日本経済新聞 2003/3/4
大学発技術 起業に弾み 阪大、最大のファンド
大学とベンチャーキャピタル(VC)が相次ぎ提携している。大阪大学は3日、教授らが設立した企業に投資する基金(ファンド)を独立系VCと共同で設置すると発表した。大学がかかわるファンドとして最大規模になる。東大や慶応大もVCと手を結んだ。政府は大学発ベンチャー千社構想を打ち出しており、VCの支援で起業に弾みがつきそうだ。
「ファンドが出資することで学内の研究成果の事業化を加速したい」
阪大の岸本忠三学長は記者会見でこう語った。阪大が日本ベンチャーキャピタル(日本VC、東京・港)と共同で5月7日に設立するのは「阪大イノベーション1号投資事業有限責任組合」。総額は約30億円の予定。3日から募集を始めた。
投資対象は阪大の教官や学生が設立した企業、あるいは阪大と共同研究するベンチャー企業で、バイオ、ナノテクなどの分野を想定している。運用期間は2013年までの10年間を予定する。
阪大の教官や日本VCなどで構成する10人程度の評価委員会で技術や事業性を評価して投資先を決め、年5件程度の投資を目標とする。10年間で15社以上の株式上場を目標とする。既に6件の候補があるという。
日本VCは1996年にウシオ電機やセコム、日本生命保険などが共同で設立した。2001年度までに投資先の46社が上場した。
企業を事業化の段階に応じて支援するため、第2号、第3号と引き続きファンドを設立する。「大学発ベンチャーは一般のベンチャー企業に比べ高度な技術を持ち、卒業生など人的資源も豊富なため比較的成功しやすい」(坂栄次日本VC大阪支店長)とみている。
阪大以外にもVCと組む大学は相次いでおり、連携の形も様々だ。
慶大はソフトバンク・インベストメント(SBI)から事業化戦略や資本政策の助言を受けて、医学部と理工学部でバイオ企業の育成に力を入れる。特許申請件数は年間百件超で大半がバイオ関連という。
企業への技術移転を担当する知的資産センターの清水啓助所長は「研究成果と事業化の橋渡しをSBIに期待している」と語る。
「大学の技術を事業化する日本型手法を構築したい」と意欲的なのは東大産学連携推進室室長の石川正俊教授だ。東大とエヌ・アイ・エフ(NIF)ベンチャーズは学内の技術やアイデアを活用した企業を育成すると同時に、創業過程で失敗と成功の要因を分析し将来に生かす。
大学が直接ファンドに出資しているのが早稲田大。早大教授らが設立したウエルインベストメント(東京・新宿)が運営するファンドに5千万円出資。白井克彦早大総長は「学生が投資先の企業で就業経験を積み、起業家精神を身につける教育効果も期待する」という。
投資会社と連携続々 財政自立へ収入源育成 大学、競争激化に備え
大学とVCの主な提携事例
大学 VC 提携内容 大阪大 日本ベンチャ一キャピタル 30億円のファンド設定。年5件程度の投資目標 東大 NIFベンチャーズ 大学が持つ技術の事業化の日本型モデルを研究 慶応大 ソフトバンク・インベストメント バイオベンチャ一の発掘・育成 早稲田大 ウエルインベストメント 投資ファンドに5000万円出資。
学生の教育北海道大 UFJキャピタル 経営のわかる技術者養成 芝浦工大 同上 同上
大学がVCと相次ぎ提携している背景には、少子化や文部科学省の大学への競争原理導入などに備え財政基盤を固めたいとの思惑がある。各大学は学内技術を事業化し、収入源に育てる必要に迫られている。特に国立大は来年4月の独立行政法人化を控え、財政面の自立が求められている。
筑波大などの調査によると、大学発ベンチャーは昨年8月時点で、424社ある。国公立大教官の兼業規制緩和を受けて、うち3分の2が2000年以降に設立された。阪大の森下竜一助教授の研究成果を基にした遺伝子医薬品開発のアンジェスエムジーが昨年9月に大学発として初めて株式を上場し、大学関係者を刺激している。
日本政策投資銀行や中小企業総合事業団も大学ファンドに出資しており、政府の千社構想の実現に向け、資金面の後押しが期待できる。独立行政法人化後、大学職員の研究成果は原則として大学の保有になるため、起業が成功すれば、大幅な収入増が見込める。
日本経済新聞社が昨夏実施した調査で、VCから出資を受け入れたり、計画したりしている大学発ベンチャーは3分の2にのぼる。大学には有望な技術はあっても、資金調達、販路開拓、人材育成などのノウハウが乏しく、VCと組むことで事業を軌道に乗せられる。
VC側はIT(情報技術)バブル崩壌後、投資成績が低迷している。技術力が高い大学発ベンチャーに投資対象を絞り込めば、機関投資家などから資金を集めやすいとの思惑がある。
米国では、1980年から200年の間に3300社以上の大学発ベンチャーが誕生した。ネットスケープ・コミュニケーションズやヤフーなどはスタンフォード大学で生まれ、周辺のVCがゆりかごになった。
日本でも大学発ベンチ一ヤーを離陸させるには課題も多い。大学は基礎研究が中心で、技術を商品として育てた実績が乏しい。大和総研の岡村公司新規産業情報部次長は「大学自体も経営マインドを持ち、研究成果を事業化する姿勢が求められる」と指摘する。