日本経済新聞 2003/8/26
三井物産 ナノテク素材を量産 ナノポーラス バイオ燃料生産向け
三井物産は微細な孔(あな)が無数に開いているナノポーラスというナノテク素材の量産に乗り出す。2005年をメドに、筒状の同素材を今の100倍にあたる月間1万本の量産体制に移行する。ナノポーラスはアルコール精製に利用でき、サトウキビなどを原料とするバイオ燃料の生産に需要が見込めるという。
三井物産は茨城県つくば市の「つくばナノテクパーク」で筒状のナノポーラスを現在、月間100本程度を試作している。これを数億円程度の設備投資によって、来年中に同千本の準量産に移行。2005年には本格的な量産工場を新設、同1万本体制を整える。
ナノポーラスの原料は酸化ケイ素と酸化アルミニウムの混合化合物であるゼオライト膜。この膜を円筒のアルミチューブの外側表面に張り付けて、筒状の素材を作る。ゼオライト膜は厚さ数ミリメートルで、0.4ナノ(ナノは10億分の1)メートルの微細な孔が等間隔であいている。
増産計画にあわせ用途開発も加速する。有望なのは、サトウキビを発酵させて作った濃度7%程度のバイオマス(生物資源)エタノール水溶液を脱水し、純度の高いエタノールを生産する工程への応用だ。
今年4月にブラジルのサンパウロ郊外で実験プラントを立ち上げ、順調に稼働中。エタノール水溶液をナノポーラス膜に通すことで、水分子だけが通過し、分子量の大きいエタノールが濃縮されて残る仕組みだ。
BNRI(バイオ・ナノテック・リサーチ・インスティチュート/ナノポーラスの研究)
三井物産(株)ナノテク事業室website
2002年2月掲載
http://www.mitsui.co.jp/tkabz/swnth/challenge/nano01.html
ナノテクロノジーが新しい産業を生む
21世紀型研究組織への挑戦
2001年8月、ナノテクノロジー(以下ナノテク)を基盤としたビジネス創出を目指す組織として誕生したのが、三井物産化学品グループ無機・肥料本部ナノテク事業室だ。
「ナノ」とは、1メートルの10億分の1の長さを表す単位であるが、この超微小世界を対象にする技術がナノテクであり、それは分子・原子レベルの想像もつかない世界である。例えば、材料がナノサイズになると、活性が何百倍に変化したり、全く異なる特性が現れたりなど、これまでの科学・工学の常識を超えた特性・機能が出現する。また、ある絶縁体がナノサイズまで微少になると、導体(電気を通す物質)に変化することがあるなど、基盤技術であるナノテクはどの分野でも展開可能であり、その影響力は計り知れない。
ナノテクが21世紀を切り開く有望技術であることは間違いない。しかし、ナノテクの「研究開発−製品化」のプロセスは確立されておらず、現存の技術のように「この技術を展開させれば、この製品が生産できる」といったモデルが存在しない。このように、ナノテクの事業化への道のりは長く不連続である。
三井物産は、「ナノテクの世界で『プレーヤー』となるために、自らも優れた技術をもつ」という戦略を立てた。従って、ナノテク事業室は二つの研究所を設立し、国内外さまざまな研究機関やメーカーと提携し研究を進めている。同時に、新テクノロジーを確実に世に送り出すための研究組織づくりを進めている。ナノテクを用いた明確な製品像はまだ確立されていないものの、ナノテクが現行技術の壁を打ち破り、製品の性能を格段に高める技術であるのは間違いない。そのために、ナノテクの技術開発を確実に具現化できる最適なプラットフォーム(=研究組織)づくりを進めているのである。
商社が得意とする「仕組みづくり」をテクノロジーの産業化に応用
研究室で蓄積されたテクノロジーを産業界で利用できるようにするためには、生産をミリグラムの単位から数百トン、数千トンの生産単位にしなければならない。当然、コスト、スペース、人員すべての面で恵まれた環境を整えることが必要だ。
そこで、三井物産は、まず高度分離と反応・分離同時プロセスを可能とする「ナノポーラス」および、次元の機能発現を目指した新規炭素体「ナノカーボン」を手始めとして、事業化へのタイムラインを図のように設定し、研究開発とその事業化推進サポートのための「仕組みづくり」に乗り出した。2001年7月には「ナノポーラス」と「ナノカーボン」の研究開発会社を2社設立する第3段階のパイロットステージまで進んだ。1社がBNRI(バイオ・ナノテック・リサーチ・インスティチュート/ナノポーラスの研究)、もう1社がCNRI(カーボン・ナノテク・リサーチ・インスティチュート/カーボン材料の定量生産・応用技術開発)である。
研究開発会社設立
パイロットステージから事業化へ
研究成果が用途という出口を見つけ、具体的な成果が挙がっているものを紹介しよう。
地球温暖化ガスの排出削減を義務付ける京都議定書が2002年中に発効する見込みである。わが国も温暖化ガス排出を大幅に削減せねばならない現実に直面する。削減義務達成のため、太陽光、風力、水力などのエネルギーを利用したいところだが、コスト的・技術的な理由から切り替えは難しいのが現状だ。そこで、低コストの代替エネルギーの技術開発が求められている。米国やカナダ、スウェーデンなどでは、ガソリンに10%のバイオマスエタノール(無水エタノール)を加えることで、ガソリンの使用量を減らし、CO2削減効果を挙げているが、これを日本に導入できないか?
その答えを求めて、BNRIは「ナノポーラス膜」を利用した分離・脱水の研究を進めている。「ナノポーラス膜」とは、分子レベルでの分離が可能な超微細な膜である。バイオマスエタノールは、トウモロコシやサトウキビを発酵させて製造するエタノールだが、発酵後に得られる水溶液を熱して「蒸留精製」しなければ、ガソリンに混合可能な無水エタノールを得ることができなかった。この「ナノポーラス膜」を組み込んだ新システムは、発酵後水溶液を分子レベルで「ろ過」することによってバイオマスエタノールを生産し、従来技術よりも精製コストを20〜30%抑えるものである。三井物産は、世界で最大のエタノール生産国であるブラジルの有力メーカーと提携し、新製造システムの導入と最終製品であるバイオマスエタノールの燃料用途における輸出ビジネスでも協力体制を確立し、日本におけるガソリン添加材としてのエタノール利用を目指している。
一つの画期的な技術を世に出し、事業化を進めるにはこれだけ壮大な仕掛けが必要となる。BNRIは、三井物産の総合力を生かしながら、世界を画する技術の開発を進めていく。
今後の展開〜キーワードはSerendipity〜
三井物産は、総合商社の営業力をはじめとした「総合力」とR&Dを行う戦略子会社の「技術力」との両輪で、ナノテクを基盤に、環境・エネルギー問題の解決に貢献しながら、新産業を創出していく
キーワードは「Serendipity」。「Serendipity」とは、「予期せぬもの、新しいものを見つけ出す才能」のこと。観察し、研究し、模索しながらイノベーションを起こすために、毎日のように研究者や企業担当者が戦略子会社に集まり議論を交わしている。
わが国の工業化は、欧米先進諸国から先進技術を導入し、改良を加えて技術水準を高め、そして製品化する形態で進展してきた。しかしながら、三井物産は、ナノテクの製品化においては、従来の「成功方程式」が通用しないと認識している。なぜなら、ナノテクの世界は将来を予測するのが極めて難しい「不確実性の世界」だからである。その認識の下、三井物産は、「1を100にする従来型の研究組織」ではなく、「0から1をつくり出す21世紀型の研究組織」をつくり出しつつある。現在も、自由闊達で風通しの良い環境の中、研究者が自由に研究に打ち込んでいる。
ナノテク事業室のメンバーは、「科学技術から、21世紀型の持続・再生可能な最適モデルをつくり出したい」という熱意にあふれている。ナノテク事業室は少々の失敗をものともしない情熱・知恵・人材の力を合わせ、新しいフロンティアを切り開いていく。
新たな「挑戦と創造」の物語の始まりである−
http://www.mitsui.co.jp/tkabz/inve/pdf/011220.pdf
CNRI
http://www.mitsui.co.jp/tkabz/inve/pdf/011220.pdf