何故21世紀は日本の世紀たりうるか:


 

 日本は国家財政が破綻しかけており、経済が没落して、円が売られ、株が売られているにかかわらず、世界最大の個人貯蓄残高(1200兆円)をもち、世界一の外貨保有国(対外純資産7000億j)である。
 韓国やASEAN諸国と全く異なる点である。

 このことが日本の問題点であるとともに、かつ日本の将来性の理由である。

 

 アジア諸国の問題は外国からの資金借入れにより無茶な投資をしてきたことである。
 バブルそのものであり、経済の右肩上がりを前提に短期資金の借り換えで長期の投資を行ってきたもので、一旦バブルがはじけ、それらの国や企業の将来性に疑問を持たれたら最後、短期資金の借り換えができなくなり、たちまち破たんする。

 日本の場合は全く逆である。
 輸出で稼いだ金を国民が使えないような仕組み
となっており、内包する体制の問題で経済の自動安定装置が機能せず混乱しているだけである。

 大蔵省が声を大にする財政赤字も実は、政官財体制が国民の貯蓄を国民に使わさず、自らのために流用する結果として生じたものである。
 自己増殖して国民を食い物のする
官僚制度自体も財政赤字の一因である。

 この貯蓄と外貨保有は貿易黒字によるものであり、これは日本人の勤勉と創意工夫により世界に誇る生産力をもっていることと、それにもかかわらず、それを生活を楽しむために使わず、相変わらずウサギ小屋に住み、稼いだ金を外国に貯金をしていることを意味する。

 同時にこれは海外に製品を輸出しながら、それに見合う輸入を行わないため、
結果として海外の雇用機会を奪い
失業を輸出していることを意味し、海外諸国に迷惑をかけていることとなる。

 戦後すぐの経済復興時代に、国の再建のため輸出により外貨を稼ぎ必要な食料や原料資材を輸入した時なら許されたことだが、経済大国になった後も、生活面では後進国のままであり、それでもなお、そのための消費をせず、海外に生産物を輸出している。

 円高が進んだ時に貿易黒字擁護論が多出した。
 「これ以上輸入するものはない」とか、
 「日本の貿易黒字は国民が選択したものであり、他国にとやかく言われる筋はない」とか言うものである。

 では、国民は経済大国として海外の同様の所得を得ている人々と同じような生活を楽しんでいるであろうか。

 確かに「食」の面ではグルメ時代で世界中の珍味を味わい、「衣」の面でも若い女性が海外デザイナーの洋服やブランド品のバッグ類をもっている。海外旅行が珍しくなくなって久しい。

 しかし遠狭高の住宅、狭い道路など「住」環境では後進国である。老後の生活について不安を持たない人は少ないであろう。
 日本人はいまだに働き蜂であり、生活を楽しむために働くのではなく、生活のために働き、しかも老後に不安をもっている。

 決して「生活大国」でなく、
「生活後進国」である。

 最大の理由は政官財による日本株式会社が「国民のための政治・経済」でなく、
特定の利害のための政治・経済、即ち、
「政官財体制のための政治・経済」をおこなっているためである。

 日本株式会社は特定の利益のために国民の生活を犠牲にしている。

 一般国民はこのため、一生懸命働いて得た金を将来のために貯金をせざるを得ない。
 国民が消費をしないため、日本株式会社は企業のため、また海外からの圧力を受けて、国民から借金をして公共投資を行う。
 しかしこれも特定集団に利益を与えるためのものであり、一般国民の役には立たない。またこれ以上やることがないところまできている。
 今の財政赤字はこの性格をもつ。景気対策としての減税も今のままでは貯蓄に回るしかないであろう。

 この状況は日本の国民の問題だけではない。後述のとおり日本の貿易黒字は他国への失業の輸出を意味する。
 日本株式会社が特定利益のためにだけ働く結果として
貿易黒字がたまり、世界の諸国がそのしわ寄せを受けることになる。
 米国を初めとして内需拡大の声が強いが、これは
決して内政干渉ではない。日本のために被害を受けることになる各国が正当な異議申し立てをしているのである。
 これを内政干渉として無視した場合、日本は各国から攻撃を受け、孤立することになろう。

 最大の問題は国民がこれに対して行動を起こさないことである。

 国民の体質、何世紀にもわたる習慣により、戦後の憲法により国民主権が与えられたにかかわらず、これを生かさないため、政官財体制、特に官と財が拮抗力(ガルブレイスのCountervailing power)を無力化させ、「規制」により国民の犠牲のうえに自己の独裁を達成しつつある。

 日本の問題はここにあり、また、これが世界の不安定状況のもととなっている。

 逆にいえば、これこそ、21世紀を日本の世紀とする材料である。

 現在の日本は、膨大な潜在需要とそれを賄う経済力をもっている。生かしていないのは日本の政官財体制による国民無視のやり方であり、具体的には諸規制である。
 この体制を根本から崩し、国民のための政治に転換し、戦後の焼け野原から不死鳥のごとく蘇った日本経済の原動力である日本人の勤勉性と創意工夫を生かした生産力を国民の生活の向上のために使えば、日本経済の復興とともに、世界の経済の推進のためにも役立つ。

 このためには「政官財のための政治・経済」を「国民の、国民による、国民のための政治・経済」に変える必要がある。

 

    次ぎに、日本の政治・経済のゆがみの象徴である貿易黒字問題をとりあげる。

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