律の範囲内でのみ課税自主権を行使できる」と指摘し、結局、都の政策は、法の枠を超えて銀行を「狙い撃ち」にした不公平なものだったと位置付けた。 銀行は、バブル期に無謀な融資に走った結果、不良債権の拡大を招き、その処理のために巨額の公的資金の注入を受けた。その一方で、中小企業などに対する「貸し渋り」「貸しはがし」が問題になり、銀行員の高給にも批判が集まった。都の主張は、こうした世論の圧倒的な支持を受け、銀行税の導入に踏み切り、大阪府も追随した。しかし、追い風が逆に、適法性の検討を不十分にし、判決は「ほとんど重過失」と都を厳しく批判した。「銀行の責任追及などは、冷静かつ専門的な見地から、それにふさわしい法的手続きで行われるべきだ」と苦言も呈した。 不況が長引き、安定した税収は各自治体に共通の課題で、多くの自治体が、条例に基づく新税を導入・検討しているが、各方面からの意見も十分に聴き、時間をかけて是非を判断する姿勢が求められることを、今回の判決は示している。