日本の競争力 復活への課題と展望
 2005/3/17 日本経済研究センター・日本経済新聞社

 「大競争時代」を迎えた世界で日本が競争力を回復するカギは何かーー。米国と中国を代表するエコノミストは3月17日、都内で開いたシンポジウム「日本の競争力復活への課題と展望」(主催・日本経済研究センター、日本経済新聞社)で「組織改革」「外資導入」をキーワードに掲げた。パネルディスカッションの司会は日本経済研究センターの小島明会長が務めた。


エコノミスト基礎講演

胡鞍鋼氏

Hu Angang 53年中国遼寧省生まれ。中国科学院・清華大学国情研究センター主任を兼務。唐山工学院、北京科学技術大学を卒業後、88年中国科学院自動化研究所で博土号(工学)取得。米マサチューセッツ工科大学客員研究員などを経て2000年から現職。中国経済の分析で国内外から注目される。中国政府に積極的な政策提言をしている。

*著作 「かくて中国はアメリカを追い抜く

日中、相互開放し発展を
 二十数年前に来日した中国のケ小平副首相(当時)は新幹線の車窓から日本の風景を眺めて「近代化とは何かがわかった」と言い、その後、改革・開放政策を始めたとされる。改革・開放政策では「開放」の部分が重要だ。中国は従来の閉じた社会から開かれた社会へと変わり、世界に溶け込もうとしている。国内総生産(GDP)の貿易依存度は1978年の10%から2004年には70%に達し、米日独と並ぶ貿易大国になった。
 日米欧三大市場で中国製品の存在感も高まった。日本の総輸入額のうち中国が占める割合は1980年の3.1%から2003年には18.5%に拡大した。中国の市場開放も進んだ。平均関税率は1982年55.6%から徐々に引き下げ、2005年は10%以下になる。外資優遇策の効果も勘案すれば、実質的な関税率は3−4%と低い。
 中国は今や日本と競合する存在といわれる。実は中国の弱い分野で日本が強く、日本の弱点で中国が強い相互補完関係にある。中国は「人的資源」や「天然資源」が豊かだが「資本」は国内で蓄積しつつある段階。特許など「知識」は日本が豊富で、版権など国際的に確立した権利をさす「国際資源」の利用も日本が先行する。両国が協力すれば大きな富を生み、勝ち組になれる。
 購買力平価換算で、米国を除くアジア・太平洋地域のGDPに占める割合を見ると、日本は1975年の60%から2002年に30%と半減。中国は21%から53%に上昇した。日本の指導的役割が弱まる中、今後は日中がアジア地域で指導力を発揮するのが良いのではないか。
 今度は日本が中国を見習い市場開放すべきだ。アジア・太平洋地域で自由貿易協定(FTA)を進める必要がある。日中が率先して投資、貿易、サービスを自由化する責任がある。長期的には紛争解決に向けた対話メカニズムも求められる。
 両国が短期的に取り組むべき課題もある。一つは人材開発。留学生交流を促進すべきだ。環境問題での連携も必要だ。中国は環境保護と資源の再利用など循環型経済を目指しており、この分野は日本がリードしている。三つ目は情報技術(IT)市場の相互開放だ。


リチャード.レスター氏

Richard K. Lester
54年英国生まれ。74年ロンドン大学化学工学卒。米マサチューセッツ工科大学(MIT)で博士号取得(原子核工学)。79年MIT教授。86年MIT産業生産性調査委員会主査。主な著作に「競争力ー『Made in America』10年の検証と新たな課題」、「メイド・イン・チャイナ戦路一新しい世界工場『中国』」など。

対話型の技術革新重要
 1990年代の米国経済の活況は技術革新のうねりから生まれた。技術革新は研究、教育、技術、生産工程への投資による。これは半世紀前から不変の市場経済の原則だが、米国の繁栄の源泉をこれだけに求めては誤った教訓しか得られない。経済のグローバル化や、技術やサービスの複合と複雑化が進むなか、単一製品の大量生産よりも、顧客一人ひとりの好みを反映した製品が好まれるようになる。同時に、商品寿命はますます短くなった。現状に対処するには技術革新への新たな取り組みが必要だ。
 日米欧の様々な業種や規模の企業を調査した結果、持続的な技術革新を実現するためには二つの取り組みが必要なことがわかった。一つは問題解決に向けた「分析的な取り組み」で、もう一つは対話に基づく「解釈的な取り組み」だ。前者はすでに知られているが、後者はほとんど認識されていなかった。
 製品やサービス開発の現場では「顧客の声を聞け」という。これは「分析的取り組み」だが、顧客は市場に現れる前の製品は夢想だにできない。携帯電話が登場したとき、誰がインターネットに接続でき、音楽が聴け、ファッションになると考えただろうか。これがこの手法の限界だ。
 「解釈的な取り組み」とは、こんな家に住みたいという漠然とした思いを建築家との対話を通じて具体的な一軒の家に結実させる過程に似ている。異なる立場の人たちが自由に意見をぶつけ合うことで、当初思ってもいなかったアイデアが浮かぶことがある。これが技術革新の種を生む。
 「解釈的な取り組み」を進めるには、誰でも参加でき、とりとめないことを思いのままに話せるパーティーの主催者に似た役割が必要だ。だが、それを「分析的な取り組み」と同時に行うのは至難の業。企業としては「分析的な取り組み」を優先せざるを得ない。だからこそ米国では大学の研究施設の役割が注目されるようになった。
 労働力人口の減少が見込まれる日本が競争力を維持するには、従来以上に生産性を向上させなければならない。企業の「分析的な取り組み」と、大学のような場における「解釈的な取り組み」を同時に実現できる社会をつくる必要がある。


パネル討論
経済同友会代表幹事 北城格太郎氏
清華大学教授      胡鞍鋼氏
マサチューセッツ工科大学教授  リチャード・レスター氏
(司会は日本経済研究センター会長 小島明氏)

外資・改革で競争カ
 北城氏   社外人材で刺激
 胡氏    環境問題も意識
 レスター氏 生産性がカギ

司会 日本の競争力回復に関するレスター、胡両教授の基調講演を聞いて、どのように感じましたか。

北城氏 日本が米中両国に挟まれているという印象を改めて持った。中国は今後、外国からの投資を抑制する可能性があるのか。生産性向上の取り組みが進む米国から見て、日本のサービス産業は今、何をなすべきか。

胡氏 中国政府には人的資源に強い国であるべきだと提言している。目標は世界最大の「学習型社会」の実現だ。現在、中国にある海外の研究開発機関は約700。この豊富な外国の知識が中国の労働力だけでなく、頭脳と結びつき始めている。

レスター氏 1995年までの20年間、米企業の生産性は年率1%程度の低い伸びにとどまっていた。しかし、
ウォルマートなど小売業を含む6業種が改革に着手。企業の生産性は向上した。成功のカギは情報技術(IT)を活用した組織の見直しだった。日本では今後、高齢者向けサービスヘの需要が高まる。ヘルスケア関連ビジネスなどに照準を合わせ、生産性を高める工夫が必要だろう。

司会 各国は競争力維持への取り組み方次第で、経済停滞の長期化を防ぎ、衰退から抜け出せるでしようか。

胡氏 改革、開放、競争が中国の発展モデルの基礎だ。だが、中国の急速な台頭は各国との摩擦を生み、不均衡な発展は国内でも複雑な問題を起こした。環境問題への対応を迫られており、重化学工業を中心とした経済発展は望めない。環境上の制約を前提に工業化を模索している段階だ。

北城氏 一国の発展には動機が必要だ。途上国はより豊かな生活を目指し、米国は日本に追い越されたという認識が改革への動機となった。日本は国際競争の意識が低く、技術革新が難しい状況になった。日本でも企業買収が当たり前となれば、社外から人材を招き、より効率的な経営を実現するための技術革新が必要になる。

レスター氏 競争の活発化が技術革新の原動力だ。競争に生き残るには外部からの知識や経験が重要だ。米国は1990年代末、トヨタ自動車のカンバン方式などを自国に合わせて導入した。現在は得るべき知識が世界中に分散している。米国の大学は必要な知識を得る能力を培うために学生を育てている。日本の大学のこれからの課題だ。

胡氏 現在、多くの中国人が米国に留学している。中国の学生は自分で学費を支払うことが多く、必死で知識を吸収する。彼らによって、中国の高度成長は今後20年続くだろう。

北城氏 米国では競争が特色ある大学をつくった。優秀な人材も海外から入ってくる。中国も学生が必死に勉強し、大学は講義の充実に力を入れている。ITでは日本の授業より質が高いのではないか。日本の大学は研究が実用化せず、企業との連携も進まない。

レスター氏 米国の大学にはいくつかの強みがある。運営が比較的自由で、研究者が独自分野を開拓できる。学生の要求が厳しく、教える側は気が抜けない。留学生が自国に戻った後に米国との窓口になっていることは、米国の強みでもあり成果でもある。

司会 バブル崩壊後の日本社会は長い間20世紀を向いてきたが、最近ようやく新分野への挑戦が始まった。世界経済に活力を与える可能性も出てきたように思う。

 


政府の政策決定に大きな影響
胡鞍鋼   こ・あんこう  Hu Angang  1953--
http://www.panda.hello-net.info/person/ka/huangang.htm

 国情研究家。経済学者。工学博士。中国科学院・清華大学国情研究センター主任。遼寧省生まれ。北京科学技術大学卒。中国科学院自動化研究所で工学博士取得。米エール大経済学部博士課程修了。89年の『生存と発展』『人口と発展』で注目されるようになる。
 94年に朱鎔基内閣が行った税制改革である「分税制」の導入では、推進派の論客として一躍有名となった。「このままでは中国は旧ユーゴのように分裂する」と警告し、財政における中央の権限強化を主張した。 96年、清華大学21世紀発展研究院・公共管理学院教授。
2000年、中国科学院と清華大学が共同で設立した「中国科学院・清華大学国情研究センター」の主任に就任。
 中国国情研究の専門家として、国内外から最も注目されている学者である。並の閣僚など足元にも及ばないほど、中国政府の経済政策決定に大きな影響を持ち、数量分析に裏打ちされた大胆な発言や提言で知られる。日本にも国際フォーラムなどで度々訪れている。

 経済特区廃止論者としても有名で、
特区優遇策が貧しい西部との格差を拡大し、社会の不安定をもたらし発展を阻害すると主張し、深センなどの特区幹部の怒りを買ったこともある。現在推進中の国家プロジェクトである西部大開発には、内陸部の生活向上を重視する彼の主張が反映されている。
 最近では、今後の20年の発展戦略として、@人的資源の開発戦略、A知識の普及戦略、B政府の改革と管理戦略、C国防力戦略、Dグローバル化戦略の5大戦略を提起。5大戦略を推進することで、今後
20年間に中国の経済総量は2倍となり、米国を抜いて世界最大の経済体、世界最大の貿易国、世界最大の消費市場となる。総合国力でも米国との相対的格差は3倍から2倍以内に縮小する。また国民生活は著しく改善され、現在の低・中所得国から中所得国または中より上位の所得国となると予測している。 (2003年6月27日作成)


著作 「かくて中国はアメリカを追い抜く」  PHP研究所 

  中国の特徴
   1.「1中国2制度」
      都市部 vs 農村部(人口2/3、政府財政支出1/7)
        戸籍制度(都市部住民 vs 農村部住民)

   2.「1中国に4つの世界」
      北京・上海・深セン等の中心都市
      沿海地域
      残り
      中西部貧困地域(人口の半分以上)

   3.「1中国に4つの社会」
      農業社会
      鉱工業社会
      サービス業
      知識社会

    ◎多様性と不均衡


第十章 私たちの国情認識と政治・経済・社会主張

全体背景 歴史的転換期にある中国

政治についての主張
(1)市場システムにおける政府の指導的役割
(2)中央・地方間における集権と分権
(3)中央政府各機構間関係における権力の分散と集中
(4)意思決定の科学化・民主化と透明化
(5)軍隊による商業活動の厳禁と軍隊改革の促進

経済についての主張
(1)経済成長一辺倒から人間的発展へ
(2)大国としての優勢を活用して国内需要を拡大せよ
(3)就業機会の創出と失業率の引き下げこそ、中国当面の最優先発展目標
(4)貿易自由化・投資自由化戦略の展開
(5)より質の高い持続可能な消費様式の提唱

社会政策についての主張
(1)公平さを優先する社会政策の原則
(2)「利国利民」の社会保障制度の確立
(3)全人口に対する公共サービスの均等化
(4)機会平等性の提唱と貧困人口の救済